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わんわん
わんわんの実体験を小説風にします!
たぶん、そんなには長くならないと思う……。
10話くらいかな〜??
では、しばしお付き合いを〜!
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『一片の雪』
第1話
白い息を吐きながら、腕時計を見る。
……大丈夫。まだ打ち合わせまでは時間がある。
俺は歩く速度を落とした。
2月になったとはいえ、まだ寒さは本格的だ。
スーツの上に羽織った、重たいコートの襟を立てて、曇天の空を見上げた。
雲は、カフェラテの泡のように空一面を覆っている。
その時だ。
空から一粒、ひらひらと白い綿埃のようなものが落ちてきた。
「雪……?」
しかし、それは一片だけで、他に降ってくる気配はない。
まるで迷子の子供が、ふらふらとさまよっているようにも見えた。
俺は手のひらを上に向けて、受け止めようとした。
しかしその一片の雪は、吸い込まれるように俺のコートの胸のあたりに張り付いた。
そしてじんわりと水滴に変わっていく。
それを見て、俺はある少女を思い出した。
……季節外れの一片の雪に驚いて瞳を輝かせた、白い肌の美少女。
そして、彼女のことを考えると防ぎようがなく付いてくる、暗く淀んだ感情が俺の中を駆け巡る。
俺は白い息を長く吐き出したーーーー。
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「ずっと前から好きでした。私と付き合って下さい……!」
青天の霹靂だった。
中学3年の秋。
学年一の美少女から告白をされた。
いや、学年一ではなく、地域一かもしれない。
西川栞(にしかわ しおり)は中学2年生の時からタレントの卵としてテレビに出演していた。
俺は一度だけ、栞が出る番組を観たことがある。
「同じ学校の子が出てるんだって!」
なぜか自慢げに、母親をテレビの前に呼んだ。
それは、夕方のローカル番組だった。
司会者達の後ろに何人かの少女が並んで座っており、栞はその中の一人だった。
栞はそんなに映る事は無かったし、特に発言をするということもなかった。
彼女は、ただ終始微笑んで座っているだけだった。
続く
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第8話
「モデルになってくれないか?」
いつものバーで、高橋と2回目に会ったときだった。
「今、結婚式場の広告を作ってるんだけどさ。君、背も高いし、絵になると思うんだよ〜」
彼は広告業界で働いていた。
「紙媒体じゃないからさ。WEBに小さく載るだけだから〜!」
「だったら、よけい怖いじゃないですか〜」
俺は断ったが、最終的には引き受けてしまった。
高橋の熱意と、そもそも俺の中にある「何でも経験したい欲求」に負けたのだ。
撮影当日。
場所は、都会の中にあるチャペル。
結婚の相手役は、笑うとエクボができる小柄なモデルさんだった。
俺は、シルバーの燕尾服を着て、蝶ネクタイを締められた。
スタイリストに髪をいじられ、薄く化粧までされた。
やがて、会場に純白のウエディングドレスを身にまとったモデルさんが現れ、撮影がスタートした。
モデルさんの正面に立ち、その顔に掛けられたベールを持ち上げる。
間近で見るモデルさんはとてもきれいで、ドキドキした。
しかも横から、興味津々な小学生のように、丸いカメラレンズが覗き込んでくるのだ。
俺は終始、引きつった笑顔だったと思う。
様々なシチュエーションを撮影し終わり、ノートパソコンで出来上がり写真を見せられた。
俺は驚いた。
そこには、まるで愛しあう二人の幸せの絶頂の瞬間があったのだ。
俺は広告という、嘘を本当の事のように見せるためだけの仕事に恐怖すら覚えた。
「いや〜! 良かったよ〜!」
高橋は謝礼とは別に、居酒屋で御馳走までしてくれた。
「……つまりさ、CMに起用するタレントは、その企業の顔になるから、どんなささいな役の人でも徹底的に調べ上げるんだ」
酔った彼は、広告業界について熱弁した。
「だからうちの会社のパソコンでは、様々なタレントのデータが見れる。有名じゃないタレントでも、過去にどんな仕事をしたか、スキャンダルは無いか、などほとんど分かるんだ」
「……有名じゃなくても、データがあるんですか?」
「データは芸能事務所から提供してもらうんだ。だから、事務所に所属していれば、どんなに無名でもデータはある」
慣れない日本酒の酔いのせいか、俺は聞いてしまった。
「西川 栞という女性タレントなんですが……」
#一片の雪
#連載小説

ショパン:夜想曲 第2番 変ホ長調 作品9-2
わんわん
『一片の雪』
第3話
目覚めた時、昨日の出来事は夢だったんじゃないか、と思った。
美少女で有名な西川 栞が、俺と付き合うなんて本当だろうか……?
