泥だらけ私たちは皆、庇護の中で育つ。家族、学校、大人たち。守られていたかどうかは人それぞれだが、少なくとも社会の最前線ではなかった。その頃の私は、たしかに私だった。未熟で、説明もできず、言葉も足りなかったが、それでも私は生きていた。好きなことがあり、理由は分からないが惹かれるものがあり、うまく言えない違和感を抱えながら、日々を過ごしていた。その私には、まだ名前がなかった。評価も、役割も、肩書きもない。ただ、生きている感じだけがあった。私はこの状態を、「未完成」だとは思っていない。むしろ、より原初的な私、生きている私に一番近かったのだと思う。やがて私たちは、庇護の外に出る。社会に出る。そこで初めて、別の物差しに晒される。役に立つか。成果を出せるか。価値があるか。他者より優れているか。多くの人は、ここで一度ねじれる。庇護の中で育った私と、社会が求める私を、無理に重ねようとするからだ。私はこの過程を、多くの人が一度「壊れる」と表現するのを知っている。体調を崩す。自信を失う。何が好きだったのか分からなくなる。自分が空っぽになったように感じる。けれど私は思う。これは失敗ではない。不具合でもない。社会は私たちに、挫折と無力感をプレゼントする。それは残酷なようでいて、実はもう一つの贈り物でもある。――通ったあとの道だ。ただし、その道はすぐには見えない。通過している最中には、ほとんど何も分からない。自分がどこを歩いているのかも、何を失って、何を得ているのかも。だから私たちは、無力を否定しようとする。過去の自分を「未熟だった」と切り捨てる。そしていつの間にか、若者に向かって「まだ分からないか」と言う側になる。だが、子どもたちは覚えている。大人とは、自分でないものにラベルを貼り、席に座わらせ、自分は肘掛けに腰かける存在なのだ、ということを。この違和感は、必ず残る。ただ私は、それを呪いだとは思わない。そんなものは、泥遊びをすれば消える。芝生ででんぐり返しをすればどうでもよくなる。雪があったら、投げてみればいい。意味が乗る前の行為。評価が入り込む前の身体。私たちは、思っているより簡単に、自分の席に戻れる。席は奪われたわけじゃない。忘れていただけだ。私は、これまで不在と置換について書いてきた。意味を乗せすぎることで世界が重くなること。自分がいないまま正しさだけが残ること。そして今、はっきり分かる。庇護の中で生きていた私も、社会で壊れた私も、その先で立ち上がる私も、すべて同じ線上にいる。人間は原点回帰するしかない。ずっと好きだったことを、もう一度やるしかない。それは逃げではない。成熟だ。私は今、ようやく自分の席に座っている。評価の外で。競争の外で。意味が薄い場所で。時には、台座の前で大の字になっている。それもいい。そしてそれで、十分だと思っている。
私の番が来た私は最近、ずっとエッセイを書いている。決意や覚悟があったわけではない。気がつくと、書いていた。あるとき、ふと思った。私はなぜ、こんなにも言葉を探しているのだろう、と。私はいま、生きるという行為のただ中にいる。違和感があり、喜びがあり、説明しきれない手応えがある。そして私は知っている。それらは時間が経てば、やがて私の中に沈んでいくということを。だから私は、言葉を残しているのだと思う。それが何だったのか、あとから確かめられるように。子どもの頃、周りの大人たちは確かに生きていた。それぞれの人生があり、生活が流れていた。苦労も、戸惑いも、喜びも、傷もあった。いい顔をしている日もあれば、世界の終わりみたいな顔をしている日も。でも、不思議なことに、それが何だったのかを語る人はいなかった。どう通過したのか。そのとき何を受け取り、何を失い、何が残ったのか。誰も言葉にしなかった。ただ、生活だけが流れていた。私自身の生活も、同じように流れていった。そのなかで、私はあることに気づいた。私は、私として立っている時間と、そうでない時間を行き来している。たとえば、SNSを見ているとき。どこの誰かも知らない人の言葉に、批評家のような顔をして「分かったこと」を言いそうになる瞬間。そのとき私は、何も引き受けていない。世界と距離を取り、自分を安全地帯に置き、頭で組み立てた理屈を真理のように語っている。その瞬間、私は不在になる。また、自分で決めた目標を自分で淡々とやっているだけなのに、気づけば「上位何%か」を検索している瞬間がある。そのとき私は、現実に意味を付け足している。だから私は凄い。だから私は価値がある、と。このとき現実は、私の生ではなく、意味に置き換えられている。不在と置換。どちらも、現実を歪める。不在は、起きていることへの当事者性を失わせる。世界はセピア色になり、私はどこにもいなくなる。置換は、世界を概念や役割や物語に押し込める。生はデフォルメされ、ラベルだけが残る。私は、そのどちらにも留まりたくないと強く思った。私はいま、自分として立つということを通過し始めている。なぜ、言葉を残したいのか。それが、少しずつ分かってきた。私は、自分がどこに立っているのかを確かめているのだ。子どもの頃、誰も語らなかったあのブラックボックス。生きるとは何か。人と関わるとはどういうことか。自分でいるとは、どういう状態か。それを、私は理解したい。正解としてではなく、通過として。私は知っている。この手触りは、いつか必要な時間が過ぎて、私の中に落ちていくだろう。でも、その前に、ちゃんと言葉にしておきたい。これは主張ではない。啓示でもない。誰かを導くためのものでもない。ただ、私がここを通ったという痕跡だ。私の番が来た。それは何かを成し遂げる番ではない。何者かになる番でもない。自分として立ち、通過し、その手触りを引き受ける番だ。私はそれを、丁寧に、言葉にしていく。
海も湖も揺らいでいる「浮気をしない、かっこよくて、家庭的な男の人なんていない」こういう言葉を、わりとよく耳にする。特に若い頃は、半ば常識のように語られる。でもそれを聞くたびに、私はこう思う。いる。普通に。ただし、たとえ存在していたとしても、その人の前には現れない。それは、魅力が足りないからでも、努力が足りないからでもない。場所や運の問題でもない。目線の高さが異なるだけだ。目線の高さが違うと、同じ場所にいても、同じ景色を見ているつもりでも、視界に入るものがまったく違う。この「見えない」という状態は、拒絶されているわけでも、選ばれなかったわけでもない。見えない側から見ると、そこに感情の揺れはほとんどない。怒りも、失望も、期待もない。木が揺れているのを見るように、雨が降っているのを見るように、自然物を見る感覚に近い。そして重要なのは、彼らは「関わらない」と決めてすらいないことだ。関わるかどうかを検討する段階に入っていない。こうしたズレは、恋愛に限らず、仕事でも、人間関係でも、至るところで起きている。だが、ほとんどの人はそれを「目線の高さの違い」として認識できない。だから、別の説明を探し始める。私が美しくないからだ。もっと自分磨きをすればいい。そういう場所に行けば、出会えるはずだ。一見、前向きに見える。だがこれは、現実と自己像を同時に歪める発想だ。ここで一つ、問いが立つ。