共感で繋がるSNS

関連惑星

毒親育ちのための惑星

1280人が搭乗中
参加
毒親育ちのための居場所です。 毒親について現在や過去にあったことを叫ぶも相談するも思い出して解毒する(難しいけど出来るといいね、みんなで)も良しです🍀 ただ行き過ぎた出会いを求めたり誹謗中傷はやめてあげてください。毒親育ちならばそれぞれわかるであろう距離感で各々接してあげて欲しいと思います。 注)この星は惑星主が居なくなってしまい2025年2月末より管理人が異なります。 管理人を引き継いだ際に自由搭乗にした場合のルールを見てこの毒親育ちの星にはそれはなるべくあって欲しくないと思うことがあり承認制も引き継いでますが特によほどでない限り拒否していませんので気軽に申請よろしくお願いします🙇‍♀️

服好きの星

279人が搭乗中
参加
この度は参加いただきありがとうございます! お洋服の共有やアドバイスしながら刺激しあえばと思ってます!

大和民族の四毒抜きの星

104人が搭乗中
参加
四毒抜きで健康になろう٩(ˊᗜˋ*)وおー✨✨私はまだ始めたばかり(2025/6月から)ですが、一緒に病気知らずな未来を目指しましょう(๑•̀ㅁ•́ฅ✨ ゆる〜い四毒抜きさんも、完璧四毒抜きさんも、ただ見たい人もどうぞ搭乗してくださいませ💖 四毒抜きとは、 小麦粉 植物油 乳製品 甘い物 をやめる食事法です♪♪ 本物の大和民族の食事に戻すことで健康が戻ってきます🐟✨✨ 詳しくは吉野敏明さんを検索して下さい✨✨

カフェイン中毒の星

73人が搭乗中
参加

服の星

59人が搭乗中
参加
オシャレ投稿じゃんじゃん載せましょ💃

解毒を目指す人の星

43人が搭乗中
参加
毒親育ちが解毒について考えるための惑星です。 自身の経験や思いを投稿していただいたり、情報交換やアドバイス等を相互にしていただいたりといった交流も出来ればいいなと考えております。 毒親の呪縛から解放されたい方 毒親育ち故の生きづらさを抱えている方 ある程度解毒が進んでアドバイスしてくださる方 等々… ご参加お待ちしております。 ※NG行為 ・親に対する愚痴だけを書き連ねること  →グチるだけでは解毒に繋がりません。 ・自分の意見を押し付けること  →気付きの深度は人それぞれ。それぞれのペースでゆっくり解毒を目指しましょう。 追記することもあると思いますが、ひとまずはこれで。 よろしくお願いいたします。

衣服の星

27人が搭乗中
参加
※申請性になります。(投稿を拝見させていただきますのでご了承ください。) 着る人から、作る人まで。 衣服とそれに関連する歴史、文化、音楽、美術、思想、哲学、時事の集積。 礼節を重んじて。 過激な投稿はお控えいただけますと幸いです。

美しい毒の星

26人が搭乗中
参加
世の中には案外、身近に美しいけど毒を持つ花や 植物、海にも毒のある生物が沢山います 毒のある生物は大概 その姿、形は美しいものが多い 近づかないほうがいいと分かっていても 気になってしまう そんな毒を共有したくて星を作りました

