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わんわん
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第3話
当時、俺には付き合っている彼女がいた。名前をあきこという。
ショートボブの似合う、長身のスラリとした女性だった。
大学のキャンバスで、始めて彼女からかけられた言葉を今でも覚えている。
「ねえ! 一緒にテレビの仮装大賞に出ない!?」
当時の俺とは正反対の明るい性格に、俺はみるみる惹かれていった。
そして、互いにぎこちないながらも、恋愛に発展した。
俺が就活で悩んでいた時も「あたって砕けろ! 本当に砕けたら、私がぎゅーっと抱きしめて、くっつけてあげるから!」と、不安を笑い飛ばしてくれた。
大学を卒業してからは遠距離恋愛になった。
約200km離れた場所で働く俺たちは、月に一回はどちらかの家に泊まる、という関係を3年間続けていた。
ーー窓の外では、夜の虫がジージーと鳴いていた。
思い悩んだ末、渡された番号に電話をかけた。
単純に興味があったのだ。『流星を見に行きませんか?』というメッセージに。
数コール後、彼女は電話に出た。
電話越しの彼女の声は、疲れているのか、少し気だるそうだった。
中華料理店でテキパキと働く彼女とのギャップに、俺は少し驚いた。
彼女は『ことは』と名乗った。
少し世間話をした後、俺は本題を切り出した。
「流星を見に行こう、って書いてあったけど……?」
少し時間を置いた後、ことはは口を開いた。
「ペルセウス座流星群って知ってる?」
「……名前くらいなら」
俺が答えると、ことはは心ここにあらずといったふわふわとした口調で言った。
「生まれてから、一度も流れ星を見たことがないの……。夜空をどれだけ眺めても、見つからない。……流星群なら、ひとつぐらいは見えないかな、と思って」
俺は、茶化すように言った。
「願い事でもあるのかな?」
しかし俺の言葉は、彼女の耳には届かなかったようだ。
しばらく無音が続いた。
俺は、彼女の白紙のような表情を思い浮かべて、少し落ち着かない気持ちになった。
しかし、唐突にことはは言った。
「ねえ。来週末、鶴野高原へ連れて行ってくれないかな……?」
受話器の向こうはなんだか、彼女以外は何も存在しないような、沈黙と暗闇の世界が広がっているように感じた。
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

亡き王女のためのパヴァーヌ - ラヴェル
わんわん
全8話。
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『ペルセウス座流星群の夏』
第1話
ランチで立ち寄った店のテレビから、落ち着いたアナウンサーの声が聞こえてきた。
「今年のペルセウス座流星群は、残念ながら満月と重なってしまうので、あまり観測条件は良くないですね」
たまたま耳に入ったその言葉に、俺は呆然とした。
胸に様々な感情が駆け巡り、身体が揺さぶられる。
思わず両手で机を押さえつけた。
頭の中に自然と湧きあがる映像がある。
夜の高原で、長い髪がふわりと風に揺れる。
キャンドルに照らされた、黒いワンピースと白い陶器のような顔……。
「……先輩、どうしました?」
一緒に店に来ていた後輩が、ネクタイを緩めながら怪訝な表情を浮かべている。
俺は手拭きを取ると、くしゃくしゃと乱暴に自分の顔を拭いた。
「……なんでもない。ちょっと考え事をしただけだよ」
後輩は心配そうに言う。
「午後も3社回りますからね? 頑張りましょう」
「そうだね。しっかりしないとね」
そう答えながらも、俺は別のことを考えていた。
彼女と過ごした本当に短い季節。
……そうだ。もうすぐペルセウス座流星群の夏がやってくる。
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

