くろ
人畜無害。毒にも薬にもならない人間目指してます。
猫
マンガ
文学
読書
音楽
映画
サッカー
散步
愛知
京都
岐阜
静岡
奈良
三重
滋賀
アニメ
ジグソーパズル
くろ
『津軽の髭殿』 ©️岩井 三四二
時は戦国、舞台は日本列島本島北端、現青森県津軽の地。
久慈郡の領主、久慈備前守治義の庶子である弥四郎が徒手空拳から実質十万石の大名となり天寿を全うするまでを描く。
周辺地域を平定し、近隣ニ大勢力である安東氏およ南部氏と押しつ押されつ騙し騙されつの合戦、政戦を繰り広げる戦国中期。
豊臣秀吉の号令下で国分けや朝鮮出兵に振り回されたと思えば、太閤薨去の後の目まぐるしい政変から関ヶ原の合戦にと右往左往しつつ自領安堵のために徳川と自国の間を奔走する戦国後期。
そして若かりし日から積み上げてきた業に苦しみつつ往生し津軽藩祖と呼ばれるに至る戦国末期。
現代においても地元民に「髭殿」と愛敬をもって親しまれるその一生を細やかに、かつ迫力をもって綴られる物語。
「人の恨みとは恐いものだと思う。こちらがそれほどたいしたことだと思っていなくても、相手はいつまでも執拗に憶えていて、晴らす機会を狙っている。
新しい世になったからとて、古いしがらみが消えるわけではないのだ」ー本書より抜粋
本書で特に印象的だったのは、時代小説において焦点を当てられがちな合戦や政争はもちろんだが、その結果として起きる因果応報の描写にも重きを置いていた点だった。
これは現代でも全く同じことで、節操なく、情けも思い遣りもない行いには作用反作用の法則の如く何かしらの形で自身に返ってくると肝に銘じるべきだろう。
思い返せば身につまされるような場面も多く、自然豊かで爽やかな津軽の風を感じる中に自戒の念を呼び覚まされるような読後感だった。
歴史小説の中で北国を舞台に扱われる題材としては、戦国時代、奥州の伊達政宗、幕末では新政府と旧幕府の戦いで土方歳三が最期の時を過ごした北海道、函館の地などが有名だと思う。
そんな中にあって、多くの方には馴染みのない津軽の地を舞台にした物語ということで興味深く、新鮮な心持ちで読み進めることのできる一冊。
歴史小説がお好きな方は是非ご一読いただければと思う。

くろ
『All The Wicked Girls』
Chris Whitaker 著 鈴木恵 訳
時は1995年、舞台はアメリカアラバマ州の小さな町、グレイス。
アメリカ南部の田舎町に暮らす人々生活を一変させたその無惨な事件が起きたのは、皮肉にも慈悲の名を冠するグレイスだった。
一人、また一人と相次いで失踪する少女。
失踪した地域に因んで彼女たちは「プライアー・ガールズ」と呼ばれた。
偶然に目撃された誘拐犯のシルエットから「鳥男」と恐れられた犯人に、双子の姉、サマーが誘拐されるなどとは夢にも思わなかった主人公のレイン。
穏やかで柔和な姉と違い、活発で奔放な妹のレインは町全体を巻き込みながら姉の行方を探し出す…。
「どんなことにも赦しがあると思ったら大まちがい。不品行に赦しはない」ー本書より抜粋
著作者の哲学なのか、多分に宗教的な要素
が散りばめられた本書。
そんな物語のエッセンスを言葉に集約させるなら「不品行と因果」というところ。
現実の事件もそうだが、たいていの場合、関係者は知っていること全てを語らないものだ。
なぜなら不都合な真実のない犯罪などほとんどないから。
一つ一つは単純な事件でも、関係者が口を閉ざす「不品行」のお陰でどんどん迷宮と化していくその様が生々しく巧みに描写されている。
レインとサマーを軸に、複数の登場人物目線と時系列を目まぐるしく切り替えながら鳥男の正体に迫る形で綴られていて、不気味さと緊張感に溢れる物語に惹き込む手腕が素晴らしい。
その落とし所をまさに因果という形に収めているところもまた非常に好印象だった。
誰しもが本当の正しさというものにうっすらと気付いているのかも知れない。
それが自分に不都合なことであれ、そのぼやけた輪郭がはっきりするまで真実に向き合い行動すること。それが優しさや強さと言われるものなのかもしれない。
複雑に絡み合う深刻な問題の解消に腐心している。そのための勇気や赦しが欲しい。
そんな方に手に取っていただきたい一冊。

