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臼井優

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公務員の交友関係は、職務の公正性を保つため、特に「利害関係者」との関係において厳しく規制されます。
 利害関係者との会食や金品授受は原則禁止され、私的な友人関係であっても疑念を招く行為は避ける必要があります。
 特に、職務上知り合った相手との飲食は注意が必要です 利害関係者 Q&A。

公務員の交友関係に関する主なポイント
利害関係者との交際: 契約業者や許認可対象者など、職務と利害関係にある人からの接待(食事、贈り物、ゴルフ、旅行など)は原則禁止です。
 たとえ割り勘であっても、利害関係者との会食は避けることが望ましいとされています。

私的な関係の例外: 学生時代からの友人や親族など、職員になる前からの関係であれば、利害関係者であっても、公務に対する疑惑や不信を招かない限り、一緒に食事に行くことは可能です 滋賀医科大学。

仕事を通じて知り合った人: 仕事でヒアリングした相手などと個人的に親しくなっても、利害関係者にあたる場合、プライベートでの飲食は自己負担かつ注意が必要です。

違反時のリスク: 国家公務員倫理法・規程に違反した場合、免職、停職、減給、戒告の懲戒処分の対象となる可能性があります。

職場内での関係: 職場の人間関係は、親睦を深めることもあれば、お互いに害を与えない、ドライな関係を目指す場合もあるなど、様々です。

 利害関係者との接触に際しては、公務員としての自覚を持ち、密室での接触を避けることなどが指針で示されています 利害関係者との接触に関する指針。
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シズ

シズ

今回の選挙において
各政党は消費税「減税」「なくす」
とかがげていますが

日本の消費税は、
「高齢化で社会保障がもたなくなる」
「所得税・法人税だけでは限界」
「でも国民の反発が強すぎる」

この三重苦の中で、かなり無理をして導入された税です。

発想の原点(1970年代)
背景として、高度経済成長が終わる、オイルショック、福祉国家化が進む、高齢化が始まる
所得税・法人税だけでは
将来もたないという危機感。

この時点で
「欧州型の付加価値税(VAT)」が候補に。
最初の挑戦と大失敗(1980年代前半)

中曽根政権(1986年)
一般消費税を導入しようとする
選挙で、「売上税反対」大合唱、結果:導入断念
この時の失敗が
「消費税=悪」の原体験となってしまう。

導入の瞬間(1989年)
竹下登政権
名称を「売上税」→「消費税」に変更。
税率:3% 同時に所得税減税、法人税率引き下げ
を行います。
「負担の付け替え」として導入。
ただし世論は大反発。
竹下首相は事実上の退陣。
ちなみに10%導入は安倍政権時代。

それでも消せなかった理由
一度入ると、やめられない。
理由は:
税収が安定、高齢化が止まらない、社会保障費が毎年増える
消費税は“便利すぎた”
社会保障と結びついたのは後から
最初の消費税は
社会保障目的ではなかったんです。
目的明確化:2000年代以降
「社会保障の安定財源」明記:2012年(民主・自民合意)
これは国民不信への対処であると言える。

ではなぜこんなに嫌われる?
取られてる感が強い、低所得者ほどきつい、「本当に福祉に使ってる?」疑念が存在しています。
税の中で一番“見える”から嫌われる

それでも続く理由(現実)
社会福祉、医療、障害者支援、施設の人員配置
これ全部、消費税がある前提で設計されている

消費税を消す=
制度を根こそぎ作り直す、という話。

ひとことでまとめると
消費税は「必要」と「嫌悪」の間で生まれた妥協の産物。
政治的にはずっと綱渡り

では結論として
消費税をなくす
具体的な対策案は?
年間約23兆円を捻出するには。
国債発行なしで。
という問題が残るかと。
政治の星政治の星
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臼井優

臼井優

念仏を唱えても助からない、という疑問は、仏教、特に浄土系(浄土宗・浄土真宗など)の教えの核心に触れる重要な視点です。

「念仏=願いを叶えるための修行」として捉えるなら、その通り「唱えただけで助かる(願いが叶う)はずがない」と言えます。しかし、浄土教では全く別の視点から念仏が捉えられています。