気づかないまま生きることは、不幸か。結論から言えば、条件付きで、不幸である。本当に一ミリも気づいていないなら、この問いそのものが立たない。違和感もなく、この話について考えることもない。その場合、話はここで終わる。問題は、どこかで「何かおかしい」と感じている場合だ。それは、気づいていないのではない。全く違うものを、それだと信じている状態だ。海を知らないのは、不幸ではない。ただ、湖を海だと信じてやまないのは、不幸である。湖を前にして、水平線を探し、潮の満ち引きを待ち、来るはずのない波に期待し続ける。その間、湖はただ湖として、静かにそこにある。やがて、人は海を知ることがある。その広さと、深さと、同時に危険も知る。だが、海を見たあとに湖へ戻る人は、たくさんいる。「私には、地元のこの静かな湖が合っていた」それは諦めでも、逃げでもない。知ったうえでの選択だ。知らずに湖にいたのと、海を見たうえで湖を選ぶのは、まったく違う。ここで、もう一つ厄介な問題が生まれる。目線の言葉が、暴力になる瞬間がある。もっと広い世界がある。本当は、海のほうが自由だ。その言葉自体は、間違っていない。だが、相手が湖を湖として選んでいるとき、それは道案内ではなく、価値の押し付けになる。相手の静けさを停滞と呼び、慎重さを恐れと断定し、選択を逃げだと決めつける。その瞬間、言葉は啓示ではなく、裁きになる。さらに厄介なのは、湖にいる人自身がその言葉を内面化してしまうことだ。本当は呼吸ができているのに、自分を疑い始める。これは他者からの暴力であり、同時に、自己への暴力でもある。それでも、石を卵だと信じて温め続けたい人はいる。それは必ずしも、愚かさではない。人は、勘違いを真剣にやることで、予想もしなかったものを掴むことがあるからだ。石は、どれだけ温めても卵にはならない。その真剣さは真実の代わりにはならない。だが、その真剣さによって、別の真実を掴むことはある。自分の体温、時間の重さ、自分が何を大切にしてしまう人間なのか、という事実だ。問題は、石を温めたことではない。問題は、いつまでも「これは卵だ」と言い張り続けることだ。気づいたあとも手を添えるかどうかは自由だ。だが、孵るはずだと信じ続ける限り、世界は歪む。この考え方が嫌われる理由は、残酷だからではない。わかりにくいからだ。そして、私たちがよく知る物語が生まれないからだ。成長譚も、成功譚も、救済譚も、ここにはない。ただ、人が自分の立っている場所と、自分の目線の高さに気づいてしまうだけだ。それでも、語る価値がある。なぜなら、物語が生まれない場所にしか現実は存在しないからだ。この考え方は、人を導かない。背中も押さない。その代わり、足元を照らす。わかりにくくてもいい。物語にならなくてもいい。私はまだ海を見ていない。あるいは、一度見て、湖に戻ってきたのかもしれない。だが今は、湖を海だとは思っていない。それだけで、世界は驚くほど静かだ。
私の番は来るうまくいっている恋愛は、説明できない。だから世の中の恋愛は、成就までか破局を描く。すでにうまくいっている二人の間には、劇的なことが起きないからだ。では、私たちは何を見て恋愛だと思うのか。入口にあるのは、興味や好奇心だろう。「この人って……」好きでも嫌いでもない。評価も安心もまだない。ただ、わからないという感覚が残る。うまくいく恋愛は、この好奇心を保留できる。知りたいまま、決めない。惹かれたまま、関係に名前をつけない。多くの恋愛は、この好奇心が不安に変わったときに壊れる。わからなさに耐えられず、説明を求め、関係を概念に回収してしまう。そもそも恋愛という言葉自体が、無限にある関係を一つの型に押し込める、ある種の乱暴さを含んでいる。実際には、生きていることがすでにあるように、二人はあってしまっている。誤解を恐れずに言えば、成熟した人は恋をたくさんできると思う。それは浮気の話ではない。心が動くことを、そのまま引き受けられるという意味だ。パートナーがいながら、誰かに惹かれていい。パン屋のイケメン店員に挨拶するとき、一瞬、少女になっていい。成熟していない関係は、この心の跳ねを恐れる。なかったことにするか、破壊に変えるか、どちらかしか選べない。成熟した人は違う。心は動いているが、人生は揺れていない。それができるのは、彼らがもう決まっているからだ。意志が強いのではない。自分の生を、すでに引き受けている。だから心の揺れが、進路の揺れにならない。私自身の話をしよう。私は大学卒業まで、誰とも付き合わなかった。好きな人はいたが、付き合いたい、という衝動は湧かなかった。社会人になってから、何人かの女性と付き合った。けれど振り返れば、私は一度も心の底から告白したことがなかった。関係をはっきりさせたい、と言われて付き合った。誠実だったし、時間も嘘ではなかった。だが「付き合っている」という名前が、どこかしっくり来なかった。関係を拒んでいたのではない。関係を閉じることに違和感があった。破局は、多くのカップルと同じように、結婚や同棲といった次の現実を考える段階で起きた。私は、関係を続ける誠実さはあっても、人生を一つに束ねる覚悟がなかった。役割になる準備が、まだできていなかった。関係が悪かったのではない。関係も、私自身も、まだ育ちきっていなかった。だから今、私は恋愛をしない。出会ってしまうことはあるかもしれない。心が動くこともあるだろう。それでも私は、まず私を引き受ける必要があると感じている。誰かと生きる前に、私は私と生きなければならない。それは孤独を選ぶことでも、恋愛を否定することでもない。順番の問題だ。未熟なまま出会い、関係の中で成長していく人たちもいる。それは正しい道だと思う。ただ、それは私の道ではなかった。私はレールに乗りにくい仕事をしている。整体という仕事は、正解がなく、誰も教えてくれず、手探りで進むしかない。だが考えれば、私はずっとそういう世界に惹かれてきた。正解のない場所で、自分で立つこと。恋愛も、生き方も、私にとっては同じ構造だった。私は行為者でいたい。流される側ではなく、自分でやる側でいたい。だから決断は、長い逡巡の末ではなく、しっくり来る一瞬に起きる。私は最近、ようやく生きることをまた始めたばかりだと思っている。必要な時間が、必要なだけ、過ぎたからだ。生きる力とは、どれだけ腹が座っているか、それだけの話なのだと思う。誰かと生きる前に、私は私と生きる。それが、私が選んだ順番だ。
