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生態|火星人、ベトナムに逃げる⑤お土産と壊れたラゲージ

ハノイ・チャンアン・ムア洞窟といった陸海フルコースを堪能した肉体は、
帰国できるか怪しいレベルまで消耗していた。

無事帰国をする可能性を上げるため
ドベ化した体を引きずりマッサージ店に駆け込む。


いままでの話はこちら

駆けこみ先は ”Van Xuan foot massage”
ハロン湾の弾丸ガイドのおすすめが朦朧とした脳内に溜まっていた。
Googleマップでも評判も悪くない。
サギではないと判断。

1階が受付、2階以上が施術場と。
コンパクトな店構え。
1番人気のフットマッサージコースを頼む。

連日の冒険を乗り越えた足を無事復活させられるのか。腕前拝見。

担当は若い男性。
短パンに履き替え、桶湯に足を沈める。
いざ本番。…と思ったら頭から始まった。

「イタイ―?」「キモチイイー?」「カタイネー」

出所不祥な日本語が流れる。


無言で白髪を抜かれ爆笑した。
これが非言語コミュニケーションの頂点か。


久しぶりに大泉門が開きそうな感じだ。
知らなかったコリを発掘される。

続けて肩、背中と下がっていった。
足はまだ来ない。
不安になる間もなくバキバキと聞いたことのない音が鳴る。


やっと本命の足裏へ
ここでようやく”プロ”
強すぎず、弱すぎず、絶妙に骨に届く圧。
コリが削られていく。
最後、起き上がると
足に溜まっていた血が心臓に帰ってくるのを感じる。
軽くなったし心なしか細くなった気がする。
これなら、空港にはたどり着けそうだ。

帰国が迫る中重要なミスに気付いてしまった

お土産を買っていない。

刺繍が入ったコンバースやスタールビー 
ユニクロでバインミーミッキーのTシャツなど
自分へのお土産は沢山買った。

怒涛のベトナムの食や自然が心地よすぎてイマジナリー永住を考えたが
観光ビザしか持っていない現実で目を覚ました。やむを得ない帰るか。

職場から周知の海外逃亡をしてしまった半面、お土産話で収めるということは難しい。チープで個包装の菓子を調達せねば。
急いで調べ、近所のスーパーに駆けこむ

ベトナム語は習得していないのでどれが個包装か、
日本の万人に受けるのか、完全にギャンブルだ。
前日の夜。誰か日本人のブログで
「ココナッツクッキーが個包装で美味しい」というのが
脳のリストを一瞬横切った。

目の前にある緑のパッケージがそれっぽい。
個包装か否かは解読不可だが見知らぬそのブロガーを頼りにカゴに入れる。

とりあえずこれだけ買っておけば帰国後文句は言われないだろう。

ただ現地に行って気づいたことは、お土産を買える場所が少ないということだ。
The souvenir shop といった店で買いたいなら容易かもしれないが、
不特定多数へのバラ撒き土産 となると悩んだ。
事前確認重要。 
またいつか逃亡する際の頭のノートにメモ書きをする。


無事、いつかの永住先候補 ベトナムを離脱し
現実世界に帰国した。
翌日の仕事の内容を脳内予習をしつつラゲージを待つ。
ベトナムよりだいぶ早くラゲージは届いた。
さすが日本。
だが受け取った瞬間違和感を感じる。

ラゲージが破損している。





タイヤの角にがっつりヒビが入っている。空港から自宅へは持ちそうだが次回の旅路には連れて行けそうにない。
突然の別れ。彼との思いでが走馬灯となる。
学生時代の オーストラリアのホームステイで持っていくはずのラゲージが壊れ急遽買いに行ったのが出会いだった。
その後、カナダ・ニューヨークのホームステイや留学でも一緒に旅をしその他の旅行先でも一緒だった。
国内であちこちから手に入れたステッカーを
貼り付け、専用として磨いた。

