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高校生の星です!07〜09の高校生の方カモン!!
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はじめまして
しーちゃんです
高校生のみなさんと話して仲良く話したいなと思って、惑星を作ってみました!
入りたい人は、是非!✨
ルールは、特になし!
でも、違法に当たるものは、通報させていただきますので、くれぐれも気をつけてください
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男の人はごめんなさい🙇♂️
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不登校の親の星
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不登校の子どもを持つ親が、
日常の独り言や悩みを投稿・共有するためにこの星を作成しました!
自己紹介・情報の交換も自由です
特に決まったルールはないですが、あえて挙げるとしたら…
・不登校に関係しない内容の投稿ばかりすること
はお控えください(いないと思いますが)
・自由に愚痴等投稿できる星です。現在不登校のお子さんは精神的にダメージを受ける可能性もあります。その場合はこの惑星から降りてもらうことをおすすめします
⭐︎惑星を作った私⭐︎
・バツイチのステップファミリー母
・仕事は植木屋(小規模活動中)
長男…中2から不登校⇨公立の通信制高校1年生。親の言うことを何も聞かない。昼夜逆転。
次男…小6から不登校⇨中学の支援級に週一送迎付きで通う2年生。ADHDグレー、場面緘黙、繊細すぎる
三男…小2から不登校⇨現在小5で今年から支援級に在籍、体育など部分的に登校。ADHDグレー、繊細すぎる、癇癪もち
長女…一才👶
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高校野球の話をしよう!!
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ここは、不登校の子たちが安心して気持ちを話せる場所です。
話したいけど話せない気持ち、苦しさ、不安、迷い…どんな思いでも大丈夫だよ🌱
泣いても、怒っても、何も話せなくてもOK。
ただいてくれるだけで良いし、少しずつ笑えたり気持ちを言えるようになってもらえたら嬉しいです😌
ここに来れば「安心できる」と思える場所にしたいと思っています。
〈ルール〉
① 相手を否定しない・比較しない
どんな気持ちも大切に受けとる場所です。
② 批判しない・傷つける言い方をしない
安心して話せる雰囲気を一緒に守りましょう。
③ 無理なアドバイスをしない
「こうしなよ!」ではなく、
共感や寄りそいを大事にお願いします。
④ 見たくない時は見ないでOK
しんどい日は無理しなくて大丈夫。
見ているだけ・休むだけの日があってOKです。
⑤ 返信はできる時で大丈夫だよ
お返事がむずかしい日は、そのままでOK。
自分のペースをいちばん大事にしてね。
★不登校の星、参加希望の方へ
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さいと

徳田 潜三☭
モンマルトルに対する夜襲に従事したボナパルティスト将校の一人、ルコント将軍は、ピガール広場の非武装の集まりに発砲するよう第81連隊に4回も命令し、彼らが拒否すると激しく侮辱したのだった。女性や子供を撃つ代わりに、自分の部下が自分を撃ったのだ。労働者階級の敵の訓練のもとで兵士が身につけた不朽の習慣は、もちろん、これらの兵士が味方になったからといって、変わることはないだろう。同じ兵士がクレメント・トーマスを処刑した

ライナス
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臼井優
――センター試験を受けた親世代は、歴史といえばとにかく暗記という記憶があるんですが、例えば「794(ナクヨ)ウグイス平安京」などの年代を憶えていても解けない問題が多いのでしょうか。
【佐京】そうですね。今回も1問だけですが定番の年代整序問題が出ていて、センター試験時代だとたとえば「徳川家康が江戸幕府を開いた」というように直接的に問われたものですが、共通テストでは、言ってしまえば“回りくどく”なったんですよね。
例えば、近代が範囲の第6問-問3。1番目が「青年将校により複数の要人が暗殺された事件の後,軍部は政治的発言力を強め,新たに就任した首相に,軍部大臣現役武官制の復活や大幅な軍拡予算を認めさせた。」という問題文で、具体的な人名や事件名が書かれていない。まず「青年将校」が出てきているので、「二・二六事件」か「五・一五事件」のどちらか。その後「首相が軍部大臣現役武官制を復活させている」から「二・二六事件」だろうと、ここで初めて1936年だと判断できる。
けんたわん