疑問を抱きながら学校へ向かう。
晩秋の空は晴れていて、薄い水色の空に、水をつけすぎた筆で描いたようなぼやけた雲が浮かんでいた。
教室へ入り、自分の机に座る。
そこで、俺はまた悩み始めた。
……彼女のクラスは3-B。俺は3-D。
普通に学校生活をおくっていたら、ほぼ接点はない。
……付き合うって、どうすれば良いんだろう?
中学も3年生になると、付き合っている連中も何組か現れる。
俺は、そいつらの行動を観察した。
朝、どちらかの机に言って、親密に会話をする。
短い休み時間、会いに行くやつもいる。
昼、食事は一緒に摂らないが、その後親密に会話をする。
放課後、一緒に帰る。
なるほど。
……しかし、付き合っているはずの初日、俺は栞の顔も見ないまま下校した。
帰宅後、俺は猛烈に後悔した。
なぜか、付き合うと決めた時から、妙に栞の顔が見たくてたまらなくなっていた。
俺は自室で作戦を練った。
朝、いつもより早く学校に言って、栞と会話をしよう。
昼休みは、弁当を急いで食べて、会いに行こう。そして一緒に帰ろう。
ーー翌日。
俺は意気揚々と学校へ向かった。
いつもより早い時間に、自分の机にカバンを置き、急いで栞のクラスに向かう。
ちょうどその時、廊下の向こうから栞が歩いてきた。
俺には、窓からの光が彼女だけをピンポイントに照らしているように見えた。
栞が俺の顔を見て立ち止まる。
「あ……」
俺は不格好に片手をあげた。
「お、おはよう」
彼女は緊張した面持ちで、小さな声で「おはよう」と言った。
俺の頭の中は、彼女の緊張が移ったのか、真っ白になった。
「えーと、……きょ、今日、一緒に帰ろう!!」
テンパってしまい、昼休みに会うことをすっ飛ばして、一緒に帰る提案をしてしまった。
彼女はしばらくじっとしていたが、やがてコクリとうなずくと、そのまま足早に教室へ入って行った。
俺は廊下に佇んだまま、一応、オッケーをもらったことに安堵した。
と、同時に不安も襲いかかる。
さっきのあの態度。……もしかして彼女は、もう俺のことが好きじゃないのかな?
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第7話
実は大学生の時、一度だけ、大人になった栞を見かけた事がある。
その時俺は、長い夏休みを利用して帰省していた。
夜は高校の時の友人達と集まる。
俺は夕方に実家を出て、アブラゼミの声を浴びながら地下鉄の駅に向かった。
蒸し暑いホームで、次に来る電車を待っている時だった。
向かいのホームに、気だるそうにじっと携帯を見ている髪の長い女性がいた。
やけに細い身体のラインが強調された、桜色のワンピースを着ている。
少し痩けた頬に、やり過ぎな赤い口紅。
(ケバい女性だなぁ……)
はじめはそう思った。
しかし、何かが引っかかる。
じっとその女性を見ているうちに、轟音と共に電車が入ってきた。
銀色の電車がその女性を連れ去った後、俺は気づいたのだ。
さっきの女性は、……栞!?
ドクン。心臓が跳ねる。
あの変わり様……。他人か……?
しかしなぜか俺には、あれば栞に違いないという、妙な確信があった。
俺は、栞が想像とは全く違うタイプの女性になっていた事に、驚いた。
だが、「もう俺とは全く関係のない、彼女の生き方だ」と、自分を無理矢理納得させたのだった……。
再び、時は流れるーー。
俺は大学を卒業して社会人になった。
仕事に慣れてきた俺は、毎週末とあるバーに通っていた。
そこは、カウンター席だけの小さな店で、酔った常連客同士が会話を楽しむためにあるような店だった。
そこで、「高橋」という男と知り合った。
年齢は30代半ばだろう。
丸眼鏡をかけていて、いつもお洒落な格好をしていた。
この高橋のおかげで、俺はかわいい女性と、結婚式をあげることになる……。
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第4話
中学3年の11月半ば。
俺は生まれてはじめて、彼女と呼べる人と一緒に学校から帰っている……!