こんなに思い入れのあるラゲージの破損をただ泣き寝入りする訳にはいかなかった。

見つけた瞬間近くの空港スタッフの女性を呼び止め事情を説明する。
親身に対応し、破損箇所の撮影をしたり書類を用意してくれた。
書類作成のため状況調査が始まる

…しかしだんだん
「傷15cmですが20cmに盛っておきますね」
「なんかブランド書いてあったので入れときます!」
彼女のテンションが少しずつ上がっていく。レアイベントらしい。

最終的に旅行会社からの保険か航空会社から保障をもらうか。
2択を決める権利を手に入れてしまった。

使わないだろうと高を括っていた保険会社からの内容資料を奥から引っ張り出し内容を初めて読む。
彼女が教えてくれた航空会社の保証よりだいぶ渋い条件が書かれていた。
保険会社の商売上手さを新発見した。

吟味した結果航空会社から保障を受けることにした。
早急に新しいラゲージが届いた。一回り大きくなって。

趣深い、蜘蛛の巣のような街と
健康なイメージの裏にある、油や糖質の海が広がり。
意外にチープな土産が少ない。

ベトナムのすっぴんをのぞけたような。そんなような。

旅先は未定だが相棒は決まった。
またアジア方面でということは思っている。

通りすがりに少し足を留めておすすめの旅先をここに教えてほしい。


#旅行先 #おはようGRAVITY #GRAVITY友活 #写真好きな人と繋がりたい #ひとりごとのようなもの #






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トリアタマ

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おはようGRAVITYおはようGRAVITY
火星人、ベトナムに逃げる④-2チャンアンで競争し、ムア洞窟で酸欠になる


ムア洞窟のツアーに参加した。
前日のハロン湾の会社と同じ旅行会社だ。今回は弾丸ガイドではなく、α波の語り部のような声で眠気を誘ってくる。

チャンアンは「陸のハロン湾」と呼ばれているらしい。
また舟か、と思いながらガイドの声に沈んでいく。

最初に向かったのはホアルーの寺院周辺。自転車での周遊だった。
日頃から自転車通勤をしている私には、これは問題ないレベルのはずだった。

舗装されていない道を、ニワトリが横切る。ヤギが顔を出す。
その横を、速度を落とす気のない車やバイクが抜けていく。
慣れているつもりでも、ここでは油断ができない。

少しだけ思う。
私の通勤路もこれくらいの速度と生き物の密度だったらいいのに、と。






ホアルーの寺院は、仏教というよりも装飾の密度でできていた。
タイの寺院に似ているが、細部が違う。ガネーシャはいない。

金色の装飾と果物の供え物が、過剰なほど積まれている。
世界遺産という言葉より、手の届く距離の建築だった。

柱や彫刻には規制がなく、触れようと思えば触れられる。
当時の職人の手の感触が、そのまま残っている気がした。

ただ、その自由さに少しだけ不安も覚える。
このまま何かが壊れてしまわないように、と勝手に念を置いておく。



正面には前黎朝の初代皇帝レ・ホアンと、皇后、そして息子の像が並ぶ。
その名を知らなくても、人々は一様に手を合わせている。

仏教の国の流れにいると、それは自然な動作に見える。
だが同時に、写真を撮るシャッター音も止まらない。

誰もそれを咎めない。
祈りと記録が、同じ空間で同時に起きている。

常識とは何か。
そう思いながら、ただ湿った空気に漂う






舟での川下りは昨日のハロン湾に比べてとても快適で気楽だった。なぜならベテラン船頭が必ずついているからだ。日本での情報によると女性(おばちゃん)がメインとのこと。だが我々の船頭はおじちゃんだった。
おじちゃんというのは少し失礼だろうか。その細い躰から力強い力でオールを押し舟を進めた。かといえば細い鍾乳洞の中をぶつかる、掠りもせず縫い進める。熟練のテクニックと力加減が所々にあるランタンの如く灯っている。
川下りはハロン湾とはまた一味変わり湿地帯めいた細々と伸びる草の間を泳ぎ進む。小魚が脇を通りそれを狙う鳥が音もなく潜る。
湿度が肌に染み付く。