くろ
久々のパズルはスイミー。
300ピースで比較的組みやすかった。
昔は何となくスイミーが助かって良かったなーくらいの気持ちで読んでいた物語。
今改めて内容を思い返すと、人生では自分がスイミーだったり赤い魚だったり、黒い大きな魚だったりすることに気付く。
数を恃むのは心強いが、相手からすれば数の暴力になることを忘れてはいけない。
リンゴ型ピースが隠れているので、気が向いた方は探してみてください。

くろ
『L’acqua del lago non è mai dolce』
Giulia Caminito 著 越前貴美子 訳
イタリアの湖畔にある町。
そこに、10代の少女であったガイアは母に連れられ引っ越してきた。
父は仕事中の事故から車椅子生活。
母はそんな父の介護とガイアを含め幼い子供三人の生活のため掃除婦をしていた。
母の中では、父と共に生きる決断をしたことへは後悔しかない。
また、子供たちへは正しく生きるよう厳しく接していた。
貧しさ、両親の不和、過度な厳格さはガイアの心を日々削り、鬱屈させてゆく。
「私の人生は母のものではなく、私のものだ。私の人生は私に関わることで、人生を作るのも壊すのも私だ。だから私は反発した」-本書より抜粋
愛が足りない、もしくは愛を騙る盲信的な正義感や自己満足を受けて育った子はどうなるのか。
時に人を徹底的に遠ざけ、また時には必死に人の気を引く。
無軌道に繋がりを求めたかと思えば、不意に恐ろしくなって深い溝を掘る。
主人公であるガイアの10〜20代を通じて、どこかに本物の愛を探しながら、それを信じ切れない自身の葛藤を生々しく描く。
産まれ落ちる環境は選べない。
このような家庭は実は稀ではなく、同種の苦しみ、悲しみを体験した方も少なくないと思う。
物語は読者にとって話し手であると同時に、感情を共有する聞き手でもある。
辛く、暗い、理解されにくい過去がある。
そんな方にこそ手に取ってご一読いただきたい一冊。

くろ
春から新生活が始まるみんなへ
頑張れるかな、仲良くできるかな、変われるかな、変わらずにいられるかな。
そんな風に不安がたくさんだよね。
自分自身に多くを求めないで、少しずつやっていこう。
初めて過ごす場所で、初めて会う人と、初めてやることを学んでいく。
みんなを待っているのはそんな生活だから。
昨日まで出来なかったことが、次の日突然できるようにはならないから。
昨日まで知らなかった人を、次の日突然理解できはしないから。
できなくて当たり前。
上手くいかないのが普通。
住んでいる街の景色が気付けば変わっているように、毎日少し、また少し。
ちょっとずつ自分が成長していくのを、ちょっとずつ相手が自分の、自分が相手の理解を深めていくのを、毎日楽しみつつ過ごしていこう。
住んでいる街の景色と同じ、数年後に振り返れば変わらないもの、変わったもの全てに素敵な思い出がきっとそこにあるから。
無理のない範囲で、でも頑張ったと言えるよう、胸を張って、いってらっしゃい。
くろ
くろ
カリカリ( ..)φ
( ..)φカリカリ

