
シズ
自身が病んでいる心理士
音楽
映画
医療・福祉

シズ
回答数 2>>
市民、県民、国民から大切な一票をもらって議員バッチをつけた政治家が悪知恵を働いて国民を欺いたとしか言いようのない問題です。
制度を改革する立場の政治家が制度を遵守しているどころか、制度の抜け穴を利用して国保料の支払いの逃れていたという疑惑です。国民健康保険の高額な保険料の支払いを回避するため、一般社団法人の理事に就くことで社会保険に加入し、保険料負担を軽減する行為を行なっていた疑惑。
「改革政党」を名乗る維新の議員が制度を軽視しているのではないかという批判が起きています。
そもそも「国保」自体の制度の複雑もあります。
それを理由に釈明する維新。
議員は原則として
会社員のような「被用者保険」に自動加入される立場ではないのが原則。
自営業者と同様、国保への加入・保険料納付が必要なんです。それをペーパーカンパニー、ダミー会社なる「一般社団法人」を立ち上げて理事になるなんて議員のやることではないはず。
「国保」は財政制度、医療制度、地方自治、社会保障、雇用問題が全部絡む 超・複合制度。
「医療費を下げれば解決」「無駄を削ればいい」
では済まないのです。
また低所得者、地方の高齢者、不安定就労者
を支える「最後のセーフティネット」でもあります。
そこで丸山達也・島根県知事の批判が起こることとなります。
元総務官僚、地方自治・財政・制度論に強い、政党に属さないが、政策には非常に辛口で評判の方です。
維新について一貫して次の点を批判。
「身を切る改革」を掲げながら制度の“上澄み”だけを使っている。国保・地方税・社会保障を現場を知らずに語っていると批判。
「国保」の制度を自ら利用せず、負担もせず、改革だけ語るのは不誠実。
「国民に厳しく、政治家に甘い」構図を助長するとも言っています。
丸山知事は単に維新を攻撃しているのではなく、
ポピュリズム的改革、コスト論だけの制度設計、地方・弱者を切り捨てる発想に対する警鐘として発言しているのが特徴でもあります。
維新議員が現場制度(国保・自治体財政)への理解不足でもあるのも事実。
この疑惑が本当なら
早速議員バッチ外してほしいものです。

シズ
今回はで実在の事件・伝承・陰謀論をテーマにした回を紹介致します。
・UFO・政府陰謀
ロズウェル事件(1947)
該当回
シーズン4「患者X」
シーズン5「赤と黒」
元ネタ
米ニューメキシコ州ロズウェルUFO墜落事件:軍の回収・隠蔽・偽装発表
Xファイルでは
宇宙人の死体回収+人体実験にまで踏み込んでいます。
UFO誘拐証言(ヒル夫妻事件)
該当回
シーズン2「ドゥエイン・バリー」
元ネタ
ベティ&バーニー・ヒル事件(1961)
退行催眠による誘拐証言
ブラックオプス/MJ-12
該当回
シーズン1〜S5 神話編全体
元ネタ
実在すると噂された秘密委員会「MJ-12」文書
大統領直属のUFO管理組織説
・科学・医療スキャンダル
タスキギー梅毒実験
該当回
シーズン3「天使の糧」
元ネタ
米政府が黒人に梅毒を放置感染させた人体実験
放射線・人体実験
該当回
シーズン2「不可解」
元ネタ
冷戦期の放射線人体実験(実在)
・心理・犯罪の実在事件
連続殺人犯の心理模倣
該当回
シーズン1「シャドウズ」
シーズン2「アイリス」
元ネタ
実在のシリアルキラー研究(FBIプロファイリング)
・都市伝説・民間伝承
ニュージャージー・デビル
該当回
シーズン1「ジャージー・デビル」
元ネタ
米国最古級の未確認生物伝承
・フラットウッズ・モンスター
該当回
シーズン2「恐怖の影」
元ネタ
1952年ウェストバージニア州の未確認生物事件
Xファイル制作陣の姿勢
完全創作ではなく「半分は事実」
当時流通していた
政府文書
都市伝説
陰謀論本
を徹底的にリサーチ
「信じるかどうかはあなた次第」という構造です。


シズ
回答数 7>>
バック・トゥ・ザ・フューチャー
ロッキー4/炎の友情
ランボー/怒りの脱出
コマンドー
グーニーズ
ブレックファスト・クラブ
アウト・オブ・アフリカ(アカデミー作品賞)
ブラジル
死霊のえじき(デイ・オブ・ザ・デッド)
ウィアード・サイエンス
アグネス・オブ・ゴッド
レディホーク
シルバラード
邦画
乱(黒澤明)
恋文
早春物語
天国にいちばん近い島
ビルマの竪琴(1985年版)
アニメ・特撮
銀河鉄道の夜(劇場公開)
ゴジラ(84年制作・85年公開扱いあり)
カムイの剣(※84年制作/85年全国拡大公開)
とまあ調べてみたら懐かしいですね。
日本がバブル時代に入る前夜
いわゆるプラザ合意で急激な円高を迎えた年です[笑う]



シズ
原作:平井和正
原作イラスト:石ノ森章太郎
監督:りんたろう
キャラクターデザイン:大友克洋
音楽:キース・エマーソン(ELP)
あらすじ 簡単に
平凡な高校生 東丈(あずま じょう) が、
人類を滅ぼそうとする異次元の存在「幻魔」との最終戦争に巻き込まれ、
世界各地の超能力者たちと共に戦う――
という SF × オカルト × ヒーロー成長譚。
見どころ・評価
当時の日本アニメ最高水準の作画
世界各国の超能力者が集結する
大友克洋参加作品としても貴重
音楽にキース・エマーソン起用という異例さ
ちょっとトリビア
製作費は当時としては破格(10億円規模)
「日本アニメを世界に売る」意識が非常に強かった作品
ストーリーは原作小説の一部を大胆に再構成
興行的には成功とは言い難いが、
後世のクリエイターへの影響は極めて大きい。
ここからは全く映画には関係ありませんので
スルーしてください [冷や汗]
なぜこの映画を紹介したのか
実は持っているディスクがなんとVHDなんです。
正式名称:Video High Density Disc
開発したのは日本ビクター(JVC)
発売開始:1983年
主用途:映画・教育用映像・業務用途
技術的な特徴として
方式:静電容量方式(レーザーディスクとは異なる)
直径:25cm(LPレコードと同サイズ)
両面再生可能
1枚あたり最大2時間再生
フレーム単位での頭出し・静止画が可能
映像品質は
VHSより良いが、レーザーディスク(LD)よりやや劣ると言われることが多いです。
キャディと言われるなかにLPが入っているようなものです
それをまあレコード針で映像化するというようなシステムです。
もちろんハードも持っております。
カミさんが嫁入り道具として
高校の時から大切にしていたそうです。
なぜレーザーディスクを買わずにVHDを買ったのかは永遠の謎となりました。
それよりも原作者の平井和正氏
この作品が大当たりしたのはいいのですが
このあと真幻魔大戦やら新幻魔大戦とか立て続けに執筆。
当の本人、登場人物の収拾が効かなくなったのか(私個人の感想)途中で執筆終了。
巻末に出版社からのことわり(もう書けません!)が書いてありました[泣き笑い]
それはそうとキャラクターデザイン
大友克洋さんです。
「AKIRA」です[笑う]