同じツアーに筋肉カップルがいた。虫刺されを気にせず自慢の筋肉を魅せたいが如くのタンクトップとピッチピチのショートパンツ。
彼らの舟も速かった。だって筋肉カップル漕いでるから。
穏やかな湿地にそぐわぬ競争心がざわめきオールを取った。おじちゃんも感じ取ったか。ペースが早まった。筋肉舟の船頭おばちゃんが息を合わせ始めるモッハイバー(1、2、3)と掛け声が右横から聞こえる。
だが我々は呑まれない。阿吽の呼吸を貫き邪魔し邪魔されないよう空気と水をオールで押す。デットヒートの末どっちが先に岸についたかはわからなかった。別々の岸についたから。
勝敗はどうでもいい。
なんか漕いだ。一緒になった。
これだけでこの川下りは十分だった。
突然のアドリブにも静かに応じてくれたおっちゃんにはちょっと多めの50000ドンを渡した。







最後にムア洞窟に向かった。
心配性の子守唄ガイドからは行くな危険だ。付近のカフェで休憩していろ。と注意喚起されたが参加者の一人も休憩するものはいなかった。
幸い雨が降っていなかったのだが濡れていたら格段に難易度が上がるそうな丸みのある階段と段数。角度だった。
最初は勢いよく進んだが途中息が上がり少し休む。ふと振り返ると帰りもげんなりする角度と距離で「進むしかない」と腹を括る。じんわりと汗が流れTシャツの色が変わる。頬を伝う汗を拭う体力も惜しい。進むことに集中した。
頂上までの角度は約75度。ほぼ壁を登っている感覚だ。
振り返るたびに後悔し、
見上げるたびに足を止めたくなる。
その場にいても山は動かない。足を進める。
壁の先の景色は絶景だった。脇をとおる風が汗を拭う。萎み切った肺に一気に新鮮な酸素が届く。血液が循環する。




体と共に絶景が行き渡る。
手前の田園から集落 そして霞の中の市街
視力が良くなった気がする。ムア洞窟の加護だろうか
頂上の風が景色を広げたせいか。
登った甲斐はあったかなとおもう。
でももう一回は登らないと思う。



山登りには当然山下りが付いてくる
ヒーヒー根を上げ。力を入れすぎて下腹部が筋肉痛になりながらなんとか下界に帰還した。
行きと同量の汗ばみ、高揚 息を上げ
バスの出発まで20分ほどあったのでカフェでマンゴースムージを頼んだ。そう。あの練乳の海とちょっとだけで顔を覗かせてるマンゴースムージ

脳に響く糖質が体を癒す。
スムージーの冷たさが登山の熱を一気に冷まし、むしろ寒い。
緑も、風も、階段も、もう十分だった。







いままでのあらすじはこちら







#GRAVITY友活 #写真好きな人と繋がりたい #ひとりごとのようなもの

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トリアタマ

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ベトナムは食の国だった。
だが、食の国であるということは、自然の国でもある。

