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相手が求める距離感を大切にしつつ、自分の求める距離感を疎かにしない。
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早くに目覚めた土曜日
#政治の星
先週も触れました。
先に結論です。
「忠君」「軍国主義」の教育的要となった施設を為政者が肯定的に持ち上げちゃダメだという話です。
高市氏、小泉氏や神谷氏の終戦記念日の靖国参拝が様々記事になっています。
為政者が靖国を参拝することへの諸外国からの批判の正当性がないのではないか、との声も見られます。
現在は勤皇の戦死者を祭る施設であり、元来は戦没後戦死者でなくこれから戦地に赴き天皇に命を捧げることを奮起する施設でした。
併設の戦争博物館遊就館を観ればわかりますが、今もこの思想を継いでおります。
賛同者も非賛同者もぜひ一度は参拝、観覧するべきと思います。
/******以下転載
小泉農相は15日靖国神社を参拝した。記者会見で「不戦の誓いと、国家のために命を 捧ささ げた方に対する礼を忘れないことは重要だ」と述べた。(読売新聞より)
参政党の神谷宗幣代表は15日靖国神社を集団で参拝した。記者団に「国のために戦って尊い命を失われた方々に、感謝の気持ちと平和を守る政治に取り組みたいという思いを伝えた」と述べた。参拝したのは全国会議員18人と地方議員の計88人。(中日新聞より)
*************/
私感で一言でいえば、為政者の参拝が批判される根本は、
靖国は「慰霊というより、”これからも”天皇(為政者)のために命を投げうって戦争に赴くことを称える(決意する)ための施設」であり、反戦平和国際化社会に反するからです。
わかりやすいのは教育勅語です。
靖国神社公式サイトでは
教育勅語渙発を社史系譜に項目立たれるほど重要なものです。
安倍元首相が総理になる前官房長官であった頃から「大変すばらしい(原文)」として教育勅語の復活のために奔走していたことが思い出されます。(2006年6月2日衆議院教育基本法特別委員会)
「教育に関する勅語を教材として用いる(原文)」(2017年3月31日安倍首相閣議)
今話題の参政党憲法草案では九条において、「教育勅語を尊重しなければならない」としています。
発信者が誰なのか、ということが結構重要だと思います。
明治神宮の訳ではぼやかされていますが、教育勅語原文の三文字、
「朕惟フ」です。朕とは天皇のみが用いる一人称表現です。
原文は検索して読んでみてください。
家族を大切にして、勤勉勤労、公に尽くしなさい。
という素晴らしい道徳的規範だ、とも言われますが、
全文のうちそこは17.83%に過ぎず、
主旨は忠君「緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」(天皇のために命を捧げるべし)であるからこそ、
靖国神社社史にもあるわけです。
現与党政権にとって国民の忠君は強い武器になりえます。
ここで高市早苗公式サイトのコラム「美しく強い日本」から抜き出します。
/*************
道徳教育の根本規範を定めることは、私たちの祖先が心して行ってきたことでもあります。私が幼い頃に両親が繰り返し教えてくれたのは、「教育勅語」でした。内容は、「子は親に孝養を尽くす」「兄弟姉妹は互いに力を合わせて助け合う」「夫婦は仲睦まじく解け合う」「友人は胸襟を開いて信じ合う」「自分の言動を慎む」「全ての人々に愛の手をさしのべる」「学問を怠らず職業に専念する」「知識を養う」「人格を磨く」「進んで社会公共の為に貢献する」「法律や規則を守り、社会の秩序に従う」「国難に際しては国のために力を尽くす」という徳目で、子供にも分かり易いものでした。
現代においても尊重するべき正しい価値観です。
************/
最後に反戦作家で明治学院大学名誉教授高橋源一郎先生の、教育勅語現代口語訳を転載します。
/**********
はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね。
きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです。
その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと。
そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません。
もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください。
というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです。
いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです。
そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇
***********/

マサヤス 龍之介
#読書の星 #松本隆
☆『風街とデラシネ』田家秀樹 '21 初版 角川書店
80年代〜竹内まりやの登場
1979年のヒット曲についてはスージー鈴木の別著に詳しいがWikipediaで調べるまでもなく田家が
記しているところによれば、この年のレコード大賞受賞曲はジュディ・オングの♫魅せられて だった。当時13歳だった私は子供なりにその瞬間を固唾を飲んでテレビで見守っていたが、ジュディ・オングの名が呼ばれた瞬間にジュディ・オングの横に座っていたジュリーこと沢田研二が悔しそうな表情とジェスチャーをしていたことを覚えている。この場面は賞レースが如何に激しかったかを物語っていて興味深いが、今レコード大賞発表の席でエントリーされた人が大賞を逃したからと言ってジュリーのようなリアクションをする者は誰もいないであろう。それほどレコード大賞の権威は地に落ちている、と言えるだろう。大賞を貰って泣く人はいるかも知れないが……。
1979年のレコード大賞新人賞の5人の中に入っていたのが竹内まりやであった。受賞曲はご存知
♫September 。松本隆が作詞、林哲司が作編曲して作られた。林は岡田奈々のアルバムで既にアレンジャーとして起用されて頭角を表していた。竹内まりやのデビューにまつわるエピソードは以前この『岸辺の100冊』で紹介した牧村憲一の著作のときに詳細が記されていてそのことにも触れたので重複を避けるためにここでは割愛する。
この田家の著作の中で以前に紹介していない証言やエピソードを書いてみる。田家はFM COCOLOのラジオ番組でJ-POPレジェンド・フォーラムというラジオ番組を手掛けてパーソナリティとしても出演していたが、『竹内まりや特集』の回で牧村憲一をゲストに迎えた際に貴重な証言を引き出している。「鈴木茂のアルバム『lagoon』であの曲を聴いた時になんていい曲なんだ、と思ったんです。まりやさんは全くプロになる気がなくて最初は消極的だったんですが、アマチュア学生のままでいいから参加してほしい、とあの曲を提案したら二つ返事でOKになった」と話したという。あの曲、というのが松本隆が詞を書いた♫8分音符の詩 であり牧村憲一が学生のまま参加させたアルバムがロフトというライブハウスを展開していた平野悠がビクターと組んで立ち上げたロフトレーベルからリリースした『ロフトセッションズ』だった。
竹内まりやの曲♫September は3枚目のシングルで1979年8月21日にリリースした。当時竹内まりやの担当ディレクターだった宮田茂樹は2017年に彼のウェブサイトのコラムの中で♫September
についてこう述べている。「それまで出ていた2ndアルバムまでの評判は良かったけれど、シングルヒットが必要だった。会社の方針もあって不本意ながら年末の賞レースに参加するための曲だった」不本意…だったのは宮田茂樹というか竹内まりやの意思のことを語っているのだと思う。竹内まりやは所謂、あっち側に与したくないシンガーだったが所属事務所の意向で芸能人的なプロモート活動を強いられて軽いノイローゼにこの後陥ってしまう。同期の杏里も♫オリビアを聴きながら でデビューしてすぐ同じように病んだのだという。この時期のこうした純粋に音楽がやりたくてプロになったシンガーやミュージシャンが一様に陥る病み期には共通したブラックさが憑いて回る。それは所属する事務所から芸能人的キャラクターを演じさせられる。そしてテレビ業界側のスタッフらからの雑な扱い。大雑把に言えば以上の2点は殆どのミュージシャンがその後日談を語る時に必ず出てくる裏話である。共にあっち側への苦情だ。ある者はそれにより結局ミュージシャンを引退して裏方に回ったり、心身共に疲れ果てて故郷に帰ったり、一般人に戻ったりしている。そういう点で言えば竹内まりやは見事に復活再生し、更に飛翔した類稀なケースと言えるであろう。