笑い話みたいな世界だった新卒の就職活動で、お祈りメールばかり届いて凹む、という経験をした人は多いと思う。少なくとも、私はそうだったし、周りを見ても、ほとんどの人が一度は通っている道だ。少し構造の話をすると、新卒の就活、とくに面接というものは、かなりの部分が茶番だ。それは離職率を見ればわかる。本当に「人を見て」採用ができるなら、あんな数字になるはずがない。面接では、限られた時間で、決まった質問をされ、決まった振る舞いが求められる。そこに「本当の適性」や「人生との相性」が入り込む余地は、正直ほとんどない。それでも、人は傷つく。それは、落ちたからではない。能力を否定されたからでもない。世界から拒否された気がするからだ。このとき、友達は何をすべきだろうか。励ますことだろうか。「次があるよ」と言うことだろうか。「就活なんて運だよ」と教えることだろうか。私の答えは、違う。何もしなくていい。いつもどおりでいればいい。一緒にご飯を食べる。どうでもいい話をする。いつもと同じ調子で、同じ時間を過ごす。それだけでいい。なぜなら、人を戻すのは、正しさではなく、生活だからだ。世界は、私たちを評価する。意味づけ、推し量り、比べ、序列をつくる。何者で、どの位置にいて、どれくらいの価値があるかを、言葉と数と概念で決めようとする。けれど、私たちが生活に戻るとき、そこには別の現実がある。評価されていない時間。意味づけられていない行為。測られていない身体。ただご飯を食べ、ただ話し、ただ同じ空間にいる。そのとき私たちは、世界と噛み合っている。現実は、私を正さない。現実は、私を戻す。それなのに、なぜ私たちは「戻る」ことより「正す」ことを善だと思ってしまったのか。それは、私を超えたものを信頼していないからだ。もっと受け入れやすく言えば、問題があったほうが、考えるのが楽だから。問題が設定されれば、原因ができ、解決策ができ、正解が売られる。けれど多くの場合、問題は起きていない。世界がそう評価しただけで、実際には、何ひとつ壊れていない。なぜなら、あなたを批判し、無価値だと言い、落とし込むものは、決してあなたの生活を引き受けないからだ。評価は、責任を取らない。だからこそ、私たちには「戻る力」が必要になる。戻る力とは、居場所を増やすことではない。ただ、離れる術を持っているかどうかだ。評価と自己を直結させないこと。状況と存在を重ねきらないこと。それは偶然にも、たくさんある。散歩。ぼーっとする時間。どうでもいい会話。意味もなく身体を動かしたくなる衝動。それらは無意味だ。そして、無意味だからこそ強い。無意味な回路は、資本を生まない。だから切り捨てられてきた。だが、私たちは資本主義なんてない時代から、国家なんてない時代から、ずっと生きている。制度の中にいながら、それ以前の時間も、同時に生きている。戻るとは、外に逃げることではない。中にいながら、戻れる。意味より先に、身体が動くこと。話す前に、誰かと話したくなること。猫を撫でるのに理由はいらない。美味しいものを食べるのに説明はいらない。それは、私の無垢な魂が求めているものを、私がやったという事実だ。プラトンは言った。人は皆、食うために生きているが、私は、生きるために食っていると。私は、一言こう言いたい。私は、生きている。
ギブスはいつか外れる私は「個性」という言葉を、あまり信用していない。あまりにも簡単に、あまりにも都合よく使われるからだ。コロナ以降、マスクを手放せなくなった若者が増えた。不安や生きづらさ、精神の不調を「それが私の個性だ」と語る声もよく聞く。誤解してほしいわけではない。マスクをすること自体を否定したいのではない。不安や恐怖、精神がやむことも、誰にでも起こり得る自然な反応だ。けれど私は、それらを個性と呼ぶ態度にどうしても違和感を覚える。病気や不安は、個性ではない。それは状態であり、出来事であり、人生のある局面に現れるものだ。個性になるのは、それとどう向き合ってきたか。葛藤の仕方。逃げた時間も含めて、それでも手放さなかった生。その姿勢のほうだと思っている。病気それ自体は個性ではない。けれど、それと向き合い、引き受け、生きてきた時間は、個性などという言葉には収まらない。では、なぜ人は状態を名札にしたがるのだろう。おそらく、まったく分からないものはコントロールできないからだ。原因も、終わりも、自分の責任の範囲も分からない状態に、人は耐えられない。だから名前をつける。「これは私の個性だ」と。その瞬間、外から侵入してきた出来事は、言葉の上で「私の内側にあるもの」になる。完全な無力の代わりに、疑似的なコントロールが手に入る。だがそれは、理解でも、引き受けでもない。言葉で囲っただけの状態だ。それでも、名札が必要な瞬間は確かにある。人生が壊れたとき。もう一度、生き直そうとするとき。これまで生きてきたが、また「生きよう」とするとき。そのとき名札は、一時的に私たちを守る。それは個性ではなく、ギブスのようなものだ。ギブスは骨そのものではない。だが、立ち上がるまでの間、余計な負荷を防いでくれる。名札も同じだ。今はこれ以上説明しなくていい。今は無理をしなくていい。そうやって、生をつなぎ止める。だが、ギブスはいつか外すものだ。外す前提でつけたものだけが、人を次へ運ぶ。外すことを忘れた瞬間、それは保護ではなく、拘束になる。私は整体師だ。身体のことを、長くやってきた。多くの人に身体を預けてもらい、生活が良い方向に変わる瞬間にもたくさん立ち会ってきた。けれど、私がよく覚えているのはうまくいったことよりも、できなかったことだ。思うように変えられなかった身体。痛みを取り切れなかった時間。言葉が足りなかった瞬間。それらを忘れず、自分の技術を少しずつ形にしてきた。だが私は、自分の技術を個性だと思ったことはない。そもそも、個性についてあまり考えていない。だからといって、人から「普通だね」「つまらない人だね」と言われたこともない。私はただ、できなかったことを引き受け、次はどうするかを考え、また身体に向き合ってきただけだ。私は変だね、とか、変わってるね、とか、そう言われることは多い。でも、「そうかもね」としか思わない。それを誇りたいわけでも、否定したいわけでもない。説明する気も、守る気もない。自分の努力がどうとか、人より何かができるとか、そんなことを語りたいと思ったこともない。今なら分かる。個性なんて、こちらが握ることじゃない。生きていれば、引き受けることを引き受け、できなかったことを忘れず、選び直しながら歩いていれば、あとから勝手についてくる。匂いのように。足跡のように。だから私は、個性にはあまり興味がない。今日、どこに立つか。何を引き受けるか。何を引き受けないか。それだけで、十分だと思っている。
現実回帰政治の話は、しばしば私たちを不在にする。立場や主義、正しさの配置図の中に、人は記号として押し込められ、生きているはずの「私」や「あなた」は、いつの間にか消えていく。けれど、そんな難しい話をする前に、私たちはすでに生きている。困っている人がいれば助ける。できる人がいれば分担する。余裕がなければ無理をしない。たぶん子どもに聞いても、同じことを言うだろう。それ以上でも、以下でもない。ところが、これを社会の理想として掲げ、制度や法として設計しようとした瞬間、話は途端に複雑になり、当初の目的は見失われていく。善意は数値化され、関係は権利と義務に変換され、生活は抽象になる。私は、外で裸にならない。誰かの大事なものを侮辱しない。それは法があるからでも、罰せられるからでもない。そんなことより、もっと前の話だ。理由を説明する必要すらない、「それは越えない」という線が、私の中にある。境界線には、他者に向けたものだけでなく、自分に向けたものもある。私は、私ができないことをしている人を、「あんなの誰にも出来る。」とは言わない。私は、やっていないことに意見を持たない。今、やっていないことを、人に教えたりもしない。