主に以下のような意味合いがあります。
1. 「助かる」の定義が異なる
浄土教における「救い(救済)」は、現世の病気が治る、宝くじが当たる、困難が去るという「現世利益」ではありません。死後に極楽浄土へ生まれ、仏となる(往生・成仏)ことを指します。

2. 自力ではなく「他力」
「念仏を唱える」という行為は、自分の努力で天国に行こうとする「自力」ではありません。それは、阿弥陀如来が「あらゆる人々を救う」という約束(本願)を信じ、その働きに任せる「他力」の教えです。

3. 念仏は「感謝の言葉」
浄土真宗では、念仏(南無阿弥陀仏)は救いを求める呪文ではなく、救われていることに気づいた人が、その感謝を伝える言葉(報謝)として唱えるものとされています。

「私の努力で助かる」のではなく「阿弥陀如来の力によって、すでに救われている」という安心感が根本にあります。

4. 確固たる信念への問いかけ
「念仏くらいで助かるはずがない」という疑念や、自分の知識・力を信じ切る傲慢さを、仏教では「自力の心」と呼びます。そのような心を抱えたままの人間を、そのまま救うのが阿弥陀の慈悲である、と説くのが特徴です。

念仏は、自分の力で人生をコントロールしようとする執着から解放され、「そのままで良い」という安らぎの中で生きるためのものとされています。
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榛

人を信じるって難しい?人を信じるって難しい?
信じるのが難しいというより、信じると同時進行で疑念もある 疑念というより損得勘定 相手と交流することで利益はあるか、どこのラインで損切りするべきか、みたいな
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臼井優

臼井優

「言質(げんち)を取る」とは、交渉相手から後で証拠や約束として利用できる言葉を引き出すことです。
 ビジネスやトラブル防止において、相手の約束を不履行にさせないために重要となる行動を指します。読み方は「げんしつ」と誤読されがちですが、正しくは「げんち」です。

主な特徴・詳細
意味の由来: 「言」は言葉、「質」は人質や担保を指し、言葉を担保として押さえるイメージ。
ビジネス・シーン: 交渉、商談、契約の最終確認、メールや議事録での明文化。

注意点: 相手に疑念や不信感がある場合に使われやすい。

対義語・関連語: 言質を与える(自分に不利な証拠を相手に渡す)。

例文
「先方の社長からしっかりと言質を取った」
「不用意な発言で、相手に言質を与えてしまった」
「後々問題にならないよう、メールで言質をとっておく」
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ぼー

ぼー

『宮本武蔵』

山や川の、岩がごろごろしてるところを歩いていると、感じることがあります。

舗装された道だと、特に注意しなくても歩けるけど、それが当たり前じゃないことを。

スマホ歩きが問題になってるけど、
とてもじゃないけど、そんなことはできないです。

特に河原で足を出して踏んだ石や岩が、ゴロッと動かない保証はない。
どこにも見た目だけでパッと分かることはない。
自然と緊張感を持って慎重に歩くことになります。

舗装された道だと、無意識に足元よりも先の方を見て歩けるんだけど、
河原だとまずは足元を見ます。それからほぼ同時に次の一歩のところの石や岩を見ます。

言葉にするとややこしいけど、
怖いから誰でも自然にそうなると思います。
そんなときに思い出す言葉があります。

宮本武蔵が言った「見るでもなく見る」だったかな。
いつもどおりうろ覚えなんですが。

山河を歩いていると、その意味がわかる気がするんです。

うわの空や、一点に集中しすぎるのは、
どちらも怪我をする。

足元の、今ここの一点を見ているんだけど、
それだけじゃない。
そのほんの少しだけ先の未来も視界や意識には入ってる。

そして、ほんとに次の一歩はそこでいいのか?
という疑念も常にあります。

その周囲の石や岩はどうか?
足元の注意は中心ではあるけれど、
そこらへんまでちゃんと視界に入ってます。

瞬時に計算して、次の一歩に賭けてます。

仏教の空は、一点に執われることを戒めてるとも言えるでしょう。

理由はこれだけじゃないはずですが、
古来、山河が修行の場になって来た意味を感じます。

「見るでもなく見る」という話でした。
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