それだけ山下達郎との出逢いは大きかったと言える。半分アイドルの様な扱いに嫌気がさしていた竹内まりやは同業者で唯一胸襟を開いて話せる相手が山下達郎であったことが大きな救いとなったからである。というのも、山下達郎もデビュー以降アルバムを3枚リリースしてもちっとも売れず、半ばミュージシャン1本で行う活動を諦めかけていた時期があったので、その経験談が竹内まりやに刺さったのだった。二人の友情が愛情に変わるのは必然だったのかも知れない。やがて同棲生活に入るもすぐに週刊誌メディアに嗅ぎつけられ、すっぱ抜きに遭うが山下達郎は芸能人としての自覚すらなかったし、プライドが高潔だったからメディアからの攻撃は完全オミット状態としたが、竹内まりやは何せ半分アイドルだったから、そうしたマスコミ攻撃から逃れようもなく、インタビューやパパラッチの様なメディアからのオファーにも真摯に答えざるを得なかった。が、彼女は開き直る事にした。山下達郎との同棲も潔く認めた。こういう姿勢も彼女らしくていい。そうなると自体は一気に進み1982年4月16日に東京・六本木の出雲大社東京分祠で行われた。
話は♫September に戻るが担当ディレクターだった宮田茂樹は松本隆の起用についても先のブログで語っている。「松本さんとの仕事は初めてでしたが、キャンパス・ライフ、夏休み、出会いや別れ、秋のせつなさ、ブラッドベリーの"10月は黄昏の国"風味、こんなプロットを織り込んで一級品に仕上げることの出来る作詞家は彼しかいないと思っていましたので、初顔合わせの打ち合わせも滞りなく済ませることが出来ました」
田家の作品解題が見事なのでそのまま引用するが♫September は辛子色のシャツ追いながら電車に飛び乗る。映画のファーストシーンのような情景。松本隆の言葉を借りれば「移動系」楽曲に括られる。主人公が動いている。それ以前の作品で移動系の傑作だったのは太田裕美の♫九月の雨
だ。奇しくも同じ九月が主題だ。タクシーに乗り込んで運転手にあなたの住所を告げるところから物語が動き出す。♫September では夏の陽が弱まるように心に翳がさしてゆく九月。涙が木の葉になってゆく。あなたが心変わりしている年上の人に会いに行こうと思ったりもする。秋に変わったと私に飽きたは秋と飽きの掛詞である。借りていたのが辞書ではなくてディクショナリーなのは、宮田の云う"キャンパスライフ"のイメージそのものだ。そして"LOVE"という言葉を切り抜いて返すさよならのメッセージに思い当たった人もいるはずだ。辛子色のシャツで始まり、トリコロールの海辺の服でおわる4分31秒で綴る心変わりのストーリー。ダメ押しの1行が…私ひとりが傷付くことが残されたやさしさね…だろう。やさしさを相手に求めない。演歌のような怨み節にならない。自分に言い聞かせている。取り乱せない知性ゆえのいじらしい切なさ。そうしたストーリーは"そして九月はさよならの国"と弾むようなリフレインで場面が変わってゆく。この表現法はまさに映像的である。これはユーミンにも言えることだが、優れた作詞家はやはり詞を書いてもそれがはっきりと脳裏に映像が流れるものだ。ユーミンの場合は不思議とカラー作品だな。色まで見えてくる。松本隆の場合は私はいつも思っているのはこの人の詞はいつも白黒映像であるといこと。色は付かない。1970年代の東京はいつも光化学スモッグに覆われていたからだろうか?



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マサヤス 龍之介
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見ず知らずの気の合う者同士がざっくばらんにやり取りする場ではあるでしょうが、限度を越えた物言いには毅然と対応します。ライン連携についてはお断りしております。音声ルームも遠慮させて頂きます。また、脈略のない意図の読めないご質問等にはお答えしかねますのでご了承下さい。 (マジレスおじさんより)
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観葉植物、鳥、野鳥撮影、散歩。
最近は料理も少し好き。
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