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#読書日録

大江健三郎
『われらの時代』


今この何かが書かれるまでの間、歓楽街の賑やかな性処理のように言葉が流されていく。「時代」というのもまた似たように流される仮想空間においては、時間という死と反対に流される意識の持続もない。書きながらにして、死ぬ。という空間に書かれた言葉の亡骸を見つめていると、「われら」が誰の眼にも映ってはいないのだ。撮られて縁取られた言葉は、死体愛好家の下品極まりないコレクションと間違えられそうである。
また、自意識は過剰なほど筆が走り反響も大きい。返される言葉の応酬に、汗をかいた茶色い背中を想像して書いてみることもまた、意識の時代への貢献のようでつまらないではないか。
儚いとは、はかがないことであり、書くことなどはなからなかったことに耽ることだ。もう一度、読み直してみてもまた、同じようなことを書くのにそれは何故書かれなかったことなのか、考えようとして読まれたい。
そのようになら書かれている間にも、眺めている死体がいみじくも言葉のフリをしているのに気づくだろう。言葉はそれ自体遊ばれるのに喜ぶ。
GRAVITY

ピアノ協奏曲 ト長調 第3楽章: Presto

マルタ・アルゲリッチ, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 & クラウディオ・アバド

GRAVITY2
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#読書日録

高橋源一郎
『君が代は千代に八千代に』
     殺しのライセンス


誰かが生きながらえようとすれば、誰かが殺される、そんな世だった。
星の輝きのためには、悲劇が描かれて…
誰が殺されているのかを太陽はしらない…
「殺しってなんだか晩餐のような静けさなんだな。やっと少しだけわかったような気がしたよ。誰にも教えてもらえなかったからね。生きようとすることにだって、ライセンスを必要とするんだからね。」
誰が生きてるかなんて想像したくもないな。僕を殺しにくる人のことなんて、想像したくない。
そして、僕が殺しにいく人のことなんて…。

小説っていうのは想像することなんだってさ、
知らなかったよ…
GRAVITY

Black Swallow I

Chihei Hatakeyama

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GRAVITY25
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#読書日録

松岡正剛
『フラジャイル』


人は、何のために葛藤しているのか。
それは宇宙から来た複雑性のフラジリティによるらしい。
ああでもないこうでもないとやっているうちに、とんでもないところまできてしまって、気がつけばずいぶん変わってしまっている。
あるころから、あなたは変わってしまってかわいい。わけもわからずしゃべりつづけて、体もおおきくなってやがて萎れて。
あなたは、ずうっと壊れて泣いていたのに、強くなろうと必死だったね。曖昧で微妙な毎日を、記憶と行ったり来たり震えていたね。
子どものこわれやすさを寂しい本でさらに混乱をまねきながら、わがままに微弱な熱を発して一から作り直せば、揚々とちいさな世界を生き延びていた。
溶けてやわらかかった、型に付いてやってきては錯乱して、もう一度やり直すごとに予想できないような形に敷衍していった、葛藤よ。
あなたと、
ここまできた、
GRAVITY

Tired Mind

Hana Stretton

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#読書日録

千葉雅也 他
『思弁的実在論と現代について
          千葉雅也対談集』
  ポスト精神分析的人間へ 
   ーーーメンタルヘルス時代の〈生活〉
           ×松本卓也

私の記憶からあの人の風景へ
隣の人は誰だか
「ほんとう」って、壊れるもの
終わらない(陥没と波)
眼窩に雲間の青さ
病めない心を、またリセット
みずからの始まりの全体になる
ふふふふふふふ
回遊しながら笑い
空しくない、バイバイ私たち
何度も毎日それでも、生々しく驚いて
いつもカタワレを歩いてみて
歩いた徒労
不和の発見
そういうものものを話せること
ひとつの銀河
目の前の人と洞窟
ひとりではいられない身体だから、ふくらみがたくさんあるんだ
争っている読書を
詩の喘ぎだした声にまかせて…
GRAVITY