まずはハロン湾。

去年、カンボジアの帰り。
エメラルドグリーンの海と、岩の島のあいだを船が抜けていくポスターを見た。

行きたい、と思った。

広大な海の中に、ニョキニョキと生え伸びる岩の島。
こういう“岩の塊そのもの”みたいな山は、あまり見たことがなくて新鮮だった。

当日は、生憎の雨。
早朝の雷雨は免れたが、しとしとと降り続く一日だった。

7時出発のバス。
ガイドは1時間半、ほとんど息継ぎなしで話し続けた。
雑談、説明、ちょっと古い日本ドラマネタ。
眠る暇を与えてくれなかった。

PAに着く直前、
ハロン湾周辺では“強運をもたらすスタールビー”が採れると聞かされた。

強運なんて、自分で取りに行くものでしょう。

そう思いながらバスを降りたはずなのに、
帰りには、淡いピンクに星を宿した石をリュックに入れていた。

これからの航海と帰国後の強運を祈って

港に着くと、無事出航が決まる。

天気は、まあ曇り。
ポスターのようにはいかないが、景色はちゃんと見えた。


海から生えているみたいな山も、確かにそこにあった。

ただ、30分もするとそれは日常風景になる。
山に囲まれた県に行ったときのように
あ、またある。程度にレア度がどんどん下がっていった。


遊覧ポイントに着くと、
手漕ぎボートか、カヤックかを選べた。

カヤックを選んだのは、15人中ふたりだけ。

この雨の中で、わざわざ濡れるリスクを取る人間は少ない。
普通は、プロに任せる。

だが、やりたいことを優先する側の人間にとって、
その“普通”は参考意見でしかない。
「やりたいことやったもん勝ち青春なら」
と爽やかアイドル曲が耳を掠めた


初めてのカヤックは、思ったよりも安定していた。

水の重さを感じる。
それを筋肉で押し返し、進む。
しとしと、上からも水が降る。

雨の冷たさも興奮と楽しさで蒸発した。

洞窟に入ると、空気が少し変わる。

鍾乳洞の滑らかさと荒さ。
どこにも“整えられた気配”がない。

全部が、時間と水に任されている。
ここでは、支配者のようだ。

洞窟を抜けると、
岩の断面がむき出しになった山々が並んでいた。

粗く、重く、削られたままの形。

その隙間に、緑が生えている。
猿がいる。

カヤックの旅から無事帰還したらマシンガンガイドの姿はなかった。
どうやら乗った場所とは違うところに上陸してしまったらしい。
インド人の団体の波に巻き込まれる。
スパイスではない独特な匂いに包まれる。
異国でまた違う異国に囲まれる。

次の旅行はインドもいいなと思っていたがこの空気の中生活できるか不安が生まれた。

旅の中で次の旅を思案する。
そして楽観な理想だけでなく厳しい現実も不安を抱えて持ってきてくれた。

マシンガンガイドは、何事もなかったようにそこにいた
こちらの迷子も、あちらにとっては想定内らしい

無事乗船 出航
ビリッけつだった我々はびしょびしょの姿のまま生暖かく遊覧組に迎えられた

ただ楽しかった。
雨と海に濡れているのに、体はなぜか熱を持っていた。

壮大だった島が小さくなっていくのを見送り次へ向かう

船の上から、
観光ポスターでは
旅行ガイドでは
切り取ってくれない

小さなカヤックで、小さな冒険。

鍾乳洞の冷たさと滑らかさ。
近くでわかる海の濁り。
山の断層と、サルの家族。

それらは、どこにも載っていない。

でも確かに、ここにあった。

PAで大事にリュックに入れた
淡いピンクの星の石。

あれとは別に、

もうひとつ、
持ち帰っていたらしい。

見えないけれど、
確かにある。

#ひとりごとのようなもの #旅行 #今日の1枚
#GRAVITY友活
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火星人、ベトナムに逃げる② トイレという名のランデブーポイント


「トイレットペーパーは無いところもあるから持って行ったほうがいいよ」
誰かから言われた情報を頼りに大事に持ってきた3つの紙巻き
意外にも使うところがなく安心した矢先、帰りのPAで紙なしトイレに出会い油断をつかれた。
トイレ前の紙売りおばちゃんに完敗した。

泊まったホテルは時代を感じる風体だ。
隙間から箱がみえるエレベーター
細い廊下にいつでもあるどでかい洗濯カート
閉めたらハマって脱出不可能なトイレのドア
キュルキュルと鳴くエアコン
Please make up this room の札を掛けないとタオルやゴミ箱は片付かない

窓を開ければ向かいの家の洗濯タオルを取り込めそうだ。その奥ではおじさんが壁を塗っている。

これで4つ星ホテルだ
綺麗な輝きだけでなく少し曇って、中々趣深い輝きをしている。

チェックアウトは朝3時だった。
フロントは24時間営業と聞いていた。
いつでもちゃんとして手続きしてくれるのかと思い向かえばフロントは真っ暗
そしてカウンター近づくとムクリと黒い影が起き上がり手続きをしてくれた。
眠そうに、丁寧に。