シズ
回答数 4>>
原則:健康保険・厚生年金の被保険者にならないのです。
多くの場合、国民健康保険、国民年金(基礎年金)に加入します。
ただし、議員以外に会社員・公務員としての本業がある場合においては、自治体によっては非常勤特別職としての扱いの工夫もある。
よって社会保険の取り扱いに差が生じているのが現状かと言えます。
そこで、社会保険料負担軽減の主な手法(現実的に採られている/検討されるもの)
が考えれるのです。
議員報酬の設計による間接的軽減
議員報酬を「生活給」ではなく「活動補償」に近づける
結果として、国民健康保険料・国民年金保険料が所得連動で抑制される。
政務活動費の適正拡充(保険料“外”での補完)
社会保険料そのものを下げるのではなく、
事務所費、通信費、調査研究費を公費でカバー。
国民年金付加年金・iDeCo活用の制度的後押し
議員個人の選択として、付加年金(月400円)
iDeCo(所得控除)を最大限活用する。
「兼業議員モデル」の制度的容認
議員活動を非常勤・兼業前提と位置づけ
本業側で厚生年金・健康保険に加入。
厚生年金適用の復活・準用(※最も議論が分かれる)
このことについては、過去には地方議員年金(廃止済)が存在しています。
ですので、現実的には政治的ハードルが非常に高い。
いろいろ考えられてはいますが、
全てにおいて評価が分かれます。
保険料を下げる発想ではなく、生活基盤を複線化する設計が重要ではないだろかとは思いますが。
素人考えですので、その点はご了承ください[冷や汗]

シズ
回答数 13>>
読むことはできても理解しようとするものなら脳がパンクするかと。
大学において「哲学」を専攻しているか、物事を「解く」を趣味として生きている人でないと、まず触ることのない本かと。
私の場合「心理学」専攻、教養課程の「哲学」は確か4単位落とせるはずの状況。試験、レポート提出なんとかクリア。
しかも当時の本の訳は難解。ニーチェ「ツゥラスウストラはかく語りき」、今なら「ツゥラスウストラはこう語った」となります。
カント「純粋理性批判」(1781)
「人間は世界そのものではなく、人間の枠組みを通した世界しか知らない」
「認識が対象に従う」のではなく「対象が認識に従う」。いわゆるコペルニクス的転回。天動説から地動説を唱えたコペルニクスを引用。
ヘーゲル「精神現象学」(1807)
「意識は矛盾と対立を乗り越えながら、絶対的な自己認識へ発展していく」
弁証法(テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼ)。主人と奴隷の弁証法。
ウィトゲンシュタイン「倫理哲学論考」(1921)
「語れることには限界があり、語れないことについては沈黙せよ」全7章(命題)で構成、各章に番号。文章は簡潔。有名なのは7番命題です。
ではどう読むべきか。
「わからないままとにかく読む」
よく言われるのが一度読んだ人より、三回挫折した方が哲学者である。
まずは入門書、解説書で全体の構図を理解する。
書籍、ネットの図解、動画解説の活用。視覚化すること。
読んだら途中一度休む、再読の繰り返し。
本を選ぶことも重要です。私自身では岩波新書あたりから初めて見るのもどうかと。
本、訳し方によって読みやすさが違います。

シズ
放送開始:2001年
放送終了:2010年(本編8シーズン)
その後の作品として
『24: リブ・アナザー・デイ』(2014)
TV映画『24 -TWENTY FOUR- リデンプション』
話数:基本1シーズン24話
制作:FOX
最大の発明:リアルタイム構成
1話=1時間
24話で作中の24時間
CM中も時計が進む
分割画面(スプリットスクリーン)
当時のTVドラマでは革命的でありました。
主人公:ジャック・バウアー
演:キーファー・サザーランド
職業:CTU(対テロ捜査局)捜査官
口癖レベルの名言:
“Damn it!”
“I don’t have time for this.”
特徴として
拷問も辞さない
家族も犠牲にする
正義のためなら法律を踏み越える
シーズンごとをざっくりと
S1:家庭ドラマ+陰謀(完成度高)
S2:核爆弾テロ(緊張感MAX)
S3:ウイルス兵器
S4:同時多発テロ連打(最も忙しい)
S5:最高傑作と評価されがち
S6:やや賛否 とにかく作品が重い
S7:政府 vs CTU
S8:最終決断
海外ドラマの見方が
「1話完結」から
一気見(ビンジウォッチ)文化へ
日本の深夜ドラマにも影響を与えています。
ヒーロー像の変化
完璧な正義のヒーローではない
疲れ切った中年男
トラウマだらけ
ダークヒーローの原型
そして批判も多い作品でもあり。
拷問肯定に見える
中東・ロシア描写の偏り
女性キャラの扱い
それでも
時代を象徴する作品なのは間違いないのかと。
一言で言うと
『24』は
「時間」を武器にした、最も疲れるが最も中毒性のあるドラマでもあります。
確かシーズン3だったとはおもいますが
囚人たちの前でジャック・バウアーとラモン(麻薬カルテルのボス)が交互に自分の頭に拳銃を撃つ
いわゆる、ロシアンルーレット。
ジャックは、潜入任務のため、正体を守るため
拒否できない状況。
このロシアンルーレットの場面
多くのファンが
「24で一番キツい冒頭」
と挙げる場面です。
当時はケーブルテレビにてFOXチャンネルで観てた記憶が。今の若い人はこぞって「知らない」と言われます。私自身そんな昔のドラマという印象はないのですが。
そういえば子供たちと「キッズチャンネル」とのチャンネル争いしてた記憶が[泣き笑い]
カミさんにめちゃくちゃ怒られておりました[泣き笑い]
だって当時の私はお子ちゃまでした[大泣き]





シズ
『宇宙大作戦』
原題:Star Trek
日本題:宇宙大作戦
放送開始:1966年
制作総指揮:ジーン・ロッデンベリー
舞台:23世紀、宇宙船エンタープライズ号(NCC-1701)
主要キャラクター(初代)
カーク船長(ウィリアム・シャトナー)
情熱と直感型のリーダー
行動力と決断力の人
スポック副長(レナード・ニモイ)
バルカン人と地球人のハーフ
論理と感情の葛藤の象徴
「感情を持たない者」が最も人間的
マッコイ医師
人情派
スポックとの掛け合いは名物
日本語吹替版・名セリフ集
「スポック、君はどう思う?」
(カーク船長)
ほぼ毎回のように使われた定番フレーズ。
原語では “Mr. Spock?” 程度ですが、日本語版では
信頼・対話・民主的判断を象徴する名セリフになりました。
日本版カークは
「独裁的な艦長」ではなく
仲間の意見を聞くリーダーとして描かれています。
「論理的ではありません、船長」
(スポック)
原語の “That is illogical.” の名翻訳。
冷静なのに、どこか人間味がある言い回し。
このセリフが繰り返されることで
スポック=理性の象徴
というキャラクター像が日本で完全に定着しました。
「感情に流されるのは人間の弱さだ」
(スポック)
実は皮肉な名セリフ。
感情を否定しながら、
一番人間らしく悩むのがスポック。
「無茶です、船長!」
(マッコイ医師)
原語ではもっと軽口ですが、
吹替では完全に人情派のツッコミ役。
好きなシーン 地球に帰還
地球への長い道(Assignment: Earth/宇宙からの使者)
日本放送では
「宇宙からの使者」として知られています。
エンタープライズ号は、
本来は23世紀の宇宙探査船
しかしこの回では 1968年の地球 に到達します。
つまり、視聴者と同じ時代・同じ地球に“帰ってくる”という、非常にメタ的な回です。
地球軌道を周回するエンタープライズ
宇宙から見下ろす「現在の地球」
戦争の可能性を秘めた未熟な文明
カークとスポックは
「この時代の人類は、まだ危うい」
と距離を持って見つめます。
“帰ってきたはずなのに、もう居場所ではない”
という感覚が漂います。
ストーリーはあえて書いていません
スタートレックシリーズとして
今でも作られています。
小学生だった私
USSエンタープライズ号に憧れておりました。
作品によって型が変わりますが
やはり初代が今でも好きですね。