くろ
カリカリ(*._.)φ

くろ
『This Is My Truth』
Yasmin Rahman 著 代田亜香子 訳
イングランド、イスラム系家庭に生まれ、高校時代を過ごすアマニとその友人のフーダ。
進路や交友関係など悩みの尽きない年代だが、二人の人生はここまで概ね上手くいっているように…見えた。
実のところ、それぞれが誰にも言いたくない深刻な問題を抱えており、近づけば近づくほどにそれが明るみに出ることを恐れていた。
「感情は感情。感情に正しいとか間違いとかはありません、って、忘れちゃった?」-本書より抜粋
何でも言えるのが親友だよ。
時折耳にするこの言葉。
正確に言えば、自分にとって不都合なことでも隠さず言える、相手にとって耳が痛いと分かっていても必要ならば迷わず言えるのが親友だと思う。
更に付け加えるならば、言いっぱなしではなく背中を押して自分も共に歩む行動で以って相手への信頼を示し、相手からの信頼を確かなものにするのが親友というものだろう。
これは、相手が受け止めてくれると信じて断崖から身を投げる感覚に似ていると思う。
そのために必要な相手から信頼されていると思える自信、そして自身が相手を信頼する勇気。
どのようにしてそれらを得るのか、構築するのか、本当にそんなものがあるのか…。
本書はそんな問い掛けに対し、一つの解答を提示している。
扱う内容は重苦しいものだが、現代の高校生らしい軽快で朗らかなやり取りが自然な文体で表現されており、非常に読み進めやすかった。
同世代の方、もしくは同世代の子の親である方にお薦めしたい一冊。

くろ
『Verzeichnis Einiger Verluste』
©️Judith Schalansky 細井直子 訳
地図から消えた島、絶滅したトラ、歌われなくなった歌…。
今となっては見ることも聞くことも叶わない、僅かな資料が残るのみとなったものたち。
あるモチーフはエッセイで、またあるものはモンタージュでと、様々な文体で12の失われた物語が綴られる。
「生きるとは、喪失を経験するということだ」
-本書より抜粋
創造の数だけ破壊があり、獲得の数だけ喪失がある。
本書は興味深い物語であると同時に、貴重な記録でもある。
だんだんと得るものよりも失うものの方が多くなって行くのが人生の常だけど、得たものと同じように失ったものも大切にしたい。
そんなことを考える読後感だった。

くろ
『The Twelve Lives of Samuel Hawley』
©️Hannah Tinti 松本剛史 訳
父の身体には11個の銃痕がある。
寡黙で謎の多い父、ホーリーに連れられアメリカ各地を転々としてきたルー。
彼女が12歳になる頃、親子は亡き母の故郷へと移り住んだ。
穏やかでなくとも真っ当な暮らしを手に入れたかのように思えた。
だが、ホーリーの身体に刻まれた傷が消えはしないように、暗い過去が二人の背後まで迫っていた。
ルーの視点で進行する現在の出来事と、ホーリーの視点で紡がれる過去の記憶。
過去が現在に追い付く時、事件は起きる。
「とにかく、おまえにはあきらめないでほしい」
「あきらめるって、何を」
「誰かといっしょにいることをだ」-本書より抜粋
積み重ねた時間の重みが違うため、当然と言えば当然だが、親には子が想像する以上の過去があるものだ。
その中には密接に家庭に絡み付いているものもある。
親は過去から子を守ろうとするが、子にはそれが伝わらないので溝は深まるばかり。
親は子が自分とは全く別の人生を生きる一個人であることを認め、子は親にも子として苦しみ傷付いた過去があることを知る、そんな愛情と勇気が良い家庭には不可欠だ。
わかっているつもりで逃げていてはいけない。
必ずしも幸福ばかりではない世界を生きてきた親が、なぜ自分を世に送り出そうと思ったのか。
望んだものでなくとも答えは必ずあるものだ。
それを知って初めて人生の正しい航路を知ることができる場合もある。
子に何ができるのか、親の何を知れるのか。
双方の理解に苦しむ方には、立場年齢問わず手に取っていただきたい一冊。