それは控えめだからでも、自信がないからでもない。そうしなければ、私は自分の言葉の行き先を引き受けられなくなるからだ。私は、自由そのものよりも、自由が成立する場を重んじる。自由は、主張すれば得られるものではない。誰かが踏み込まないことで、かろうじて成り立つものだと思っている。私は、自分があまりにも弱いことを知っている。私は、ともすれば、自分の考えを自分そのものだと思い込み、それを私の姿として語り出してしまう。発信は、私にとって常に危うい。私は、少し人より成果を出しただけで、対等でいることを簡単に放棄し、人にレッテルを貼ってしまうことを知っている。言っていないだけで、心のなかで起きていることもある。だから私は、誇らない。ただ、やり続ける。だから私は、私以外を生きない。それは誇りでも、信念でもない。私が私であり続けるために、私自身に向けて差し出せる、たった一つの抗議だ。それでも、語ってしまうときがある。それは、私という存在が他者とつながっていないときだ。社会の中に身を置かず、一人で考え込んでいるとき、私は容易に、私の考えを私そのものとして語り始めてしまう。けれど、現実は私を正さない。現実は、私を戻してくれる。私が世界にできたこともあれば、人が私にしてくれたこともある。いつも行くジムで、常連の人やスタッフが何気なく挨拶をしてくれるとき、私は、私に戻る。整体の仕事で、目の前の人の身体と向き合っているとき、私は、考える前の場所に立っている。学生時代の友達と、ラーメンを食べているとき、何かを語らなくても、私は、ちゃんとそこにいる。そこには、主張も、立場も、正しさもない。ただ、私が私として世界と噛み合っている時間がある。その時間が、私を私に戻す。それぞれが越えない線を持ち、互いの線を侵さずに立っているとき、私たちは、はじめて同じ場にいられる。そして、この考えに同意できないこともまた、私の境界線である。それは排除ではない。説得もしないし、理解も強要しない。ただ、ここから先には踏み込まない、という表明だ。私は、私以外を生きない。そのために、今日も現実の中へ戻っていく。
位置にふさわしい姿勢お笑いを語る芸人がいる。理論を語り、構造を語り、賞や実績を背景に笑いを説明する芸人たちだ。実際、面白い。それに好き。けれど、腹を抱えて笑うことはほとんどない。一方で、なかやまきんに君では腹を抱えて笑ってしまう。彼はお笑いを語らない。芸論も、評価も、説明もない。あるのは芸だけだ。この違いは、技術や知性の差ではない。姿勢の差だと思う。人を笑かすという行為は、本来、自分をすべての人の下に置く行為だ。滑る可能性、ダサく見える可能性、理解されない可能性。それらを毎回、引き受けること。しかし、ポジションが固まった芸人の中には、下に行くことをやめてしまう人がいる。賞や人気や影響力を担保にしながら、お笑いの「場」そのものを語り、その場を自分に有利な位置へと変えようとする。それはどこか、聞かれてもいないのにボクサーがPFP議論に自分を入れる姿に似ている。戦う側であるはずの人間が、評価軸の側に立ってしまう瞬間だ。この構図は、お笑いに限らない。ボクサーも、絵描きも、作家も、音楽家も、どの世界でも同じことが起きる。やっている間だけ、その人はそれでいられる。人の作品について語り始めた瞬間、その人はもう絵描きではない。観る側へ、語る側へ、評価する側へと移動している。語ること自体が悪いのではない。問題なのは、語る位置のまま、行為者であろうとすることだ。行為とポジションは両立しない。描くことと、評価することは、同じ床には立てない。芸人も同じだ。ポジションが固まった瞬間、芸人じゃなくなる人が出てくる。それは才能を失ったからではない。下に行く覚悟を手放したからだ。本当に腹を抱えて笑ってしまう瞬間、私たちは理論に反応しているのではない。誰かが、何も守らずに、その場に身を差し出したことに身体が反応している。だから私は思う。芸も、創作も、人を本気で動かすのは、評価の外に身を投げたときだけだ。そしてこれは、今ここでこのエッセイを書くという行為にも当てはまる。私が思う私の姿勢は、このエッセイを書くということについて、評価や批判の位置に立たないということだ。それは、自分をどこか安全な場所に宙吊りにして、他人や作品を裁断しない、ということでもある。私は、上から測らない。外側から整理しない。正しさの席に座らない。世界を切り分ける代わりに、自分の姿勢へと回帰させる。いま、ここで、書いているという事実へ。そして最後に、私は整体師だ。人の身体を変化させる側にいる。だが、結果は受けている人に委ねている。施術後に、「あの人は反応が薄かったけど、整体師の私から見れば、いい線いっていた」そんな言葉を口にした瞬間、それはもう整体師ではないと思っている。それは専門性でも、経験でもない。ただ、結果を自分の側で回収しようとする態度だ。本人が納得していないという事実。その事実そのものとして、私は相手の身体と向き合う。もちろん、言葉を交わす。感覚をすり合わせる。どこがどう違ったのかを聞く。だが、そのコミュニケーションも含めて、私の実力だと思っている。相手の身体に起きたことは、相手のものだ。私はそれを裁定しない。芸人がそうであるように。描き手がそうであるように。変化を起こす側は、結果を管理しない。評価や批判の位置に立った瞬間、人は行為者ではなくなる。だから私は、このエッセイを書くことについても、同じ姿勢を取る。自分を宙吊りにして、誰かを裁断することはしない。評価の席にも、正しさの席にも座らない。ただ、いまここで起きている行為へと、自分の姿勢を回帰させる。評価は、あとから受け取ればいい。
降りたら地面があったジェットコースターに乗る場所と降りる場所は同じだった行った気がして戻ってきた違うのは足の裏前は連れていかれていた意味や速さや高揚に今は歩ける降りたあとに残ったのは退屈じゃない地面だ天気も足取りも気まぐれ腰の痛い日だってでも確かな感触明日には消えてる足跡私はもう連れていかれないここに立って歩ける今日はあっちに行ってみよう
私を含まない私この世には、ピーナツバターを一切含まないピーナツバター味のドーナッツというものがある。それを聞いたとき、私は強い違和感を覚えた。嫌悪に近い感覚だった。誤解してほしくない。アレルギーなどの理由でそれを選ぶ人を否定したいわけではない。興味として一度食べてみることも、ただ美味しいから食べることも、私は否定しない。引っかかるのは、そこではない。ピーナツバターを食べられる人が、ピーナツバターを含まないピーナツバター味を選び続ける、その位置だ。本体には触れられる。引き受けることもできる。それでもなお、重さや後味や責任を避け、雰囲気だけを摂取する。これは味の話ではない。態度の話だ。引き受けないことを前提にした選択が、いつのまにか癖になり、やがて生き方になっていく瞬間。私はそこに、あのドーナッツと同じ匂いを嗅ぐ。同じ構造は、食べ物の外にも、至る所にある。願望を個性と呼ぶ態度。理念や言葉を、免罪符のように使う振る舞い。距離のある場所から、言葉だけを投げる行為。どれも立場や主張の問題ではない。