彼女は俺から微妙に距離を置き、うつむいて歩いている。
俺も、盛り上がる話題など思いつくわけもなく、ただ黙って歩いていた。
彼女の家は学校から歩いて20分くらいかかるらしいが、すでに沈黙のまま5分が経過していた。
……何か、話しかけなければ!!
今思えば本当にどうしようもないが……。
なんとこの時、中3の俺が会話を広めるためにひらめいたのは、彼女に兄弟がいるかどうかを聞こう、ということだった。
俺は満を持して口を開いた。
「あ、あのさ……!」
彼女は立ち止まり、俺のほうを向いた。
その時だ。
彼女の視線が空中をとらえた。
「え……? 雪……?」
「えっ……!?」
彼女の視線の先を追う。
古い寺の生け垣の片隅。
そこに小さな白い雪が、一片だけ漂っていた。
それは、暖かい空気の中をふわりふわりと舞った後、吸い込まれるように俺の制服の胸に張り付いた。
「……!!」
一片の雪は、なぜか溶けることがない様子だ。
栞が歩み寄り、俺の胸元を覗き込んだ。
彼女のサラサラの長い髪から、花のようないい香りがした。
「 え……? これなに……!?」
栞は、俺の胸に顔をうずめるように言う。
俺は思わず身を引いた。
そして胸についた、白い雪を見る。
ふわふわとした小さな雪。
それには2枚の薄い羽が生えていた。
そして雪を背負うように、小さな身体があった。
「……え!? 虫……!?」
栞が驚いた表情で、それを見つめた。
……それから20年近く経つが、俺は今でも、その時の彼女の顔を明確に思い出すことができる。
柔らかそうな丸い頬に1つだけできた、小さなニキビ。
夕日が彼女の節目がちな目に落とした、長いまつ毛の影の数さえも。
その時、中3の俺の中に不意に湧き上がった感情。
それは「この美しい子が俺のことを好きでいてくれるなら、俺はその美しさを全力で守らなければならない」という、使命感に似たものだった。
「あっ……!」
栞が小さく声をあげる。
雪を背負った虫が、再び俺の胸から飛び立った時、
……俺は恋に落ちたのだ。
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第2話
そんな彼女が、今、放課後の教室で俺に告白をしている……!?
俺にドッキリを仕掛けてるとか……?
もしくは何かの罰ゲームとか……?
改めて彼女の顔を見る。
丸みのある顔に、真っ直ぐに整えられた前髪のロングヘアー。二重の少し眠そうな大きな目が印象的な、整った顔立ち。
そして、肌が驚くほど白い。
正直、じっと見ていられないほど可愛かった。
「だ、だめかな……?」
言葉が出ない俺に、彼女は上目遣いにそう聞いた。
それは、残り少ない絵の具をチューブから絞り出すような声だった。
俺は、彼女の言葉に嘘偽りはないと思った。
しかし俺は、同い年でテレビに出ているこの美少女に憧れはあっても、恐れ多くて恋心を抱いた事は無い。
……そして、なにより当時の俺は素直だった。
「えと……、急に言われても、分からないよ……!」
栞はしばらくじっとしていたが、顔をあげて芝居がかった口調で言った。
「じゃあ、返事は明日ちょうだい!? この時間に待ってるから……!」
それだけ言うと、制服のスカートをなびかせて、足早に教室を出ていった。
残された俺は途方にくれて、ただ薄汚れた黒板のチョークの消し跡をじっと見つめていた……。
翌日の放課後、一人教室に残った俺は、再び栞と対峙した。
俺は言った。
「き、昨日の話だけど……、ありがとう。えーと、よろしくお願いします」
栞は花が開くように微笑んだ。
そして頬を赤らめて、コクコクと素早く2回頷く。
……俺は、思春期の異性への憧れを止めることはできなかった。
しかし当時、この美少女の告白を断る男子がどれくらいいただろうか……?