Come Here Go There

レイ ハラカミ

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#読書日録

番外編 鑑賞録
ジョン•フォード
『駅馬車』


いつまでも未然でありつづけ、
未熟にも読むことになる『ジョン•フォード論』が見ているもののために…

歩いてゆく、ふたり。
靴音が鳴り響く夜の影と店の光。
映画は引き返せない荒野でありながら、追われることに囚われ続けなければ終わらない。
一歩、飛び出して撃つ。
見えない戦いの絶望を映し出す。
安堵と希望は、この一歩のまたその止められない終わりの先にある。終わってもなお、続いてゆく荒野のために銃声はならなければならない。そのようにしか越えようのない明日への断絶を映してくれるものでなければ、生きることを見ることにならない。
振り出された死の見えない行方と生まれた子を渡す終点の灯りに、私たちの明暗はいつまでも見られている、歴史の瞬きとして映画が撮られている限り…。
GRAVITY

How's It Gonna End

トム・ウェイツ

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GRAVITY10
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#読書日録

番外編 鑑賞録
大林宣彦
『野のなななのか』


    「、ほとばしって泣きますわ」月などでていないのに、サンドウィッチを野の、花とは枯れないものだから、朝焼けが燃やしてくれるのね、晩秋の雪「、静かになさって」土に汚れたキャンバスなら。
     あなたはだあれ、ピアノも静かになって降る花の、七七日。
だからね、会いに来たのよ。
     なななのか、わからないけど…「、そうなのね、」若葉が夏の日のあいだに落ちていって、車を停めて爆撃機を追いかけたら、あの人に会えたのに…。
     丸裸の人なんてどこにも…。絵の中の人、って誰。絵の中の…夕べ見たの、絵の血の虹の花。わぁ!って驚いて、すぐに亡くなってるのを教えてくれた、青い空と赤い空とどちらが裸なのかね、描いてみようって…。
    「私はだあれ、だあれ、だ、あ、…」いつまでも戦争なのね。いつまでが戦争なの?昨晩終わったのは、緑のおしゃべりだったのね。
     どうしてもあなたとはお話できないの、どうしてもね。音楽が鳴りつづけているのを誰もとめられないわ、朝の焼けるようなあなたの血を誰もとめられないわ。
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野のなななのか

Pascals

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#読書日録

フランツ•カフカ
『審判』


「K」が、逃れられない罪を被っているなら私たちにするべきことなどないように、物語は逃れられない時間の進行によって私たちに読むべきことなど与えられないまま、「K」とは無意味に私たちの物語は書かれてしまい消されてしまいます。「あなたはあなたのことを聴いていてください。」「自分自身の自問自答に狂わねばなりません。」「そして、誰の問いにも答える権利を行使するのです。」私たちはそのように目の前の画面に向かってひとりでに喋りかけていました、が、羊毛のセーターに包まれた男が背後から覗き込んできて私たちの心中に手を差し出しすと、気持ちとは裏腹に訳もない言葉を吐き出して隅々にまで自分の分身を語らせようとするのです。
この世界にはどこからか人間がやって来ては去る機械原理がそなわっているだと思わずにはいられません。私たちはどこから来て、どこへ行くのか知る義務があるように生きています。すなわち、「K」が今も尚この世界のどこからか来ては去り、私たちの心をからめとっていく物語が書かれているのです。私たちが生きている以上、いつもなんらかの争いが生まれているのですが、すると後から知らない顔をした「問題」や「物語」がやって来ては去っていくのです。これを、人間が小説と呼びはじめてから数百年が経とうとしています。そして、私たちは誰も真実を語らなくなったのです。
GRAVITY

夜のガスパール: 第2曲: 絞首台

アリス=紗良・オット

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GRAVITY19
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#読書日録