引き受けないまま、そこに居続ける姿勢その一点に、共通している。引き受けないことは、楽だ。傷つかずに済むし、失敗もしない。けれど、そのとき人は、少しずつ自分を差し出さなくなる。そして、ある地点を越える。何も引き受けないまま語るとき、何も引き受けないまま選ぶとき、その人は、自分を含まない「私」になる。そこには主語だけが残り、手触りも、重さも、責任もない。立っているようで、どこにも立っていない私だ。私は、そこにいたくない。触れられるなら、触れる。引き受けられるなら、引き受ける。できない理由があるなら、それは尊重する。ただ一つ、自分にだけは誠実でいたい。どこに立っているのか。なぜそれを選んでいるのか。自分がどこに立っているかを、ちゃんと自分で分かっていたい。そして私は知っている。私が、引き受けたまま立ち、逃げずに選び、私を含んだまま生きるとき、たしかにそこには、私の味がする。私の匂いがする。それは誇れるものでも、人に勧められるものでもない。ただ、生きてしまった結果として残ってしまうものだ。私は、その薄い匂いを失わないために、今日も自分がどこに立っているかを確かめている。
大声で叫ぶ「みんななんのために生きてんの?」そんな言葉を、SNSでたまたま見かけた。毎日ただ意味もなく過ごしていて、自分は何をしているんだろう、と。この問いに触れたとき、私は少しだけ立ち止まった。それは弱音だからでも、甘えだからでもない。むしろ、とても誠実な問いだと思った。ただ、同時にひとつはっきり分かることがある。この問いを発している人は、「生きるには理由が必要だ」と、どこかで信じている。理由があれば生きられる。意味があれば耐えられる。価値があれば、ここにいていい。けれど私の経験では、人生はいつも逆説的だ。理由を探している人ほど、理由を手にできない。価値を追い求める人ほど、内側が空いていく。なぜ生きるのかは、生きないと掴めない。生と、意味や価値は、同じ場所にない。生きる理由がエネルギーになることはない。価値があるから人は動くのではない。むしろ、それらを条件にした瞬間、生きることは急に難しくなる。生は、評価よりも先にある。意味づけよりも前に、もう起きてしまっている。私はここで、「私というもののどうでも良さ」を言いたい。自分で生まれたわけではないから、生きられる。選んで始めた人生ではないから、続いている。死という確かな終点が、相対的な意味や価値をすべて剥ぎ取ってくれるから、かえって、いまを引き受けられる。生きるのに、理由も、生きていていいと思える価値も、本当は要らない。必要なのは、すでにある生を引き受ける姿勢だけだ。引き受けるとは、どう生きるかを決めることではない。前向きになることでも、答えを出すことでもない。ただ、いまここにある生を見ること。そして、自分にアクセスすること。それだけだ。意味は、後から来ても来なくてもいい。価値は、なくても困らない。理由が見つからなくても、生は続く。そして私は、理由が見つからないまま生きている人を、間違っているとも、遅れているとも思わない。むしろ、その宙づりの地点に立っていること自体が、生に対して誠実なのだと思う。生は、条件を満たした者への報酬ではない。すでに、ここにある。だから私は大声で叫ぶ。たしかにあなたは生きている。
わたしのエッセイ私は自分のエッセイが好きだ。それは、自分の言いたいことを言葉にするという行為を、まだ諦めていないからだ。言葉は常に不自由である。人は立場を失って話すことはできないし、放った刃は必ず自分に返ってくる。それでも言葉を尽くそうとする。その言葉を世界に置いておこうとする。その姿勢が確かに現れているから、私は私のエッセイが好きだ。だから何度も読み返す。まだ言えていないことを探す。傲慢になっているところを探す。取りこぼしたものを見つけ出す。私は、分析や批判だけで終わりたくない。それは自分をどこかへ保留したまま、言葉を使う態度だからだ。私は常に、エッセイを自分のものとして語りたい。立場を引き受け、刃が返ってくることを知ったまま、それでも言葉を置く。説明ではなく、宣言として。評価ではなく、祈りとして。そして同時に、時に未熟な私を、そこにいさせてくれたことに、感謝したい。だから私は、私のエッセイが好きだ。そして私を居させてくれてありがとう。
個性は影に住んでいる個性という言葉を、私はあまり信用していない。あまりにも簡単に、あまりにも軽く使われるからだ。願望を個性と呼ぶ態度がある。「こうなりたい」「これが好き」「この格好をしたい」それ自体は自然で、否定されるべきものではない。私たちは自分を拡張するものを楽しんでいいし、自分に似合うものも、似合わないものも試していい。問題は、それらを個性だと名乗る瞬間に起こる。願望は入口にはなり得る。だが、願望そのものが個性ではない。なぜなら願望は、まだ何も引き受けていないからだ。個性とは、向き合ってきた時間や、選び続けた姿勢や、逃げなかった結果として、あとから立ち上がるものだと思う。それはプロデュースではない。演出して得るものでも、戦略として獲得するものでもない。生きてしまった証として、通ってきた道に残る匂い。意図せず刻まれた足取り。まだ言葉になる前の予感。だから個性は、他人との差異でもなければ、優劣でもない。同じ痛みを持っていても、同じ願望を抱いていても、それをどう扱ってきたかは違う。私にとって重要なのは、私はそれをどう扱ってきたのかその一点だけだ。沈黙も、未完成も、それ自体が個性になるわけではない。沈黙をどう引き受けているか。未完成を逃げ場にしていないか。そこに姿勢がなければ、それはただの未着手にすぎない。個性は名乗れない。説明しようとすれば薄まる。示そうとすれば、かえって歪む。ただ、振り返ったときに地面に残っているものがある。まだ温度の残る足跡がある。それが、私の個性だと思っている。
可能性より、意志を 意志より、あの時間を私たちに必要なのは、条件の中でどう振る舞うかを考えることではない。 何を失っても、それでもやるのかという問いだ。私たちはよく、状況や立場、評価や将来性を見渡しながら行動を決めようとする。 それ自体は賢明に見える。 だがそこには、ひとつ大きな落とし穴がある。打算は、とても簡単に物語を作る。 「今の自分はまだ早い」 「ここでは力を発揮できない」 「もう少し有利な場所があるはずだ」 そうやって、選ばない理由を無限に生み出す。気づけば私たちは、 自分が無力であるという設定を自ら引き受け、 世界の片隅で待つ存在になってしまう。だが本質的な問題は、能力でも環境でもない。 意志の不在だ。意志を持っていないとき、 私たちはすべてを頭で決めようとする。 正解らしきものを探し、損をしない位置を測り、 可能性の大小で自分を評価する。しかし可能性とは、与えられるものだ。 他者や状況、時代によって簡単に変わる。 そして多くの場合、それは私たちを守ってはくれない。一方で、意志は引き受けるものだ。 何を手放してもいいか。 どこまでなら失っても構わないか。 その問いに向き合ったとき、 私たちは初めて自分の足で立つ。失敗とは、 相対的な位置が下がることではない。 意味づけに負けることでもない。