次の試練はトイレだ。

まず、紙を流してはいけない。
神ではなく、紙である。

日本ほど水流が強くないのでトイレ内の横のゴミ箱に捨てる。
綺麗なカフェだろうがレストランだろうがここにくれば強烈なアンモニアが出迎えてくれる
そしてボタンひとつで出てくれるウォシュレットはここにはいない。
横にシャワーがありそれで陰部を洗浄する。

水量の強弱をつけられるものもあれば最高水力でしか出せないものもある。

距離やレバーの引き具合。練習が必要である。
何度噴水を起こしたことか。
トイレの蓋に盛大な水滴を残し、尻の皮が悲鳴をあげたことか
やっと新たなスキルを手に入れた



長年こなしてきた生命維持機能に、
まだ鍛錬の余地があったらしい。

トイレは文化のランデブーポイントだ
歯を磨く 髪を解く
その横の洗面台でインド人が嘔吐する

向かいの床に座って掃除のおばちゃんが喋りながらスタバとバインミーを手に持ち食事する





私の常識の定規からは測れない長さも彼らにとってはいつもの長さなのだろう。

トイレという小さな空間で、
私の常識は何度も流されていく。
旅とは、実に奥深い。
#笑って生きよう #ひとりごとのようなもの #GRAVITY友活 #GRAVITY創作部 #友達募集
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昨日、職場でタコライスを作っていた。
先月か先々月の私が、無性に食べたかったらしい。
盛り付けを手伝ってくれていたパートの魔女が、ポツリと呟いた。
「タコライスって、なんなん?」
「前回カレー粉入れてたけど、今回は入れた?」
……確かに、タコは入っていない。
そもそも肉だし。
しかも、今回のレシピにカレー粉は入れていない。
「なんだろうねー。夏っぽいからいいんじゃない?」
私はテキトーな盾を構えて、その場を受け流した。
だが、「タコライスってなんなん?」という魔女の矢だけが、私の興味の的のど真ん中に刺さったまま抜けない。
翌日、執念で調べた。
メキシコ風アメリカ料理の「タコス」の具をご飯にのせた、沖縄発祥のソウルフード。

タコライスのタコは、タコスのタコだった。

タコじゃなかった。

ふむふむ、沖縄料理といううっすらとした知識の掠れが、ようやく一本の線に繋がった。
そこで、昨日の自分の味付けを思い出す。
ひき肉と玉ねぎ。
トマトソースに、隠し味の醤油とウスターソース。
……。
それ、ミートソースと何が違うの?
「タコス」の要素(スパイス)を入れ忘れた昨日の私のタコライスは、その致命的な疑問を最大の弱点として抱えていた。

魔女の勘より、喫食者の舌。
彼らから「二の矢」が飛んでこないことを、今はただ祈っている。

#笑って生きよう #食べることができる幸せ #GRAVITY友活 #ひとりごとのようなもの
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生態|火星人、ベトナムに逃げる①入国審査とハノイ旧市街

多忙が立ちこめた職場をそれなりに片付け空港へ逃げる。
周知の海外逃亡である。

行き先は活気溢れる東南アジア ベトナム

去年カンボジアのトランジットの際立ち寄り、空港の綺麗さとコーヒーの甘さ、
観光ポスターの魅力に惹かれ決めていた。

入国審査は1時間半近くかかり乱気流で揺られた体力をさらに蝕む
審査官のマイペースさが行列に現れていた。
こちらの長年の旅行勘がものを言う。
「これがベトナムですよ」
と前にいた何遍も通っていそうな日本人のおじさんがくるりとこちらを向き言い放つ。
そして審査に向かって行った