保坂和志
『あさつゆ通信』


どんな日常にも面影が横たわっているとして、身体の運ばれた残像、習慣の投げやり、思い出せない労苦、喜んで傷ついた好奇心の数だけ未だなかったものが描ける。
日常は終わらなくてやかましい、嬉しい、余計だから頷いてやる。いちばんくだらないベッドの揺れる一日を激しく寝る、起きる、思い出す。能天気な太陽のいない、水の流れない川も、口喧嘩のやまない夜のように忘れてしまいたい日常で、思い出せない涙と体温を読みながら泣く、読みながら思い描く心の川。
洪水をすごいと思う子どもが、死ぬことを怖いと思わない子どもが、心を生きているし憂鬱な日々を憶えていられるから、よく転んだところのカマキリの死骸をきれいに写して見せてくれた。子どもを知らない時代の記録を読んでいても、今までずっと子どもを生きている自分の心は生まれたばかりで、うとうとしている。
どんなにわからない言葉があっても、日常の身体の滞りにはついていけなくて、たくさん書いたからといって身体は女性にならないし、ましてや男性にもならない。詩を書いたぶんだけ人間を忘れられるのは人間らしさの日常のなかだけで、いつまでも星を見ていたりいつまでも恋を憶えてはいられない。
不安なままで書いたことやようやく出てきた言葉が馬鹿馬鹿しく卑しかったとして、もう一度思い出せばそんな自分のことなど忘れていた。そんなことを書くまではただ、雲も川も水も、人も毛も犬も 皿も枕も夢も、ずっと淫らに求めていた。
だから空は青いのではなく、深いのだ。
GRAVITY

Music for 18 Musicians: XII. Section X

スティーヴ・ライヒ

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#読書日録

吉増剛造
『吉増剛造詩集』


穿たれた紙片の、焦げた匂い、さそわれ、
ガラスから漏れた陽光に逆らいながら列車は、
尾をひく、
「魔」とは離れ離れに、胸はちいさく、
吸い込む風のつよさに肺は凍えて、
 やがて、キャベツが黒く萎びて…
塵の街、氷の家、
灯油の「魔」の匂いに部屋は焼かれて、
       無謬の世界に行く駅の、
照らされた花、
(walk、walk)
夜なれど、
       花はこの世の誤りなのだ
 「疾走詩篇」は、
裂かれたあとに咲く、
   季節をまたぐくらいなら、
      裂けろ、今生の詩になるな!
  分岐路に運ばれる詩篇のみ、
 「魔」の一行は千々に別れ、
瞬間の火花の喉を覗くのだ

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String Quartet No. 2 in F-Sharp Minor, Op. 10: II. Sehr rasch

アマリリス四重奏団

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#読書日録

番外編 鑑賞録
フレデリック・ワイズマン
『ナショナル•ギャラリー 英国の至宝』
 

歴史を人々が物語ることが場所が生きることの条件で、街や風土の生きる蠢きの映る目こそ、私たちのすべての視線である。
            何を見ているかや何を見ていないかは色彩ではなく塗料のひび割れであって、見る者が次々に訪れる場所が目撃した時間の滲みこそ、私たちのすべての色彩である。
                    美の目の前で立ち止まり語らいながら眼の届かない明暗や凹凸をくぐり抜け、裸体の写しとる手が黒い線や白い線を走らせて止まらない人間の影の啓示を叫んでいることこそ、私たちのすべての情緒である。
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グノシエンヌ: 第3番

アリス=紗良・オット

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#読書日録

東畑開人
『カウンセリングとは何か
~変化するということ~』


ふつうの人 
ふつうの生活 
ふつうの相談
ケアのほとんどの部分は日常にある

「人が人に話をすること」とは何だったのか

ほんとうの話が見えないところで
知らないあいだ
一夜のうちに打ち明けられて
終わりのなき電燈の明るみから隠れるように
囁き合うように
日々の隙間の陰りで
ふたりで

