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ちゃんと旧約聖書にあるんだぜ
そういう刑を受けたアブラハムの子孫が
佐藤俊輔

にゅにゅ
創世記 19:27-29
ライリー
今日も美味しく珈琲を飲んで朝読書してます。今日は アブラハム マズローと言う人の本を読んでいます。
そこには人間は成長の欲求に従って生きることは大事だけど、それ前に退行の欲求を十分満たす事も大事だと書かれている。適度に成長、適度に退行して行こうね[笑う]


なお
イサクって、どんな人だったんだろう?
聖書を読み始めた頃、僕はイサクのことを、どうしても「アブラハムの子」や「ヤコブの父」としてしか見られませんでした。
でも、モーセ五書をゆっくり学ぶうちに、ふと気づいたんです。
この人の生き方は、なんて「ほっと」するのだろう、と。
井戸を掘り直す、優しい選択
今日、僕が深く見つめたいのは、創世記26章18節から22節までの箇所です。
イサクは、父アブラハムがかつて掘った井戸を、再び掘り直します。
ところが、ゲラルの牧者たちが「この水は俺たちのものだ」と主張し、争いが始まる。
普通なら、ここで権利を主張し、戦うかもしれません。
でも、イサクは違いました。
彼はその井戸を「エセク」(争い)と名付け、そっと去ります。
そして、新しい井戸を掘る。また争われる。彼はそれを「シトナ」(敵意)と名付け、また去る。
三度目に掘った井戸には、もう争いは起こらなかった。彼はそれを「レホボト」(広い場所)と名付け、こう言います。
「今や、主は私たちの場所を広げてくださった。私たちはこの地で繁栄する。」
ヘブライ語が教えてくれる、心の動き
ここで、僕はヘブライ語の原文に触れてみました。
イサクが名付けた「エセク」(עֵשֶׂק)は、「争い」や「訴訟」を意味します。
「シトナ」(שִׂטְנָה)は、「敵意」や「憎しみ」。
そして「レホボト」(רְחֹבוֹת)は、「広い場所」や「自由な空間」。
これらの名前は、ただのラベルじゃないんです。
イサクが、その瞬間に感じたことを、静かに言葉に刻んだのだと思います。
争いを避け、敵意から離れ、最終的に神が与えてくださった「広がり」を受け入れる。
彼の心の歩みが、名前となって残されている。それを知った時、僕は胸が温かくなりました。
僕がイサクから学んだこと
イサクは、自分の権利を大声で主張しませんでした。
井戸を奪われても、怒りに任せて反撃せず、ただ静かに去り、新たな場所を探し続けた。
それは、弱さではなく、深い信頼があったからではないでしょうか。
「神が必ず道を開いてくださる」という信頼。
現代の僕たちは、少しでも理不尽を感じれば、すぐに戦おうとしてしまう。
でも、イサクの姿は、違う選択肢を教えてくれるように思います。
争いのただ中で、一度深呼吸をして、そっと一歩引いてみる。
それだけで、心が「ほっと」軽くなる瞬間がある。
イサクの物語は、そんな穏やかな知恵を、そっと差し出してくれている気がするんです。
あなたの「井戸」は、どこにありますか?
今、あなたの生活の中に「争い」や「敵意」を感じる場所はないでしょうか。
イサクのように、一度名付けて、そっと距離を置いてみることは、できないだろうか。
神が開いてくださる「広い場所」は、きっとどこかにある。
僕自身、そのことをイサクから教えられ、まだ学びの途中です。
モーセ五書には、こんなふうに「ほっと」させられる物語が、まだたくさん眠っています。
僕も日々、新たな気づきを与えられ、驚きと感謝の連続です。
もし、このイサクの物語に少しでも心が動いた方がいたら、ぜひオリジナルの聖書の言葉に触れてみてください。
気になった方は、ぜひAmazonで「モーセ五書 マンガ 石川尚寛」と検索してみてください。無料で読めますし、続きもどんどん公開しています。
僕のマンガ版では、イサクの穏やかな表情や、井戸をめぐる情景を、ビジュアルで感じていただけるよう心がけています。
一緒に聖書の世界を味わい、学びを深めていきましょう。
#モーセ五書マンガ
#創世記からはじめよう
#無料で読める聖書


