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政治経済も当然含みます。
なんなら、地学、地質学などの物理学的側面も重要です。
僕は複雑で多様な総合学習の方が好きなので、地理の方が楽しいと感じました。

またんぎ
結論から述べますと、**「現物は天皇ですら見ることができないため、実際の色は不明」**というのが最大の事実です。しかし、なぜ緑色とされているのか、また逆に「赤色ではないか」という有力な説が存在するのはなぜか、現存する文献と考古学的知見のみに基づいて紐解きます。
1. 「緑色」とする根拠:唯一の色彩記述
八尺瓊勾玉が緑色であるとされる最大の根拠は、奈良時代に編纂された地誌『風土記』の逸文(引用されて残った断片)にあります。
資料名:『越後国風土記』(えちごのくにふどき)の逸文
記述内容:八尺瓊勾玉について**「玉の色青し。故、青八尺瓊の玉と云うなり」**という記述が存在します。
古代日本語における「青」は、現代の緑色(植物の緑など)を含む寒色系全般を指します。この記述が、歴史上で唯一「八尺瓊勾玉の色」に直接言及した公的な記録とされており、これが「勾玉=緑(翡翠製)」というイメージの決定的な根拠となっています。
2. 「赤色」とする根拠:名称に含まれる矛盾
一方で、言語学および漢字の意味の観点からは「赤色」である可能性を示す事実があります。これは「八尺瓊」という名称そのものに由来します。
「瓊(に)」の意味:
「瓊」という漢字は、本来「赤色の玉(赤瑪瑙など)」を意味します。
日本語の「ニ」は、古くは「丹(ニ)=赤土、赤色」を指す言葉です(例:丹塗りの鳥居)。
名称の解釈:
文字通り解釈すれば、「八尺瓊」は「八尺(大きな)の瓊(赤い玉)」となります。
考古学的にも、古墳時代には「緑色の翡翠」と並んで「赤色の瑪瑙(メノウ)」で作られた勾玉が権力者の象徴として多数出土しており、勾玉=緑とは限りません。
3. 考古学的な事実:翡翠(ヒスイ)の特異性
文献上は「青(緑)」と「瓊(赤)」の矛盾が生じていますが、考古学の観点からは「緑色の翡翠」こそが三種の神器にふさわしいとする強力な事実があります。
最高ランクの素材:
古墳時代前期において、新潟県糸魚川産の「硬玉ヒスイ(緑色)」は、他の石材(瑪瑙、碧玉、滑石など)に比べて圧倒的に硬く、加工が困難で、最も高貴な威信財(権力の象徴)とされていました。
大王家の象徴:
ヤマト王権の勢力範囲を示す古墳からは、最上級の緑色の翡翠製勾玉が集中的に出土しています。王権の正統性を証明する「神器」として選ばれるならば、当時最高位の価値を持っていた「糸魚川産翡翠(緑)」である蓋然性が極めて高いという考古学的な裏付けがあります。
まとめ
事実関係を整理すると以下のようになります。
視覚的事実:現物は誰も見ることができないため、確定不能。
文献的事実:『越後国風土記』には「青し(緑)」と明記されている。
言語的事実:名前の「瓊」は本来「赤」を意味する。
考古学的事実:当時の最高宝器は「緑の翡翠」であった。
これらの事実から、**「名称には『赤』を意味する文字が使われているが、歴史的記述と当時の価値観(最高級の素材)に基づき、緑色の翡翠であると定義されている」**というのが、憶測を排した現在の到達点です。

臼井優
「恙(つつが)なきや」とツツガムシ病の語源
聖徳太子が小野妹子に託した国書に「日出づる国の天子書を日没する国の天子にいたす恙(つつが)なきや」という一節があります。
この「恙(つつが)なきや」は「お元気ですか?(病気や災難はありませんか?)」という意味で、古語の「恙(つつが=病気・災難)」に由来します。
のちに日本で発見された感染症・ツツガムシ病(病原体を運ぶダニ)は、この「恙(つつが)」が関係して命名された、あるいは「恙(病気)を起こす虫」として名前の由来になったと言われています。
直接的に遣隋使がツツガムシ病に感染していたという記録ではなく、言葉の語源として「恙=病気・ツツガムシ」という結びつきが指摘されているものです。
古代の疫病・伝染病対策
当時の中国(隋)から日本へ渡る際には、大陸から様々な疫病が持ち込まれるリスクがありました。
そのため、遣隋使や遣唐使の帰国時には、直接中央(都)に入るのではなく、筑紫国(太宰府)や鞆の津などで一時停止し、疫病の感染・発症を観察する「隔離・検疫」の期間が設けられていたと考えられています。
ツツガムシ病そのものは、日本の特定の地域(山形・秋田・新潟の河川敷など)で古くから知られていた風土病であり、病原体の研究・発見は明治時代以降に行われました。