くろ
『The Devil And The Dark Water』
©️Stuart Turton 三角和代 訳
1634年、アジアから喜望峰にかけて拠点を置き、交易によって巨万の富を築いていた連合東インド会社。
現ジャカルタからアムステルダムに向けて出航するザーンダム号には、その積荷が約束する富と同等、もしくはそれ以上の憎悪が満ちていた。
海上の密室と化した船内で起きる数々の不気味な出来事。それらは、一人また一人と不審な死を遂げる殺人事件へと発展する。
ある者は戸惑い、ある者は怒り狂い、ある者は絡み合う謎を解き明かそうと奮闘する最中、船員たちの間でまことしやかに囁かれ始めた言葉。
これは、悪魔の仕業だ。
「過去はつらいことばかりだと彼は言った。思い出すだけで、子供の頃、トゲに引っかかれたときと同じ痛みを感じるのだと。血を流さずに記憶にたどり着くことができないと。だからこんな男になったのだろう、けっして振り返らずに前へと走りつづける男に」-本書より抜粋
考慮すべき問題は未来にあり、対処すべき事柄は現在にある。そして、消化すべき記憶は過去にある。
適切に消化されなかった過去はとんでもない災厄をもたらすことがあるのだと教えてくれる。
どんなことであれ、過去を蔑ろにしてはいけない。未来に何が待っていようと、今何を手掛けていようと、過去に積み上げたものが自分の全てだからだ。
17世紀の、しかも船上という、ほとんどの読者にとって馴染みのない舞台設定から来る読みづらさはあるが、それを上回る面白さに溢れた物語だった。
おどろおどろしく非科学的に思える事件の数々に、結局のところ超常的な力、それこそ悪魔がいて全部そいつのせいでしたってことにするのか?と思いながら読み進めた。
最終章の謎解きで、霧を晴らすように理路整然と事件どうしを有機的に関連付け、詳説する描写はまるで上質な手品を見ているようだった。
日常から離れて、スリル溢れる近世の船旅に出たい方は是非手に取ってみて欲しい。

くろ
小野和香子 訳
1980年代、パリ。
幼くして母親を亡くしたジョイ。
警察官である父との父子家庭での幼少期。
決して不幸ではないが、何か大きく欠落した日々で出会ったのがステラだった。
奔放な母との二人暮らしをするステラとの邂逅は、ジョイの高校生活を大きく変える。
ステラにはジョイしかなく、ジョイにもステラしかない。互いに互いが全てだった。
そんなガラス玉のように危うく儚く、そして美しい少女時代の友情は突如として終わりを迎える。
人が変わったように振る舞うステラに一体何があったのか。また、この先の二人はどうなるのか。
二人の視点、そして生きた時間軸を転々としながら語られる二人の女性の物語。
「失われているときだけ手にできるものもあれば、離れているというだけでは失われないものもある」-本書より抜粋
掛け違えたボタンというのは厄介だ。
その後のボタンを一つ一つ丁寧に掛けていっても、正しい終わり方をしないから。
この物語はまさにそんな印象だった。
失敗に際しての大切なことはいつも三つ。
一つは失敗に気付くこと。
次に正しく修正すること。
そして失敗は一瞬でも修正には時間がかかると心得ること。
二人の友情は失われたわけではなかった。
しかし戻ってくることもまたなかった。
自分たちしかいないと錯覚するようなあの時代の空気感と、自身の行動よりも自分たち以外の物事の影響が遥かに大きい理不尽な世界が鮮やかに描き出されていて素晴らしい一冊だった。
当時を偲ぶ音楽や文化の描写も素敵な本書。
決して明るい内容ではないものの、海外文学に興味がある方には是非一度手にしてもらいたい。

