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この星ではそんな文房具の素敵な部分を発信していけたら嬉しいです!!可愛かったり綺麗だったり、素敵だったり、オシャレだったり!!皆さまが見たこともない文房具もたくさん投稿していけたらと思います!!
そして文房具好きの皆さまが自分の推し文房具を布教できる場所になったら嬉しいです!!
文房具好きの皆さま、またあまり文房具に興味がなかった方!!
ぜひこれを機会に文房具の世界に足を踏み入れてみませんか?
申請していただければどなたでも星の住民になれます✨✨✨
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ころも


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だから、、、
来週のソロラジオで『頑張ったから褒めて』
だそうです。(❓)
#玉千

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pluton
子どもを蔑ろにする母親もいるのだからサシて驚いたり批難するほどの事もなかろう
大坂なおみの試合でcome’onと呟きサーブを待っていて相手の逆鱗に触れたらしい
大坂選手がスポーツマンシップに何か抵触したとも思わんが所詮は観客、しかも資本主義のダニが如しweb観戦に、他メディアからの転用記事
ルールとジャッジと
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囲碁なんて、その点は地の誤魔化しぐらいか
仕事もしない家事もしない、しかし煙草をふかし酒は飲む。そんな父親もいたりする。父親というだけで意義も価値もある、そう本人は疑いなく信じてるようだが
基本的人権や福祉がいきすぎて、そういった産廃人間が増えてゆくのだ。
が、高橋まつり女史などという未来の担い手に過重労働を強いて、甘えた姿勢に怯える懦弱さ
コレが日本人の本質なのかもしれん。
証左がブームというヤツだ。付和雷同、有名な記者出身の作家センセの仰せ
雷同性というのも記者の資質で個々の人間としては悪徳でしかないという
こんな雑文の投稿宛てに態々、AIまで駆使して揚げ足取りに狂奔する暇人もおいでだ。
全く、早くβ亢やアラスカタビネズミの◯の行進にでも参加すればいいのに、それがお似合いだし本人の望みなのにな。気づかんとは哀れの究みよ。