シズ
原題:Star Trek
日本題:宇宙大作戦
放送開始:1966年
制作総指揮:ジーン・ロッデンベリー
舞台:23世紀、宇宙船エンタープライズ号(NCC-1701)
主要キャラクター(初代)
カーク船長(ウィリアム・シャトナー)
情熱と直感型のリーダー
行動力と決断力の人
スポック副長(レナード・ニモイ)
バルカン人と地球人のハーフ
論理と感情の葛藤の象徴
「感情を持たない者」が最も人間的
マッコイ医師
人情派
スポックとの掛け合いは名物
日本語吹替版・名セリフ集
「スポック、君はどう思う?」
(カーク船長)
ほぼ毎回のように使われた定番フレーズ。
原語では “Mr. Spock?” 程度ですが、日本語版では
信頼・対話・民主的判断を象徴する名セリフになりました。
日本版カークは
「独裁的な艦長」ではなく
仲間の意見を聞くリーダーとして描かれています。
「論理的ではありません、船長」
(スポック)
原語の “That is illogical.” の名翻訳。
冷静なのに、どこか人間味がある言い回し。
このセリフが繰り返されることで
スポック=理性の象徴
というキャラクター像が日本で完全に定着しました。
「感情に流されるのは人間の弱さだ」
(スポック)
実は皮肉な名セリフ。
感情を否定しながら、
一番人間らしく悩むのがスポック。
「無茶です、船長!」
(マッコイ医師)
原語ではもっと軽口ですが、
吹替では完全に人情派のツッコミ役。
好きなシーン 地球に帰還
地球への長い道(Assignment: Earth/宇宙からの使者)
日本放送では
「宇宙からの使者」として知られています。
エンタープライズ号は、
本来は23世紀の宇宙探査船
しかしこの回では 1968年の地球 に到達します。
つまり、視聴者と同じ時代・同じ地球に“帰ってくる”という、非常にメタ的な回です。
地球軌道を周回するエンタープライズ
宇宙から見下ろす「現在の地球」
戦争の可能性を秘めた未熟な文明
カークとスポックは
「この時代の人類は、まだ危うい」
と距離を持って見つめます。
“帰ってきたはずなのに、もう居場所ではない”
という感覚が漂います。
ストーリーはあえて書いていません
スタートレックシリーズとして
今でも作られています。
小学生だった私
USSエンタープライズ号に憧れておりました。
作品によって型が変わりますが
やはり初代が今でも好きですね。





シズ
回答数 12>>
監督:矢口史靖
舞台:山形県
やる気ゼロ、音楽経験ゼロの女子高生たちが、
ひょんなことからビッグバンド・ジャズに出会い、失敗だらけでも「楽しいから続ける」うちに変わっていく物語です。
この映画の良さは、「頑張れ!」と押し付けてこないところです。
最初は サボりたい・逃げたい
下手で、音もバラバラ
でも 楽しさが勝ってしまう
その結果として、
「上手くなりたい」
「もう一回やってみよう」
に自然と変わっていく。
努力よりも先に“楽しさ”がある
これがとても前向きなんです。
ジャズの演奏シーンがとにかく爽快
東北の夏の空気感が気持ちいい
登場人物がみんな完璧じゃない(だから共感できる)
特にラストの演奏は、
「できない自分のままでもいいじゃないか」
と思わせてくれます。
この映画で演奏されているのは、主に
1930〜40年代のアメリカ発祥のスウィング・ジャズです。
特徴としては
リズムが 跳ねる(スウィングする)
明るくて踊れる
メロディが分かりやすい
大人数編成(ビッグバンド)
聴いているだけで気分が上がるタイプのジャズです。
映画のバンド構成は典型的なビッグバンド。
サックス隊
トランペット隊
トロンボーン隊
ピアノ/ベース/ドラム
映画後半の演奏は、まさに
グレン・ミラー楽団やカウント・ベイシー楽団の系譜。
代表的な曲
「Sing, Sing, Sing」
(ベニー・グッドマン)
ドラムがド派手
スウィング・ジャズの代名詞
ラストを飾る定番曲
「In the Mood」
(グレン・ミラー)
超有名、耳にしたことがある人も多い
明るく親しみやすい
「A列車で行こう(Take the “A” Train)」
(デューク・エリントン)
軽快で都会的なスウィング
この映画は、娘と行きました。
当日吹奏楽部
観終えたときからやる気全開に変わりました。
やっぱり映画ってこころ揺さぶるものだと思いっきり痛感させられました。
まあ私自身も趣向がジャズへと変わるきっかけにもなりました[笑う]





シズ
FXSTDがいない!
私は今日からやっとお正月休暇
そういえば息子も仕事柄いつもずらしての
休暇
聞けば今日から「休み」とのこと
じゃあどこかで一日ツーリング行こ!
と言ったら
「無理 旅行行く だからバイク貸して!」
と、仕事柄県外出る時上司に
行き先 連絡先提出しないといけないのですが
「同期と先輩んち」
それでいいかい!
と心でツッコミ
セッティングした三拍子を奏でて
朝早く出て行きました
今どこの空の下を走っているのか
今年若い女の子が大型デビュー
「では一緒にツーリング行こ」
と言ったものの
この発言は セクハラまたはパワハラ
に当たるのか
頭の痛い時代です[泣き笑い][泣き笑い][泣き笑い]


シズ
FXSTDがいない!
私は今日からやっとお正月休暇
そういえば息子も仕事柄いつもずらしての
休暇
聞けば今日から「休み」とのこと
じゃあどこかで一日ツーリング行こ!
と言ったら
「無理 旅行行く だからバイク貸して!」
と、仕事柄県外出る時上司に
行き先 連絡先提出しないといけないのですが
「同期と先輩んち」
それでいいかい!
と心でツッコミ
セッティングした三拍子を奏でて
朝早く出て行きました
今どこの空の下を走っているのか
今年若い女の子が大型デビュー
「では一緒にツーリング行こ」
と言ったものの
この発言は セクハラまたはパワハラ
に当たるのか
頭の痛い時代です[泣き笑い][泣き笑い][泣き笑い]


シズ
回答数 31>>
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録(Astrid et Raphaëlle)』
制作国:フランス
放送開始:2019年〜
原題:Astrid et Raphaëlle
主人公コンビとして
アストリッド・ニールセン
警察資料局(文書係)勤務
自閉スペクトラム症
記憶力・分析力が天才的
ルールと秩序を重んじる
ラファエル・コスト
行動派の女性警部
直感型で感情豊か
規則より「人」を優先
アストリッドの才能を誰よりも信頼している
理屈と感情のバランスがとても美しい作品です。
パリ警察の文書係で働く
記憶力と分析力に卓越した女性――アストリッド。
彼女は、事件記録、過去の未解決事件、膨大な資料の中から、他人が見落とす**“論理のズレ”**を見抜く。
一方、現場主義で直感型の警部――ラファエル。
事件を通じて2人は出会い、
論理 × 直感、ルール × 人情
という正反対の力が組み合わさり、
難事件を解決していく。
物語の中心は
「犯人探し」よりも
2人が信頼関係を築いていく過程にあります。
注目したのは「自閉スペクトラム症候群」いわゆるASDですが
単に自閉症と言われる症状でも様々あります。
例えば「レインマン」においては自閉サバン症候群ですし「アダム」においてはアスペルガー症候群(現代においては診断名としては使われません)
といろいろ作品によっては異なる症状をテーマにしています。
基本的においては群を抜く記憶力とある種のこだわり行動があります。
この作品においても
記憶力と一種独特の彼女のこだわりが絶妙に表現されています。
仕事柄人生の大半を「自閉症」と向き合ってきた私にとっては
「こういう見方があるのか」と思える作品でもあります。
逆に「ちょっと」と思える部分もありますが、それはそれで表現方法としては間違っていないのかと思わされる作品です。
NHKにおいて2月から新しいシーズンが始まります。参考迄でに。