くろ
『Leave The World Behind』
©️Rumaan Alam 高山真由美 訳
アメリカ、ニューヨーク校外にある別荘。
アマンダとクレイは二人の子供を連れて、その別荘を借り素敵なバカンスを楽しむはずだった。
初日こそ想像していた優雅な時間を過ごしたものの、夜半に聞こえたノックの音が全てを変える。
「信じることと事実であることのあいだにはなんの関連もないというのは知っていた」-本書より抜粋
人は普通、想定外の出来事や想像もしていなかった現象に出くわすと、一旦フリーズし、そしてパニックになる。
その様子が生々しく描写されている。
暴力的な、あるいは猟奇的なシーンが全くと言って差し支えないほどなく、ともすれば穏やかで騒乱が滑稽に感じるにも関わらず、読み手に焦燥感と不安を植え付ける展開は素晴らしい。
書けない、もしくは書かない方がいいことをサラッと流しているところも好印象だった。
閉鎖的な空間を舞台に物語が進行するため登場人物が少なく比較的読みやすいので、興味のある方は気持ちに余裕のある日のお供に是非。

くろ
『The London Eye Mystery』
©️Siobhan Dowd 越前敏弥 訳
イングランド、ミレニアム記念事業の一つとして建築された巨大な観覧車は、通称ロンドン・アイと呼ばれる。
2006年までは世界最大だった観覧車としても知られるその目の一つに乗り込んだ少年、サリム。
従兄弟のテッドとカットが地上から見守る中、サリムは忽然と姿を消してしまった。
突然の失踪にサリムとテッド、カットの両親は大騒ぎ。時間が経っても帰ってこない状況に、警察、メディアまで巻き込んだ騒動に発展する。
事件に関わる大人が誰一人として失踪への解答を見出せずにいる中、テッドとカットが独自の視点と行動からその謎を解き明かす。
本書は純粋なミステリー小説であり、スパイス程度の怖さはあるものの、全体的に穏やかで楽しく読み進めることができた。
ロンドンの街の描写も素晴らしく、自身もテッドとカットと共に歴史ある観光地を歩き回っているような感覚を楽しめる。
ポスターの裏表、建物の外観と内観のように、視点を変えてみると物事が全く異なる顔を見せる新鮮さが痛快な一冊。
心からミステリーが好きな方にはもちろんのことだが、訳文が軽快でページ数も程よくまとまっているので、重い本に疲れてスナック菓子のような閑話休題を求める方には是非おすすめしたい。

くろ
『The Marlow Murder Club』
©️Robert Thorogood 高山祥子 訳
イングランド、ロンドン郊外の閑静な街マーロー。
物騒な事件とは無縁だった住民たちの困惑をよそに、立て続けに起こる殺人事件。
一人、また一人と犠牲者が増える中、捜査線上に浮上してくる複数人の容疑者。
そのいずれも殺人の動機がありながらも鉄壁のアリバイを持つことが、捜査官の苦悩を煽る。
そんな中、マーローに住む三人の女性が偶然の引き合わせで事件に関わっていく。
長らく寡婦のジュディス。
ドッグウォーカーのスージー。
司祭の妻ベッティ。
それぞれが振り絞る知恵が、彼女たちを真犯人へと近づけていく。
全くの一般人が殺人事件に関わっていく様子に手に汗を握る。
何度か命拾いと言って差し支えない事態に巻き込まれながらも、パワフルに事件を解決していく三人の女性から目が離せなかった。
「人生で一つ教訓を学んだとしたら、それは、ひとを近づけすぎるべきではないということだった。何もかも自分一人でやったほうが、常に物事はうまくいく」ー本書より抜粋
一際力強いジュディスの矜持は素晴らしい。
自分がコントロールできるのは自分だけであり、他人は思い通りには動かない。
他人に頼るということはコントロール不可能な不確定要素を増やすということ。
大切な物事、重要な決断を迫られた際に、他人を頼るというのは基本的に最終手段であると心得るべきだろう。
ミステリー・サスペンスというよりもエンターテイメントの色が濃い一冊。
前者のジャンルに馴染みの薄い方でも抵抗感少なく読み進められるのではないかと思う。