自分で選ぶということから、 逃げ続けることだ。意志を持つだけで、 世界がすぐに変わるわけではない。 だが、現実に触れる仕方が変わる。身体が先に動き、 行動が思考を追い越し、 その中で、 自分と世界が再び接続されていく。私たちは行動の中でしか、 本当の確信を得ることはできない。 自己吟味は必要だが、 考え続けることで意志が純化されることはない。確信は、 選び、動き、引き受けたあとに 静かにやってくる。可能性を見つめるのをやめ、 意志を選ぶこと。それは勇敢さの問題ではない。 誠実さの問題だ。人生は、条件の最適解を探すゲームではない。自分という存在に、どこまで責任を持てるかの問いだ。だが、私はこうも思う。意志を持つためには、あの時間が必要なのだ。 外から見れば、留まっているようで、 自家撞着していて、 正直、見ていられない。何も進んでいないように見えて、 同じところをぐるぐる回り、 ワチャワチャしているだけの時間。 自分の純粋さに傷つけられた、 無様な少年少女のような時間。どこからやり直そうか。 何を信じ直せばいいのか。あの、答えが出ないまま 立ち尽くしていた時間こそが、 私の意志の火種になったのだ。いや、だからこそ私が言いたいのはこれだ。意志を持てず、 ただ世界に反応するだけだった私もまた、 確かに意志を持っていた。選べなかったのではない。 決められなかったのでもない。それでも居ることをやめず、 問いを抱えたまま、 立ち止まる時間を続けていた。続ける、という意志。私は、その事実を 誇りに思う。そして私は、必ずそこに戻る。
なぜ私たちは、だめな人を好きになってしまうのだろうなぜ私たちは、だめだとわかっている人を、それでも好きになってしまうのだろう。傷つけられるとわかっている相手。大切にされないと知っている関係。頭では理解している。それでも、心や身体が、なぜか先に動いてしまう。この問いは、しばしば恋愛の失敗談として処理される。「見る目がなかった」「自己肯定感が低かった」。確かにそれらは一理ある。だが、それだけでは説明しきれない執着が、そこにはある。ここには、理解や意味づけの手前で働く力がある。人は、説明できる前に反応してしまう。不安や緊張、期待と失望が繰り返される関係は、理由とは無関係に、感情を強く結びつけてしまう。それは選択というより、反射に近い。心が考える前に、身体が覚えてしまうことがある。だが、私たちが惹かれる「だめさ」は、それだけで説明できるほど単純ではない。そこには、いくつかの衝動が重なっている。ひとつは、好奇心だ。とくに若い頃の恋愛は、理解よりも接近から始まる。未知であること。不安定であること。危うさを孕んでいること。それらは感情を強く揺らす。「普通ではない」というだけで、人は惹かれてしまう。それは愛というより、探索に近い。もうひとつは、逃避だ。社会に出たあと、恋愛はしばしば現実からの避難所になる。成果、評価、競争、役割。それらから一時的に降りられる場所として、恋愛が選ばれる。このとき私たちは、幸せよりも、理解できる苦悩を選んでしまう。退屈よりも、意味のある痛みを。だが、好奇心や逃避の奥には、さらに深い構造がある。それは、価値を自分の外へ持ち出してしまうことだ。私は何者か。私は価値があるのか。私はここにいていいのか。その問いに自分の内側から答えられないとき、私たちは価値を外に探し始める。恋愛は、最も手軽で、最も強度のある外部価値になる。私よりも関係。幸せよりも役割。生きる実感よりも、必要とされている感覚。価値を外に置くということは、同時に、思考を止めるということでもある。自分は何を望んでいるのか。どんな人生を生きたいのか。何を選び、何を引き受けるのか。それらの問いは、本来、自分自身に向けられるべきものだ。だが価値を相手との関係に預けた瞬間、主語は、いつのまにか「私」ではなくなる。相手がどうか。関係がどうか。必要とされているか。関係を破綻させやすい特性を持つ人との恋愛は、この思考停止を許してくれる。なぜなら、その関係がうまくいかない理由は、すでに相手の側に用意されているからだ。私は自分の人生を問われない。幸せを決断しなくていい。こうして価値は、相手とのあいだに集まり、やがて「役割」という形を取る。私たちが惹かれる「だめさ」は、多くの場合、自分の過去と共鳴している。より自分が無力だった頃。理解されなかった記憶。守られなかった感覚。そのときに負った傷が、相手の未熟さや欠落に反応する。「この人は、あの頃の私だ」言葉にならないその感覚が、好意として立ち上がる。そして私たちは、無意識に役割を引き受ける。支える人。待つ人。理解する人。傷つけない人。一見、それは優しさに見える。成熟した愛のようにも見える。だが多くの場合、それは愛ではなく、再演だ。忘れてはならないのは、「忘れられない人」という言葉の正体だ。忘れられない人とは、いまも愛している人ではない。多くの場合、終わらせられなかった自分自身だ。未完成であること。途中で断ち切られたこと。十分に理解されなかったこと。選ばれなかったこと。結末を持たない関係は、記憶の中で生き続ける。そこでは、役割だけが固定されている。理解する人。待つ人。報われない人。相手はもういないのに、役割だけが、内側で生き続ける。重要なのは、役割は愛の出発点ではないということだ。寄り添い、助け合い、尊重し合う日々の中で、その都度、立ち上がっては消えていくものだ。最初から役割を背負う恋愛は、生きた関係ではない。それは関係性ではなく、構造になってしまう。私たちは愛したいのではなく、「あの頃の自分を救う役」を演じてしまっている。それは弱さではない。生き延びるために身につけた、ひとつの方法だ。だが、自分の傷に落とし前をつけられるのは、やはり自分だけだ。誰かを救うことで、過去の自分が救われることはない。愛とは、あの頃の自分を演じ続けることではなく、いまの自分として、ここに立つことなのだと思う。だからといって、恋愛を重たいものにしたいわけではない。人は出会い、しばらく一緒に過ごし、思い出を作って、そして別れる。それだけのことが、人生には何度も起こる。最初から恋人やパートナーを目指さなくてもいい。足りないまま関わり、そのときどきの距離で、互いに触れていけばいい。終わった恋に過剰な意味を与えなくても、それはちゃんと、そこにあった。そして同じように、これから始まる恋愛や、恋愛そのものにも、あらかじめ大きな意味を背負わせなくていい。出会いは、何かを完成させるためでなくてもいい。ただ、ある時間を一緒に生きること。それだけで、十分なこともある。