マサヤス 龍之介
#読書の星
☆『年末の一日 / 芥川龍之介』
新潮文庫刊 『戯作三昧 一塊の土』
1976年(昭和51年)8月10日 13刷より
この本は昭和51年の発行である。奥付にそうあるので、私が小4か小5の時に駅前の書店で購入したものだろう。定価は¥180 いい時代だった。
このくらいの価格なら小学生でも容易に手に入れられる。今なら¥500 は下るまい。しかし、今どきの小学生も携帯電話なんぞ持ち歩いているので或いは、青空文庫で読書を済ませるのだろうか。だとすれば味も塩っ気もない話だ。青空文庫は便利には違いないが、ただ字を追うのみである。挿絵も無ければ表紙も無味乾燥。物としてのバリエーションに欠ける。従って想像力の欠如、イマジネーションが培われない。……年寄の戯言だ。
読書子には或いは、この装丁が懐かしい、と思われる方もおられるだろう。今の新潮文庫は完全に違う装丁になっているし、値段だって跳ね上がっていることだろう。
久しぶりに我が敬愛せる芥川龍之介の作品を紹介する。以前芥川龍之介の作品だけを紹介する戯文を連載したことがあるが、この愛すべき小品は抜けていた。
この小品は1926年(大正15年)一月号の『新潮』に初めて発表された。小説というより随筆に近い。今日の様な大晦日にうってつけだ。今から丁度100年前の芥川の年末の一日に起こった小事が書かれている。
『僕』は雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りに水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。『僕』は格別その水鳥に珍しい感じは持たなかった。が、余り翼が鮮やかに見えるのは不気味だった……そんな夢から起きた『僕』だった。それは、がたがたと云う音が響いていたからであり、その音が年末の大掃除で、妻や伯母のフキが座敷の縁側でせっせと硝子戸を磨いている音だと分かったのは、後架へ小便をしに行った帰りしなにその大掃除の光景を見たからだ。伯母からは「お前、もう十二時ですよ」と言われたが、『僕』は三つの雑誌社から新年号の小説の依頼をけ受けて最後の仕事が終わったのは夜明け前のことだった。芥川の精神疾患については統合失調症であるが、現代ではそういった精神疾患についても普遍化していて、一般的にも可也認知度は広まってきているが、大正末期のこの頃に江戸時代に生まれた芥川の伯母フキにそこは理解してやらないと…と云うのは酷な事なのかもしれない。が、仕事に追われる芥川は田端の自宅では煩い伯母やまだ幼かった3人の子供達がいる以上、静かに小説など書ける環境ではなくこの頃の芥川の夥しい写真は大抵今で云うシティホテルのソファで寛ぐ姿が多いのはそのせいである。芥川はこの文章の中でこう書いている。「朝飯兼昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵(こたつ)へはいり、二三種の新聞を読みはじめた。新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切っていた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労※のようにどうすることも出来ないものだった。……」この頃の芥川は統合失調症の諸症状に
頻繁に苛まされ斎藤茂吉のいる青山脳病院へ通院していたが、一向に改善されず悩んでいた。そして芥川が1927年の7月に服毒自殺をとげた最大の要因はこの精神疾患からくる自殺願望の果てによるもの、とされている。そういった背景を頭に入れて読まないとこの時代の芥川の文章は理解し難いと思う。
お昼頃めざめた芥川が朝飯兼昼飯をとった後の二時頃、K君が来訪する。と或る新聞記者でありK君は社用の次いでにちょいと寄った、と言った風だった。「どうです?お暇なら一緒に出掛けませんか」。切り出したのは芥川の方だった。「どこかお出になる先はおきまりになっているのですか?」「いいえ、どこでも好いんです」「お墓は今日は駄目でしょうか?」K君のお墓と言ったのは夏目先生のお墓だった。K君は半年前に芥川と約束した夏目漱石の墓に案内してもらう、という意味だと芥川はここで漸く気付いたのだった。年末にお墓参りをする……芥川自身にぴったりしないものを感じつつ、でも芥川は「じゃあ、お墓へ行きましょう」と安請合いしてしまう。この辺の芥川の気風のよさがいかにも都会人気質でよい。
夏目漱石のお墓は雑司ヶ谷霊園にある。芥川の自宅から一番近い本郷動坂の電停へK君と連れ立った。
「天気は寒いなりに晴れ上がっていた。狭苦しい動坂の往来もふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田端青年団詰め所と言う板葺きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこういう町を見た時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走の心もちのよみ返るのを感じた。」
こういう芥川の文章表現はタイトル通りの読者の期待感を一定量満たすものである。『年末の一日』と言う以上、そこに師走の町の様子が描かれ作者がどういう感慨を抱いたか、を明文化してくれて読者のカタルシスは満たされるからだ。
やがて、護国寺行き路面電車が到着し二人で由無しごとなどを話していた。電車が富士前を通り越した頃、突然電車の中ほどの電球がひとつ、偶然抜け落ちて床で粉々になるハプニングが起こった。「そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊り革につかまっていた。電球は床へ落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、電車の中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、-ーー少なくとも人々の注意だけは惹こうとする顔に違いなかった。が、誰も言い合わせたように全然彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。」
一見すると芥川のこの女性への眼差しは冷たいように感じるが、最後に女の儚さを感じ入る辺りは人一倍女性にやさしかった都会っ子芥川の面目躍如であろう。
芥川の短編の傑作と言われている『蜜柑』にも似た様な表現があった。横須賀線のボックスシートにたまたま乗り合わせた歳わも行かない少女に対し、散々蔑んだ表現で表した最後の最後で車窓から見送りに来た弟達に対して蜜柑を投げつけた瞬間を切り取り、その神々しいまでの表現で賞賛した。これは芥川固有の表現である。同時に芥川の女性観をよく表しているともいえる。
この後、芥川達は無事に雑司ヶ谷霊園に到着するのだが、案内役だった芥川はあろうことか、不覚にも漱石の墓への道をど忘れしており、小路を行きつ戻りつオロオロしてしまう。幾ら行っても一向に漱石の墓に辿り着かない。最後は施設清掃の女性に聞く有様であった。墓に着くと漱石ファンだというK君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧におじぎをしたが、芥川自身は今更恬然(てんぜん)とおじぎする気にはなれない、というのだ。漱石亡きあと9年が流れた。漱石は芥川文壇にデビューするきっかけを与えてくれた恩師であるはずだが、今の芥川にはそんな感慨に耽るほどの余裕は無かったのだ。これも精神疾患のせいだろう。
やがて、2人はもと来た電車で戻ったが芥川だけ富士前の電停で降りた。東洋文庫にいる石田幹之介に会い、再び動坂に着いた。往来は先程よりも一層混雑していた。「が、庚申堂を通り過ぎると
人通りもだんだん減りはじめた。僕は受け身になりきったまま、爪先ばかり見るように風立った路を歩いていった。すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、梶棒に手を掛けて休んでいた。箱車はちょっと眺めたところ、肉屋の車に近いものだった。が、側へ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣(えな)会社※2と書いたものだった。僕は後ろから声を掛けた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢(きたな)い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。
北風は長い坂の上から時々まっ直ぐに吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に妙な興奮を感じながら、まるで僕自身と闘うように一心に箱車を押しつづけて行った。……」
この頃の芥川は、周辺の人々にしきりに自殺を仄めかしたりしていたという。それくらい彼の厭世観はふくれていて、最早それは自分でもおよそコントロール出来ないところまに達していたという。しかし、これを読む限りは、この最後の情景はなんと生気に満ちていることだろう。しかももう自殺願望に漲っていたとされるこの時期に。
これはその死の7ヶ月前に発表された。それでも生きようとしている芥川に私は目頭が熱くなるのを抑え切れなかった。
芥川研究の第一人者だった吉田精一がこの文庫本の解説を書いているが、吉田は、この作品は作者が苦心もし、愛着もあった作品であると書かれている。芥川は箱車のあと口に『東京胞衣会社』
の数文字を書くまで、いく度その一行を書きかえたか知れなかったということである。と解説している。
※ 男女の交合のあと の意味。
※2 出産のとき排泄される胎児を包んでいた膜や胎盤の処理をした会社。
本年も私の様々な雑文をご拝読くださって且ついいね👍をくださった方々に深く御礼を申し上げます。
どうぞ、良いお年をお迎えくださいm(_ _)m
そして、来年も引き続きご厚誼のほどを宜しくお願い申し上げます。
2025(令和7年)年12月31日