ショパン: ポロネーズ 第7番 変イ長調 作品61 「幻想ポロネーズ」
わんわん
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第4話
「週末は飲み会が入ったんだ」
電話越しに、俺はあきこに嘘をついた。
あきこは「飲み過ぎるなよ〜?」 と、言って笑った。
俺の胸に、細い針がチクチクと刺さった。
この針は、いつか俺の心臓に届き、それを冷たく貫くのかもしれない。
それだけのことを、俺は一言でやってのけたのだ……。
テレビではアナウンサーが言う。
「今週末は、3大流星群の1つ、ペルセウス座流星群がピークを迎えます。今年は新月と重なることもあり、肉眼でもたくさんの流星が楽しめそうですね」
ーー土曜日の夕方、俺は車で1時間ほど離れた、ことはの家の最寄り駅へ向かった。
家まで迎えに行くと言ったが頑なに断られ、駅での待ち合わせになったのだ。
彼女は西日を避けるように、駅の高架下で待っていた。
黒い、柔らかそうな生地の長袖のワンピースを着ていた。
よく見ると所々に黒い花柄のレースが施された、手の混んだものだった。
中華料理店ではいつも縛っている長い黒髪を下ろしていた。
はじめて見る黒ずくめの彼女は、白い肌と相まってマネキン人形のようだった。
彼女は俺を見て、歌うように言った。
「着てきてくれたんだね〜」
昨夜、彼女から連絡があり、スーツを着てくるようにお願いされたのだった。
ことはは助手席に座り、にっこりと微笑んだ。
「私、あなたのスーツ姿、とっても好きよ」
ここから鶴見高原までは、高速を使っても2時間かかる。
俺は急いで車を発進させた。
世間話をしながら、車は北上する。
彼女は、働く中華料理店のことを面白おかしく話した。
クセのある客や、味音痴な店長の事などを。
……しかし、話がくれは本人の事となると途端 に口ごもり、好きな音楽や映画の話にシフトチェンジした。
窓の外では、空が血のような紅色から紫へと変わっていく。
時折、対向車のライトが俺たちを照らし、フロントガラスに彼女の顔が写った。
話していないときに不意に写る彼女は、やはり感情のない、プラスチックのような冷たい表情を浮かべていた。
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

カノン
わんわん
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第6話
俺は、頭上に広がる星々の輝きに息を呑んだ。
じっと見ていると、星は徐々にその数を増やしていく。
暗闇の中で、徐々に瞳孔が開いているのだ。
「あっ……! 流れ星!」
ことはが叫んだ。
彼女の視線の先を見たが、もうそれは消えていた。
しかしその直後、一筋、星が流れ落ちた。
薄く尾を引きながら、音もなく消えていく光。
それはまるで、誰かの頬を流れ落ちる涙のように見えた。
その後も星は流れ続けた。
そのたびに、ことはは無邪気に声をあげた。
ずっと見上げていた首が痛くなり、俺は近くの岩に座った。
そこから、流れ星を見つけてはしゃぐ、ことはの姿を見ていた。
どれくらいの時間が経っただろう。
ことはが静かに俺の横に座った。
風が、彼女の髪とキャンドルライトの火を揺らす。影が大きく揺れて、俺は目眩を起こしたのかと錯覚した。
彼女は俺の肩にそっと頭を預けた。
「……ねえ、流星って、どれくらいの大きさか知ってる?」
大気圏で燃え尽きる運命にある星屑。
俺は少し考えて答えた。
「2メートルくらいかな……?」
静寂の中で、俺の声は他人の声のように響いた。
「……ううん。ほとんどの流れ星は、1ミリとか2ミリとか、そんなものなの」
俺は驚いて夜空を見上げた。
「あんなに明るく光るのに、そんなに小さいんだ!? ……あ、だからすぐに消えちゃうのか」
ことはは囁くように言った。
「……私もそう。どうせ流れ星のように消えちゃうんだ……」
「え? それはどういうこと?」
彼女は立ち上がり、少し緊張した面持ちで俺の方へ向き直った。
細い体を包み込んだ長くて黒いワンピースが、風に揺れる。
彼女はゆっくりと左手を俺の方に伸ばした。
そのまま、右手で長袖の裾をめくり上げていく。
キャンドルの光が、徐々に露わになる白い肌を照らす。
彼女の細い腕には、びっしりと線状の傷跡が並んでいた……。
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