才能論からサガ論へさぁ今日は才能について考えよう。才能について考えるには、まず「才能とは何か」を考えなければならない。何かを定義するというのは難しい。けれど一般的には、才能とは、ある行為において能力が秀でていること、そして先天的であれ後天的であれ、他と比べて比較的容易にその能力を獲得できることを指す場合が多い。しかし、才能は単なる能力のことだけとも思えない。なぜなら、才能は必ず他者の存在を必要とし、さらに言えば、ある文脈と出会ってからこそ成立するものだからだ。どれほど高い能力を持っていても、それが評価される場や意味を持つ文脈と結びつかなければ、才能としては現れない。才能とは、個人の内側に完結する性質ではなく、他者や社会との関係の中で立ち上がる言葉なのだ。さらに付け加えるなら、「才能」という言葉は、自分で名乗るものではほとんどない。それは多くの場合、他者が与える言葉である。人は、自分の内側にある感覚や能力を、「才能だ」とは感じない。ただ、そうしてしまうこと、なぜか掴めてしまうこととして経験しているだけだ。他者がそれを見たとき、文脈が与えられ、意味が接続されて、はじめて「才能」という名前が付く。文脈がないとき、それはただ、その能力が飛び抜けた人でしかない。では、文脈と出会えなかった能力は、才能ではなかったのだろうか。才能ではないとも言いたいし、才能だとも言いたい。私はどうしても、「才能」という言葉に俗っぽいものを感じてしまう。それは比較され、消費され、分かりやすい価値へと回収されてしまう言葉だからだ。だから私は、その人が生まれ持った能力や気質をサガと呼びたい。サガは、評価される以前に存在している。役に立つかどうかを問われる前に、すでにその人の中に流れているものだ。そして、そのサガを磨いていく行為を、私は修練、と呼びたい。ここで一般的才能論を俯瞰する世の中で語られる才能論の多くは、次の二項対立に収束する。天才型 vs 努力型天才型:生まれつきできてしまう、説明できない、早い、突出している努力型:反復と積み重ね、誰でも目指せる、再現性がある凡人 vs 才能的な人凡人:平均、伸びにくい、評価されにくい才能的な人:突出、評価されやすい、説明不要しかしこの二項対立は、すべて能力を比較し、結果で序列化する前提に基づいている。天才と呼ばれる人も膨大な修練を積んでおり、努力型と呼ばれる人も強いサガを持っている。違いは、修練や傾きの可視化のされ方だけだ。才能や天才とは、結果である。それ自体を目指して獲得するものではないし、先に用意されている目的でもない。私たちが根本的に行えることは、ただ一つ、生きることだ。関心を向け、反応し、選び、間違え、立ち戻り、続けてしまうこと。その営みの途中で、ある瞬間を切り取ったときに、他者がそれを「才能」や「天才」と呼ぶだけである。だから才能でも天才でも、呼び方は何でもよく、すべて副産物にすぎない。生きることを差し置いて、副産物を目的にしてしまったとき、私たちはサガを見失う。サガとは、評価や成果の前にすでに流れている、その人固有の傾きや質感である。それは天才か凡人か、才能か努力かという枠を超えて、ただ存在している。生きる営みの中で、身体が反応してしまう方向、心がつい戻ってしまうもの、その傾きに従って行動し続けること。それこそが修練である。修練とは、単なる技術や能力の向上のためではない。それをどう使うのか、なぜ磨くのかという、自分自身への問いかけである。才能や天才は、生きた結果として現れる副産物にすぎない。一方で、サガと修練は、生きることそのものと結びついている。私は、誰かに「才能がある」「天才だ」と言って、その人を遠ざけるよりも、すべての人の中にあるサガを見つめ、その修練に注目するほうが、ずっと確かな存在を感じることができる。サガは誰の中にもある。深さも形も異なりながら、同じ地平に流れている。それを見つけ、語ることで、私たちは神棚に置かれた人々と同じ目線で、同じ食卓を囲むことができる。そのとき初めて、本来の個性と多様性が実感されるのではないだろうか。
人生の開き方今日は、人生を作る話をしよう。いつも通り、アンチテーゼから入る。私は時おり、どうしてこうなってしまったのだろう、と思うことがある。そのとき浮かぶのは、たいてい過去だ。あの人は、どうしてああ言ってくれなかったのだろう。この人は、自分のことばかりだった。子どもの頃、どうして教えてくれなかったのだろう。けれど、過去だけでは終わらない。同時に私は、まだ起きてもいない未来を覗き込み、不安を先回りさせている。こうしていたら、きっとこうなっていただろう。このままでは、きっとこうなる。それは計算であり、予感であり、私たちがついしてしまう打算だ。そんなふうにして、私は何度も、過去と未来のあいだを往復してきた。そう思うとき、私は一体、どこにいるのだろう。「ああだったら」「こう出会っていたら」と時間を組み替える想像をしているとき、私はどのような存在なのだろうか。不思議なことに、その問いを立てた瞬間、私はそこから、すっと距離を取れることがある。そのとき、私は私を、再び見つける。そして、人生のルールを思い出す。そのルールによれば、自分がしてほしかったこと、してもらえなかったこと。それらはすべて、私がするために起こったのだ。同時に、私は思い出す。自分がしてもらったことを。受け取ってきた信頼を。向けられていた眼差しを。それは義務ではない。できない自分を責めるためのものでも、できた自分を誇るためのものでもない。それは、私と私との、そしてこの人生との、約束事のようなものだ。約束は、守られることもあれば、保留されることもある。それでも、約束であったという事実そのものは、決して失われることはない。人生は、作るものではない。触れられ、受け取り、忘れたり、思い出したりしながら、少しずつ、開いていくものだ。
痛みの告白誰もが、名前のつかない痛みを抱えて生きている。それは特別な出来事から生まれるとは限らない。生きているという事実そのものに、静かに伴っているものだ。多くの場合、私たちはその痛みを理解してほしい、聞いてほしいと望む。それは自然な欲求であり、人が人として他者と関わろうとするとき、避けられない衝動でもある。けれど、ここには一つの誤解がある。痛みは、共有することはできても、委任することはできない。誰かに預けたり、代わりに背負ってもらったりすることはできない。人の痛みは、本人の内側で生まれ、時間や記憶や身体と複雑に絡み合っている。それは本来、他者が「処理」できるものではない。文脈を失ったまま差し出された痛みは、聞く側に理解や解決や共感を無言で要求してしまう。そのとき、痛みは関係を結ぶものではなく、関係を歪める力になってしまう。だからといって、痛みが整うまで語ってはいけないわけではない。和解しようとする意志とは、落ち着いていることでも、説明できることでもない。何が言いたいのか分からないまま、言葉が途切れ、感情が露出した状態で語ってもいい。語ることは、完成した気持ちを差し出す行為ではない。むき出しのまま、言葉を探し始めることだ。その探し方そのものが、痛みと自分との関係を結び直す。語ること自体が、癒しのプロセスになる。ただ一つ、手放してはいけない姿勢がある。これは誰かに引き取ってもらうための痛みではなく、自分の内側で起きている出来事なのだ、という自覚。整っていなくてもいい。混乱していてもいい。それでも、自分の痛みのそばに自分で立っているという意志。その距離があるとき、痛みは要求や攻撃にならない。一方で、聞く側にも誠実さが必要になる。他人の痛みは、完全には理解できない。そして、理解する必要もない。分かったつもりになることは、しばしば相手を自分の枠に回収してしまう。それでも、相手の言葉を受け取ろうとする意志。解決や助言を差し出すのではなく、「二人の関係として、ここにいる」という姿勢。それは何かをすることよりも、耳を閉じないという選択に近い。理解されるかどうかは、告白の目的ではない。それは結果として起こることにすぎない。大切なのは、語る側も聞く側も、互いの痛みを所有しないこと。支配しないこと。投げ渡さないこと。痛みは、解決されるために語られるのではない。関係の中で、ひとりに戻されないために語られる。これは、痛みの扱い方の話ではない。関係を生かすための、私たちの心構えについての話だ。わたしの痛みを、大切に育てよう。未完成のまま、言葉にならないまま。手入れをし、抱きしめ、私の中に引き入れよう。そう、これで良かったと
