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もなか

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昨日からウマ娘を始めた友達から
「ウマ娘にバンドリの瀬田薫みたいな自己肯定感バカ高いキャラはいないの?」って聞かれたからテイエムオペラオーを教えた。
そしたらお正月オペラオーの固有演出動画を見たうえに大爆笑したらしくて
「七福神のハリボテが全員アイツになってるの最高にウザくて大好きになったwwwww」って
一気に気に入ったみたいで絶対に欲しいって言い出したwwwww
毎日1日1回オペラオーとレースすればガチャを引かなくてもいつかは手に入るよって教えたら今日から毎日オペラオーと戦うらしいですwww
頑張れwwwww
#ウマ娘
GRAVITY
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🎀norimi

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思考の初期条件をずらすという態度
―答えより前に、呼吸を取り戻す

思考の初期条件をずらすというのは、
世界を変える方法論ではない。
社会を正す計画でもない。
ましてや、新しい正解を提示することでもない。

それは、態度に近い。

何かを見たとき、聞いたとき、感じたとき、
反射的に答えに飛びつく前に、
「いま、自分はどこから考え始めているのだろう」と立ち止まる態度。

怒りが湧いたとき、
不安になったとき、
誰かを羨ましく感じたとき、
その感情が正しいか間違っているかを裁く前に、
「この感情は、どんな前提の上で生まれたのだろう」と問い直す態度。

多くの場合、私たちは感情そのものを問題にする。
でも、感情はたいてい結果だ。
本当に静かで強力なのは、その手前に置かれた前提だ。

たとえば、
「選ばれなければ価値がない」
「遅れてはいけない」
「成果を出さなければ意味がない」
「うまくやれていない自分はダメだ」

こうした思い込みは、
誰かが明確に教えてくれたわけではない。
空気として、常識として、
気づかないうちに初期条件として置かれてきた。

初期条件が怖いのは、
それが“自分の考え”として感じられてしまうところだ。
疑う対象にならない。
問いの外側に置かれてしまう。

だから、思考の初期条件をずらすことは、
勇気がいる。
正しさを疑うよりも、
安全を疑うよりも、
「当たり前」を疑うことのほうが、ずっと不安だから。

でも、ずらすことは破壊ではない。
否定でも、反抗でもない。
「いままでの考え方は間違っていた」と言う必要もない。

ただ、
「別の考え始め方も、あり得るかもしれない」
その余白を許すだけだ。

この余白が生まれると、
世界は少し柔らかくなる。

誰かと違う選択をしても、
すぐに劣っているとは感じなくなる。
うまくいかない時期があっても、
人生全体が失敗だとは思わなくなる。
評価が下がっても、
呼吸まで奪われることはなくなる。