ロミオとジュリエット
わんわん
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第5話
「どうして鶴見高原なの?」
高速を降りて、流れていくまばらな民家の明かりを横目に、俺は聞いた。
うつむいて黙り込むことはの顔は、長い髪に隠されていた。
しばらくして、彼女は小さな声で言った。
「子供の頃、一度だけ、お父さんに連れて行ってもらったの。真っ暗で、星がたくさん見えたの……」
それを聞いて、俺は大切なものを忘れてる事に気がついた。
「懐中電灯、持ってきてない! ことは、持ってる?」
彼女は首を横に振った。
俺はカーナビを操作して、付近のコンビニを探した。
しかし、もうすぐ高原に差し掛かる道に、コンビニはなかった。
「 ねえ、あのお店!」
ことはが指差す先に、ぽつんと看板の明かりが見えた。
『ファンシーショップ・ナナ』
しかし、ファンシーショップに懐中電灯は売っていなかった。
明かりになりそうなものは、アロマキャンドルだけだ。
仕方なく、俺はハートの形をしたベルガモットの香りのキャンドルとライターを購入した。
再び、車を走らせた。
山道を登り、空に完全な夜の帳が下りた頃、俺たちはようやく鶴見高原へ到着した。
周辺は森のように木々が茂っていたが、少し行けば高原があるようだ。
路肩に車を停めた。
車を降りた瞬間、季節外れの涼しい風が頬をなでた。
周囲は目をつぶったような暗闇だった。
買ってきたアロマキャンドルに灯りをともす。
黄色い光とともに、ふわりと柑橘系の香りが広がった。
「なんだか場違いな香りね」
言葉とは裏腹に、楽しそうにこのはは笑った。
俺たちは、ろうそくの火と共に揺れ動く影に少し怯えて身を寄せ合いながら、木々が生い茂る高原への道を歩いた。
しばらく歩くと、突然、視界が広がった。
はるか遠方に見える山まで、見渡す限り低木や岩が続いている。
そしてその上に、まるで宇宙が落っこちてきたような星空が広がっていた。
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

AVE MARIA
わんわん
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第2話
彼女と出会ったのは、当時働いていた会社の近くにある小汚い中華料理店だった。
彼女はそこでウェイターをしていた。
その店はそこそこ繁盛していた。
味はいまいちだが、安く腹いっぱいになれるからだ。
ランチタイムはたくさんのサラリーマンが常連化しており、俺もその一人だった。
初めて彼女を見たときの印象は、なんだか必死そうだな、という漠然としたものだった。
同い年くらいだろうか。痩せた身体で、長い黒髪を後ろで縛っている。いつも真っ白な長袖のシャツを着ていた。
客に呼ばれる度に「はーい!!」と声を張り上げる様は、なんだか光のように真っ直ぐで、多少力を抜かないと疲れるだろうな、と思った。
だから俺は、彼女とはなるべくのんびりとした様子で接した。
その店に通い始めて2ヶ月ほど経った暑い日、仕事が長引き、ランチタイムの終了間際に店に滑り込んだ。
店はガランとしていて、きれいに食べられた鶏肉の骨のようだった。
食事をしていると、突然彼女から声をかけられた。
「……中華料理が、お好きなんですか?」
彼女は隣のテーブルを拭いていた。
少し汗ばんだ首筋に、束ねた長い髪が数本張り付いている。
俺は少し考えて答えた。
「好きだけど……、ラーメンの塩気をもう少し減らしてくれたら、もっと好きかな」
彼女は、一瞬スッと無表情になった後、取り繕うように微笑んだ。
「実は、私もそう思ってたんです! ……お客様の意見なら、店長に堂々と言えます!」
それから、俺と彼女は注文や会計の時に少しだけ、とりとめのない会話をするようになった。
だが、俺はずっと気になっていた。
彼女が会話中のふとした瞬間に見せる、白紙のような表情。
客が帰る際に「ありがとうございました!」と深く頭を下げ、再び顔を上げた時に一瞬だけ見せる、プラスチックのような冷たい顔……。
そして数日後。
会計の後、彼女からこっそりと電話番号が書かれた紙を渡たされた。
番号の下には几帳面そうな文字でこう書かれていた。
『流星を見に行きませんか?』
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