日本にはないほんのりした緊張がニョクマムと共に鼻をとおる

これが社会主義国家の空気か

早速ベトナムの洗礼を受ける。

今回泊まったのは首都ハノイの旧市街
蜘蛛の巣路地を勢いよくバイクや車が駆け回る。クラクションや呼び声が鳴り響く。
天秤に沢山の 果物 お菓子 靴 おもちゃ 
トウキビでバランスを整える行商が闊歩する。

その間を横断しなければ進めない
なんともカオスな街だ。







初日は彼らのエネルギーに
足がすくんで、進めなかった

だが三日もいれば難なく通れる。

コツは「ゆっくり歩く」だ

アイコンタクトをしてもジェスチャーをしても彼らは止まらない。
信号機もただのライトと化してる。
バイク優先なのだ。
しかしお互い事故は避けたい。
なので ゆっくり 渡る
走ってはいけない。

プロのバイカー達が華麗に私の左右を縫い駆ける
彼らの速さに体がやっと付いてきた

蜘蛛の巣路地も慣れてくればそれぞれの専門道を知ることができる
食べ物道 墓石道 服道 マッサージ道
有名店が1つあればその周りにパチモン店が取り囲む
そういうルールらしい

パチモンもパチモンの魅力があることを知っているので気にはなったが、初回ベトナムということもあり有名店を重点的に回った。

特に気に入ったのが「King Roty」


King Roti Hàng Gai



夜9時でもこの賑わい様だ。
バターと砂糖の匂いが、旧市街の排気ガスに勝っていた。
メニューは4つ
・コーヒークリーム
・コーヒーバター
・バニラミルク
・抹茶
後ろの窯ではひっきりなしにパンが焼かれ、
注文が入るたび熱々のまま紙袋に放り込まれる。
どれも生地は同じ。
サクサクで口に入れると溶けるメロンパンに似ているがもっと罪深い

コーヒー、バター、バニラ。
甘さと香りの暴力。


左上から時計回りで
・バニラ
・抹茶
・コーヒークリーム
・コーヒーバター


抹茶が単独なら王者だったのに、
この店では脇役に回る。

正に、
バターと砂糖を研ぎに研いだパンだ。
一つ25000VND 約150円 値段までも沼にハマらせる
KINGに続くが如く隣り合って似た様な名前のパン屋が並んでいる
だが本物のKINGにはいつも行列ができていた。

パンと、バイクと、腐敗しかけた果物と、クラクション。

そんな混沌とした街に、
いつのまにか快適さを感じていた。

湿っぽい風も、
絶えない喧騒も、
鼻を抜ける生臭い香りも

異国の新鮮さはなくなり
足をすくませた喧騒も、慣れなかった街の臭さも
「いつもの風景」になっていく。
Xin chào が
普通に口から流れる

旅はきっと
エイリアンとして観光地を見ることじゃない。

その街の雑音も、匂いも
いつのまに
自分の呼吸になっている
#笑って生きよう #ベトナム #旅行

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りら

りら

「今日は家を出て、ゆっくりしておいで。」

 この頃の私を見兼ねて、貴方はそう言った。
行きたい所もやりたい事も無く、微妙に散らかった家を放り出して何処へ行けというのだろう。喉まで出かけた言葉の酸っぱさに、私は相当変な顔をしていたに違いない。“胃を荒らしてるのはそういう所だろう”と気付き、迫り上がっていたものを飲み込んだ。
 私は貴方の提案通り、取り敢えずの暇を取ることにした。
 私は時々、城主のような気分になる。小さな城に住まう愛する人たちを守り、快適な衣食を与え、私が供与するもので今日の彼らが生かされている——それが私の存在意義や価値に思えた。
 しかしそれは価値を生み出し続けることでしか自分に存在意義を与えられないことに他ならず、私は“小さな城”に抱くこの感情を、日常生活の凡ゆる場面に散りばめてしまっている。
 つまり、平たく言ってしまうと、『何の役にも立てず、何も生み出せないのなら、私に価値なんか無い。』と自らに枷を嵌めてしまっているわけで、私はつい先日、少しだけそれが弾けてしまった。
 私には轟音に感じられたが、実際のところ、数粒のポップコーンが蓋を打ち付ける程度の音だったと思う。

