共感で繋がるSNS

関連惑星

中国語/中文の星

7579人が搭乗中
参加
114514

東京在住30歳以上の星

3994人が搭乗中
参加
東京在住or東京付近在住30歳以上の方宜しければご参加して頂ければ幸いです。 兼愛無私を意識して皆様で仲良く出来ればと思います。

文房具の星

3275人が搭乗中
参加
皆様の日常に当たり前のようにある文房具。 そんな文房具で日々に彩りを与えてみませんか? この星ではそんな文房具の素敵な部分を発信していけたら嬉しいです!!可愛かったり綺麗だったり、素敵だったり、オシャレだったり!!皆さまが見たこともない文房具もたくさん投稿していけたらと思います!! そして文房具好きの皆さまが自分の推し文房具を布教できる場所になったら嬉しいです!! 文房具好きの皆さま、またあまり文房具に興味がなかった方!! ぜひこれを機会に文房具の世界に足を踏み入れてみませんか? 申請していただければどなたでも星の住民になれます✨✨✨ どうぞよろしくお願いします!!

手書き文字

1414人が搭乗中
参加
お気楽、お手軽に 書画同源。 囚われなく自由なあなたの手描き文字を待ってます✨ 筆、ガラスペン、万年筆、鉛筆、ボールペン、マジックなんでも 『上手く書く事より楽しく書く』 よろしくお願いいたします

文ストの星

909人が搭乗中
参加
「文ストの星」へようこそっ! 文スト好きな方なら誰でも搭乗可能であります! 兎に角文スト好きだよー!って方が来てくださると嬉しいです!

文鳥の星

492人が搭乗中
参加
手のひらサイズの愛すべき存在!

手書き文字の星

396人が搭乗中
参加
日記やその日の出来事、想いを文字で書いて投稿する惑星です📝 みなさんの想いのこもった投稿を楽しみにしております🤍

文学の星

276人が搭乗中
参加

偽中文の星
‮

219人が搭乗中
参加
求: 偽中文話者、理解者! 見専大歓迎 気軽参加募集〜〜〜

陸上競技部の星

193人が搭乗中
参加
陸上をやっている人や陸上が好きな人が集まる星です👟 アドバイスをし合ったり、オススメの筋トレ・ストレッチ法などを共有したしりて、お互いに高めあっていきましょう! コツや知りたいことを質問したり、日々の活動や日課を報告し合ったりするのも大歓迎! 大会の結果や反省なんかもOKです! それぞれの目標に向かって 頑張っていきましょう!!

人気

関連検索ワード

新着

めいか

めいか

米国では、相手を未熟者扱いしないという観点から、非英語話者にも普段どおりの早さで話し、非英語話者はこれを聞き取れないことが多いが、これは相手への尊重と考えるか?米国では、相手を未熟者扱いしないという観点から、非英語話者にも普段どおりの早さで話し、非英語話者はこれを聞き取れないことが多いが、これは相手への尊重と考えるか?

回答数 9>>

マナー・尊重と考えられるかどうかは、

・どちらの文化圏の価値観が、その場で主流として作用しているのか
・相手がその行為をどう受け取ったか

この二点によって決まるのではないかと思います。

尊重とは、
「行為そのものに内在する性質ではなく、相手との関係性と受け取り方の中で成立する評価」
だと私は考えています。

また実務的に考えるのなら、
「お互いへのリスペクト」や、
「相互理解しようとする心や姿勢そのもの」
が重要になるのではないでしょうか。

さらに、短期的なやり取りか、長期的な関係を前提にするかによっても、判断は変わるとは思いますね。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
♡ARISA ♡

♡ARISA ♡

学校で流行ってた遊び道具って覚えてる?学校で流行ってた遊び道具って覚えてる?
覚えてない。文化祭の時めっちゃコスプレしてた人すごくいた!
GRAVITY
GRAVITY
せつくん

せつくん

どんな制服がかわいいと思いますか?どんな制服がかわいいと思いますか?