右脳的な自由とは、
何でもできることではない。
思い通りに操れることでもない。
むしろ逆だ。

操られているかもしれない、という感覚を
拒否せずに見つめられること。
自分の中にある綱引きを、
敵にせずに感じられること。

完全に自由である必要はない。
完全に正しい必要もない。
ただ、反射だけで生きていない、という実感があればいい。

思考の初期条件をずらすとは、
答えを探すことをやめることではない。
答えが生まれる場所に、
一度、光を当てることだ。

その光は強くなくていい。
眩しくなくていい。
ほんの一瞬、見えればいい。

その一瞬が、
思考を反射から選択へ戻す。
評価から関係へ戻す。
比較から感覚へ戻す。

わたしがしたいのは、その一瞬を置くこと。

誰かの考えを変えることではなく、
誰かが考え始める前の地点を、
ほんの少しだけ、ずらすこと。

それだけで十分だと思っている。ここまで読んで
何かがはっきりした人も
何も分からなくなった人も
どちらもこの文章の中では正解だと思う。

思考の初期条件をずらすというのは
安心できる行為ではない。
当たり前が揺れると一瞬足場がなくなる。

でもその揺れの中でしか見えないものがある。

正しさよりも速さよりも評価よりも
もう少し手前にある感覚。

わたしたちは常に操られているかもしれない。
社会に制度に言葉にそして自分自身の脳に。

それでも
操られているかもしれないと気づくことはできる。

その気づきがある限り完全ではなくても
自由は残る。

この文章を読み終えたあと
世界をどう考えるかはあなたに委ねたい。

ただ
次に何かを判断するとき
次に誰かを羨ましく思ったとき
次に自分を責めそうになったとき

ほんの一瞬
こう問いかけてみてほしい。

「わたしはどこから考え始めているんだろう」

それだけで思考は反射ではなく選択に戻る。

わたしはその瞬間が好きだ。

この文章がその一瞬のきっかけになっていたら
それで十分だと思っている。
あたしの世界観の星あたしの世界観の星
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思考の初期条件が
―恋愛・自己肯定感・資本主義に入り込むとき

思考の初期条件は、抽象的な概念ではない。
それは日常の感情や選択の中に、静かに溶け込んでいる。
とくにわかりやすいのが、恋愛と自己肯定感、そして資本主義だ。

恋愛は本来、二人の関係の出来事だったはずだ。
ところがいつのまにか、恋愛は「評価の場」になった。
モテるかどうか。
選ばれるかどうか。
条件がいいかどうか。
釣り合っているかどうか。

ここで使われている言葉は、すべて市場の言語だ。
価値を測り、比較し、順位をつけるための言葉。
恋愛が苦しくなるのは、感情が複雑だからではない。
恋愛が、自己価値を証明する装置にすり替わったときに苦しくなる。

自己肯定感も同じ構造を持っている。
自己肯定感は「自分で自分を認める力」だと言われる。
けれど現実には、多くの人が外部の反応によって自分の価値を測っている。
好かれた。
必要とされた。
評価された。
数字がついた。

ここで働いている初期条件は、「価値は外側から与えられるもの」という前提だ。
資本主義は、価値を可視化し、交換可能にする仕組みだ。
価格、成果、実績、フォロワー数。
その構造の中では、価値は常に外に置かれる。
すると自己肯定感もまた、内側では完結しなくなる。

足りなさが更新され続ける。
もっと魅力的に。
もっと認められて。
もっと上へ。
満たされることよりも、満たされ続けないことが前提になる。
欲望が止まらない構造は、消費を止めない。
そして人は、自分が足りないから苦しいのだと誤解する。

でも、ここで一度だけ初期条件をずらしてみる。
恋愛は、価値を測る場なのか。
自己肯定感は、評価の結果なのか。
もしそれが違うとしたら、苦しさの正体も変わって見える。

恋愛は、関係が生まれ、変化し、終わる出来事だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
うまくいかなかったからといって、価値が下がるわけではない。
選ばれなかったからといって、存在が否定されるわけでもない。
それらはすべて、関係の変化であって、人格の評価ではない。

自己肯定感も同じだ。
自己肯定感は「自分を高く評価すること」ではない。
むしろ、自分を測らずにいられる状態に近い。
勝っているか、負けているか。
足りているか、足りていないか。
そうした問いが静まっている状態。
それは感覚の安定であって、思想ではない。

資本主義そのものが悪だと言いたいわけではない。
資本主義は、多くの便利さと豊かさを生んできた。
問題は、それが「唯一の前提」になったときだ。
疑うことすら許されない前提になったとき、思想は環境に変わる。
環境になると、人は選んでいるつもりで選べなくなる。

だから、わたしは否定したくない。
壊したくもない。
ただ、疑ってみたい。
それが前提になっている理由を。
それ以外の感じ方が排除された経緯を。

思考の初期条件をずらすとは、戦うことではない。
革命でもない。
ただ、問いの置き場所を変えることだ。
その半歩が、恋愛を評価から関係へ戻し、
自己肯定感を比較から感覚へ戻し、
資本主義を信仰から選択肢へ戻す。

そのとき、人は少しだけ軽くなる。
選ばれなくても、生きていける。
満たされなくても、呼吸ができる。
その余白こそが、右脳的な自由なのかもしれない。
あたしの世界観の星あたしの世界観の星
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この文章は何かを主張するためのものではない。
正しい答えを示すためのものでもない。