 有限の時間を、できるだけ無駄に、目的を持たせ過ぎずに、少しだけ甘やかして行こう。
 それが自身に課した、今日のお題目だ。
 いつも義務や理想に追われるあまり、時間内にやりたい事を順序よく収め、その場の空気を読み、他人の為だと言い聞かせては息をするように自己を削り生きている。ある程度の事には笑顔で応じる私は、きっと、他人から見たら『善い人』の部類なのだと思う。
 善い人を体現するのが私の美学であり矜持で、時折それが、とてつもなく苦しい。でもそれ以外の生き方が、本当に解らない。
 他人と対峙する“善き私”は、自身の醜態——整っていない私を晒すことが、心底苦手なのだ。

 家を出て、いつもの散歩ルートから外れて進む。些か気温が高く、張り付くような湿度はそれはもう不快で、お世辞にも散歩日和とは言い難かったが、“私なりの時間の無駄使い”をするにはかえって丁度良かったのかもしれない。何故って、もし軽やかな風に程よい晴天だったら、『ただの良い感じのお散歩』で終わってしまうからだ。

 陸橋を越え、如何にも寂れた郊外の県道沿いに入って行く。普段車で通る時は直進していた交差点を右折し、古い住宅街が立ち並ぶ道を行き、やがてお目当ての田園地域へと辿り着く。
 ひび割れたアスファルトを進みながら、他所様の畑に植えられた野菜や草花、どこまでも続く植木畑をぼんやりと眺めた。『この木々が、駅前の億ションの中庭に植樹されたりするんだろうなぁ』など、自分にはこれっぽっちも関係ない事を考えてみたりする。
 違法放棄されたゴミや、干からびた小さな命や、古びた放棄住宅の数々に栄枯盛衰を感じ、人間の身勝手さと時の無情さを覚えてみたりする。
 普段の自分はとてつもなく狭い世界にいて、こうして“身近にある無関係で大きな世界”に身を投じた時、あまりの自身の小ささに虚しくなった。
 私が頑張ろうと頑張るまいと、いつかこうして廃れていくなら、些細な出来事に一喜一憂しなくてもいいんじゃないか。一方で、この有限な時間にお題目を立てて、“意義有るもの”にしようとしているも紛れもなく自分じゃないか。
 答えの出ない堂々巡りに、張り付くような暑さに、果てしなく先の未来を憂慮するのを止めた。
 ──些細な出来事に一喜一憂して、その時の自分の納得する道を進んだなら、いつか答えが後からついてきてくれる。
 この日の私は、そう結論づけることにした。

 かくして“私なりの時間の無駄遣い”は、あの絶妙な天気の中、約6kmの道のりを歩みながら、答えの出ない悩みに費やされて終わったのだった。
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ある休日のお昼ごはん