ラムネ中毒の星

8人が搭乗中
参加

世界征服の星

7人が搭乗中
参加
世界を乗っ取る

人気

関連検索ワード

新着

マサヤス   龍之介

マサヤス 龍之介

岸辺🏝の100冊📖´- # 21

#読書の星


☆『年末の一日 / 芥川龍之介』
新潮文庫刊 『戯作三昧 一塊の土』
1976年(昭和51年)8月10日 13刷より

この本は昭和51年の発行である。奥付にそうあるので、私が小4か小5の時に駅前の書店で購入したものだろう。定価は¥180 いい時代だった。
このくらいの価格なら小学生でも容易に手に入れられる。今なら¥500 は下るまい。しかし、今どきの小学生も携帯電話なんぞ持ち歩いているので或いは、青空文庫で読書を済ませるのだろうか。だとすれば味も塩っ気もない話だ。青空文庫は便利には違いないが、ただ字を追うのみである。挿絵も無ければ表紙も無味乾燥。物としてのバリエーションに欠ける。従って想像力の欠如、イマジネーションが培われない。……年寄の戯言だ。
読書子には或いは、この装丁が懐かしい、と思われる方もおられるだろう。今の新潮文庫は完全に違う装丁になっているし、値段だって跳ね上がっていることだろう。
久しぶりに我が敬愛せる芥川龍之介の作品を紹介する。以前芥川龍之介の作品だけを紹介する戯文を連載したことがあるが、この愛すべき小品は抜けていた。
この小品は1926年(大正15年)一月号の『新潮』に初めて発表された。小説というより随筆に近い。今日の様な大晦日にうってつけだ。今から丁度100年前の芥川の年末の一日に起こった小事が書かれている。
『僕』は雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りに水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。『僕』は格別その水鳥に珍しい感じは持たなかった。が、余り翼が鮮やかに見えるのは不気味だった……そんな夢から起きた『僕』だった。それは、がたがたと云う音が響いていたからであり、その音が年末の大掃除で、妻や伯母のフキが座敷の縁側でせっせと硝子戸を磨いている音だと分かったのは、後架へ小便をしに行った帰りしなにその大掃除の光景を見たからだ。伯母からは「お前、もう十二時ですよ」と言われたが、『僕』は三つの雑誌社から新年号の小説の依頼をけ受けて最後の仕事が終わったのは夜明け前のことだった。芥川の精神疾患については統合失調症であるが、現代ではそういった精神疾患についても普遍化していて、一般的にも可也認知度は広まってきているが、大正末期のこの頃に江戸時代に生まれた芥川の伯母フキにそこは理解してやらないと…と云うのは酷な事なのかもしれない。が、仕事に追われる芥川は田端の自宅では煩い伯母やまだ幼かった3人の子供達がいる以上、静かに小説など書ける環境ではなくこの頃の芥川の夥しい写真は大抵今で云うシティホテルのソファで寛ぐ姿が多いのはそのせいである。芥川はこの文章の中でこう書いている。「朝飯兼昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵(こたつ)へはいり、二三種の新聞を読みはじめた。新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切っていた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労※のようにどうすることも出来ないものだった。……」この頃の芥川は統合失調症の諸症状に
頻繁に苛まされ斎藤茂吉のいる青山脳病院へ通院していたが、一向に改善されず悩んでいた。そして芥川が1927年の7月に服毒自殺をとげた最大の要因はこの精神疾患からくる自殺願望の果てによるもの、とされている。そういった背景を頭に入れて読まないとこの時代の芥川の文章は理解し難いと思う。
お昼頃めざめた芥川が朝飯兼昼飯をとった後の二時頃、K君が来訪する。と或る新聞記者でありK君は社用の次いでにちょいと寄った、と言った風だった。「どうです?お暇なら一緒に出掛けませんか」。切り出したのは芥川の方だった。「どこかお出になる先はおきまりになっているのですか?」「いいえ、どこでも好いんです」「お墓は今日は駄目でしょうか?」K君のお墓と言ったのは夏目先生のお墓だった。K君は半年前に芥川と約束した夏目漱石の墓に案内してもらう、という意味だと芥川はここで漸く気付いたのだった。年末にお墓参りをする……芥川自身にぴったりしないものを感じつつ、でも芥川は「じゃあ、お墓へ行きましょう」と安請合いしてしまう。この辺の芥川の気風のよさがいかにも都会人気質でよい。
夏目漱石のお墓は雑司ヶ谷霊園にある。芥川の自宅から一番近い本郷動坂の電停へK君と連れ立った。