なお
ヤコブの最後の言葉が、すべてを変えた
僕は最近、モーセ五書の創世記を読んでいて、ある一章に立ち止まりました。創世記49章です。ここには、イスラエルの父と呼ばれるヤコブが、死の床で12人の息子たち一人一人に語りかける言葉が記されています。
この言葉こそが、後の「イスラエルの12部族」の起源と言われる部分です。聖書を読んだことがない方にも、やさしくご紹介しますね。
僕が最初に思ったのは、なぜヤコブは息子たちを呼び寄せ、一人一人に違う言葉をかけたのだろう?ということでした。それは単なる父親の遺言というより、まるで未来への預言のように感じたんです。
ヘブライ語から見える深み:部族という言葉の重み
聖書の原文はヘブライ語で書かれています。創世記49章28節には、こうあります。「これらは、イスラエルの部族(שִׁבְטֵי)である。十二である。」(創世記49:28)
ここで「部族」と訳されているヘブライ語は「שֵׁבֶט」(シェベト)です。この言葉、実は「杖」や「支え」という意味も持っています。僕はこの語感がとても好きで、一つの家族、一つの集団が、互いに支え合い、また神によって支えられる「一本の杖」のような存在として描かれているのだな、と感じました。
ヤコブは、長男ルベンから始まり、シメオン、レビ、ユダ……と、12人全員に言葉を贈ります。その内容は、讃えるものもあれば、戒めや警告も含まれています。例えば、ユダへの祝福(創世記49:8-12)は非常に力強く、「ユダは獅子の子」と称えられ、支配者の杖が彼から離れないという約束が語られます。
不完全な人間を通して進む神の物語
12人の息子たちは、決して完璧な人間ではありませんでした。過去には兄弟喧嘩や妬み、過ちもありました。でも、ヤコブはそんな彼ら一人一人の性質や未来を見据え、言葉を選んで祝福(時には厳しい言葉も)した。
僕はここに、神の計画の不思議さを覚えます。神は完璧でない私たち人間を、そのまま用いながら、歴史を織りなしていかれる。12部族とは、神がアブラハムに約束された「あなたの子孫を大いなる国民とする」という約束(創世記12:2)が、具体的な形を持ち始めた瞬間なのかもしれない。
そして、この12部族の物語は、創世記から出エジプト記、民数記、申命記へと、モーセ五書全体を通して続いていきます。約束の地への旅路、律法を受けるとき、部族ごとに旗を掲げて宿営するとき……。12という数は、神の民の全体性を表す数字として、常に意識され続けます。
今残っている部族は? モーセ五書が示す希望
よく「今、12部族はどうなったの?残っているの?」という質問を耳にします。僕がモーセ五書から感じるのは、神の約束は決して消え去るものではない、ということです。
申命記の終わり近く、モーセがイスラエルの民を見渡す場面(申命記33章)でも、各部族への祝福が再び語られます。たとえ歴史の中で離散や苦難があったとしても、神がそれぞれに託された使命や役割は、何かしらの形で続いているのではないか。僕は、それを確信するというより、一つの希望として心に留めています。モーセ五書は、すべての答えを明かすのではなく、私たちが神と共に歩む中で、その答えを探求する旅へと招いてくれているように思うからです。
僕自身、まだモーセ五書の学びの途中です。一つの章節から、これほど多くの気づきと問いが湧き上がることに、いつも驚かされます。12部族の物語は、単なる古代の族長の話ではなく、私たち一人一人が「神の民」としてどのように生き、互いに関わり、未来へと希望をつなぐのかを考えさせる、豊かなテーマです。
もし、この話に興味を持たれた方がいらっしゃったら。僕の学びのきっかけにもなっている、マンガで描かれたモーセ五書を覗いてみてはいかがでしょうか。気になった方は、ぜひAmazonで『モーセ五書 マンガ 石川尚寛』と検索してみてください。無料で読めますし、続きもどんどん公開しています。
創世記49章のヤコブの言葉が、あなたの心にも何かを響かせますように。
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#創世記からはじめよう
#イスラエル12部族


