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けん

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ヴィトゲンシュタインに関する考察の本を読んでみて、備忘録を自分の解釈を一部付加して記します。

世界を神の視点のような完全に俯瞰した状態で見渡したとする。するとそこから観測する事象は全て偶然によって起きているように見える。地球の動きも人間の感情も。

例えばアリの巣を断面図で観察するような。「あ、そんな風に動くんだ〜」ぐらいにしかその視点からは捉えられない。

そうすると、その視点から見れば全ての人は異なる偶然を経てきていて、人から生じたモノも偶然であるから、人同士がそれについて必然的な理解をすることは不可能であるといえる。

つまり誰かが見出したモノは、他人が完全に理解することはできない。それなのに語り合った所で誰もが理解し得る答えは出ることはない。

例えば「人生とは何か?」「恋愛とは何か?」みたいな問い。それらを考えることは無価値ではないけど、出した答えは本人にしか理解できない無意味な言葉遊びに過ぎない。

答えの理解に違いが生まれると、それが争いの火種になることは歴史も現代もよく起きていること。それならせめて言葉による思考に囚われないよう、生きていくのがいいんじゃないの。哲学はその手伝いができるよ。

以上。私にはこの方の哲学がフィットしていそうです。
哲学哲学
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せな

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「心からの愛は、言葉を超えているからうまく表現できないのだ。」 (ヴィトゲンシュタイン)
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仁

西洋哲学書が難解であると感じるのは僕だけではないと思う。元々異言語で書かれた書物を読むにはその言語を理解して、原書を読むのが一番間違いない。それが出来ない場合は優れた翻訳者の翻訳したものを読むしかない。しかしその原書が優れていることはわかっていても、翻訳者はどうなのか?その判断は非常に困難である。
原初の三大哲学者 ソクラテス プラトン アリストテレスはギリシャ人であり古代ギリシャ語でそれぞれの思想を残した。今のイタリアで始まるラテン語も古代ギリシャ語に強い影響を受け、姉妹語と言われ、それがヨーロッパ中に広がりインドヨーロッパ語族となる。
近代哲学の祖と言われる カント あるいはヘーゲル(ドイツ人)ヴィトゲンシュタイン(オーストラリア人)はドイツ語が母国語だが三人ともラテン語 ギリシャ語は充分に理解出来ていた。勿論この三人だけでなく偉大な功績を残した哲学者は多言語を理解していた。つまり哲学と言う文化はヨーロッパにおいては認識のズレがあまり生じず受け継がれてきた。
しかし、それが日本に入ってくるとどうなるか?
まず言語体系が違う。文化 価値観 宗教(西洋哲学では大きな要素)が違う。
少なくとも日本で生まれ、若いうちにドイツに移り、そして文学的才能がある人が情熱を持って翻訳したならいいのだが、実際はそうではないような気がする。あくまで予想だが、英語に堪能な人が英語に翻訳されたものをさらに日本語に翻訳したものが多いのではないかと想像する。
そして本来日本語にはない言葉があまりに多く、膨大な量の造語(しかもひらがなを使わず全て漢字で)を作り出す必要が生まれ、結果僕達が全く日常では使わない日本語が数多く生み出され、読みこなす難解さにつながった。
さらには、あくまで想像だが、原書とはかけ離れた誤訳もあるのではないだろうか?
今でこそネットで簡単にその言葉の意味は検索できるようになり、かなり理解しやすくはなってきたが、やはり原書を読める 読めないで その理解度は大きく違ってくると思う。
ただ、本来哲学とは知識ではなく、自らの生き方を問う学問であると思う。あくまで日本人的な考え方かもしれないが、哲学することで自らの人生が肯定できるようになることがその目的ではないだろうか。人に知らしめる名誉か 自らの充足感か
そう言う意味で西洋哲学書にこだわる必要を僕はあまり感じない。そして 否定もするつもりもありません。
              @Lさんへ
哲学哲学
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仁

カント『純粋理性批判』、ヘーゲル『精神現象学』、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読んだ方いますか?カント『純粋理性批判』、ヘーゲル『精神現象学』、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読んだ方いますか?

回答数 15>>

この質問に今時点で7人の方が解答しています。その内二人がなんか答えていますが、読んだとは言ってません。見栄なんですかね?
僕はヘーゲルやヴィトゲンシュタインに関しては全く知りません。でもカントの「純粋理性批判」は挑戦したことがあります。大学一年生の時一般教養で受けた哲学概論の教授が夏休み前、「休み中、カントの純粋理性批判を読むように、最後まで読んだ人はもうこの講義に出なくても 優 をあげます」と言ったのです。
多くの学生が色めき立ちました。僕もやったろうじゃないかと、本屋で文庫本(確か岩波文庫全四巻くらいだったと思う)を買いページをめくりました。 真剣に向かい合いましたが30〜40ページくらいで訳わからなくなり、1ページに戻りを2、3回繰り返し、最後は理解出来ないまま100ページ位読み進み、そして諦めました。そしてフロイト全集(全21〜23巻位)の横で本棚の肥やしになってしまいました。夏休み明け、一人読みましたと申告してましたが、その子もその後講義に出ていた記憶があります。この質問の作成者はちょっと意地が悪いようです。この3つを読んで理解出来ている人ってかなり少ないと思いますよ。
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