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重めのジョナサン

重めのジョナサン

個性は影に住んでいる

個性という言葉を、
私はあまり信用していない。
あまりにも簡単に、
あまりにも軽く使われるからだ。
願望を個性と呼ぶ態度がある。
「こうなりたい」「これが好き」「この格好をしたい」
それ自体は自然で、否定されるべきものではない。私たちは自分を拡張するものを楽しんでいいし、自分に似合うものも、似合わないものも試していい。

問題は、それらを個性だと名乗る瞬間に起こる。
願望は入口にはなり得る。
だが、願望そのものが個性ではない。
なぜなら願望は、まだ何も引き受けていないからだ。
個性とは、
向き合ってきた時間や、
選び続けた姿勢や、
逃げなかった結果として、
あとから立ち上がるものだと思う。
それはプロデュースではない。
演出して得るものでも、
戦略として獲得するものでもない。

生きてしまった証として、
通ってきた道に残る匂い。
意図せず刻まれた足取り。
まだ言葉になる前の予感。

だから個性は、
他人との差異でもなければ、
優劣でもない。
同じ痛みを持っていても、
同じ願望を抱いていても、
それをどう扱ってきたかは違う。

私にとって重要なのは、
私はそれをどう扱ってきたのか
その一点だけだ。
沈黙も、未完成も、
それ自体が個性になるわけではない。
沈黙をどう引き受けているか。
未完成を逃げ場にしていないか。
そこに姿勢がなければ、
それはただの未着手にすぎない。

個性は名乗れない。
説明しようとすれば薄まる。
示そうとすれば、かえって歪む。
ただ、振り返ったときに
地面に残っているものがある。
まだ温度の残る足跡がある。
それが、私の個性だと思っている。
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生きずらそう

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