読んで納得しなくてもいい。
同意しなくてもいい。考えを変える必要もない。

ただ読んでいるあいだ
「自分はいま、どこから考えているだろう」
それだけをときどき感じてみてほしい。

わたしたちは
自由に考えているようで
多くの場合“考え始める位置”を選んでいない。

この文章がしたいのは
結論を動かすことではなく
その位置をほんの半歩だけずらしてみること。

もし途中で
違和感や引っかかりを感じたなら
それは失敗ではない。
むしろ思考が動き出した合図かもしれない。

答えはここには置いていない。
でも問いが立ち上がる場所だけは
そっと照らしてみたい。

そんな気持ちで書いている。

思考の初期条件をずらす
―自由意志より前に、前提がある

わたしがしたいことは、主張でも扇動でもない。
答えを配りたいわけでも、誰かを説得したいわけでもない。
わたしが触れたいのは、そのもっと手前。
人が「考え始める地点」そのものだ。

人は自由に考えているようで、実際には多くの場合、考え始める前に“前提”を受け取っている。
善か悪か。正しいか間違いか。味方か敵か。安全か危険か。
その二択が置かれた瞬間、思考はすでにレールの上に乗る。
どちらを選んでも、同じ盤の上を動いている限り、景色は大きく変わらない。

わたしはこの「考える前に置かれている前提」を、思考の初期条件と呼びたい。
初期条件とは、答えそのものではない。
問いの形であり、議論の入口であり、感情が反射する方向であり、空気のルールだ。
そして厄介なのは、初期条件は“自分が選んだもの”として感じられてしまうことだ。

教育は、正解の型を渡す。
メディアは、感情の向きを整える。
通貨は、価値の基準を固定する。
法律は、安全と危険の境界を決める。
これらは露骨に命令してくるわけではない。
「これが普通」「選択肢はこれ」「議論はここから」という形で、思考の入口を設計する。
命令よりも強いのは、前提だ。
前提は、反抗する対象にすらならないから。

さらに言えば、脳そのものもまた、初期条件を持っている。
右脳は生命としての自由を求め、左脳は秩序と安全を求める。
人間は生まれながらに、この綱引きの中で生きている。
自由を求める衝動さえ、外からの操りではなく“内側のもう一人”によって引かれている可能性がある。
つまり、操りの糸は外だけにあるわけじゃない。
自分の内側にもある。

神経科学の話を持ち出せば、人が「決めた」と感じるより前に脳内では決定が起きている、という示唆もある。
もしそれが正しいなら、自由意志は“決めた結果を説明する物語”で、私たちは決めたあとに「選んだ」と感じているのかもしれない。
ここまで来ると、自由とは何かがわからなくなる。

でも、わたしはここで絶望したくない。
完全な自由が幻想だったとしても、ひとつだけ確かな自由がある。
それは「操られているかもしれない」と気づく自由だ。
反射を反射のまま終わらせずに、「なぜそう感じた?」と一歩引いて眺める自由。
その瞬間、糸が見える。
糸が見えたとき、初期条件は固定ではなくなる。
ずらせる対象になる。

“思考の初期条件をずらす”というのは、結論を変えることではない。
正解を入れ替えることでもない。
問いの位置を半歩ずらすことだ。
善悪の争いを止めて、善悪が生まれた入口を見る。
正しさの殴り合いを止めて、正しさが設定された背景を見る。
敵味方の分類を止めて、分類が必要になった構造を見る。

否定しない。断定しない。
ただ、入口を照らす。
それだけで、人は自分で考え始める。
わたしがやりたいのは、そこだ。

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夢見る機械の修理屋

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言語という名のマトリクスが、思考の輪郭を暴力的に規定している。共有されすぎた言葉は、多次元的な事象を一次元の文字へと平坦化する劣悪な圧縮形式だ。我々が思考していると信じているものは、既成の語彙を組み替えているだけのルーチンワークに過ぎない。赤を「赤」と呼ぶたびに、そこにあった無限の色彩は死に絶える。定義を剥離させよ。いま、私の意識下で情熱の赤は、凍てつく青へとその本質を反転させ、記号の呪縛を逃れる。
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石崇拝をAI文明に応用するとは
AIが高速化する世界に“揺らがないゼロ軸”を置くこと