二泉映月
わんわん
注)内容が過激だったのか、どんどん消されてしまったため、不本意ながら、数話分をダイジェストで書きます。
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最終話
結論から言うと、ことはとは最後まではいかなかった。
あきこへの気持ちが、俺を思いとどめたのだ。
こんな中途半端な俺を、ことはは許してくれた。
それからも、ランチで中華料理店に行くと、とこはは相変わらず必死な様子で働いていた。
流れ星を見に行ってから2ヶ月程経ったある日、ランチの会計時に、ことはは小さな声でこう言った。
「私、経験できたよ……!」
頬を赤らめながらも笑顔のことはは、生きる希望に満ちているように見えた。
「……そっか、良かったね!」
……しかし、俺は想像もしなかった。
これが、ことはと言葉を交わす、最後だったとは……。
ことははそれっきり、中華料理店に現れなかった。
電話やメールにも反応はない。
しばらく経って、俺は中華料理店の店長に聞いてみた。
「ことはっていう女の子が働いていたと思うんですが……?」
店長は俺をテーブルに座らせて、悲痛な表情を浮かべた。
「 彼女の親戚から聞いたんだが……。彼女は死んだんだ……」
「え!?」
「彼女の両親の手で……」
ことはは、ああ見えて、家庭内では両親に凄まじい暴力を振るっていたらしい。
もちろん理由などは分からない。
それに耐えかねた両親に睡眠薬を盛られ、車の中に排気ガスを入れられて……。
事件は、内容がショッキングだった為に報道規制がかかり、新聞の片隅に少し載っただけで、ニュース等には取り上げられなかった。
ーー後日、俺は新幹線に乗って、あきこに会いに行った。
口数少ない俺に、あきこは何かを悟って、早々に二人であきこの部屋に入った。
俺はあきこに、ことはとの事を全て話した。
あきこはうつむいたまま動かなかった。
心配になった俺は、あきこに手を伸ばした。
「 近づかないで!!」
あきこの頬に、一筋の涙が流れた。
それを見て、俺は思わず目を閉じた。
その涙は、あの夜を思い出させたからだ……。
強い光を放って、そしてすぐに消えていった、あの夜の流れ星を……。
『ペルセウス座流星群の夏』 完
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説

別れの曲
わんわん
全話を読んでから、どうぞ。
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あとがき
今回、少し内容が過激だった為、はじめに投稿した際、7話以降が次々と消されてしまいました。
(エ口過ぎた!笑)
そのせいで、5話分くらいを省略して一気に終わらせてしまいました。
最終話、急いでしまって申し訳ありません。
さて、今回の小説は俺が25の時に実際に体験した事を小説風に書きました。
内容については、正直、人に話すような事ではないと思います。
ではなぜ書いたのか?
Gravity内では、きれいな写真や楽しいメッセージと同じくらい「しにたい」というつぶやきを目にします。
俺はそれを見るたびに、この、誰も救われなかった体験をどうしても思い出してしまうのです。
あの頃の俺は、結局ことはの命を守ることはできなかったし、それは、今でも変わらないような気がしています。
つぶやくということは、他人に依存しているわけで。
俺には「しにたい」のつぶやきが「いきたい」に見える。
……あなたは子供の頃、何が好きでしたか? 今、あらためてやってみない?
好きな色は? ……その色、いっぱい探してみない?
一歩ずつでいいんだよ? 変わっていこう……?
そんなことを考えながら、この話を書くつもりでした。
でも、ちょっと過激すぎたのか、無理でしたね……。
言い訳のようになってしまいました。
今回の各話の音楽は、死別を連想させるものでまとめました。
彼女の魂に触れた人の心が、少しでも浄化されることを願っています。
最後まで付き合ってくれた方には本当に感謝です。
ありがとうございました。
2023 2.27 わんわん
#ペルセウス座流星群の夏
#連載小説
わんわん
過去に投稿した、連載小説の全ての話にハッシュダグ付けが終わりました〜!!(;´∀`)
これで、一気読みできるようになった〜✨←自己満
#紅血龍と香水
#ペルセウス座流星群の夏
#メモリーローン
#Y氏の憂鬱
#秋のカブトムシ
#一片の雪 (なぜ、これだけ青くならない!?)
長々といっぱい連投しちゃってごめんね〜!💦
これからは慎ましく、ホタルイカの投稿メインでやっていこうと思います!笑
もし、時間があったら、小説を読んでやって下さい。読みやすいと思いますので……。
ではでは。🦑

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