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国民投票の「一回性」を担保せよ — 大阪の混迷を憲法改正の教訓に

 憲法改正の是非を問う国民投票が現実味を帯びる中、我々が肝に銘じるべき教訓がある。それは、二度にわたり実施された「大阪都構想」の住民投票が残した禍根だ。「一度きり」という約束が反故にされ、否決されてもなお繰り返される再挑戦の動きは、民主主義の根幹である「民意の確定力」を著しく毀損(きそん)した。この愚を国家の根幹たる憲法において繰り返してはならない。

 国民投票法には、一度否決された項目の再提案を禁じる規定はない。しかし、時の政権が「賛成が出るまで出し続ける」という根競べを許せば、それはもはや主権者たる国民への信託ではなく、単なる権力の強制へと変質する。一回に約850億円とも言われる莫大な国費と、数年にわたる政治的エネルギーを費やす以上、その結果には「究極の終止符」としての重みが必要だ。

 大阪の事例は、否決という結論が「システムへのバグ報告」であったにもかかわらず、開発者たる政治側がコードの修正(代替案の構築)を怠り、同じプログラムを再起動し続けた不毛な歴史である。もし憲法改正案が否決されたならば、それは「憲法を変えずとも、法律やテクノロジーの工夫で解決せよ」という国民からの明確な指令として受け止めるべきだ。

 それゆえに、国民投票の実施に際しては、安易な再提案を封じる「冷却期間」の明文化、あるいは実質的な禁止を政治の不文律として確立すべきである。一度否決された論点は、少なくとも一世代(三十年)は封印する。その不退転の覚悟があってこそ、国民もまた一票の重みを噛み締め、真剣な議論に向き合うことができる。

 「二度とやらない」という制約こそが、議論の質を高め、政治を「代案なき改憲への固執」から救い出す唯一の道である。大阪の混迷を反面教師とし、国民投票を「一度きりの厳粛な契約」として位置づける知性が、今の国会には求められている。
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塩分

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憲法改正論議に欠けている「システム思考」— 21世紀の統治機構をどう描くか

 憲法改正を巡る議論が、いよいよ現実味を帯びてきた。自民党が掲げる「4項目」を中心に、緊急事態条項や9条明記といった論点が国会で戦わされている。しかし、これまでの論戦を俯瞰して気づくのは、その手法があまりに「アナログな権力論」に終始しているという危うさだ。

 特に議論が先行する「緊急事態条項における議員任期延長」について、改憲派は「法的な空白を埋める唯一の手段」と主張し、慎重派は「参議院の緊急集会で対応可能」と応酬する。だが、この対立自体が「物理的に集まり、紙で投票する」という旧来のシステムを前提としているのではないか。

 我々が真に問うべきは、憲法という「国のOS」をアップデートする際、単に権力の賞味期限を延ばすこと(任期延長)が最善なのか、という点である。本来、民主主義の根幹は「選挙」にある。災害で投票所に行けないのであれば、任期を延ばす議論の前に、マイナンバーやブロックチェーン技術を活用した「ネット投票」のインフラ構築こそが、民主主義の機能を維持するための本質的な解決策となるはずだ。

 また、緊急事態という「例外」を常態化させないための視点も欠落している。時の政権に任期の判断を委ねるのではなく、客観的なデータに基づいて自動的に緊急事態を解除するような、テクノロジーによる権力監視の仕組みを憲法的価値に組み込むことはできないか。

 世論調査を見れば、国民の多くは改憲の必要性を感じつつも、具体的な中身については「判断材料が足りない」と戸惑っている。それは、政治が示す選択肢が「昭和の論理」の域を出ておらず、現代社会のリアリティ、すなわちデジタル化や分散型統治といった視点と乖離しているからに他ならない。

 憲法改正は、単なる言葉の書き換えであってはならない。非常時においても「いかにして主権者たる国民の手から政治を離さないか」というシステム構築の視点が不可欠だ。政治家は、権力の維持に腐心するのではなく、21世紀の技術を前提とした「止まらない民主主義」のグランドデザインを示すべきである。
政治の星政治の星
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general

general

"成果をあげる人は
自らの強みに集中する"