くろ
『We Are All Completely Beside Ourselves』
©️Karen Joy Fowler 矢倉尚子 訳
幼い頃に失踪した姉、それを追うように同じく失踪した兄。
母は精神に変調を来し、父は外界に対し何事もなかったかのように振る舞うものの酒に溺れていた。
当の主人公はと言うと、全てを忘れることで日常に馴染もうとしていた。
親が思うものと子供の実情はかなり異なる場合が多い。その逆も言わずもがな。
「こうあって欲しい」というフィルターを通して見る世界と現実は、親子の間に埋め難い溝を作ってしまう。
「だいたいどこの家にも、親のお気に入りの子どもがいるものだ。親はとんでもないと否定するし、実際本人は気づいていないのかもしれないが、子どもたちにははっきりと見えている。子供は不公平が大嫌いだ。いつも二番手に置かれるのはつらい。
逆に、ひいきにされる立場もつらいものだ。愛される理由があろうがなかろうが、お気に入りというのは重荷なものである」-本書より抜粋
共有する時間の長さと親密さ、親密さと理解の深さはどちらも混同されやすい。
私たち人間には、他者の考えをテレパシーのように読む能力は備わっていないし、また後天的に発現することも勿論ない。
万事、わかったような気になるだけであることは胸に刻んでおくべきだと思う。
この本の主張は、だから考えなくていいと言うのではなく、むしろ逆。
何より大切な人の大切なことなのに正解な答えが得られないからこそ、真摯に相手と向き合うことが肝要なのだと身につまされた。
家族のあり方、関わり方について悩む方には是非ご一読いただきたい一冊。
ここでは紹介しなかったが、姉妹というフレーズにはトリックがある。新鮮な驚きと共に読み進めていただけるのではないかと思う。

くろ
バレンタインとホワイトデー、春のイチゴをイメージして組みました。
全てのパーツを糊付けしてあって、開かない箱でもあるので、読まれることのないお手紙を添えてプレゼントしたりします。

くろ
にゃんことコーヒー500ピース。
世界地図の色分けには何か意味があるのかなー?
時間のある方はリンゴ型ピースを探してみましょー。

くろ
500ピース。
300でも1000でもないこれくらいが丁度いいかもしれない。
リンゴ型ピースも難易度いい感じ。
朝顔は品のある色が多くて好き。
花言葉は薔薇や紫陽花と一緒で色によって意味が違うけど、素敵な言葉が多いイメージ。
早く夏になってほしいなー。

くろ
300ピース。
リンゴ型ピースは結構見つけやすいかも。
藤城先生の絵はカラフルなのに落ち着きがあってとても素敵。
3歳の時に、祖母が初めてプレゼントしてくれた絵本が藤城先生の影絵を使った『銀河鉄道の夜』だった。
パズルをのんびり組み立てていると、優しかった祖母の笑顔が想い出されて、懐かしく切ない気持ちになる。

くろ
のんびり300ピース。
動物たくさんで可愛い。
リンゴ型ピースも上手く隠れてていい。
パズルは考え事するのに使うので、完全したらバラして片付けてしまいます。

くろ
1000ピース。
黙々と組み立てながらアレやコレやと考えごとをする時間が好き。
画質のせいもあるけども、これはリンゴ型ピース見つけられる人いないんじゃないかと思う。

くろ
『AS INTERMITENCIAS DA MORTE』
©️Jose Saramago 雨沢泰 訳
ある国、大晦日のその日を境に人は死ななくなった。
その事実に気付いた人々は歓喜し、その事実の先にある必然に一足先に気付いた人々は当惑し、絶望した。
誰もが一度は考えたことがあるだろう。
もし、永遠に生きていられたなら。
そんな想像に対して一つの解答を示す物語。
「考えてみると、きみがだれなのかぼくにはさっぱりわからないが、それは重要なことじゃない、大事なのは、僕たちがたがいを思いやることだよ。」(本書より抜粋)
死なないことと永遠に生きることは必ずしも同じではない。
であるならば生きるとは?死ぬとは?
自身にそう問いかけ、自分なりの答えを持って死ぬまで生きなさい。いずれ必ず終わるのだから。
読者にそう語りかけてくるような一冊。
書けないことは書かない、書かなくていいことも書かない、というスタンスに好感が持てる筆調。
ただ、会話文を括弧で区切らず、また改行もされない書き方なので、慣れるまでの読みづらさは相当だと思います。
物語の着地点をどこに設定しているんだろうか?
広げられた風呂敷の大きさに、読み始めからそこが気になりました。
気になる方は是非ご一読ください。