誰にも話せないことがあるから
ほんとうの話は
あなたにもわからないように言葉に隠して
たくさんの議論にまぎれて
合唱隊のなかで歌って
耳を塞ぐと
ときに羽虫の死骸に似た
ココロの欠片が黙っている

話すまでもなく 聞くまでもない
言葉の途切れたところに風が
誘うように聴こえて
耳打ちする(ほんとうのこと)
ふと何を話したか忘れたころに
ちいさな声が
風に話しかけている




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混声合唱のための「うた」 さくら

山田和樹/東京混声合唱団

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#読書日録

東畑開人
『野の医者は笑う
      ~心の治療とは何か~』


誰もが一度は"告白"という一冊を書くのだろうと思う。私を私にしてくれた物語を書くのだ。

あなたはよく笑った、日常の外で
暗闇の車内で
私の知らない私を、笑う
私も笑う
どこに生きているのかわからなかった
生き方を笑ってくれている

心と身体の半分は不在で
もう半分は存在の証明にさらされている
これでは癒やしどころではない
透明と刻印によって引き裂かれてしまう
現実はどこにあるのだ

そう、私はずっと現実を探していたんだ。傷つけられた現実に帰って癒されようとしている。
人と出会い、出会った人と居る。
そして生き方を得ていくことが癒やしになる。
それぞれにふえていく傷つきが、多様な生き方をふやしていく。

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Lip Noise

TOMOO

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#読書日録

保坂和志
『あさつゆ通信』


小説を読むことで生きている物語があり、物語を生きてみることで読んでいる小説がある。

ちいさな記憶からもう一人の〈私〉の物語をふくらませると、自分の生きた過去と生きている現在の間に〈時間〉という心が託されているもう一つの物語がつくられていくらしい。
おそらく、自己の中に〈私〉という心の発生と自己の外に〈時間〉という心の受け渡す動きがつくり出されているんじゃないかな。
物語のなかに時間が流れていることと、物語のそとに時間が流れていることは同じようで違っていて、私たちはまったく異なる人と同じ時間を生きることができるんじゃなくて、心の深い呼吸のリズムを物語を通して遠い時間のすれ違いを調律しているんだろうな。だから、物語のなかとそとに別の時間の動きをそれぞれに響き合わせるのが読むことなんだけれど、誰かが同じ時間に生きていること求めるのは〈私〉の物語に閉じ込めるようなことなんじゃないか。
私たちがそれぞれに物語をつくりだすことができるのは、まったく同じ時間の内には生きていないからで、その物語は大きなひとつの時間を描いているのではなく、読む人と物語との時間のちがいに気づき、私たちがそれぞれの時間に生きていることを書いているんだ。
その物語は心をつくりだすのと同時に心の広場であって、たったひとつの心も、たったひとつの時間もない。
あらゆる心と時間の記述なんてないけど、私たちには物語というとてもちいさな、もう一つの身体をもっているのかもしれない。
別のもう一つの。心も身体も時間も物語も。
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mild days

羊文学

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#読書日録

高橋源一郎
『君が代は千代に八千代に』
  Mother Father Brother Sister

何かが書かれているから小説であるのは言うまでもないけど、何を書いているかがわかってしまってはいけないような気がしている。
ほんとうのことは誰にもわからないように書かれているんじゃないだろうか。
もちろん、ニホンのある問題が書かれているんだろうと思う…でも、問題がうまれる前には争いがあるんだと言った人がいて、ニホンの問題とされる前には私たちのちいさな争いが蠢いてるんだ。
問題が問題だとわかるには、その前にしっかりとちいさな争いを観察する必要がある。
そう、僕たちは生きていて、生きているだけでも、怒ったり悲しくなったり、嫉妬したり貶めたりする。
それらをしっかりみること。しっかりとみて、それから問題をわかるんでも遅くはないと思う。しっかりみることができれば自分で問題をつくることだってできるだろう。
ただ、僕たちは僕たち自身のことをなんにもみえていないから、問題もわからないし自分で問題をつくることもできない。
僕たちは何をみてきたんだろうか。
問題や言葉ばかりをみて、わかったことにしているだけなんじゃないか。