シズ
回答数 20>>
めちゃくちゃ短い短編映画
しかもYouTubeで観たので
紹介したいと思った次第です
「迷える戦闘機パイロット」
『Guided Home』
(WWⅡ・夜間/爆撃機が損傷した戦闘機を誘導する短編CG)
夜の空、ほぼ無音に近い演出
損傷して迷う単座戦闘機
雲間から現れる爆撃機(ランカスター系)
爆撃機が編隊灯と進路で静かに導く
無線での説明は最小限、ほぼ映像と音だけ
戦闘機は無事帰還
爆撃機は使命を終え、闇に消える
まさに
「迷える戦闘機パイロットが、名もなき存在に救われる」
という物語です。
Guided Home WW2 short film night bomber
で探せば見つかるかと
個人CG作家による作品(商業映画ではない)
史実ベースではないが、
夜間爆撃機が僚機を灯火で誘導した実例は実際に存在
コメント欄で
「言葉がないのに泣ける」
と投稿
めちゃくちゃ短いのですが
泣ける動画です
正月全て仕事で費やし、結局ゆっくり映画は観れませんでしたが
こういう作品で楽しまさせていただきました[笑う]
「ミステリーゾーン」的な作品かと


シズ
回答数 16>>
私 本日夜勤でございます
このご時世年末年始ぐらいはゆっくりしたい
若者
お子さんがまだ小さいご家庭もございますので
シフトがら空き
事務から、ではということで年末年始特別手当 昨年の倍となりました
独り身の私
お金に目がくらみ いや騙されてこれから出勤
でもただではすませない性格
普段 私以外使わない「相談室」 なぜか50インチのモニターが君臨
昨年より密かにDVDプレヤーを繋いでおき天井のスピーカーに音が出るようにセッティング
監視モニターもPCに接続OK
ゆっくり映画鑑賞で夜を過ごそうかと
バレたら始末書で済むかという疑問も払いのけ
これからレンタルやへ
観るのはこれから決めます[笑う]
いただく予定の💰は
ダリのフロントスピーカーの資金になりそうです[泣き笑い]
mission possible 祈るばかりです
いや「仕事してください!」と今から聞こえておりますが[泣き笑い]

シズ
昨年ほんと年末
嫁が車買ったからもらってくださいと
また一台増えました[笑う]
今年は原付一種の定義変更が変更となりますね
うちの街にはモンキーが消えました[泣き笑い]


シズ
回答数 91>>
『マッド マックス』 (1979)
監督:ジョージ・ミラー
主演 メル・ギブソン
近未来オーストラリア。法と秩序が崩れ始める世界で、警官マックスが復讐へと堕ちていく原点作。低予算ながら異様な迫力。史上屈指の低予算で大ヒット
製作費は約35万豪ドル、世界興収はその数百倍
「最も成功した低予算映画」としてギネス記録を長年保持
本物の暴走族が出演しています
バイカー役の多くは実在のアウトロー系バイククラブ
セリフが少ないのは、演技指導より“存在感”重視だったため
メル・ギブソンは無名どころか“怪我人”である
オーディション前夜に喧嘩で顔面ボコボコ
監督ミラーは
「崩壊した世界の住人にぴったりだ」
として主演に抜擢
車はほぼ廃車同然
劇中の改造車は中古車・事故車を寄せ集め
撮影後は多くが本当にスクラップ
有名なV8インターセプターも複数台存在
なぜオーストラリア舞台なのか
広大な荒野+低い人口密度
文明崩壊後の世界を“現実的”に描ける
核戦争は明言されず、観客の想像力に委ねる構造
皮革・チェーン・金属装飾は
衣装部が拾い物で即興制作
V8インターセプターが別格な理由
この車は単なる乗り物ではなく“マックスの魂”
家族を失い、人間性を失っていく過程と完全に同調
ベース車両:フォード・ファルコン XB GT
それを、黒一色・無骨・機能一点張りにしたことで「秩序側の最後の怪物」に
V8の過剰な重低音、実際、音響は意図的に誇張
最も象徴的でヤバいバイクたち
トーカッター(Toe Cutter)/ババ・ザネッティ一味のバイク、車種は統一されていない
主に使用されたのは、カワサキ Z1000、スズキ GS750、ホンダ CB750
あえてバラバラ、統制のない暴力集団を視覚化
撮影中に“死亡事故が確認された記録はない
ただし「本当に死んでもおかしくなかった事故」「半ば奇跡的に助かった重大事故」複数存在します。有名な“致命的寸前”スタント事例
バイカー転倒シーン
高速走行中のバイクが制御不能に
スタントマンが想定外の方向へ投げ出される
ヘルメットがなければ即死レベル
撮影は中断されず、その映像が本編に使用
ラストのシーンは当時「スタントマン死んだな」と長く言われておりましたが大丈夫だったとのこと。





シズ
回答数 96>>
放送開始:1984年
放送終了:1989年
製作総指揮:マイケル・マン(ヒートの監督さん)
舞台:フロリダ
主な登場人物
ソニー・クロケット(ドン・ジョンソン)
潜入捜査を得意とする刑事。白いスーツがトレードマーク。
リカルド・タブス(フィリップ・マイケル・トーマス)
冷静沈着な相棒。都会的で知的な雰囲気。
マイアミを舞台に、ヴェルサーチやアルマーニのスーツを着てフェラーリ・テスタロッサに乗り、毎回ビルボード上位にランクされるようなメジャーなナンバーが流れるというスタイリッシュな刑事ドラマとして話題になった。
音楽の使い方が革命的
当時の最新ヒット曲を大胆に使用
フィル・コリンズ「In the Air Tonight」の名シーンは伝説
映像とファッション
パステルカラー、Tシャツ+ジャケット
フェラーリ(実際はコルベット改造)など高級車
→ 80年代カルチャーの象徴
ドラマの作りが映画的
1話完結ながらシリアスで大人向け
善悪が単純でないストーリー展開
IPSCマッチシューター(ジム・ズビアナ)や現役オフィサーがアドバイス、演技指導を行うなど、アクション面においてもドラマが荒唐無稽な話とならないようにされている。なおジム・ズビアナは劇中に暗殺者役でも登場している。クイックドローで銃を構えている相手にトリプルタップ(ボディショット2発、ヘッドショット1発)で倒すシーンは見所の一つである。
IPSCマッチシューターとは、
国際実用射撃連盟 IPSC(International Practical Shooting Confederation) の競技会に出場する実用射撃の競技者のことです。
作中に登場する主な銃は:
ブレンテン Ten(後にS&W 4506)ソニーの愛銃
SIG P220系
S&W リボルバー
ショットガン(Ithacaなど)
両手保持が基本(当時の映像では革新的)
無駄に構えない、振り回さない
撃つ→移動→遮蔽物、という流れ
静止して撃ち合う西部劇的演出からの決別
確か「週刊レコパル」において
今週流れるナンバーが記事として扱われておりました。それを毎回チェックするのが楽しみでした[笑う]




