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自分磨きの星
3851人が搭乗中
参加
「自分磨きの星」の主をしております、
とっとこ🐹としを🤪と申します。
自己の成長のための決意表明や努力を投稿し、
周りから褒められ、
モチベーション維持をして、
共に理想の自分を目指しませんか?
ダイエット、美容、筋トレ、
ファッション、資格の取得等、
成長のための努力ならなんでも可です。
皆様のご搭乗、
心よりお待ちしております。
大分の星
1230人が搭乗中
参加
自分で撮影した写真
366人が搭乗中
参加
自分で撮影したお写真を
自由に投稿していきましょう( ´,,•ω•,,`)🌸
復縁希望 自分磨きの星
227人が搭乗中
参加
ご搭乗ありがとうございます😊
こちらは復縁希望、自分磨きの星となっております🌟元恋人への気持ち、これからの目標、自分磨き日記などお好きに投稿してください!
管理人1人で盛り上げてる感じなので皆さん一緒に盛り上げて一緒に自分磨き、復縁に向けて頑張りましょう!
お気軽にご参加ください🍀
画像の石はピンクオパールです!「希望と愛の石」と呼ばれており、人との関わりを深め、愛情や自己肯定感を高めるサポートをしてくれます。復縁に効果をもたらしてくれるそうです。
元恋人を見返すために頑張るぞー!!
よろしくお願いいたします!✨
尚、管理人は2代目です!
糖分補給の星
141人が搭乗中
参加
私はスイーツがめっちゃ大好きなので、一人でも多くのスイーツ星人さん達と美味しいスイーツを共有したくてこの惑星名を作りました!🤣
思う存分、美味しいスイーツを楽しんでいってね!🤣
自分を愛しむ星
140人が搭乗中
参加
そのティースプーンほどの小さな何かが幸せに繋がる…かもしれない🤍🩶
自分を褒める星
111人が搭乗中
参加
みんな目指せ1日1投稿!𓂃✍︎
自分が出来たことを自覚していくために、自分が行なった小さいことから大きいことまでを見つけて褒めていく星🪐彡。
どんなに小さい当然の事でもやったことが偉い!
・当たり前の作業でも取り組めたこと
・「やらなきゃ」よりも自分の心や体調を優先したこと
・新しい気づきがあったこと
・過去の自分と比べて1mmでも進めていること
何もしてなくても何かしらはしてるはず!
それに気づけて、自分への焦りとか嫌悪感とかから少しでも意識が変わりますように💫
○○の□□の部分の星
105人が搭乗中
参加
惑星の紹介の「胃の消化」の部分
五等分の花嫁の星
73人が搭乗中
参加
五等分の花嫁好きな方っお話ししたいです!
自分を愛そうの星
70人が搭乗中
参加
前向きに、ポジティブに‼️
たまには下向いてみたり‼️
ここは、自分を愛してる子・これから愛そうと
思ってる子・自分を労わろうとしてる子に
向けた星だよっ💖💫
みんなの投稿ちゃんと見てるよ😽
誰でもおいで(っ ॑꒳ ॑c)♥ ͗ ͗
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ラビッ兎
想いを巡らせ、考えるほどに、集積された思考と言語は、
言い表せない「それ」について語ろうと、
飽くなき思索に、益々、新たな概念が生み出された。
然れども、更に、止めどなく胸の内に湧き上がる憧憬と敬愛の念をもって、
私たちが語り尽くした先に沈黙として揺らいだ、
私に、ある種の恋慕を抱かせる事柄が二つある。
一つは、あの鎖のように連なり聳える山々よりも彼方、遍く星々を抱き、
我々の頭上に広がるこの夜空と。
もう一つは、他ならぬ、正に私たちに言語の限界を突き付けた、
全ての原初たる真理である。
ウィトゲンシュタインは、純粋な論理を追求したように見える。だが、真理と言語の関係性を考察する上で認識論は、如何にして切り離すことが出来ようか。
常に認識を介して捉えた現象について思考するのが私たちであるが、実存は本質に先立ち、物自体は現象に先立ち、真理は言語に先立つのである。
この三つは、これから示される場に向かう私たちの、六分儀であり羅針盤であり、海図となる、"先立つもの"である。
然るに、一つのことを突き詰めるという営みは、敬意を持って讃える他にない事は否めないが、それを奇妙に美化するのは、凡そ、望ましくはない。
聖イエスを語る者が熱心に、彼を磔にした十字架の構造を語り、その刑具を彼から引き離して仕舞えば、聖イエスも、彼が如何に聖なる方であろうとも、一見すればただの傷ついた男性として現れたかもしれない。
現れた聖者の情けなさに目を覆う私たちは、清らかなのではないし、当然のことながら彼を救ったわけでもない。
十字架を彼から奪ってしまった熱心な思弁者の浅ましさとは、時に、私たちの心にも宿り、真に叛いたイスカリオテのユダの如く、論理の皮を被って狡猾に振る舞う慾望なのである。
いや、それで良い。それでこそ人間なのである。思考とは、一方的な渇望心に常に世界を支配しようとしてきた暴力だったではないか。然し、それならば、より狡猾に。より情け容赦なく。より悪く。もっと人間的でなければならない。
幼少の無邪気な好奇心に、羽虫の羽を引きちぎった事だって、虫を痛めつけたかったのではない。真の道徳律に出逢う以前、その無垢な知への渇望心だったのであるから。
或いは、ニーチェの言葉を拝借するならば、"真理が女性であると仮定(『善悪の彼岸』より引用)したならば"、私たちは真理を口説き落とそうと不器用に、実に真面目に男臭く得意な理屈を並べてきたわけであるが、それは論理によって彼女を支配しようとしていたに過ぎない。
やはり、理屈を用いるとしたならば、せめて凡ゆる理屈を持ってして彼女について知ろうと努力するべきであるし、押して彼女を得られぬならば、時には引き下がることについても考えねばなるまい、実に巧妙な駆け引きとして。
然し乍ら、結局のところ、残された真理に近づく手段とは、それがどれほど神秘的に語られたものであっても、やはり、言語の他に、それが真理と思われるものであると示し得る手段を私たちは持たないのである。
語り得ぬものについては沈黙せねばならない。
しかし、その沈黙にこそ、至上の超越論的なものが宿っているのでは無いか。
真理とは、語り得ぬものであるが、論理によって形式的に必然として示される沈黙であり、それこそが私たちが第一原因(Causa prima)と呼ぶに相応しい真理なのでは無いだろうか。

てらこ

ぷらん
回答数 236>>
何が楽しいかと言われると航海士の気分になれたり気分が落ち着くとしか言いようがない。
なぜそれで気分が落ち着く。
同じ趣味の人に出会ったことが無い。
いたら友達になりたい。


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