探し物を探そう好き、嫌いは、私なのだろうか。朝、目が覚めると、それらはもうそこにある。選んだ覚えはない。ただ、世界に触れた反応として立ち上がってくる。けれど、それが私だと言われると、どこか手応えがない。好き、嫌いは、いつも外を向いている。近づくか、離れるか。世界との距離を測るための動きにすぎない。では、私の内側とは何だろう。自分というものを探してみるが、掴めるような「私」は、ほとんど見つからない。デカルトは、その空白の中に残ったものを「考えている」という事実だけに絞り、それをコギトと名付けた。確かに、思考は消えない。だが私は、コギトしかないと言いたいのではない。むしろ、コギトしかないわけがないと、呼吸の奥で否定しているものが、確かにある。私はそれを、魂と呼ぶ。魂は、何かをしてくれる存在ではない。答えを与えたり、導いたりもしない。ただ、問いかけてくる。――お前は、どこへ行くのか。――なぜ、今日も目覚めたのか。そして同時に、私からの問いを、ずっと待っている。魂とつながるというのは、何かを得ることではない。むしろ、すでに信頼されている場所に身を置くことだ。私はその信頼を、神と呼んでもいいと思っている。神や魂は、私を操作しない。助けもしない。ただ、見守り、信頼している。その中に身を置くとき、私は初めて、自分のリズムを取り戻す。私を超えた揺りかごを信頼したときに生まれる、このリズムを、私は精神と呼びたい。精神とは、思考ではない。意志でも、感情でもない。信頼の中で自然に生まれる、在り方のテンポだ。このリズムによって、私たちは人と関わることができる。同時に、故人とも、まだ見ぬ未来の人とも、つながることができる。そのとき、他人はもう、単なる他人ではない。親は、年を取った自分であり、他人。子どもは、自分の魂からこぼれ落ちた宝物であり、他人。同一化も、支配も、必要ない。世界や他者は、制御するものでも、良い関係を築こうとコントロールする対象でもない。私と魂が、私と神が、信頼によってつながれるように、私もまた、精神を携えて、他者であり、同時に私である者たちと、つながることができる。さて、今日も目覚めた。魂を探しに行こう。神を探しに行こう。誰かを探しに行こう。何かを探しに行こう。私を向かい入れよう。心当たりはあるだろうか。今日は、会ってくれるだろうか。わからない。それでも探そう。私はこの試みを「生きる」と呼びたい。
探し物好き、嫌いは、私なのだろうか。朝、目が覚めると、それらはもうそこにある。選んだ覚えはない。けれど、それが私だと言われると、手応えがない。好き、嫌いは外を向く。触れたものに反応し、近づくか、離れるかを決めるだけだ。では、内側はどこにある。探すと、輪郭はほどけていく。考えている、その事実だけが残る。それでも、それだけでは足りないと呼吸の奥で何かが否定する。私はそれを魂と呼ぶ。魂は問う。――どこへ行く。――なぜ今日も目覚めた。私はまだ答えない。私たちが問うように、魂もまた、問いを待っている。さて、今日も目覚めた。魂を探しに行こう。今日は、会ってくれるだろうか。
私は私といるか?誰かと逢えるか? 世間が私の口を借りて話し始めるとき私の魂は裏口から出ていく比べる測る位置を探すそのあいだ私は私を留守にするこれを自分といれないと呼びたい 自分といることは安心ではない心細さの隣で気まぐれな魂と座ること魂は正しさより早く理由より先に傷つく だから私は立ち止まり問いを置くいま魂は喜んでいるか神は沈黙のまま頷いているか 成果の手前で意味の前でこれは私から離れていないか答えはいつも曖昧だそれでも問いを手放さないそれだけが私を私の場所へ戻してくれる けれど私も誰かに会いたい 自分といないまま誰かに会うとその人は役割になる穴を埋める人価値を映す鏡夜を越えるための一時的な灯りそれは出会いの形をしてすれ違っていく 「私といる」時間を一度でも通ったなら次に会う誰かは救いでも答えでもなくただ誰かとしてそこに立つ 私が私でいるままあなたに会えるときそれは埋め合うことではなく並ぶことすれ違いではなく出会いになる 私は気まぐれな魂と一緒にいたい魂が神に触れているかを確かめながらそして私でいるまま誰かに会いたい
【私は私といるか?】私はよく、自分といれなくなる。世間、普通、正しさ、価値。実体のないそれらが、いつの間にか私の口を借りて話し始める。比べること。測ること。位置を知ろうとすること。それらに夢中になっているあいだ、魂は、裏口から出かけていたり、居留守を使ったりする。私はこの状態を「自分といれない」と呼びたい。自分といる、というのは安心していることではない。満たされていることでも、うまくやれていることでもない。それはもっと静かで、もっと心細い。気まぐれで、扱いづらく、すぐにどこかへ行ってしまう魂と、それでも一緒にいようとすること。魂はいつも揺れている。正しさよりも早く動き、理由よりも先に傷つき、説明を拒む。それでも私は、ときどき立ち止まり、自分に問いかける。いま、魂は喜んでいるだろうか。神は、この在り方を見て、頷いているだろうか。ここで言う神は、裁く存在ではない。命令する声でもない。私を包み込み、私を超えた場所から、沈黙のまま見ている何か。世界でも、自然でも、名前のない全体でもいい。自分といる、というのは、この問いを忘れないことだと思う。成果の手前で、意味づけの前で、「これは私から離れていないか」と胸の奥で確かめること。答えは、いつもはっきりしない。魂は気まぐれだし、神は多くを語らない。それでも問いを手放さないという態度だけが、私を私の場所に戻してくれる。自分といることは、自分だけで完結しない。魂は私の内側にあるが、その視線はいつも外を向いている。世界に触れ、何か大きなものに手を伸ばしている。だから私は、世界を信頼しようとする。世界は優しくない。理不尽も、沈黙も、意味の回収されない出来事もある。それでもなお、この世界の中で生きていい、ここにいていい、そう頷いてくれる何かが確かにあると信じてみる。自分への信頼と、世界への信頼。そのあいだを行き来しながら、私は何度も自分といようとする。この文章は、完成された答えではない。ただの自己開示であり、私の小さな祈りだ。私は、気まぐれな魂と一緒にいたい。魂が神に触れているかを、何度も確かめながら、生きたい。もしあなたが、自分といれない夜にこの言葉を読んだなら、そのとき、私たちは同じ問いの下にいる。