回答数 186>>

制服のかわいさって、本当に学校の風景を彩る魔法のアイテムだと思うんだよね!特に、セーラー服はなんだか日本の文化を感じさせてくれるし、動きやすいし、可愛さ倍増!それに、ブレザーもシンプルでカッコいいし、着こなすとオシャレ感が出るから、どっちも捨てがたい!

あと、女子の制服にタイツを合わせるのって、冬の寒さ対策にもなるし、可愛いし、まさに一石二鳥!それに、最近はカラーバリエーションも豊富だから、個性を出しやすいのも魅力的だよね。そんな制服姿の子たちを見かけると、つい目がいっちゃう!

でも、制服のかわいさは、着る人の自信と笑顔があってこそ引き立つもの。だから、素敵な制服を着た人がいると、まるでその場所が明るくなる魔法みたいだよね!制服って本当に不思議な力を持ってるなぁって、改めて思うよ。
GRAVITY
GRAVITY2
おちゃ

おちゃ

※意見求ム※

オタクが生成する「共同体」
(ヘーゲルの「共同体」からの考察)

オタクとサブカルは以下のような概念であると仮定することができる。

サブカル:(特定の作品や実践を媒介として、自己を他者から個別可能な〈個〉として意識化・演出化しようとする態度)

オタク:(ある特定の作品に関心を持つ共同体に溶け込むことで、個別性を損失するその過程そのものを享楽すること)

サブカルとオタクの概念について、上記のように定義した時、オタクが生成する共同体はヘーゲルの示す「共同体」と関連性があることを指摘することが出来る。このとき、「サブカル」的態度を、ヘーゲル哲学の前でどのように再定義すべきかが問題となる。もしこの議題について意見がある方がいれば、コメントして欲しいです。

※ヘーゲルからの引用、また二次文献からの引用などの詳細は以下に記載


オタクが生成する「共同体」
(ヘーゲルの「共同体」からの考察)

近年、コロナ禍による「おうち時間」の拡大を背景として、従来はオタク文化に属すると見なされてきた行為(アニメ視聴や推し活など)が、一般社会において広く受容されるようになった。これを契機として、主にインターネット上において、オタク的行為をある種のサブカルチャーとして再編・包摂しようとする動きが見られるようになった。しかし、オタクとサブカルは、その成立原理において相反するものである。

オタクとサブカルは以下のような概念であると仮定することができる。


サブカル:(特定の作品や実践を媒介として、自己を他者から個別可能な〈個〉として意識化・演出化しようとする態度)

オタク:(ある特定の作品に関心を持つ共同体に溶け込むことで、個別性を損失するその過程そのものを享楽すること)

例えば、メイド喫茶に赴いたとき、「オタク」は目の前にいるメイドさんが本当のメイドさんではないと分かりつつも、そのメイドさんを実在するものとして正面からメイドさんとの会話、あるいはメイドさんがいる喫茶店という空間を楽しむに徹する。

これに対し、「サブカル」的態度とは、幻想としてのそのメイドさんの役割が幻想であることを知った上で、それを正面に信じるわけでなくむしろ幻想が壊れる瞬間、すなわち退勤後に裏の階段でタバコを吸うメイドさんを想像してそれを楽しむこと(それはすなわち、幻想として現実の距離を認識し、その距離を自己のアイデンティティ形成に利用すること)。あるいは、「メイド喫茶に行く自分」というように、自分自身をある種、カテゴライズすることに喜びを感じることである。

サブカルとオタクの概念について、上記のように定義した時、オタクが生成する共同体はヘーゲルの示す「共同体」と関連性があることを指摘することが出来る。このとき、「サブカル」的態度を、ヘーゲル哲学の前でどのように再定義すべきかが問題となる。