私たちはついできないことや
足りない部分に目を奪われる

しかし
本当に成長を実感する人は
自分に何ができるかに
すべての光を当てる

あなたの強みは何でしょうか
小さくてもいい それを知り
磨くことがすべての始まりだ

"人間の可能性は無限である"
ドラッカー人間学の根幹だ

昨日の自分と今日の自分を
比べてみてほしい

些細なことでも一歩を
踏み出せたならそれは
確かな成長だ

その小さな進歩に気づき
認めることそこから
持続するやる気が生まれる

職場でも家庭でも
あなたの得意で誰かを
笑顔にした瞬間を思い出そう

どんなに小さな成功体験でも
それはあなただけの
力の証しである

その一片一片が未来を創り出す
確かな礎となる

未来を予測する最善の方法は
それを創り出すこと

あなたの今日という一日の
選択と行動が明日の現実を形作る

強みを活かす一歩を躊躇わず
踏み出そう 道は歩き始めた者の
前にのみ開かれる

あなたの中には
まだ発掘されていない力が
必ず息づいている

これまでの人生で培った
あなただけの宝物なのである

今日という日に その隠れた力を
少しだけ解き放とう

一歩目は小さくてよいのだ

#佐藤等
#ドラッカーに学ぶ人間学
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Ty Hassy

Ty Hassy

幸せの感度

 人間は何故、美しいものに心惹かれるのでしょうか?よく若い女性はそれほど花には興味がないけど、年配になると花を慈しむようになると言われます。ご本人達に理由をインタビューしている番組がありましたが、皆さん「自分には無くなったものを求めるから」と笑いながら答えていました。
 若い女性は自分が花のように美しいので別に花の美しさにはそれほど関心は無いという事かも知れません。美しい女性に興味があるのは別にスケベおやじに限った習性ではなさそうです。赤ちゃんでも、美しい看護師さんや保母さんの方が脳の反応が激しく明らかに喜んでいる反応を示すそうです。
 そう考えると、そもそも美しさとは何か?何故、若い女性や花や蝶は美しいのか?それを研究する学問に美学というものがあります。伝統的には、美学が行き着く答えは、プラトンのイデア論と相場は決まっておりました。
 プラトンのイデア論というのは、そもそも人間の魂は、完全なる世界つまりイデアの世界に居たんだけど、そこから一つ一つの魂が二つに分裂して、不完全な地上世界に堕ちてきてしまった。(そして、分裂した片割れがソウルメートでそれに対する愛がプラトニックラブといわれるものです。)そして、この地上世界の中で、昔居たことのあるイデアの世界のような完全なるものに近いものを見聞きすると、イデアの世界を思い出して心が惹かれると言うものです。イデアの世界には「完全なる真実」「完全なる善」「完全なる美」というものがあって、人間はかすかにそのイデアの世界の記憶があるので、地上にあるものを見聞きするときはいつもその尺度で見ているのだということです。
 例えば、完全なる正三角形というものは実際に存在しないけれども、人間は頭の中で想像することが出来ます。紙に正三角形を書いてみても、よーく見ると凸凹でガタガタで全然正三角形になっていません。しかし、頭の中には完全なる正三角形を思い描けるので、現実は存在しなくても考えられるという事です。イデアというのは英語で言えばIdeaつまりアイデア・考えということです。
 人間が宇宙の法則や物理法則を発見できるのも、それらがイデアの世界に存在し、それを読み取る能力が人間にはあるからだとされています。美しい絵画も、画家がイデアの世界を現実の絵に再現しようとしているだけで、画家にはイデアの世界が見えているのだということです。
 音楽もバッハのような本当の偉大な作曲家はイデアの世界の音をどんどんと再現できたものと思われます。
 良心や善なる心の根拠もイデアの世界の想起にその根拠があるとされてきました。
 まあ、このように、イデア論というのは西洋文明・文化の根幹となるとても重要な考え方で、未だにその真偽についての論争は続いています。