病み上がりに、少し精のつくものをと思い、
行きつけの南インド料理屋へ向かった。

少し前に開店した、ビリヤニが看板の店。
最初はインド人ばかりで、現地の匂いが充満していた。

私は好きだったが、
このまま生き残れるのかと、少しだけ不安もよぎった。

けれど、インドによく行くYouTuberが取り上げてから、
店は一気に日本人で賑わうようになった。

客層は変わったが、
料理は変わらない。

いつもの、名前の知らないスパイスたちが揃って待っている。

いつもは10食限定の「ニハリ」を頼む。
限定と書いてあるが、売り切れと言われたことはない。

牛のすね肉や羊、山羊、あるいは鶏肉を、
骨髄とともにじっくり煮込んだシチューのような料理だ。

強烈な辛さとともに、肉の重みが口に飛び込んでくる。
食欲は、簡単に暴走する。

生姜、柑橘、ハーブ。
ありとあらゆる「臭み消し」と呼ばれるものたちが集結し、
ぎりぎりの美味しさを成立させている。

同時に、これほどまでに重ねなければならないほどの
動物の匂いがあるのかと、少し怖くもなる。

そんな料理が、私のお気に入りだ。

今回食べられる、とはいえ
食欲はまだ完全ではない。
そんな強烈なお気に入りと対峙できるほど私の準備が整っていなかった。


だから軽食の位置にあるドーサを選ぶ。

チーズドーサと、ホットチャイ。

カリッとした始まりから、
もっちりと粘度のある食感へ変わっていく。

中に練り込まれたチーズの塩味と油分が、あとを押す。

一緒に添えられた、謎のソース三天王。
つけるたびに、味の展開が変わる。

左右のソースは辛く、
正直、違いはわからない。
強いて言えば、片方はサラサラで、もう片方はペースト状だ。


これを現地の人に言ったら、
長くスパイシーな説教が来るのだろうか。

白いソースは、確かココナッツ。
前に教えてもらうまで、ずっとカッテージチーズだと思っていた。

そういえばチャイは、
地方によって甘かったり、甘くなかったりするらしい。

昔、カルチャー教室で習ったインド料理の先生が言っていた。
先生とその旦那さんは出身地が違い、
チャイの甘さでよく揉めるのだと。

ふと思い出して、「南インド チャイ」と調べてみると、
無糖、あるいは甘さ控えめのチャイが、
食事と一緒に飲まれる日常の形らしい。

テーブルに置かれた砂糖には手をつけず、
今日はそのまま飲んでみることにした。

すっきりとしていて、
牛乳の甘さすら前に出てこない。

チャイの、別の顔。

身体はまだ万全ではないけれど、
名は知らぬスパイス達の熱意に触れ
味覚だけが、少し先に回復している気がした。

そんな昼。

#ひとりごとのようなもの #今日の一言 #食べることができる幸せ #GRAVITY友活

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「鎮痛剤とお守り」


心身の体力、性格、ここまで来た背景。
人間が十人十色で違うのは当然だと思う。

だがそれを、免罪符のように振りかざし、
シャッターを閉めてしまうことに、時折疑問を感じる。

もちろん、それが必要な時もあるのだと思う。
どうにも動けない日や、立ち止まらなければ壊れてしまう瞬間があることも知っている。

慣れてから壊れかけていく。
それは理解できる。挑戦して、試行錯誤した結果だ。
そこまで行き着いた人は、きっと十分に休むべきだと思う。

けれど、最初から閉じているように見える人に出会うこともある。

コーチングの中で、対象者にヒアリングを行う。
どこができないのか、補助は必要か。
相手の理解を深めるためであり、同時に自分自身のためでもある。

その中で、ときどき返ってくる言葉がある。


「わからないポイントさえわからない」


そう言われた瞬間、手が止まる。
どこから触れていいのか、分からなくなる。

けれど同時に、どこかで思ってしまう。
それは本当に“分からない”のだろうかと。

「わからない」という言葉は、とても便利だ。
それ以上踏み込まなくていい理由になる。
考えなくていい場所に、唐突にシャッターを下ろすことができる。
一方で、受け取る側は立ち尽くす。
閉じたシャッターの前で。

そしてその疑いは、相手だけに向けられるものではない。
私自身もまた、都合のいい場面で同じ言葉を使っている気がする。

向き合いたくない現実からの逃避として。
思考を放棄するための言い訳として。
あるいは、俗世に降りず、自分の殻に籠もり続けるために。

あの時、私が閉めたシャッターの前に、
誰かが立っていたかもしれない。

その免罪符は一時の鎮痛剤にしかならないのに

助けようとして垂らしたはずの糸も、
必要だが相手にとっては不要なものかもしれない。

それを掴まなくても済む理由が、
すでに用意されているのかもしれない。
あるいは、そうして「お守り」を握りしめていなければ、生き抜けないほど過酷だったのかもしれない。

「わからない」
「できない」
「今は無理」

それらはどこまでが限界で、
どこからが免罪符なのか。

鎮痛剤か
手放せないお守りなのか
私には、まだ見分けがつかない。

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