「問題は誰もちゃんと聞いていないことだ」

もう誰も聞いていないのに、言葉だけが山積みにされている。それがどんな問題なのかは誰もわかっちゃいない。
死者のように誰にも言葉が通じない…だから、
まずはその人の生きている声に姿に、きちんと耳を澄ましてみるんだ。
そうすれば目の前にいる家族だって、それがどんな関係なのかわかるはずなんだ。
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Family Song

星野源

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#読書日録

稲垣足穂
『一千一秒物語』


引き金をひいて暮れてゆく街で

つまづいて胸を貫いた銃弾

命をひらいて取り出す過去の痕

過去は馴れ馴れしく挨拶をしてきた

月が地球に落ちてくるより

黒猫がひとの記憶のなかで

目から星と涙を落とすほうが

誰もいない日々にはやさしく

街灯が彼女の路をせまくして

言葉のフリをした枯れ葉の枝に

時計の針ごとずっと昔に突き飛ばされるが

驚いて手元の季節を振りあおぐ拍子に

過去は夜空に帰っていった

見上げた空の星はいくつも減っていて

記憶のなかは満天の涙が輝いた

角を曲がると必ず命は落ちていて

それはみな、過去の痕形もなかった
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Recollection

角野隼斗

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#読書日録

古川日出男
『ベルカ、吠えないのか?』


呼びかけてやろう
 それからお前たちはどうしたんだ?
こたえてくれなくなっても
 いまお前たちはどうしているんだ?
見えなくなっても
 お前たちはどこにいるんだ?
雨が上がらなくても
 待っているのか?
夜になっても
 逃げないのか?
もう誰も
 吠えないのか?
 
 
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#読書日録

古川日出男
『ベルカ、吠えないのか?』


読む手前の記録。

ふりだしにはもどらない…
もう一度、別の道を選ぶスタートには戻らない…
常にゼロをかけられる哲学を持っているなら、走ったら走ったぶんだけ遠くの言葉に手を掛けておくのはどうか。言葉にあふれて行き詰まるなら、ゼロにすればいい。ゼロという語りえないものに、どんな言葉をかけても沈黙するほかないが、それより、地層の堆積や宇宙の膨張のように声を文字へ、文字を言葉へ、文体へ、形式へ、と書かれた思考回路や所作の遅速に、沈黙より未然の口ごもる発露の拒否がありはしないか。

吠えないのか?

このなげかけは、隠れた声の胎動に呼びかけているのか。人間としては語りえないイヌの声に。
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#読書日録

森田真生
『偶然の散歩』
岡田隆彦
『岡田隆彦詩集成』
稲垣足穂
『一千一秒物語』



ひ ふ み
いっぽんいっぽん、指をおって数えたら
ふえていく数を
手をひろげていっぺんに手放す
掌を見せて
なんにも無い

増える喜び、減るよろこび、
得ては手放すしあわせを
白い部屋の窓から
たったひとりで見送って
手を振る

歩いても歩いても、哲学の
大きな輪っかの土星から
やってくる、穴
覗いた真っ暗闇の先に
てのひらの
ゼロ
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機械仕掛乃宇宙

青葉市子

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#読書日録

永井均
『マンガは哲学する』


哲学の目の前にたつ
震え、狂い、崩れる
ふりだしにもどる…
「書いてきた日々も、
ちいさくうずくまってしまったように、」
考えたていたことは
〈考えること〉とは縁遠く
生きていくも未然に行き詰まり
〈生きていくこと〉の外に放り出される

語りえぬもの、そして無意味
心を攫っていく身体
反転する倫理
無音の文字
眼の裏側にある光のない景色は
目の前の固有性に影を落とした

〈小景〉のための展望台にきて、
夢の中で、夢をみている自分の夢に、
全て、すぎてゆくものをくりかえすことなど…

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果敢無い光線 (feat. Kei Matsumaru)