俺たちはしばらくの間黙っていたが、やがて栞が口を開いた。
「わ、わんわん君は、私のはじめての彼氏だからね? わんわん君もそうかな……?」
俺は素直に頷いた。
「う、うん。俺もこういうのははじめてだよ……!」
「良かった……! これから、よろしくね!」
そう言ってぎこちなく微笑む栞。
その笑顔は天使のようで、それが俺だけに向けられているということに、俺の鼓動は自然と早まるのだった……。
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第6話
俺と栞が付き合っている事は、あっという間に周囲に知れ渡った。
その影響力は凄まじく、学校内で冷やかされるのはもちろんだが、なんと、他校のヤンキーから呼び出しまでくらった程である。
週に2日ほど、俺と栞は一緒に帰るようになった。
俺たちの距離はゆっくりと縮まっていった。
だが俺は「この美しい子を守りたい」 という使命感の元、手を繋ぐこともできずにいた。
……この頃の俺は、「栞は俺なんかと手を繋いだらいけない。でも繋ぎたい!」という、めんどくさい思春期モードに入っていた。
12月に入り、栞の仕事は忙しくなってきた。
学校を欠席したり、早退することが多くなり、一緒に帰ることはほぼ無くなった。
それでもクリスマスには、ささやかなプレゼントを贈り合った。
年が明け、受験シーズン真っ只中。
俺は自分の夢のため、特殊な学科のある公立高校を目指し、猛勉強していた。
栞はすでに、芸能活動しやすい私立の女子高への推薦が決まっていた。
俺は第一志望の高校に合格した。
そして中学校最後の日。
栞は、俺の制服の第二ボタンを受け取りに来た。
「一生大切にするね……!」
そう言って、ボタンを両手で握り、自分の胸に押し当てた彼女は、やはり美しく清らかだった。
高校へ入学した俺は、やりたい事を思い切りやれる環境に、すぐに夢中になった。
毎日、夜遅くまで高校に残ったし、気の合う友人もたくさんできた。
一方、栞は高校入学後、さらに芸能活動に力を入れていた。
「色々なオーディションを受けてるの。ダンスや歌のレッスンもしてるんだよ」
受話器越しに、弾んだ声でそう言った。
お互いが夢に向かってがむしゃらだった。
そして、お互いの頑張りと比例して、共通の話題は無くなっていった。
彼女の知らない俺の友人の話、俺の知らない彼女の仕事の話……。
いつの間にか、歯車はずれていた。
そして、それを元に戻せるほど、当時の俺たちは器用ではなかった。
電話の回数は徐々に減っていき……、
ついに、連絡は無くなった。
It's all over.
コンティニューしますか?
はい
→いいえ
そして、時は流れる。
俺は高校で学んだ事をさらに専門的に深めるため、他県の大学へ入学し、一人暮らしを始めた。
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
あとがき
皆様、今回も駄文にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ちょっと、誰でも見れるSNSにおいては内容が暗すぎたかと反省しております……。
今作を書くきっかけは、あるグラ友さんの、雪虫の投稿を見た事でした。
それを見てからというもの、俺の中に次々とフラッシュバックする記憶があり、抑えきれなくなりました。
そこで、こうして小説にして成仏してもらおうと思ったわけです。笑
今作はなかなか苦労させられた作品でした。
と言うのも、今回の小説も、俺の実際の体験を元にしています。
しかし内容が内容なだけに、絶対に登場人物の実社会での正体が分からないようにする必要がありました。
そこで俺は、ある手法で、絶対に正体が分からないようにしました。
それをするのに少し手間取りました。
その手法を明かすと、かなり興冷めになるのでここでは言えませんが……。
(興味がある人は、メッセージで教えますね)
つまり、この小説の内容でネット調べても、登場人物は探せませんのであしからず。笑
さて、俺の記憶が正しければ、これでGravityに小説をあげるのは6作目になると思います。
6作目にして、#一片の雪、というハッシュダグ付けに成功しました!
これをやっておけば、全話、検索して一気読みできるんですよね!?
なぜ、今までの作品でやらなかったんだろう、と大後悔時代に突入しています。
「母ちゃん、ハッシュダグは大喜利をするところじゃなかったよ!?」
最後になりますが、こんな話を読んでくれて、イイネやコメントをくださった皆様には、本当に感謝です!
読んで思った事を、少しでもいいので、コメントしてくれると嬉しいです!
明日からはいつもの、エ口でバカなわんわんに戻りますが、今まで通り仲良くしてね。
それでは……、皆様のラブアンドピースな投稿に乾杯!