「天気は寒いなりに晴れ上がっていた。狭苦しい動坂の往来もふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田端青年団詰め所と言う板葺きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこういう町を見た時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走の心もちのよみ返るのを感じた。」
こういう芥川の文章表現はタイトル通りの読者の期待感を一定量満たすものである。『年末の一日』と言う以上、そこに師走の町の様子が描かれ作者がどういう感慨を抱いたか、を明文化してくれて読者のカタルシスは満たされるからだ。
やがて、護国寺行き路面電車が到着し二人で由無しごとなどを話していた。電車が富士前を通り越した頃、突然電車の中ほどの電球がひとつ、偶然抜け落ちて床で粉々になるハプニングが起こった。「そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊り革につかまっていた。電球は床へ落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、電車の中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、-ーー少なくとも人々の注意だけは惹こうとする顔に違いなかった。が、誰も言い合わせたように全然彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。」
一見すると芥川のこの女性への眼差しは冷たいように感じるが、最後に女の儚さを感じ入る辺りは人一倍女性にやさしかった都会っ子芥川の面目躍如であろう。
芥川の短編の傑作と言われている『蜜柑』にも似た様な表現があった。横須賀線のボックスシートにたまたま乗り合わせた歳わも行かない少女に対し、散々蔑んだ表現で表した最後の最後で車窓から見送りに来た弟達に対して蜜柑を投げつけた瞬間を切り取り、その神々しいまでの表現で賞賛した。これは芥川固有の表現である。同時に芥川の女性観をよく表しているともいえる。
この後、芥川達は無事に雑司ヶ谷霊園に到着するのだが、案内役だった芥川はあろうことか、不覚にも漱石の墓への道をど忘れしており、小路を行きつ戻りつオロオロしてしまう。幾ら行っても一向に漱石の墓に辿り着かない。最後は施設清掃の女性に聞く有様であった。墓に着くと漱石ファンだというK君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧におじぎをしたが、芥川自身は今更恬然(てんぜん)とおじぎする気にはなれない、というのだ。漱石亡きあと9年が流れた。漱石は芥川文壇にデビューするきっかけを与えてくれた恩師であるはずだが、今の芥川にはそんな感慨に耽るほどの余裕は無かったのだ。これも精神疾患のせいだろう。
やがて、2人はもと来た電車で戻ったが芥川だけ富士前の電停で降りた。東洋文庫にいる石田幹之介に会い、再び動坂に着いた。往来は先程よりも一層混雑していた。「が、庚申堂を通り過ぎると
人通りもだんだん減りはじめた。僕は受け身になりきったまま、爪先ばかり見るように風立った路を歩いていった。すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、梶棒に手を掛けて休んでいた。箱車はちょっと眺めたところ、肉屋の車に近いものだった。が、側へ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣(えな)会社※2と書いたものだった。僕は後ろから声を掛けた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢(きたな)い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。
北風は長い坂の上から時々まっ直ぐに吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に妙な興奮を感じながら、まるで僕自身と闘うように一心に箱車を押しつづけて行った。……」
この頃の芥川は、周辺の人々にしきりに自殺を仄めかしたりしていたという。それくらい彼の厭世観はふくれていて、最早それは自分でもおよそコントロール出来ないところまに達していたという。しかし、これを読む限りは、この最後の情景はなんと生気に満ちていることだろう。しかももう自殺願望に漲っていたとされるこの時期に。
これはその死の7ヶ月前に発表された。それでも生きようとしている芥川に私は目頭が熱くなるのを抑え切れなかった。
芥川研究の第一人者だった吉田精一がこの文庫本の解説を書いているが、吉田は、この作品は作者が苦心もし、愛着もあった作品であると書かれている。芥川は箱車のあと口に『東京胞衣会社』
の数文字を書くまで、いく度その一行を書きかえたか知れなかったということである。と解説している。