シズ
回答数 96>>
『白バイ野郎ジョン&パンチ』
(原題:CHiPs)
放送:1977年〜1983年 アメリカ
舞台:カリフォルニア州高速警察(CHP)
主人公コンビ
ジョン
真面目、責任感が強い、模範的警官タイプ
パンチ (ちなみに役名は パンチョレラだったかと)
お調子者、女好き、トラブルメーカー
性格真逆のバディという点で、
『スタスキー&ハッチ』と同系統ですが、
トーンはずっと明るめです。
作品の特徴①
バイクアクション特化ドラマ
白バイによるカーチェイス、追跡、スタント
が最大の売り。
当時としては
本物の警察協力+本格スタントが売りで、
バイク好きにも強く支持されました。
作品の特徴②
とにかく「健全」
殺人事件は少なめ(というか記憶にはないかと)、暴力表現は控えめ、ユーモア多め
家族で見られる安心感
夕方再放送向き
子どもにも人気
という位置づけです。
ではなぜ「CHiPs」ではなく
『白バイ野郎ジョン&パンチ』なのか
① 原題「CHiPs」が日本では伝わらない
原題 CHiPs は
California Highway Patrol(カリフォルニア州高速警察)の略称です。
しかし日本では当時👇
略語文化がまだ一般的でない
「CHiPs」=警察ドラマだと分からない
発音も意味も直感的でない
そのままでは 内容が一切伝わらない タイトルでした。
② 日本のテレビ編成上「一目で分かる」ことが最優先
1970年代の日本のTVでは、
番組表は文字数が限られており、
職業、主役、雰囲気
が タイトルだけで分かる ことが重要でした。
そこで
「白バイ」=警察・アクション
「野郎」=若者向け・軽快
「ジョン&パンチ」=コンビもの
を全部盛り込んだタイトルが作られます。
ちなみに
バイクはカワサキZ1000ポリス
このバイクが刺激となり
今の私自身のリッターオーバーのバイク好きにつながりました。





シズ
回答数 96>>
放送:1975年〜1979年 アメリカ
話数:全92話
舞台:架空都市「ベイシティ」
作品の魅力①
“性格が正反対”なバディ刑事
このドラマの最大の特徴は、
まったく違う性格の2人が最強の相棒になること。
熱血・直感型
現場主義で感情的、時に無茶もする。冷静・理論型。
皮肉屋で頭脳派、状況判断に長けている。
この対比が
会話のテンポ、言い争い、それでも最後は背中を預け合う信頼
という“刑事バディの完成形”を作りました。
作品の魅力②
刑事ドラマを変えた「人間臭さ」
それまでの刑事ドラマは
完璧なヒーロー、職務第一
が主流でした。
しかし本作では
失敗する、感情的になる、ルールを破る、私生活がだらしない
欠点だらけの刑事が主人公です。
そのため
「正義の物語」より
「人間が犯罪と向き合う物語」
として支持されました。
作品の魅力③
70年代アメリカの空気感
不信の時代(ベトナム戦争後)
権威への疑問
都市犯罪の増加
こうした背景が
暗めの色調、重いテーマ、シニカルなユーモア
に反映されています。
それでも
完全に暗くならないのが本作の良さで、
随所に軽口や笑いが差し込まれます。
作品の魅力④
影の主役「情報屋」の存在
2人を支える
元警官、皮肉屋、現場を知り尽くした情報屋
このキャラクターが
物語に安定感、現実味、大人の視点
を与えています。
ちなみにスタスキー役は
デヴィッド・ソウル(David Soul) です。
意外な経歴・特徴として
俳優だけでなく歌手としても成功。
デヴィッド・ソウルは珍しく、
TVスター → 音楽チャート1位を獲得した人物です。
「Don’t Give Up on Us」
全米1位・全英1位、 日本でもヒット
イギリス出身です。
70年代当時は
「スタスキーが歌ってる!」
と話題になりました。
エンディングの曲を本人が歌っています。
当時高校の近くのレコード店にて予約
ずっとお宝として聞いておりました。
ある日何気なく
iTunesを検索して見たら
入っておりました[笑う]
だから今はiPhoneで聴いております。





シズ
回答数 8>>
ブリジット・バルドーは
映画史を変え
女性像を更新し
そして後半生は動物愛護に人生を捧げました。
20世紀フランス文化そのものと言える存在です。
その評価は揺らぎません。
名作を挙げるなら
『素直な悪女』(1956)
『軽蔑』(1963)
この2本は、
彼女がいなくては成立しない映画史の柱です。


シズ
回答数 28>>
一言で言うと
敵同士だった人間と異星人が、孤独な惑星で生き延びる物語です。
なぜ邦題が「第五惑星」なのか
原題との違い
原題 Enemy Mine
直訳すると「敵の鉱山」「敵の領域」
邦題 第五惑星
数字を前面に出した、日本独自のタイトル
日本では当時、
SF=数字や惑星番号のほうが分かりやすく、訴求力があったため、このような改題が行われました。
作中での「惑星」の意味
物語の舞台は、
戦争宙域の外れ
名前も定かでない辺境の惑星
文明も秩序もない場所
つまりこの惑星は
どの陣営にも属さない「第◯番目」以下の存在
=価値の低い場所
として扱われています。
「第五惑星」という名前自体が
曖昧であり、管理番号的、人間中心主義的
である点が象徴的です。
数字としての「5」の意味(解釈)
哲学的に見ると、この映画の「5」はかなり示唆的です。
4まで:秩序・陣営・国家・戦争
5:そこから外れた 人間(=個)
この惑星では
国家も、軍も、イデオロギーも
すべて無効化されます。
残るのは
生き延びる存在としての“人間性(五感・共感)”
だけ。
この映画が語る核心テーマ
敵味方は「制度」が作る
極限状態では、文化差よりも「生」が優先される
憎しみは学習されるが、共感もまた学習される
だから原題は
Enemy Mine(敵の領域)
であり、
邦題は
第五惑星(秩序から外れた場所)
とも読めます。
『第五惑星』は日本独自の邦題
数字は「管理された宇宙」「序列」を象徴
第五惑星は、秩序が崩れた場所
そこで初めて“敵”は“他者”になる。



シズ
回答数 91>>
監督:シドニー・J・フューリー
主演:ジェイソン・ゲドリック、ルイス・ゴセット・ジュニア
ジャンル:ミリタリー/アクション/青春映画
あらすじ(簡潔)
中東で撃墜され、捕虜となった空軍パイロットの父を救うため、
息子が退役軍人と手を組み、F-16を奪って単独救出作戦を決行する
という、リアリティより“勢いとロマン”重視の物語。
この映画の魅力
① とにかくF-16が主役
実機のF-16を大量に使用
当時としては破格の空撮シーン
航空機好きにはたまらない
② 80年代ロック全開の音楽
クイーン「One Vision」
キング・コブラ
ジョージ・リンチ など
音楽が入ると操縦が覚醒するという演出は、今見ると完全に様式美。
ここが肝心なところですがリアリティについて
正直に言うと…
軍事的リアリティ:ほぼ無視
単独で敵国に侵入 → 現実的には不可能
民間人が最新鋭戦闘機を操縦 → あり得ない
しかしこれは欠点ではなく、
「トップガン」より前の
B級寄りの“空飛ぶ青春ファンタジー”
として見るのがいいかと。
ほんのちょっとのトリビア
『トップガン』(1986)と同年公開
影に隠れたが、ティーン層に強く刺さった
続編が3本作られるほどのカルト的支持