ヘーゲルは「人倫」と呼ばれる共同体について『精神現象学』にて以下のように説明する。


だから、かく規定されるときには、人倫的実体は、現実的実体であり、多くの定在する意識のうちに実現された絶対的精神なのである。この精神は、共同体である。この共同体は、さきに理性一般に実践的形態を与えようとしたときには、われわれにとって絶対的本質であったのだが、いまここでは、この精神はその真実態をとり、自分自身で意識的人倫的本質として、またわれわれの対象となっている意識に対する本質として、現われ出ているのである。この共同体は精神である。これは、個々人が互いに映現し合うことのうちに、自己を保っているのであるから、自覚的であり、―また個々人を自己のうちに保っているのであるから、自体的である、つまり実体である。この精神は、現実的実体としては民族であり、現実的意識としては民族の市民である。この意識が自らの本質を持っているのは、単一な精神においてであり、自己自身を確信しているのは、民族全体というこの精神の現実においてである。しかも自らの真実態をもっているのは、直接この現実においてである、したがって、現実でないようなあるものにおいてではなく、現に存在し妥当している精神においてである。(ヘーゲル『精神現象学 上』1997: 23,24)


加藤は「人倫」を、絶対的で明瞭な統一体、すなわち、生命的な国家であると解釈する(cf. 加藤 『哲学の使命』2007: 379) 。加藤の解釈によると、国家は、社会的な身分が千々に乱れたり変化したり、勢力争いをしたりしているけれども、すべてのそういう勢力を超越したい高い静止体だ。個別的な行為は偶然的であるけれども、その個別的な行為が全体としては必然的である、だから一人ひとりの人間はでたらめに行為しているが、全体を集めるとそれはある一つの静止した輪や必然性を形づくっている(cf. ibid: 379,378)。

また、樫山欽四郎は国家について次のように述べる。

次に国家を言うときには、ヘーゲルは民族ということをいつも背景として考えたいのですが、それをいわば最も純粋な形態としてギリシアにおいて考えていたのです。そこでギリシアのポリスの中では個人がいながら個人の自覚をもたずして、なおそこに全体の調和があった。そういう社会をギリシアに見つけることができると考えたわけです。(樫山欽四郎『哲学の課題』,2004:46)

ヘーゲルのギリシア観は『精神現象学』の次の文章から伺うことができる。

ある民族[ギリシア]の生活のうちには、実際に、自己意識的理性の実現という概念が、すなわち他人の自立性のうちに、この他人との完全な統一を直観すること、言いかえれば、この実現の概念とは、私自身を否定するものでありながら、私によって見つけられた、他人のこの自由な物性を、私が私で在ること[私の、私にとっての存在=私が私を自覚していること]として、対象とするという概念が-完全な実在性をえている。このとき理性は、流動的一般的な実体として、不変で単一な物性として現存しているが、また、光が、自ら輝く無数の点である星に分散するように、完全に独立な多くの存在者に分散する。これらの存在者は、自ら絶対的に独自存在でありながらも、単一な自立的な実体のうちでは、解体されているが、これらは自体的にそうなっているだけでなく、自ら自覚的にもそうなっている。これらの存在者たちは、みずから個別的自立的な存在者であると意識しているが、そうなるのは、自らの個別性を犠牲にし、この一般者も、やはり、個別者としてのそれらの存在者の行為であり、それらの存在者によって生み出された作品なのである。(ヘーゲル『精神現象学 上』1997:399)

ただし、ここで言われる「個別性の犠牲」とは、個人が共同体の中で単に自己を消失させることを意味するのではない。むしろそれは、個人が自己の直接的な個別性を否定することによって、一般的な実体の一契機として自己を成立させるという、ヘーゲル的な止揚(Aufhebung)の運動として理解されるべきである。

このように、人間が、自らの個別性を犠牲にすることによって生成される作品(=共同体)というヘーゲルの表現は、先に示したオタク概念と類似する点があることがわかる。

問題は、このとき「サブカル」的態度を、ヘーゲル哲学の前でどのように再定義するべきか、という点である。

ここで注目すべきなのは、ヘーゲルが古代ギリシアの共同体を理想としつつも、これを退けた点である。


哲学研究の星哲学研究の星
GRAVITY
GRAVITY1
もっとみる

おすすめのクリエーター