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#ハートピアスローライフ
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吉田賢太郎

吉田賢太郎

題名:0と1のゆりかご ―― ぼくらのなかの古代記憶
​教科書の文字はカクカクと潔(いさぎ)よく
「正解」と「間違い」の線を引く
それはデジタル
きれいに整頓された、ぼくらの「意識」の机の上
​でも その机の脚が立っている地面は
どこまでもドロドロに混ざりあった 熱いアナログ
名前のつかない不安や 言葉にできない高鳴り
フロイトが「無意識」と呼んだ 心の地下室だ
​そこには 世界で最初の「お母さん」が住んでいる
ミトコンドリア・イヴ
何十万年も前から バトンされ続けてきた
命という名の 消えない電池(エネルギー)
​きみがスマホの画面を叩くとき
指先はデジタルの記号を操っているけれど
その指を動かす熱源は 古代から届いたアナログの火
​「私」という小さな箱の中に
「人類」という大きな海が隠れている
​きみがときどき 理由もなく寂しいのは
きみがときどき 爆発するように強いのは
デジタルな世界が切り捨てた 「本能(ノイズ)」たちが
意識の底で まだ生きている証拠なんだ
​線を引くのをやめてごらん
きみの細胞(セカイ)は 最初から全部 つながっている
​このポエムの本質的なポイント
​デジタル=意識・論理: 物事を切り分け、整理する力。中高生が今、勉強で身につけている武器です。
​アナログ=無意識・本能: 割り切れない感情や、生きるエネルギー。フロイトが注目した「心の本体」です。
​ミトコンドリア・イヴ=共通の根源: 私たちはバラバラの個人(デジタルな個体)に見えて、そのエネルギー源は太古から地続き(アナログな連続体)であるということ。
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吉田賢太郎

吉田賢太郎


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フロイト心理学です
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霧雨葉

霧雨葉

妖々夢、紅魔郷しかやったことないですわ
永夜抄やってみたいですわね
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💤

💤

フロイトもユングもアドラーも、じっくり学んだ事が一度も無い。焦っている。
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あまねこ

あまねこ

めも

ビザなしだと90日までしか滞在できないので、現地から延長するときにビザ申請が必要(6~8万円)で、その時に日本にいないと手に入らないもの

⭕️絶対に用意したい
・卒業証明書 or 在学証明書(英文)
・成績証明書(英文)
・教員免許・指導経験の英文説明
・銀行残高証明(これは別枠で必須)
🔺余裕があれば
・戸籍抄本(英訳)
・無犯罪証明書
・推薦状(あると評価上がる)
❌基本いらない
・住民票
・印鑑証明
・健康診断書(原則)
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よしあき

よしあき

#ひとりごと
なるほどフロイトの錯誤行為をラカンの無意識のズレで説明できるのか、わたしは無意識にはインプットした内容を整理するポジティブな側面もあるんじゃないかと思ってる。
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臼井優

臼井優

『歎異抄』の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」とは

「善人でさえ極楽浄土に往生できるのだから、まして(救いを求める)悪人は言うまでもなく往生できる」という意味ですが

さらに意訳すると
元々人間は良い行いも悪い行いもする、なのに
それを自分は善人だと思い込んでいる者が
助かるのなら、自分は全くの悪人だ、と自覚
している人間の方がなお助かる
という感じです

私には悪人正機説の何が難しいのか
さっぱり分からない
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臼井優

臼井優

『歎異抄』の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」とは、「善人でさえ極楽浄土に往生できるのだから、
 まして(救いを求める)悪人は言うまでもなく往生できる」という意味で、悪人正機説(あくにんしょうきせつ)を説く親鸞聖人の最も有名な言葉です。
 これは、自力で善行を積む人(善人)よりも、煩悩に苦しみながらも他力(阿弥陀仏の本願)にすがるしかない人(悪人)こそが、真に救われるべき対象であるという、浄土真宗の核心を示す逆説的な教えです。

言葉の解説
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(『歎異抄』第三条冒頭)
現代語訳: 善人でさえ往生できるのだから、まして悪人は言うまでもない。

「善人」とは: 仏の教えに従い、善行を積むことができる人を指す。

「悪人」とは: 罪悪にまみれ、煩悩から離れられない自分を自覚し、他力にすがるしかない人を指す(単なる犯罪者ではない)。

「いわんや」: 「ましてや」「言うまでもなく」という意味。

この言葉が示すこと(悪人正機説)
阿弥陀仏の本願の対象: 阿弥陀仏の本願は、自力で救いを求める善人を対象とするのではなく、自力では救われようのない「悪人(凡夫)」を救うために立てられた。

自力と他力の対比: 善人は自力(自分の力)で往生できると思いがちだが、真の救いは他力(阿弥陀仏の本願の力)による。自己の力を頼む心(自力心)がある限り、弥陀の本願には真に遇えない。
「悪人」の自覚: 自分の弱さや罪深さを深く自覚し、「これでは救われない」と絶望して、完全に他力にすがる人こそが、阿弥陀仏の救いを最も必要とし、真に救われる(往生の正因となる)。
「造悪無碍」ではない: この教えは「悪いことをしてもよい」という悪行の勧め(造悪無碍)ではない。むしろ、自らの悪さを深く知り、そこから抜け出せない苦悩を抱える人への呼びかけである。
この言葉は、人間のありのままの姿(煩悩具足の凡夫)を深く見つめ、自己の無力さを認め、阿弥陀仏の他力本願にすべてを委ねる(他力を頼む)ことこそが、浄土への道を開くという、浄土真宗の根幹をなす教えです。
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