なお
神に選ばれる人間って、どんな人だと思いますか?
特別な能力を持ったスーパーヒーロー?
何も恐れない完璧な聖人?
僕が創世記を読んでいて、強く感じたのは、そうじゃないかもしれないということです。
神が選んだ最初の人物、アブラハムの物語をひもとくと、そこには意外な「人間らしさ」が浮かび上がってきます。
今日、僕が注目したいのは、彼の人生が大きく動き出した、たった一節です。
創世記12章1節。
神がアブラハム(当時はアブラム)に告げた、あの言葉です。
「主はアブラムに言われた。『あなたはあなたの生まれ故郷、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。』」(創世記12:1)
ヘブライ語で「行きなさい」は 「レフ・レハー(לֶךְ-לְךָ)」 です。
この表現、実はとても深いんです。
直訳すると「あなた自身のために、行きなさい」という意味合いを含むと言われます。
神は命令しているだけじゃない。
「あなた自身のための旅だよ」と、個人的で深い呼びかけをしているような響きがあるんです。
僕はここで考えさせられました。
神は、アブラハムの何を見て、この決定的な旅へと招いたのか?
アブラハムは、この時点では何も成し遂げていません。
大きな信仰の告白をした記録も、特にありません。
ただ、75歳という齢で、見知らぬ地へ「行く」という応答をした。その一点です。
彼の特徴は、完璧な「強い信仰」にあったのではなく、むしろ、不完全だけど「動き出せる」姿勢にあったのではないでしょうか。
神の声を聞き、不安や迷いがあったに違いないのに(聖書はその心情を詳細には書いていませんが)、それでも従い、一歩を踏み出した。
それが、神が彼の内に見出した「人間性」ではなかったかと、僕は思うのです。
神は、すべての答えを持った完璧な人間ではなく、不完全だけど、共に歩み始めようとする者を、ご自身の計画のパートナーとして選ばれた。
アブラハムの物語は、そのことを静かに、そして力強く教えてくれている気がします。
僕自身、自分の欠点や不安ばかりが目について、足踏みしてしまうことがあります。
でもアブラハムのこの一歩は、「すべてが整わなくても、まず応答する一歩を踏み出してみる」ことの尊さを思い起こさせてくれます。
神は、その一歩を待っておられるのかもしれません。
このアブラハムの旅の続きや、モーセ五書に描かれる神と人の驚くべき関係は、僕が漫画で描かせていただいています。
聖書の世界を、より身近に、視覚的に感じていただけたらという思いで、一コマ一コマを描いています。
気になった方は、ぜひAmazonで「モーセ五書 マンガ 石川尚寛」と検索してみてください。
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僕も、この壮大な物語を学びながら、自分自身の「一歩」について、考え続けたいと思います。
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#アブラハムの一歩


臼井優
マズローの欲求5段階説
人間の欲求がピラミッドのように階層化されているという考え方で、低次の欲求が満たされると次の高次の欲求が現れるとされます。
生理的欲求(Physiological Needs): 食事、睡眠、排泄など、生命維持に不可欠な本能的欲求。
安全の欲求(Safety Needs): 身体的・精神的な危険から守られ、安定した生活を送りたい欲求(健康、経済的安定など)。
社会的欲求(Social Needs): 家族、友人、職場などで所属し、愛されたい、仲間意識を持ちたい欲求(愛情、友情、帰属意識)。
承認欲求(Esteem Needs): 他者から尊敬され、認められたい、達成感を得たいという欲求(自尊心、社会的評価)。
自己実現欲求(Self-Actualization Needs): 自分の持つ能力や可能性を最大限に発揮し、成長したい、理想の自分になりたいという欲求。
マズロー心理学のポイント
人間性心理学の父: 精神分析や行動主義心理学とは異なり、人間のポジティブな側面(主体性、創造性、成長)に注目。
「自己実現」が核心: 人間は自己実現に向かって絶えず成長する存在であるという考え方が根底にある。
ビジネスへの応用: 経営学、マーケティング、人材マネジメントなどで、従業員のモチベーション向上や顧客ニーズの分析に応用されている。
マズローの理論は、欲求が満たされる過程を理解することで、個人の行動原理や組織のモチベーション管理に役立つ、非常に汎用性の高い理論です。
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臼井優
国立大学法学部卒 法律系国家資格3種保有 就職氷河期世代 元僧侶 趣味・特技 サッカー、バスケ、ボクシング、テコンドー、茶道、書道、華道、サックス、ドラム、読書、カフェ巡り、音楽鑑賞、ストレッチ、筋膜リリース、他人のデートコースを考えること 家庭教師、予備校講師、各大学でのエクステンション講座担当 担当科目・領域 小~高、文系科目全て、公務員試験全領域、面接、ES添削、マナー、論文添削等々
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ひらの
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