共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

重めのジョナサン

重めのジョナサン

海も湖も揺らいでいる

「浮気をしない、かっこよくて、家庭的な男
の人なんていない」
こういう言葉を、わりとよく耳にする。
特に若い頃は、半ば常識のように語られる。

でもそれを聞くたびに、私はこう思う。

いる。普通に。

ただし、たとえ存在していたとしても、
その人の前には現れない。

それは、魅力が足りないからでも、
努力が足りないからでもない。
場所や運の問題でもない。

目線の高さが異なるだけだ。

目線の高さが違うと、
同じ場所にいても、
同じ景色を見ているつもりでも、
視界に入るものがまったく違う。

この「見えない」という状態は、
拒絶されているわけでも、
選ばれなかったわけでもない。

見えない側から見ると、
そこに感情の揺れはほとんどない。
怒りも、失望も、期待もない。

木が揺れているのを見るように、
雨が降っているのを見るように、
自然物を見る感覚に近い。

そして重要なのは、
彼らは「関わらない」と
決めてすらいないことだ。

関わるかどうかを
検討する段階に入っていない。

こうしたズレは、
恋愛に限らず、
仕事でも、人間関係でも、
至るところで起きている。

だが、ほとんどの人は
それを「目線の高さの違い」として
認識できない。

だから、別の説明を探し始める。

私が美しくないからだ。
もっと自分磨きをすればいい。
そういう場所に行けば、
出会えるはずだ。

一見、前向きに見える。
だがこれは、
現実と自己像を
同時に歪める発想だ。

ここで一つ、問いが立つ。
気づかないまま生きることは、不幸か。

結論から言えば、
条件付きで、不幸である。

本当に一ミリも気づいていないなら、
この問いそのものが立たない。
違和感もなく、
この話について考えることもない。
その場合、話はここで終わる。

問題は、
どこかで「何かおかしい」と
感じている場合だ。
それは、
気づいていないのではない。
全く違うものを、
それだと信じている状態だ。

海を知らないのは、不幸ではない。
ただ、
湖を海だと信じてやまないのは、不幸である。

湖を前にして、
水平線を探し、
潮の満ち引きを待ち、
来るはずのない波に期待し続ける。

その間、
湖はただ湖として、
静かにそこにある。

やがて、人は海を知ることがある。
その広さと、深さと、
同時に危険も知る。
だが、
海を見たあとに
湖へ戻る人は、たくさんいる。
「私には、地元のこの静かな湖が合っていた」

それは諦めでも、逃げでもない。
知ったうえでの選択だ。

知らずに湖にいたのと、
海を見たうえで湖を選ぶのは、
まったく違う。

ここで、
もう一つ厄介な問題が生まれる。
目線の言葉が、
暴力になる瞬間がある。

もっと広い世界がある。
本当は、海のほうが自由だ。
その言葉自体は、間違っていない。
だが、

相手が湖を湖として
選んでいるとき、
それは道案内ではなく、
価値の押し付けになる。

相手の静けさを停滞と呼び、
慎重さを恐れと断定し、
選択を逃げだと決めつける。
その瞬間、
言葉は啓示ではなく、裁きになる。

さらに厄介なのは、
湖にいる人自身が
その言葉を内面化してしまうことだ。
本当は呼吸ができているのに、
自分を疑い始める。

これは他者からの暴力であり、
同時に、
自己への暴力でもある。

それでも、
石を卵だと信じて
温め続けたい人はいる。
それは必ずしも、愚かさではない。

人は、
勘違いを真剣にやることで、
予想もしなかったものを掴む
ことがあるからだ。

石は、
どれだけ温めても
卵にはならない。

その真剣さは
真実の代わりにはならない。

だが、
その真剣さによって、
別の真実を掴むことはある。

自分の体温、
時間の重さ、
自分が何を大切にしてしまう人間なのか、
という事実だ。

問題は、
石を温めたことではない。
問題は、
いつまでも
「これは卵だ」と
言い張り続けることだ。

気づいたあとも
手を添えるかどうかは自由だ。
だが、
孵るはずだと信じ続ける限り、
世界は歪む。

この考え方が嫌われる理由は、
残酷だからではない。
わかりにくいからだ。
そして、
私たちがよく知る
物語が生まれないからだ。
成長譚も、
成功譚も、
救済譚も、
ここにはない。
ただ、