くろ
両サイドの白には絶望した。
でもキレイー。
今回のリンゴ型ピースは物凄くわかりにくいから見つからないかもしれない。

くろ
準決勝。数十チームから2チームだけが成人の日の決勝に出るのね。
諸行無常は勝負事の常よね。寂しいこと。
今回もリンゴ型ピースが隠れてるよー。

くろ
『ごんぎつね』
©️新美南吉 Michael Brase 訳
初等教育の教科書にも載っており、おそらくほとんどの人が一度は読んだことがある国民的名著。
ごんぎつねが教えてくれた最も価値ある教訓は「物事には必ず自分の知らない側面がある」ということだと思う。
現象や他人の行動の意味を決めつけて、衝動的な行動に及ぶと大抵ロクなことにならない。
万事において、自分から見えているのは氷山の一角くらいに考えておいた方が決定的な間違いを犯さずにすむことが多い。
「ごん、お前だったのか」
責任の取りようがない、取り返しのつかない間違いというのは、ある。
そうならないようによく見て、よく聞いて、よく考え、ちゃんと伝えなさいと教えてくれる。
幼少期から大好きな物語。今回は英訳版を読んでみた。
話の流れは頭に入っているので、わからない単語は読み飛ばしていけることと、あの台詞をこう訳すのかという新鮮な驚きが小気味良い。
英語だろうが日本語だろうが、読み返して泣くのは何十年経へても変わらなかった。


くろ
僕の元日を一枚に集約しました
同志はリンゴ型のピースを探しましょう

くろ
残り一つも完成したー。
藤城清治先生の絵は光の使い方がホントにキレイで大好き。
これも含めた三つのパズルには、リンゴ型のピースが一つずつ隠されてる。
みんなは見つけられるかなー?

くろ
みんなおはよー。
昨日はワールドカップ観ながらパチパチしてた。
お花畑がきれいー。
今夜はいよいよ決勝の大一番やねい。
お昼寝かまして夜に備えよー。
ほなら気をつけて、いってらっしゃい。

くろ
みんなおはよー。
ジグソーパズルと藤城清治先生の影絵が好き。
光るピースで夜キレイやったー。
適度に趣味で息抜きしたいわねー。
今日はいっとう寒いわね。
気をつけていってらっしゃい。

くろ
『Boy Swallows Universe』
©️Trent Dalton 池田真紀子 訳
1980年代のオーストラリア、ブリスベン郊外に住むイーライ少年。
世界の理不尽に振り回されながらも逞しく成長する様を描く。
本当の父親の姿は朧気で、母親は薬に溺れ、その薬の売人が父親代わり。
兄は幼少期に口をきかないようになり、唯一の友人は元脱獄犯。
トラブルの少ない人生を送れるかは、本人の意思以外に周囲の環境にも大きく左右される。
彼が大きな問題に巻き込まれ、大切な人たちを失っていくことは半ば必然だったかもしれない。
生まれ落ちる環境という選べないディスアドバンテージを抱えながらも、行動し、失敗し、自分にどうにかできること、そうでないことの分別をつけること。
どうにかできることを何とかしようと学ぶ姿勢の尊さ、重要さを教えてくれる。
「人生ってのはな、基本的に、楽なことより正しいことをできるかどうかだ」ー本書より抜粋
正しいことをするというのは大変なことが多い。
しかも、正しさは状況・環境によって変化する。
ままならない現実の中でも、自分なりの正しさについて考え、その軸に基づいて行動すること。
そして他者の正しさに学ぶこと。
結末はどうあれ、そのように生きることにこそ意義があり、価値がある。
そんな風に感じる物語。
初のオーストラリア文学、1980年代が舞台ということもあり、若干の読みづらさはあったが、それを補って余りある面白さと丁寧な訳文だった。