臼井優
1/30(金) 15:42 Yahooニュース
1月24日、東京大学大学院医学系研究科皮膚科学の佐藤伸一教授が収賄容疑で逮捕された。報道によれば、同教授は共同研究を進めていた一般社団法人日本化粧品協会の関係者から、研究の遂行や継続に便宜を図る見返りとして、性接待などの利益供与を受けていた疑いが持たれている。
これを受けて、1月25日に東京大学は藤井輝夫総長が声明を発表した。その中で「度重なる教員の逮捕は痛恨の極みであり、言語道断で、遺憾であると言わざるを得ません。この事態を極めて重いものと受けとめ、厳正に対処する所存です」と決意を述べた。そして、「教職員のコンプライアンス意識、民間資金の受入・活用状況のチェック体制、事態を未然に防ぎ早期に察知する組織風土等における課題が、具体的に明らかになりました」との現状認識を示した。1月28日には、謝罪会見を開いている。
マスコミの報道も、ほぼ同様だ。「教員の不正を防ぐチェック機能が不十分なガバナンスのあり方に厳しい目が向けられている(日本経済新聞1月24日)」など、組織のチェック体制を問題視する論調が強い。
私は、このような議論に違和感を抱く。東大の問題は、そんなところにはないからだ。問題の本質は、なぜ、佐藤氏のような人物が教授に選出されたかだ。
なぜこの「俗物」が教授に選ばれたか
医療ガバナンス研究所は製薬マネーデータベース「YEN FOR DOCS」を公開しているが、2017〜21年の5年間に佐藤教授が、講演料などの名目で製薬企業から受け取った金の総額は約5365万円だ。合計364件の講演などをこなしている。これでは、製薬企業のアルバイトの合間に教室運営をしていると言われても仕方ない。
佐藤教授のこのような振る舞いは、東大教授になってから始まった話ではない。佐藤教授が講師・助教授として勤務した金沢大学の関係者は、「優秀な医師でしたが、業者にたかることで有名だった」と言う。
このような人物は、大学教授に相応しくない。大学の「チェック機能」として最も問われるのは、なぜ、このような「俗物」が東大医学部の教授選で選出されたかだ。過半数の教授が賛同したことの責任は重い。
実は、この点こそが、東京大学が長年抱えてきた問題の本質である。私は、今回の佐藤教授の事案そのもの以上に、東京大学という組織に根深く残る「俗物性」を感じることが少なくない。残念ながら、その性格は偶発的なものではなく、東京大学の成立過程と歴史的背景に深く規定されており、短期間で是正される性質のものではない。