 こんなことを書くと、美しいという事がどれほどの絶対的な価値のあることなのかを強調しているように聞こえるかもしれませんが、確かにそういう側面もあることは確かですが、それだけでもないことを、しっかりと強調しておきたいと思います。
 というのも、僕は昔仕事でインドやネパールに長くいたことがありますが、ネパールの山奥で特にアジア系とインド系のハーフの人達が多い地域に行くと、ほとんど全員が美男美女ばかりです。
 女の子は全員、若い頃の宮沢りえの様な子ばかりです。日本に連れてくれば、速攻でアイドルになれそうな子ばかりなのです。
 しかし、そういう彼女らがどろまみれになって畑仕事をしているのです。
 そして、そこでは可愛いとか顔立ちが良いのは当たり前のことなので何の価値も意味もないのです。どんなに可愛くても、普通に畑仕事をして普通のお百姓さんの嫁になって、そのまま年取って死んでいくのです。
 じゃあ、そういう彼ら彼女たちはつまらない人生を送っているのかというと、実はそうではなくて、彼らの方が都会で贅沢な暮らしをしている人達よりも、ずっとずっと明るくて笑顔が素敵で幸せに満ちた暮らしをしているのです。
 彼らはごく普通の素朴な暮らしに最高の幸せを感じているのです。
 逆に都市部の豊かな人たちは、普通の生活では幸せを感じられなくなっているので、いつもしかめっ面をして、もっと沢山のお金を稼ごうと必死な顔をしています。悪く言えばとても醜い顔をしているのです。
 しかし、現金収入なんて殆どない、先ほどの山奥の素朴な人々は、毎日家族と話をするだけで楽しそうだし、夫婦で話したり子供たちと話すだけでとても幸せそうにニコニコしながら話しています。子供たちも泥まみれだけどいつもはじけるような笑顔に包まれています。
 人間にとって本当の幸せとはいったい何なのか?改めて考えさせられました。
 美男・美女や可愛いという事がとても重視されてもてはやされている現代の日本ですが、それはお金持ちであるとか贅沢な生活が出来ることと同様に、あまりに価値観や関心がそちらの方に向きすぎると、本来、人間の幸せにとって、最も大切だったはずの、夫婦・家族の繋がりや思いやり、ごく些細なことに感じる喜びや感謝の気持ちなどに鈍感になっていくのかもしれません。
 要するに、人間はちょっとしたことに喜びを感じられる、言わば「幸せの感度」の高い人ほどより多くの幸せを感じられるのかもしれません。
 逆に、沢山のことを求めて沢山のものを手に入れれば入れるほど、幸せの感度は鈍くなり、めったなことでは幸せを感じられなくなることもあります。それはとりもなおさず不幸の始まりとも言えるかもしれません。
 もう一度、自分の幸せの感度計を見直して、修理して、感度を上げておいた方が良いのかもしれません。

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しゅがー

しゅがー

消費税が社会保障の根幹財源なら、保険料を取るなって話だよね。(⑉・̆-・̆⑉)
あ、どうも皆さん、おはようございます。アホです🤪
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とにー

とにー

車なるべく使用するなって
会社が言ってもさ

公共交通機関不便だと
現実的じゃないわけさ

んで、
やっぱ現実的じゃないねって
実際やばいのを体験談としてお伝えしないと
納得しないわけさ

1番理解に苦しむのは

やばいって分かってるのに
あえてやらせる神経

社畜精神に染まったアラフィフ世代には
考え方の根幹が受け入れ難い何かで
できている人らがいる
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🪡

🪡

われわれは、花を見て、枝葉を見ない。かりに枝葉は見ても、幹には目を向けない。まして根のことは考えようともしない。とかく花という結果のみに目をうばわれて、根幹に思い及ばない。
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