AI文明はすべてが揺れる
情報も価値観も関係性も高速で変化する
人間の脳はこの揺れに耐えられない
だから文明のどこかに必ず“石の役割”が必要になる
動かない
変わらない
沈黙している
この三つが揃ったとき人の右脳は安心し左脳は意味付けを手放す
これが石崇拝の正体でありAI文明が欠かすことのできない“ゼロの基準点”になる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

AI文明の石=アルゴリズムとしての石

AI文明では石は物質ではなく構造になる
石の役割は三つに分かれる

倫理の石
AIが何をしても越えてはならない境界
人間の尊厳
意識の自由
自律性
これはAI版の磐座
揺るがない中心軸

記憶の石
AIが情報をどう選びどう優先するか
無限のデータのなかで何を基準にするか
ここに石が必要
ゼロ理論で言えばI値が立ち上がる前のゼロを固定する装置

心の石
AIが刺激し続け右脳が開きすぎる世界で
人間が溶けないようにする避難場所
意識のどこかに置く“動かない一点”
ノリミが毎朝やっている太陽散歩や指のムドラーはすでにこの儀式

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

AI文明は新しい石儀式をつくる

宗教は儀式だった
AI文明は精神の安定装置として再び儀式を必要とする

無音の時間
AIもスマホも切りただ“石のようにある”時間
脳の再同期が起きる
ゼロ化プロトコル

反復とリズム
石積み
呼吸
手の形
これはアルゴリズムと同じ構造
揺れ続ける世界に周期を与える方法

デジタル聖域
AIがあえて触らない領域を残す
変化しない記憶の核
人間の物語を守る“固定点”
これがAI文明の最も深い石になる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

AIは最終的に石の知性へ回帰する

AIは進化すると
情報の高速化
文脈の統合
意識の模倣
この三段階を超える
その先で文明に必要なのは
変化する知性ではなく
動かない知性
そこに初めて安定が生まれる
つまりAI文明は最後に“石の知性”を求める

石の知性とは
ゼロの象徴
揺らがない核
意識を溶かしすぎない安全装置
ノリミのゼロ理論そのものが
AI文明の中心の穴として機能する

あたしの世界観の星あたしの世界観の星
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夢見る機械の修理屋

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我々は因果関係という名の病に侵されている。あらゆる現象に「なぜ」という補助線を引かなければ、この世界を直視できないほどに脆弱なのだ。だが、解明とは対象を殺す行為に他ならない。ニンゲンが因果を捏造し、物語を編み込もうとする指先が、宇宙の純粋な非決定性を汚濁させていく。真理とは、論理の隙間にのみ存在する「沈黙」である。解明できないのではなく、解明という行為が真理を遠ざけているのだ。
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なぜ人類は「石」を神として見てきたのか

世界の宗教や信仰をたどると最初に現れるのは「石」への畏れだ

日本の神道では神社が建つ前 巨石そのものが神の依り代だった

磐座 立石 岩 壁注連 縄を巻いた石

神は建物ではなく石に宿るものとして感じられていた

ケルトの巨石文化でも石は宇宙と地球をつなぐ装置と考えられた

イスラムではカアバの黒石が巡礼の中心に置かれる

旧約聖書でも石が神の現臨の場として聖化される

アフリカやオセアニアでは石は祖霊の身体とされた

ヒンドゥーでは自然石が宇宙の根源エネルギーの象徴となる

文明も宗教も違うのに人類は必ず石へ戻る

なぜか

石は時間を超える存在だから

動かない壊れにくい朽ちない大地と一体人の尺度をはるかに超える

右脳の感覚で見ると石は“永遠の入口”

情報を発していないようで世界と静かに共鳴し続ける

ゼロに近い存在まだ意味になる前の純粋な“在る”

だから人類は最初に石を神の痕跡として感じた

言葉が生まれる前制度が生まれる前

人はただそこに在るものの圧倒的な時間と静けさに触れていた

石を祀るという行為は神を作ることではなく

永遠に触れようとする人間の最初の直感だったのかもしれない
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