またんぎ
1. 権現山の基本事実と地理
まず、対象となる山の物理的な事実関係を明確にします。
所在地: 福岡県北九州市八幡東区大字市瀬(および大字大蔵)
標高: 617メートル(隣接する皿倉山の622メートルよりわずかに低い)
地形: 帆柱山系(皿倉山、権現山、帆柱山、花尾山など)の一部を構成しています。山頂部分は平坦ですが、これは自然地形ではなく、第二次世界大戦中に軍事要塞(高射砲陣地など)として使用するために、山頂を約5メートル削り取って整地したという歴史的事実によるものです。現在は広場として整備され、北九州市の通信・放送局の中継局(パラボラアンテナ等)が設置されています。
2. 山名の由来と「鷹見神社」の関係
「権現山」という名称は、特定の個人の想像ではなく、明確な宗教的背景に基づいています。
由来: この山の山頂(および中腹)に、市瀬地区に鎮座する**「鷹見神社(たかみじんじゃ)」の奥宮(上宮)**があることに由来します。
権現とは: 鷹見神社は、かつて修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)が熊野権現(熊野三山)を勧請したと社伝に残されています。かつて神仏習合の時代に「鷹見大権現」として崇拝されていたことから、この山が「権現山」と呼ばれるようになりました。
旧称: それ以前は「鷹見山(たかみやま)」や「杉山(すぎやま)」と呼ばれていました。
3. 神功皇后伝説と地名の関連
この地域には、神功皇后の三韓征伐にまつわる伝承が数多く残り、地名の由来となっています。権現山周辺の事実は以下の通りです。
① 「皇后杉(こうごうすぎ)」の真実
権現山の北斜面には「皇后杉」と呼ばれる杉の巨木群があります。
伝説: 神功皇后が船の「帆柱」を作るために、この山から木を切り出したという伝承があります(これが「帆柱山系」の名前の由来の一つともされます)。
事実: 現存する「皇后杉」と呼ばれる杉林は、当時のものではありません。植物学的な調査および藩の記録によると、これらは江戸時代(約250〜400年前)に福岡藩(黒田藩)が植林政策として植えたものです。しかし、その名称は神功皇后の伝説に敬意を表して名付けられ、現在も北九州市の貴重な自然資産として保護されています。
② 「皿倉(さらくら)」と「更暮(さらくれ)」
権現山と尾根続きの皿倉山の名前も、神功皇后の行動が由来とされています。
伝承: 皇后がこの山に登り国見(地形の視察)を行った際、下山する頃には日が暮れていたため**「更に暮れたり」**と言ったとされます。これが「更暮山(さらくれやま)」となり、転じて「皿倉山」になったと伝えられています。
関連地名: 山頂付近にある「国見岩」は、皇后がそこに立って遠賀・洞海湾方面を眺めた場所とされています。
③ 「市瀬(いちのせ)」と鷹見神社
質問にある住所「市瀬」は、権現山の麓に広がる谷あいの地区です。
神功皇后との直接的な地名由来: 市瀬という地名そのものが神功皇后の言葉に由来するという直接的な記録(例:「一の瀬」を渡った等)は、主要な風土記等では確認されません。一般的に「イチノセ」は「川の早瀬」や「神聖な場所への入り口(一の瀬)」を意味することが多い地名です。
関係性: しかし、市瀬にある鷹見神社は、神功皇后伝説と深く結びついています。社伝によれば、神功皇后がこの地を訪れた際、戦勝祈願や祭祀を行った場所に関連するとされ、地域全体が皇后の遠征ルート上の重要な拠点として認識されています。
4. まとめ:事実と伝承の境界線
八幡東区市瀬の権現山について、憶測を排してまとめると以下のようになります。
歴史的事実: 山頂は戦時中に削平された要塞跡であり、現在は鷹見神社の奥宮が鎮座する信仰の山である。
名称の事実: 「権現」は鷹見神社の祭神(熊野権現)に由来する。
皇后杉の事実: 名前は伝説に由来するが、実体は江戸時代の黒田藩による植林である。
地名の背景: 周辺の「帆柱」「皿倉」は神功皇后の伝説(帆柱の調達、国見の逸話)が地名起源として定着しているが、市瀬そのものは鷹見神社の鎮座地(神域への入り口)としての性質が強い。
この山は、単なる自然地形ではなく、古代の伝説(神功皇后)、中世〜近世の信仰と産業(修験道・植林)、そして近現代の戦争(要塞化)という、日本の歴史の層が積み重なった場所であると言えます。

ばーた


大3
・交通費や宿泊代がかかる
・対面イベントに参加できない
・企業側から定着性を警戒されやすい
・情報が少ない又は偏っている
・地域の風土や土地勘が分からない
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臼井優
国立大学法学部卒 法律系国家資格3種保有 就職氷河期世代 元僧侶 趣味・特技 サッカー、バスケ、ボクシング、テコンドー、茶道、書道、華道、サックス、ドラム、読書、カフェ巡り、音楽鑑賞、ストレッチ、筋膜リリース、他人のデートコースを考えること 家庭教師、予備校講師、各大学でのエクステンション講座担当 担当科目・領域 小~高、文系科目全て、公務員試験全領域、面接、ES添削、マナー、論文添削等々
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べんとす
思い付くまま、
日々の何となくを呟いてみてます。
よろしくお願いします。
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またんぎ
抵抗は無意味だ!
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かずら
言葉より感覚。矛盾にこそ本音が宿る。通じないまま一緒にいてくれる人が好き。選択肢は可能性。名前や定義じゃなく、あなたの感じた“匂い”を聞かせて。
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