シズ
回答数 32>>
『日本書紀』(720)
『愚管抄』(慈円・13世紀)
本地垂迹説
本居宣長『古事記伝』
荻生徂徠・伊藤仁斎
新渡戸稲造『武士道』
柳田國男『先祖の話』『神の道』
ここらあたりを読み解けば自ずと
答えが出てくるのでは
世界を「作った」存在ではない
善悪を裁く絶対者ではない
人間と同じく感情・失敗・怒りを持つ
「八百万(やおよろず)の神」という考え
「信仰告白」ではなく
生活習慣・礼儀・感謝の表現
神を「いる」と断言する人は少ない
しかし
神社は大切にする
という矛盾が普通に共存している日本
日本独特の「神」の存在がわかるかと
日本人は無神教と言われがちですが
全く違うことが理解できるはずです。

シズ
回答数 17>>
私は「条件付きで賛成」です。
ただし、数値基準だけに依存する運用には強い注意が必要だと思います。
なぜ数値基準に賛成なのか。
これまでの問題点
危険運転の「故意」
運転の「破綻性」
を 検察が立証できないと起訴すら難しい 状況でした。
結果として、
明らかに危険な運転
被害者が死亡している
にもかかわらず、
過失運転致死傷罪にとどまるケースが多く
被害者感情・国民感覚と乖離していました。
数値基準のメリットを考えてみると
判断のブレを減らせる
捜査・起訴が迅速になる
「逃げ得」を防げる
特に、
高濃度アルコール
制御不能レベルの速度超過
は、運転者自身が危険性を認識していたと推認できるため、
一定の線引きは合理的です。
ただし、強く懸念される点もあります。
数値未満=安全、にならない
基準未満でも十分に危険なケースはある
雨天・夜間・市街地など条件次第で危険性は激変する。
数値は「最低ライン」であって、免罪符ではない
という運用が不可欠です。
逆に「数値だけ」で危険運転と決める危険
機械的な適用
個別事情を無視した量刑
これは刑法の原則(責任主義)を損ないます。
個人的にですよ、望ましい落とし所
私が妥当だと思うのは、
数値基準は
「危険運転と推定する基準」
それを超えたら原則適用
ただし、例外的事情があれば反証可能
という設計です。

シズ
回答数 8>>
とても重く、本質的な問いです。
核兵器については「使わない・持たない・使わせない」を軸に、現実的な安全保障と倫理の両方から考え続ける姿勢が必要だと思います。
1. 核兵器は「戦争の道具」ではなく「文明を終わらせ得る存在」
通常兵器と決定的に違うのはここです。
一度使われれば、無差別大量殺戮、世代を超える放射線被害、環境・食料・国家機能の崩壊、勝者も敗者も成立しない、戦争というより「文明破壊装置」。
この点で、倫理的には
どんな理由があっても正当化は極めて困難です。
2. それでも「抑止力」として存在してしまっている現実
理想だけでは済まないのが難しいところです。
核抑止論の現実
「使えば相手も使う」→ 相互確証破壊(MAD)
結果として大国間戦争が避けられてきた側面は否定できない
つまり、存在そのものが平和を支えている
しかし、使われた瞬間に人類は取り返しがつかない
という、非常に歪んだ安定です。
3. 日本という立場から考えると
日本は特別な位置にいます。
唯一の被爆国
憲法9条を持つ
核の傘に依存している一方、核兵器禁止条約には参加していない
ここから導ける姿勢は、
「理想論に逃げず、しかし核の正当化もしない」
核兵器の悲惨さを語り続ける
核を使わせない国際圧力を作る
現実の安全保障は同盟で担保しつつ、
核を“当たり前の兵器”にしない
このバランスが日本の役割だと思います。
4. 個人としてどう考えていくべきか
「反対か賛成か」だけでは足りません。
大切なのは、
なぜ人は核を持とうとするのか
恐怖と不信がどう連鎖するのか
技術の進歩が倫理を追い越した時、何が起きるのか
こうした問いを
忘れず、軽く扱わず、考え続けること自体が抵抗です。
まとめていくと
核兵器は使われてはならない
しかし存在してしまっている現実から目を逸らしてもいけない
理想と現実の間で「考え続ける姿勢」こそが重要
この問いに「簡単な正解」はありません。
でも、こうして問い続けること自体が、
戦争を遠ざけるための第一歩だと私は思います。

シズ
回答数 3>>
「時間が自由すぎることを、使わなかった」 ことです。
知っておくというかは
やっておいた方がいいことがたくさんあるかと
例えば何かに挑戦しておくのも
この時間しかないかと
もちろん知っておかなければいけないこともたくさんあります
答えは自分から行動して見つけるものかと

シズ
回答数 53>>
だからたぶん毎年いただいております
ちなみに
赤福本店には
毎月朔日の夜中に
朔日餅なるものが販売されます
夜中からの販売
その月その月で種類が変わります
夜中に並ばないと変えないのですが
地元民は並びます[冷や汗][笑う][大笑い]
それと夏は赤福氷
最高です[笑う][好き]


シズ
回答数 91>>
短編ドラマです
TikTokにあがっております
「Calvin the Barber(カルビン・ザ・バーバー)」
(または
「Homeless Makeover / Barber Calvin」系動画)
理髪師(バーバー)が主人公
ホームレスの男性を無償で散髪
散髪後、鏡を見て涙
人生をやり直すきっかけになる
数分〜10分前後の動画
TikTokで数百万〜数千万再生
こころに残る作品です



シズ
回答数 91>>
監督:ロバート・ゼメキス
原作:カール・セーガン(天文学者)
主演:ジョディ・フォスター
物語(ネタバレなし)
地球外知的生命体と人類の接触を描いたカール・セーガンのベストセラーを映画化。
電波天文学者エリーが、宇宙からの信号を受信
人類初の地球外知性との「接触」へ
科学・政治・宗教・メディアが交錯する
派手な侵略SFではなく、
「もし本当に信号が来たら、人類はどう振る舞うか」
を徹底的に描いた作品です。
この映画の核心テーマ
科学 vs 信仰
エリー:証明できるものしか信じない科学者
パーマー:信仰を重んじる思想家
しかし物語は
どちらかを否定しません。
「証明できないが、確かに感じるもの」
という問いを観客に投げます。
「証拠」とは何か
クライマックスの出来事は、
物理的証拠がない
しかし体験はある
科学の原理そのもの
「再現性・検証可能性」
が揺さぶられます。
孤独と宇宙
「宇宙に私たちだけだったら、
それはあまりにも大きな無駄だ」
このセリフは映画史に残る名言。
宇宙における人類の孤独と希望を同時に示しています。
演出面の名ポイント
鏡トリックのワンカット
少女エリーが家を駆け上がるシーン
実は全編CGを含む長回し
技術と物語が完全に融合。
『コンタクト』とは、
「信じることを、科学者の側から描いた信仰映画」
かなり「哲学的」と言える作品かと。