江﨑文武

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#読書日録

高橋源一郎
『ぼくらの戦争なんだぜ』


後から来た私たちは、どのような言葉を読んできたのだったか、そして、また、後から来るものたちに、どのように言葉をつかって書いてゆくのだろう、
つくづく不安に思う、
私に伝えられるほどの、歴史の言葉があるのだろうか…。誰にどんな言葉をどうやって伝えたらいいんだろか…。

「ひとりからもうひとりへの伝承という行為」
鶴見俊輔はここから始まった。
私の生活では、人より見て聞いてきた言葉の少ないことだろうから、もしかしたら、伝わったことは私の狼狽の記憶にしかならないかもしれないが、言葉の短い瞬間の「遅さ」に後から来る人の記憶へ引き延ばされた、歴史の伝承になることもあるかもしれない。

いつか、「ぼくの戦争」を書く日になれば、何から書き始めればいいだろう…
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菜穂子(出会い)

久石譲

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#読書日録

東畑開人
『野の医者は笑う
~心の治療とは何か?~』
松岡正剛
『フラジャイル』


心と体の
跛行性(ハコウセイ) によって
             フラジャイルな
 少年少女の憂鬱が
     今なお、私に巣食っているらしい

ゆえに、私は言葉に期待していた…。
私の言葉は、私の味方であると思っていたが、そうではないらしい。言葉はときに心を覆い、心像のいたずらに体を震わしもする。

私たちは誰もが弱さの起源を持っていた。何かを大事にしては失うことで、涙を流す生きものだった。何度も、何度も、やりなおしては、失ってきた。それなのに、言葉にふりまわされる…。
もう二度と大事になんてしない、とは言わない。
元々薄情なのに、薄情なのを責めてもしまう。

人を癒すことで癒されるセラピストたちの、出口のない渦巻きのような心の生活は、傷つきやすさを生きている…。
心の治療はやはり、大きな意味を胸の内から聴いてしまう塞ぎようのない、弱さの聴覚から始まるのだろう。
言葉を囁かれるのに、人は弱い…。
そして、むしろ強がった言葉への過剰な意味を治療しているのではないか。
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yura yura

橋本秀幸

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#読書日録

高橋源一郎
『さよなら、ニッポン
ニッポンの小説2 』


書かれなかったことが、
  ほんとうのことだったら。
「僕たち」なんて書いたから、
  そして誰もいなくなったんだ。
寂しくって何も言わないのは、
  言ったら寂しさが離れてしまうから。

いなくなったひとがいるとおもってた。
でも、いなくなったひとは、いないのだった。
いなくなったひとについて、きいてもだれもおぼえていなかった。だれもいなくなったひとについて、はなさなくなった。
いなくなることを、しらないみたいに…

言葉はなにかのためにあるんだろう…。
もうすぐ別れる「言葉」と今は生きている。
「…について」と書いた日々について書くことはもうないのかもしれない。もしくは、「…とは何だったのか」と書くことは何だったのか、と書くことはもうないのだろうか。
私は別れを書いているんだろうか。
さよなら、………。
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nostalgia

坂本龍一

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#読書日録

東畑開人
『野の医者は笑う
    〜心の治療とは何か?〜』


傷ついた治療者と癒やす病者、
未だ人々はこのあわいにいる。

だけど、ここには癒やす病者しかいなくて、
離合集散する塵は
引力に負けて
衝突するばかりだ。
宇宙は
神さまを演じて
神さまは
健康を演じて
健康は
友達を演じた

野の友だちがいた、神社の境内であそぶ友だちを思い出した、ボールが茂みの奥の日の当たらない暗がりに消えた、それを、ひとりでとってこなければもう、遊ぶことなんてできなかった、ボールはひとつだけだった、友だちもたくさんいなかった、まだ、病も知らない、宇宙も知らない、野の友だちがいた、生き方をおしえてくれた、野の医者のようだった、
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touten No.1