くろ
『Quel Che Affidiamo Al Vento』
©️Laura Imai Messina 粒良麻央 訳
2011年3月11日。
日付を見ただけで当時を思い出す人も多いほどの自然災害、東日本大震災が起きた。
「起きた」という言葉が不適切なほど、多くの悲しみと課題が今なお色濃く残る未曾有の惨劇の後、家族を失い遺された人々が味わった悲哀、そしてその傷が癒えていく様子を穏やかに描く。
岩手県大槌町に実在する「風の電話」を舞台に通、各々がそれぞれの「あの人」に語りかける物語。
失ってからでないと気付けないのは、今も昔も変わらない人の業か。
なぜ私たちは、失っては悲しみに暮れ、その悲しみを忘れてはまた失ってを繰り返すのか。
大切な人というのは人生に何人も現れるものではない。
願わくばその幸運が、その尊さが身近にあるうちに慈しんで欲しい。
そんなメッセージ性のあるお話に感じた。
訳者の伊和翻訳も素晴らしく、やわらかく優しい日本語になっている。
舞台や登場人物が本国なのも相まって、現代日本文学を読んでいる時と遜色ない読み易さだった。

くろ
『Every Breath』
©️Nicholas Sparks 雨沢泰 訳
アメリカ、とあるビーチにぽつんと佇む一本の郵便ポスト。
折り重なる手紙が語るのは、誰かの抱えきれない悲しみ、誰かに伝わらなかった愛、あるいは伝わった想いへの感謝と別れの言葉。
ひときわ厚い原稿用紙の束には、奇跡的に巡り合い、必然的に別れ、そしてまた奇跡的に再会した二人の男女の物語が綴られていた。
二人の間にあるものというより、それぞれの人生を語ることに重きが置かれている。
「彼女は味わった落胆を、怒りや恨みにまで高めようとしなかった。彼女は人生が人の想像通りに運ぶほうがまれだとして、それを受け入れたのだ」ー本書より抜粋
誰にでも誰かの子だった時代がある。
そこにあったものは必ずしも幸福ばかりではなかったはず。
不幸を消化し、人生の一部として当たり前にあるものと昇華して、ようやく一人の人間として生きて行ける。
それは決して簡単なことではないのは、誰もが経験し、理解するはず。
それでもなお家庭を持ち、誰かの親として生きる人生を生きたいと思う。
その因果を考えさせられる一冊。
他人の幸福に責任を持つとはどういうことなのか。
二度と読み返すことはないと思いますが、一度読んでおいてよかったと思える本でした。

くろ
『Salt to the Sea』
©️Ruta Sepetys 野沢佳織 訳
1945年1月30日、第二次世界大戦末期に実際に起きた史上最悪の海難事故、ヴィルヘルム・グストロフ号沈没事件。
乗っていたのは、9000名近い難民。
そのほとんどが暗く凍てつくバルト海へ沈んだ悲劇を元に紡がれる物語。
戦争の最も残酷な一面は何か。
それは人生の選択肢を限りなく少なくすること。
生きるというのは選ぶということ。
家を、恋人を、家族を、友人を、そして最後には選ぶことすら奪われた彼らは、果たして生きていたと言えるのだろうか。
死者だけではない、生きている人々をも死人同然にしてしまう。
助けてくれなくとも、与えてくれずともいい。
ただ、奪うな。
そんな訴えが聞こえてくるような、悲痛な一冊。
Per aspera ad astra.
美しい言葉が切なく響き渡る読後感でした。