ぽち
秋から冬への移行期。
葉を落としてくれたお陰で、木々に止まるエナガの群れやアカゲラ、ゴジュウカラがよく見える。
ジョウビタキやツグミなどの冬鳥も多くなった。
木々の奥に立つキツネの輪郭がはっきりとしている。
冬毛に変わり、空気が澄み、遮る葉が減ったお陰だろう。
晴天続きで乾燥が進む。
足元の落ち葉は心地よくハリのある音を立ててくれる。
散歩であればとても気持ちが良い。
しかし足元から鳴る音は動物たちに異物の侵入を知らせる。
ここの鳥はさほど警戒していないようで、谷の中でヤマドリが歩いている。
フクロウも、横目に見ながら通り過ぎるくらいなら飛び立つことなく許してくれた。
クマの痕跡が少なく、珍しく遭遇することも無い。
足元にはドングリやクリの皮だけが落ちている。
餌を求めて移動したのか、積雪を待たずに穴に入ったのか。
尾根に近づき、歩みを緩める。
なるべく音が鳴らぬように気を張り、尾根からゆっくりと顔を出す。
対岸の中腹で寝ている親子の鹿がいる。
12月に入ってもあまり大きな群れを作らないのだろうか、昨日はまだオスの繁殖期特有の声が響いていた。
体勢を整えて再度鹿に目をやると、母親と見つめ合う形になってしまう。
見る、取る、撮る、捕る、狩る、これらの行為はとても似ていると書いていた本はなんだったか。
視線を感じたか、殺気じみた何かを感じたか。
警戒音を出さずに走り始める親子は、私ではとることのできない距離にいた。
ここの鹿は随分と人に対して警戒しているようだ。
不甲斐なさを感じつつ、これも面白いと無理に前を向く。
技量、思考、忍耐、工夫、できる限りを尽くした方が良さそうだ。
雪が積もれば枯れ葉は黙り、動物たちの姿も痕跡もより鮮明に映るが、その前に。


谷崎潤/読書実況
でも、そう考えた時にタブレットやPCに15万~50万まで出すって相当なコスパだとも思う。なんなら、スマホですらそこまで出す価値は正味ある。
アナログなメモ帳とかもよく使うけど、全てに集約させるのなら、10万超えてもしゃーないよな。
"弘法筆を選ばず"って言葉もあるからアナログで出来て、デジタルで出来ないはおかしな話だよ。自分が弘法筆と同じ条件かと言われたら、全く違う。性能がいい方を使えば、スキルツリーで弘法筆と匹敵する部分は出てくる。
それでも、たまにはアナログなものに触れたいし、よくわからない低品質デバイスも使ってみたい。特にアナログは本当の実力がわかるから、たまに使う分には指標として使わざるおえない。
数百円から自分の実力を知りたいのなら、やっぱアナログではある。カスみたいな実力を最大限に伸ばすのはデジタルな良さではある。
だからこそ、デジタルを一つに集約させる意味ってあんま感じないのよな。実際、PC・タブレット・スマホって感じで三種の機械が分類されているから、現時点の技術では無理のある想定ではあるし。三種はベン図的な技術的被りをどう回避するかでしかないから、いっその事ではあるけど、またデバイス全てを棲み分けて、個々に特化した物を欲しがるのが現代人なのかもなぁ。
「あれがあればできる」ってのは、詭弁を言う輩(自分含め)の口説き文句ではある。けど、それってデジタルパイオニア世代からしたら贅沢に映るかもだけど、実際はデジタルネイティブからすると持っている技術デバイスとアナログの乖離が酷いんだろう。
実体験ではあるんだけど、中学生の頃にイラストを描くためにアナログで一度はやったことあるんだ。でも、SNSに載せる前提だったから、写真写りとかの労力が発生していた。自分の描いたイラストは実物だと凄い綺麗だけど、写真になると魅力が半減するし、見る気も失せてた。だからこそ、デジタルの発色の良さが羨ましかった。
文章も同じで紙だとどうしても読みにくさがあった。たぶん現代人の病気の一つに直筆への拒否反応がある。ある程度の実力と認知がない限りではアナログは現代では通用しない。カスみたいな実力で最大公約数的に作品を読ませたり、見せさせるにはデジタルの方が手っ取り早い。
けど、デジタルというのが値段として高すぎるが故に、多機能なものが多いが故に、屈折した才能は多かったんだろうな。特に自分より2~5歳上の人たちって。
くっそ話が脱線したし、先輩たちの話になっちゃったけど、デバイスは一つで集約させるのはあんま好きじゃないって話。
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