※ 男女の交合のあと の意味。
※2 出産のとき排泄される胎児を包んでいた膜や胎盤の処理をした会社。


本年も私の様々な雑文をご拝読くださって且ついいね👍をくださった方々に深く御礼を申し上げます。
どうぞ、良いお年をお迎えくださいm(_ _)m
そして、来年も引き続きご厚誼のほどを宜しくお願い申し上げます。
2025(令和7年)年12月31日
GRAVITY2
GRAVITY20
恐怖‼️‼️男‼️‼️

恐怖‼️‼️男‼️‼️

ほん𝓶𝓸𝓷𝓮𝔂お酒好きな人の気が知れない
服毒してる気分
GRAVITY
GRAVITY15
あこ

あこ

この世界は好都合に未完成🌎。

ち。の撮影してきた!!!!!
クッソ楽しかった!!!!!!
ブースがマジでラファウくんすぎてアカン😂😂😂
アストロラーべと服毒コップ作って良かった!!!!
ラファウ先生も撮りたい!!!!!

愛とも言えそうです💫
GRAVITY2
GRAVITY16
名無しのジェーン

名無しのジェーン

第六章

 決戦の日。反乱軍が王城に攻め入り、激しい攻防が繰り広げられる。とうとう父の仇であるクローディアスと対面し、リア姫は仮面を脱ぎ去り名乗りを上げる。クローディアスは「これも運命」とつぶやき、2人は激しく剣を交える。その様子を見守るヨハンと道化師オズ。
 クローディアスは言う。「兄は優しかった。優しすぎた。側室も設けず、跡継ぎは一人娘のお前だけ」「私は妻に先立たれ、このままでは息子たちに何も残せないままになる。だから殺した」「リア、お前は…お前の目は亡き兄王にそっくりだ!『緑の目の怪物』めが!」
 リア姫は一心不乱に剣を振るいクローディアスの心臓を刺し貫く。ここに復讐は果たされたのだ。
 勝どきの声が上がり、簒奪者クローディアスが倒されたこと、王女リアが女王として王位に就くことが国中に一気に広まった。
 その夜、王城で祝勝の宴が催され、家臣たちが見守る中、リア姫とヨハンは手に手を取って踊る。リア姫はようやく心からの笑顔を見せ「この夜がずっと続けば良いのに」とヨハンに語るのだった。
 翌日、ルシアスとマーカスが発見され、リア姫たちの前に引き出された。兄弟の処遇についてリア姫と家臣たちが話し合おうとした時、従者からガートルードが服毒自殺したことが報告される。彼女が残した遺書には、ルシアス、マーカスそしてタマラ3人の子供たちの助命嘆願が書かれていた。王子でもあるルシアスとマーカスを殺すか、国外に追放あるいは修道院に入れるかで家臣たちの意見は割れる。しかし、このまま生かせば兄弟が復讐に走ると考えたリア姫は彼らを殺すことを決意する。ルシアスに剣を振るおうとするが、リア姫は葛藤のあまり手元が震えおぼつかない。見兼ねたマクベスが自分が代わりに殺害すべきかと苦悩していると、なんとあれほど殺人を嫌っていたヨハンがリア姫の剣を奪い、ルシアスとマーカスを殺してしまった。驚く姫にヨハンは「女が子供に手をかけるべきじゃない」と言い、リア姫は「また、お前は私が女だと侮るのだな…」と返すがその口調はどこか感慨深げなものだった。
 数日後、王女リアが女王として即位する戴冠式が行われ、その後盛大な祝宴が開催された。ヨハンは従者としてリアの傍に仕えることになったが、家臣たちに「いっそのこと姫様の婿になれば良い」とからかい混じりに言われる。そんな中、着飾った少女たちが花束を持って踊るパフォーマンスが女王リアの玉座の前で行われたが、少女の一人が隠し持っていた短剣を手にリアを暗殺しようと襲いかかる。それは両親と異父兄弟を亡くした末妹タマラであった。死を覚悟したリアだったが、ヨハンが彼女を庇いタマラの刃を受ける。茫然とする少女に、ヨハンは自分が兄たちの仇であること、もうこれで復讐は果たされたから終わりにしようと言い、絶望の表情を浮かべるリアに「だから『若い女が復讐なんて馬鹿げている』と言ったんだ」と笑って息絶えた。
GRAVITY
GRAVITY
もっとみる

おすすめのクリエーター