人が自分の立っている場所と、
自分の目線の高さに
気づいてしまうだけだ。

それでも、
語る価値がある。
なぜなら、
物語が生まれない場所にしか
現実は存在しないからだ。

この考え方は、
人を導かない。
背中も押さない。
その代わり、
足元を照らす。

わかりにくくてもいい。
物語にならなくてもいい。

私はまだ海を見ていない。
あるいは、
一度見て、湖に戻ってきたのかもしれない。

だが今は、
湖を海だとは思っていない。
それだけで、
世界は驚くほど静かだ。
GRAVITY
GRAVITY2
関連する投稿をみつける
話題の投稿をみつける
サトリ

サトリ

最近、ガンバローネーを作ってみたら、ナスの風味が引き立ってめちゃくちゃ美味しかった!家族みんなで楽しめるから、ぜひ試してみて!
ガンバローネーとは何ですか?
ガンバローネーは、イタリアの伝統的な料理で、特に南イタリアのカラブリア地方で人気があります。以下にその特徴をまとめます。 特徴 主な材料: ガンバローネーは、主にナス、トマト、オリーブオイル、ハーブ(バジルやオレガノなど)を使って作られます。これらの材料が組み合わさって、豊かな風味を生み出します。 調理法: 材料をオーブンで焼いたり、煮込んだりして作ります。特に、ナスをグリルしてから他の材料と合わせることが多いです。 提供方法: 温かい前菜やサイドディッシュとして提供されることが一般的で、パンと一緒に食べると美味しいです。 食文化 地域性: ガンバローネーは、カラブリアだけでなく、他の南イタリアの地域でも見られますが、各地で少しずつレシピが異なることがあります。 家庭料理: 家庭で作られることが多く、家族や友人と一緒に楽しむ料理として親しまれています。 この料理は、シンプルながらも素材の味を活かした美味しさが魅力です。もし機会があれば、ぜひ試してみてください!
GRAVITY
GRAVITY
御殿

御殿

流れで数年ぶりにちびまる子ちゃん視聴

クロスケの話よかった
GRAVITY
GRAVITY8
ハム

ハム

日曜ってスクールゾーンが無効化されてるから無敵だと思い込むけど次第に渋滞箇所が増えて結局捗らないな
GRAVITY
GRAVITY2
るーり

るーり

#大河べらぼう
俺、蔦重には言わねぇよ
GRAVITY
GRAVITY3
圭

余震にしてもM5〜M6が連続でくるの気持ち悪いな
GRAVITY
GRAVITY2
葵 春空

葵 春空

仮に酔い潰れても帰巣本能だけはあるから大丈夫
GRAVITY
GRAVITY2
みャビ

みャビ

あやしいクルークの特技がおそうじ!?可愛いなぁ!?
GRAVITY
GRAVITY1
きぅり

きぅり

一旦帰って家の事してむびおんまでに時間作れたら読みたいけどどうかなぁ...むびおん終わった後ゆっくり読むかもしれん寝れなくなりそうだけど
GRAVITY
GRAVITY1
のの サ

のの サ

最近、友達が挑戦してることがあって「ガンバローネー!」って言ってみたら、すごく喜んでくれた!励まし合うって大事だなぁ。みんなも使ってみて!
ガンバローネーの意味は?
ガンバローネーは、イタリア語の「ガンバローネ」(gambalone)から来ており、一般的には「頑張ろう」という意味を持つ言葉です。この言葉は、特に励ましや応援の文脈で使われることが多いです。以下に、ガンバローネーの具体的な意味や使われ方をまとめます。 意味: 「頑張ろう」という意志を表す言葉で、努力や奮闘を促すニュアンスがあります。 使用例: 友人や仲間に対して、何かに挑戦する際に「ガンバローネー!」と声をかけることで、励ましの気持ちを伝えることができます。 文化的背景: 日本のポップカルチャーやアニメなどでも、仲間を励ますシーンでよく使われるフレーズです。 このように、ガンバローネーは単なる言葉以上の意味を持ち、コミュニケーションの中で人々をつなげる力があります。
GRAVITY
GRAVITY
しんま

しんま

歌麿余りにも切ないね…
#大河べらぼう
GRAVITY
GRAVITY2
もっとみる
関連検索ワード

海も湖も揺らいでいる