シズ
回答数 31>>
『ベン ハー』 (1959)
監督:ウィリアム・ワイラー
主演:チャールトン・ヘストン
原作:ルー・ウォーレス(小説『ベン・ハー』)
上映時間:約 212分(めちゃくちゃ長いです。確か地上波は二週に分けての放送だったかと)
映画史的な凄さ
アカデミー賞 11部門受賞
(長年最多記録。『タイタニック』『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』と並ぶ)
作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、 撮影・美術・衣装・編集など技術部門ほぼ独占
伝説の「戦車競走」
映画史上屈指の名シーン。
CGなし・実写(もちろん)
撮影期間:約 5週間
1周約 460m の巨大セット(当時世界最大級)
実際に死亡事故寸前の危険なスタントあり
特に有名なのが(トリビア)
戦車が宙を舞うカット
事故に見えるが、スタントマンは生還
(編集で採用され、そのまま名場面に)
物語の核心(ネタバレなし)
舞台:ローマ帝国支配下のエルサレム
親友だったユダヤ人ベン・ハーと
ローマ軍司令官メッサラの決裂
復讐の物語として始まり、
最終的には赦しと救済へと変質する
単なる宗教映画ではなく、
人間の怒りがどう変容するかを描いた作品です。
キリストの描かれ方が特異
イエス・キリストは
顔が一切映られない、セリフも最小限
しかし、水を与える手、背中、影
だけで強烈な存在感を放ちます。
観客に「見る」より「感じさせる」
演出の極致。
当時
『キネマ旬報』においては
超大作・記念碑的作品として大きく扱われております。
『スクリーン』『映画ファン』(やや後年含む)
チャールトン・ヘストンのスター性
スペクタクル場面の写真中心
「必見の超大作」という娯楽寄りの紹介
『週刊朝日』『サンデー毎日』
単なる映画紹介ではなく
興行収入の規模
世界的ヒット現象
アメリカ文化の象徴
として紹介
「映画」というより
戦後世界の巨大文化商品としての扱い。
『世界』『中央公論』
直接の映画評は少なめ
キリスト教文化や西洋精神史との関連で言及
冷戦期の「西側的価値観」の象徴として論じられることも。
『主婦の友』『婦人公論』
家族で観られる映画
道徳的・教育的価値のある作品
年末年始にふさわしい大作
として紹介されておりました。



シズ
回答数 54>>
とは
「希望の商品化」でしょうね。
実存哲学
偶然に人生を委ねる行為
宝くじは努力や能力ではなく、純粋な偶然に価値を置きます。
サルトルの言葉を借りるのなら
「人は自ら選択し、その結果に責任を持つ存在」
しかし宝くじは
自己決定を一時停止し
人生の転換を「運」に委ねるています。
これは自由からの小さな逃避であり、
同時に救済への希求でもあります。
ストア派
制御できないものへの執着
「自分で制御できるものと、できないものを区別せよ」
宝くじは完全に後者です。
それでも人は買う。
それは、理性より感情が勝つ、希望を持つこと自体に価値を感じる
宝くじは
理性が感情に負ける瞬間を、誰でも安全に体験できる儀式とも言えます。
功利主義から
非合理だが社会的には有用?
期待値はほぼ常にマイナス。
功利主義的には「損な選択」です。
それでも、夢を見る数週間の幸福、会話のネタ
公共事業への還元(建前)私の場合はこれ[泣き笑い]
を含めて計算すれば、小さな幸福を広く配る装置
とも解釈できます。
マルクス的視点
幻想の商品化
マルクス的には、宝くじは、労働では到達できない富、構造的不平等からの一発逆転
を疑似的に提供します。
現実の格差を変えないまま、
変わるかもしれないという幻想を売る仕組み。
ここでは
希望そのものが商品です。
現象学から
当たる「可能性」を買っている
フッサール的に見ると、
「人が買っているのは当選金そのものではない。」
「当たったらどうしよう」と想像する時間
未来が開かれているという感覚
宝くじは、未来の意識体験を先に消費する行為です。
ニーチェ的に言えば
もしですよ、ニーチェなら、こう言うかもしれません。
「宝くじを買う者は、運命を愛するのではなく、
運命に賭ける」
それは力への意志というより、現実への倦怠の表れ。
よって哲学的に買わない選択肢は個人的には
無いかと[冷や汗]

シズ
回答数 48>>
サンタクロースを「事実として教えること」は嘘ですが、
それが必ずしも悪い教育になるわけではありません。
大切なのは「どう教えるか」「どう終わらせるか」です。
サンタは「有害な嘘」か?
心理学的には、サンタのような存在は
子どもを操作するための嘘ではなく、
想像力、物語理解、社会的ルール(秘密・約束)喜びを共有する文化
を学ぶためのフィクション(物語)に近いものです。
ここで問題になるのは
次のような教え方は、確かに問題になりやすいです。
「悪い子のところには来ない」と恐怖で支配する
長く引っ張りすぎて、後で強い裏切り感を与える
「大人は嘘をつく存在」と感じさせてしまう
ここで初めて「教育上の嘘」になります。
認知発達から見た適切な捉え方
幼児期(おおよそ3〜6歳)は
現実と物語の境界があいまい
象徴的な存在をそのまま受け取る
この時期は
「信じること」自体が発達課題でもあります。
つまり、信じたこと=だまされたではありません。
後でどう説明するかが最重要
最も大切なのは「ネタばらし」も抑えておくことでは。
サンタクロースを教えること自体が問題なのではなく、
子どもの心を支配するための嘘になるか、
想像力と優しさを育てる物語になるか
そこが分かれ目です。

シズ
回答数 14>>
結論から言うと、「頭の良さ」は生まれつきだけで決まらず、幼少期の関わり方で大きく伸びます。
基本的には教育心理学からの捉え方、医学(脳科学)の知見から捉える必要があるのかと。
たくさん話しかける(語彙が知能の土台)
「これは何色かな?」「どう思う?」と双方向の会話
正解を教えるより、考えさせる質問
幼少期の語彙量は、
将来の 読解力・論理力・学力全体に直結します。
「なぜ?」を止めない
子どもの
「なんで空は青いの?」
に対して
「後でね」「そんなこと考えなくていい」
はNG。
ではどうすべきか
「どうしてだと思う?」と逆質問
一緒に調べる姿勢
思考力・探究心が育ちます。
失敗を叱らない(挑戦できる脳を作る)
間違えた時に
「違うでしょ」ではなく、
「いいところに気づいたね」
失敗=学習、という回路ができると
難しい問題に立ち向かう力(非認知能力)が育ちます。
読み聞かせは「量」より「対話」
毎日10分でもOK
読んだ後に「どこが面白かった?」「次はどうなると思う?」
寝る前の絵本の読み聞かせは我が家では必須でした。というより子供からの欲求でした。
単なる読書より
理解力・想像力・表現力が伸びます。
外遊び・運動は「脳トレ」
意外ですが重要です。
鬼ごっこ → 判断力・瞬時の思考
ボール遊び → 空間認識能力
木登り・砂遊び → 問題解決力
運動は前頭前野を活性化し、
集中力・記憶力を高めます。
早期教育より「生活の知能」
早く字を覚えさせるより
料理を一緒にする、お金のやりとりを見せる
時計・カレンダーの話をする
実生活の経験は
応用力のある賢さを育てます。
親が「学ぶ姿」を見せることも大事です。
本を読む、調べ物をする、「知らないから一緒に考えよう」と言う。
子どもは、言われたことより、見た姿を真似します。
もっと良い方法とか個人的な考えもあるかと思いますが、一例としてです。
個人的な考えになるのですが
基本的には大きな目で見てあげることが
のびのび育ち、自分自身が答えを見つけていくものだとは思いますが。
人間性って「賢い」だけではないと思います。

シズ
回答数 19>>
途中思い悩んだこともあります
新しく家族ができたこと
子供が産まれてきてくれたこと
不妊症で諦めた時期を乗り越えた結果も
あり全ての方々に感謝
娘も不妊症であり
苦労してできた子供
孫にあたりますが
こういう経験は
次元を超えての感謝しかありません