江﨑文武

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#読書日録

保坂和志
『あさつゆ通信』


毎日、というのはもう毎週とか毎月のような「そのたびにごとに」という意味を越えていて、一日という区切りが24時間ごとにあることの意味ではなくなっている。
新聞小説を毎日読むとか、毎日その日考えたことを日記に書くとかいうのは、分けられたように読んで書いていることではない。読むことや書くことが一日を越える、一日を一日でなくする、繋ぎ目をつくっていくことなんだろう。
記憶に繋ぎ目はないから、人は思い出や経験に一貫性なんてないのは当たり前だけど、記憶と記憶を編むように考えることが、読み書きでつくられていて、それは思い出や経験が新しく紡ぎ出されることだ。
フィクションであるとかないとかはまったく関係ないのだが、小説を読みながらというか、考えながら何か文章を読み書きしている時、記憶が日々の事実を越えて「毎日」という時間を溢れてその思い出や経験を豊かにすることもある。
時間が解決してくれるというのは、経過の中に変化があったからとかではなくて、記憶の中の時間が現在の時間を溢れてその人の外で日々を生きることになるからではないか。
毎日、生きているということは、自分の中から新しく時間を溢れさせて、昨日と今日の境に居ながら今日と明日の境に記憶を繋いでいくことではないか。
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Time

橋本秀幸

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#読書日録

古川日出男
『ベルカ、吠えないのか?』


届け!
その声が、血の大きな流れの絶たれる瞬間まで。
人間の頭の中に爆弾を植えつけて、
あらゆる意味の地層の上を駆け、
交じり合う声の威光で、
渦巻く言葉の中心に逆らい、
散り散りに走れ!

速さは、ない。だが、止まっていた時限爆弾を進めろ。今の生きる、一瞬のあいだに、小さく死んでいく声を聴け!自らの声ではない。あらゆる生きものの反響音だ。イヌに吠える運命があるように、頭を垂れるがいい。
そこに居て、いつまでも聴いてみろ。
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HOWL

Mr.Children

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岩川直樹
『の思想家 宮沢賢治』


<私(わたくし)>の証明がいかにしてあり得るか。法的な叙述ほど途方に暮れるものもないが、心理学的証明などは、宇宙の解明と相違ない。
まさに、明滅する光に存在証明を試みようとした、十億年後の宇宙に届く光のような…。
だが、どうして<私>を問題にすることになったのか…ここ何百年か何千年の過ちではないのか。いつまでも、先送りにされた業の辻に迷っているわけでもないだろうに。
賢治の、
あるいは修羅の、
私の命題は死の後にまで…
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古井由吉
『楽天の日々』


そう、「読んでわかったばかりが、読む面白さでない。」そう言ってあげたかった。
著者は老齢になってそう言うが、私は元々読んでわかることがないままきた。
忘れる、というより、振り返る勇気もない。どのように読めば、今読んでいる場所から進めるのかわからない。何度も何度も同じところを追っていた。
でも、「本も人の中で眠るうちに育つ」から、その時わからなかったものは、わからないままで眠ればいいらしい。
読む者の徒労がいつまでも心に残って、ある時、ふと読めないで居続ける日に、この本を思い出されればいい。
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『日日是好日』エンドロール

世武裕子

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#読書日録

松岡正剛
『外は、良寛。』


涅槃に近づきたくて、若さを飛び越えて、衰える身体に嬉々として老いを歓迎する。
散るときには、うらもおもても見せて逝く、もみぢのように生きた人を、いとしむ心が包んだ庵の寂しさよ…

死について書くとき、言葉の足らない、足る前に静まる定型の詠に、言葉と情緒の境がある。どちらも行き来するように、うらとおもてとどちらでも、あの人がいて、詠むと読むを遊ぶように。

すべてが、良寛だった。
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Setsu

橋本秀幸

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GRAVITY13