#連載小説
ショパン:夜想曲 第2番 変ホ長調 作品9-2
わんわん
『一片の雪』
第9話
「西川 栞……? 有名なのかい?」
「いえ……。昔、ちょっとテレビで見かけた事があって……」
「ふ〜ん」
高橋は、丸眼鏡の奥の少し充血した目で、俺の顔を覗き込んだ。
「……ま、いいや。今日のお礼も兼ねて、少し調べてみるよ」
それから2週間ほど後、いつものバーで高橋と会った。
彼は俺の顔を見るなり、隣の席へ移動してきた。
「久しぶりだね。この前の西川 栞って子、調べたよ」
俺が礼を言うと、高橋は表情を曇らせて、握ったグラスを見つめた。
「……ただね。彼女のファンなら、聞かないほうがいいかもしれない……。それでも聞くかい?」
俺の頭に、地下鉄のホームで見た、痩せた栞の姿が浮かんだ。
……これを聞けば、きっと俺は、聞く前の自分には戻れないのだろう。
スキャパの12年を注文した。
オークニー島の断崖絶壁の蒸留所で冷たい潮風を浴びながら熟成されるシングルモルトウイスキーだ。
もう後には引けない俺にふさわしい酒のような気がした。
「……お願いします」
高橋はスマホを取り出し、画面を見た。
そして、話しはじめた。
俺の知らない、栞のことを……。
ーーー
彼女のデビューは、13歳の時だ。
この地方では大きい事務所に、スカウトで入った。
すぐに事務所は、ローカル番組出演やドラマのエキストラ出演に動いた。
しかし今ひとつ華がなかったのか、同期が引き上げられる中、新人に混じっての仕事が続いたようだ。
精力的に色々なオーディションを受けるが、大役は得ることはなかったようだ……。
17歳の時、事務所は3人組のアイドルグループを結成して、西川 栞も抜てきした。
……まあ、俺だから分かるが、これはセンターの子の引き立て役だ。
現にセンターの子は、後にこの事務所の稼ぎ頭のソロアーティストになった。……そういう道筋があらかじめ決まっていたんだろうな。
高校卒業後は、タレント一本に絞ったようだが……。
小さい役ばかりでは当然食っていけない。アルバイトをしながらの生活だろうな。
そして彼女が20歳の時だ。
その歳で芽が出ていない彼女は、事務所を移された。
移されたというより……、売られたんだ。
そして彼女は、名前を変えて……、
……AVデビューした。
#一片の雪
#連載小説

わんわん
『一片の雪』
第5話
『トドノネオオワタムシ。
雪虫も呼ばれ、日本では東北地方や北海道を中心に生息する。
成虫は口がなく、寿命は一週間ほどしかない』
ーーその後、俺と栞は歩きながら、さっきの不思議な虫について話し合った。
二人共、あんな妖精のような虫を見たことがなかったのだ。
虫の話が尽きた時、俺は聞いてみた。
「……なんで、テレビに出るようになったの?」
栞はしばらく無言だったが、やがて口を開いた。
「はじめはね……、街でスカウトされたんだ。
名刺を渡された。私は目立つ事なんかしたくなかったんだけど、家に帰って話したら、なぜか母親がすっかりその気になっちゃって……」
俺は思いきって言った。
「き、君は、可愛いからね……!?」
栞は、フッと微笑んだ。
きっと言われ慣れているのだろう。そんな様子だった。
「私よりもかわいい子が、ほんとうにいっぱいいるから……。でも、ありがとう。わんわん君にそう言ってもらえるなら、自信が持てる」
それは、なぜか少し寂しそうに聞こえた。
「あ、ここが私の家……」
栞が立ち止まった。
建ち並ぶ大きなマンションに囲まれた、日の当たらない古いアパート。それが栞の家だった。
到着したが、家に入らず俺の横にじっとたたずむ栞。
俺は、ゲームや音楽の事なんかを話した。
栞は、年相応に男性アイドルグループが好きなようだった。
俺はそのグループの曲で、好きな歌があったので、その話をした。栞もその曲が特に好きなようだったので、嬉しかった。
ゆっくりと、影が伸び、あたりは暗くなっていく。
「そろそろ帰らなきゃ……」
栞はそう言ったが、やはりその場を動かない。
俺は言った。
「また今度、一緒に帰ろうね!?」
栞は嬉しそうにうなずくと、薄暗いアパートへ入っていった。
俺はそれを見送り、帰路についた。
正体不明の幸せが、俺の胸に次々と湧き上がった。
……大人になった今でも思う。
あの気持ちが味わいたくて、俺たちは恋に落ちるんじゃないかと……。
俺は、走り出したい気持ちを抑えて、早足で歩く。
まるで、スターをとって、無敵になった気分だった。
……この時の俺はまだ知らない。
雪虫の寿命のように、すぐに二人に別れがやってくる事を……。
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