シズ
回答数 91>>
原題:Catch-22
監督:マイク・ニコルズ
原作:ジョセフ・ヘラー(1961年の小説)
舞台:第二次世界大戦中の地中海戦線
アメリカ陸軍航空軍
爆撃機:B-25 ミッチェル
この作品は
戦争映画でありながら、ヒーローも感動もない
極めて異質な映画です。
作中のルール
正気でない兵士 → 任務免除できる
しかし
任務免除を申請する行為そのものが
「正気である証拠」になる
つまり、
逃げたいと思う人間は正気
正気な者は逃げられない
これが「キャッチ=22」です。
裸で爆撃機を操縦するシーンの意味
事実として
主人公ヨッサリアンは
裸同然でB-25に搭乗し、出撃します
ギャグのように見える
しかし背景は完全な精神崩壊寸前
なぜ裸なのか
軍服=命令・制度・非人間性
裸=「自分は人間だ」という最後の証明
つまり、
狂気の制度に対抗するため、
人間は狂気に見える行動を取るしかない
という強烈な皮肉です。
テーマは一貫して、
戦争は狂っている
しかし正気でいようとすると、もっと不利になる
という逆説。
補足トリビア
実機のB-25を多数使用
CGなし(当然)
原作者ジョセフ・ヘラー自身は
「映画は小説よりマイルド」と評しています
リメイク版あり



シズ
回答数 91>>
監督:ペニー・マーシャル
原作:オリヴァー・サックス(神経科医)
主演:ロビン・ウィリアムズ
ロバート・デ・ニーロ
あらすじ
嗜眠性脳炎の後遺症で
長年“眠ったまま”の患者たち。
新任医師セイヤーは、
新薬 L-DOPA を投与し、
奇跡的な「覚醒」を起こす。
しかし
その朝は、永遠ではなかった。
この映画の本当のテーマ
よく誤解されますが、
この映画は奇跡の医療映画でもなく希望の感動作
ではありません。
「人はどれだけ“生きられれば”
人生は意味を持つのか」
という問いです。
レナードという存在
(ロバート・デ・ニーロ)
彼は単なる患者ではありません。
覚醒前:時間から切り離された存在
覚醒後:一気に人生を取り戻そうとする人間
彼の焦り、怒り、喜びは、
生きられなかった時間への抵抗
そのものです。
セイヤー医師の変化
(ロビン・ウィリアムズ)
珍しく抑えた演技。
患者を「研究対象」として見る医師
→患者を「人生を持つ人間」として見る医師
彼が得た覚醒は、薬によるものではなく、人間への想像力でした。
なぜ“悲しいのに美しい”のか
患者たちは再び
眠りへと戻っていきます。
しかし、
一度でも「自分として生きた」
その事実は、消えません。
この映画は永続性を否定し、経験の価値を肯定します。
また音楽の力
作曲:ランディ・ニューマン
感情を煽らず、静かに寄り添う旋律
涙を強制しないからこそ、
深く残ります。
実話としての重み
原作者オリヴァー・サックスは、
患者は治らなかった
だが“生きた”
と書いています。
映画も同じ立場です。




シズ
回答数 35>>
「サンタクロース」なるものの概念は存在しておりませんでした。
脱線致しますが
故に家族ができた時には
自分の子供たちには
サンタなるものの存在はしっかり植え付けておきました。
疑い出したのはやはり高学年ななったころ
サンタは実は家族の中にいる
と考え始めました
直近になると
「プレゼント」なるものを必死に家中探していました。
こっちはプロフェッショナル
そう簡単に見つかるはずがない場所
そして
極め付けはNASAのサイトを見せつけて
今「サンタ」なるもののの
飛行ルートを子供たちと確認しておりました
まあ中学生にもなったら自然と
わかりだしましたが[冷や汗]
全く余計なことです[泣き笑い]

シズ
回答数 48>>
挨拶は「敵意がない」という最小単位の合意
人間社会では、出会い頭の他者は
本能的に「敵か味方か」判別されます。
挨拶はその瞬間に、
私はあなたに害を与えません
というシグナルを、
最も低コストで送る行為です。
言葉を発し、視線を合わせることで
警戒が解除され、
人間関係のスタートラインに立てます。
挨拶は社会の「潤滑油」ともなり得る
挨拶の有無は、
その人の能力よりも早く評価されます。
なぜなら挨拶は、
立場、年齢、成果
に関係なくできる
最低限の社会参加行為だからです。
挨拶があるだけで、
仕事の依頼が通りやすくなる
ミスが許容されやすくなる
衝突が減る
結果組織の摩擦が減少します。
あと日本固有のお辞儀について触れたいと思います。
お辞儀の本質=「無防備の提示」
お辞儀は単なる礼儀作法ではありません。
首を下げる行為は本来、
急所をさらす=攻撃の意思がない
ある落語家が言っておりましたが
必要なら
いつでも首をとって構いません
という強い意思表示とのこと
という非常に強い非言語メッセージです。
つまりお辞儀は、
謝罪、感謝、依頼
において、
言葉以上に
誠意を物理的に示す行為
なのです。
なぜ日本ではお辞儀が発達したのか
日本社会は歴史的に、
村社会、身分差、閉鎖的コミュニティ
の中で生きてきました。
その中で、
言葉より先に
敵意のなさを示す動作
が極めて重要だった。
その結果、
お辞儀の角度、タイミング、長さ
が細分化され、
社会的文法として定着しました。
最近他の国の人たちによる日本のお辞儀に
ついての解説がかなりあり
ちょっと違った使い方がなされる場合もあり
触れてみました。

シズ
回答数 49>>
自死(自殺)が「悪」とされる理由は、
個人の感情ではなく「他者・社会・未来への影響」が極めて大きい行為だからです。
他者に不可逆の損害を与えるから
自死は「本人の選択」と言われがちですが、
実際には次の人々に取り消し不能な損害を与えます。
家族(罪悪感・喪失・トラウマ)
友人・同僚
発見者
残された子ども
重要なのは、
その損害について
誰も同意していない
という点です。
倫理学的には
一方的に他者の人生を破壊する行為は
「悪」と評価されます。
社会的連鎖(模倣効果)を生むから
自死は個人で完結しません。
報道、噂、近しい人の心理的影響
によって、**連鎖(ウェルテル効果)**が起きることが統計的に確認されています。
つまり、
1人の自死が
複数の自死を誘発する可能性がある
行為は、社会全体の安全を損なうため
「悪」と位置づけられます。
哲学・法学では、
自由意思とは
十分な選択肢と回復可能性がある状態
を指します。
そのため、
歪んだ認知下の決断は
真の自己決定とは見なされない。
→ 正当化されない
→ 「悪」と評価される。
ここで言う「悪」は、
自死した人が悪い
責められるべき
という意味ではありません。
多くの思想・宗教・現代倫理は、
行為は否定する
人は否定しない
という立場です。
ここが一番大事なところです。

シズ
回答数 91>>
名門寄宿学校を舞台に、
一人の教師との出会いが、
少年たちの人生を大きく変えていく。
自由に考えること、
自分の声で生きることの大切さを描いた、
時代を超えて愛され続ける名作です。
ラストシーンの意味
「O Captain! My Captain!」
これは反逆でも感傷でもなく、
一度得た“視点”は奪えない
という宣言。
教師は追い出されても、
思想は残る。
それが
教育の本当の力だと示して
映画は終わります。