もし私に万一のことがあれば、この手紙を公開してほしい。私が捕まれば、間違いなく多くの者が連座するだろう。だが、我々に規律違反や違法行為があったわけではない。理由はただ一つ、私と習近平同志の間で、中央『軍事委員会主席責任制』に対する解釈が異なっていたからだ。もちろん、台湾への武力統一、ロシアとの戦略的連携、そして高級将校の拙速な抜擢についても重大な意見の相違があった。
これらの相違は党内・軍内では正常な現象であるはずで、本来は科学的かつ民主集中制の手続きを経て解決されるべきだ。しかし現在、彼は『特殊な方法』でこれを解決しようとしているようだ。
近平同志に伝えたい。この手紙を書いている時、私はかつて趙紫陽が言った『我々はもう歳だ、どうなっても構わない』という言葉を思い出している。私には軍事クーデターを起こす条件が揃っていた。だが、私は断固としてそれをやらなかった。動乱があまりに大きく、一度コントロールを失えば国家は内戦に陥り、真っ先に犠牲になるのは双方の罪なき兵士たちだからだ。
私に対して非常手段が取られたとしても、私は抵抗しない。善悪と正義は、人々の心が天秤にかけて判断するものであり、歴史が明らかにしてくれると信じている。私の心は平穏だ。これらの言葉を残すことで、近平同志が目を覚ますことを願っている。勝者となるなら品格を持ち、越えてはならない一線を守るべきだ。あくどいことをしてはならない。『頭上三尺に神明あり(お天道様は見ている)』のだ。
断言できるが、私を逮捕するなら、それは3〜5人が密室で共謀するクーデター方式で行われるだろう。党中央政治局の集団討論を経ることなく、しかし『中央の名義』で実行・公表されるはずだ。
誰が規律違反をしているのか? 1989年(天安門事件)で規律と法を破ったのは鄧小平であり、趙紫陽ではなかった。だが、鄧小平は少なくとも1992年に改革開放を堅持した。今回、もし私が捕まれば、極めて高い確率で、近平は中国を北朝鮮に変えてしまうだろう。一心不乱に台湾武力統一を目指し、いつでも軍隊を使って国内に戒厳令を敷くようになる。
逮捕後、どのような罪名が着せられるのか。第一条は間違いなく『中央軍事委員会主席責任制への反対』だろう。考えてみてほしい。もし軍委主席が長年の軍の腐敗に本当に責任を負っているのなら、私が反対などするだろうか? 私が反対しているのは、軍委主席責任制が『家長制』に変質し、あまりに細かく具体的に管理しすぎることだ。あらゆる事案において、自分を天才的な専門家であり、英明な統帥だと思い込んでいる。
毛沢東ですら、これほど軍隊をコントロールしなかった。人民の軍隊が党の軍隊にいることはまだしも、個人の『私兵』になってしまうことは最も恐ろしいことだ。異例なスピードに抜擢された者たちは、恩義を感じて無原則に忠誠を誓い、『習主席の良き戦士』などという文革そのもののスローガンを創作している。かつては情報が閉鎖されていたから宣伝も成功したが、情報が発達した現代において、本心からあなたを偉大な領袖として崇拝する者はいない。むしろ反感を買うだけだ。
ネット上の動画でも見られるように、近平同志が会場に現れると全員が起立して拍手をする。まるで北朝鮮の金正恩と同じだ。現場での私の態度も皆が見ただろう。私は内心反発し、居心地の悪さを感じていた。これも『軍委主席責任制への反対』と見なされるのだろう。
海外では私と近平同志の内紛が騒がれており、軍の情報部門も頻繁に情報を整理して見せてくれるが、私は一笑に付してきた。もし私が捕まるなら、問題は我々の制度そのものにある。制度を変えなければ、誰もが次の被害者になり得るのだ。
党の指導とは、最高指導者が事細かに全てをコントロールすることではない。人民を導いて法と戦略を制定し、全ての党員がそれを遵守することだ。軍隊に対する党の指導も同様だ。『軍委主席責任制』とは、集団指導の下での責任制であり、軍委トップが三軍の統帥となるのは戦時のみであるはずだ。平時の戦略策定、情勢分析、人事登用を、軍委主席一人の言葉で決めてはならない。
近平同志と私との決裂は、まさにこれらの点において生じた。さらに深刻なのは、彼が常に戦争を始める機会をうかがっており、心の底から「壮大な戦争」を自ら指揮したいと熱望していることに私が気づいてしまったことだ。南シナ海での衝突や、とりわけ中印国境で起きた紛争など、本来は全く必要のないものだった。
私は、戦争というものを身をもって経験した人間だ。指導者がひとたび戦争を発動すれば、無数の兵士たちがその命を犠牲にする。だが時が過ぎれば、両国の指導者は再び親しげに握手し、「同志、兄弟」と呼び合うのだ。これは英明な指導者がなすべきことではない。
かつて私と共に戦い、戦死した兵士や将校たちは、今も国境の地に埋葬されたままだ。彼らの父母や兄弟は、ひと目会いたいと願っても、そこへ行く旅費すらない。平和な時代にこのような悲劇を生み出したのは、鄧小平の罪業である。多くの人は知らないだろうが、鄧小平は自らの権力を万人の上に置くため、1982年に憲法を改正し、この「中央軍事委員会主席責任制」なるものを作り上げたのだ。毛沢東の時代には、このような制度は存在しなかった。
鄧小平はこのことを決して宣伝しなかった。彼は、この改憲が自身の独裁的集権のために行われることを知っていたからだ。当時、軍事委員会では楊尚昆らが画策し、これを成立させた。鄧小平の改憲も、習近平の改憲も、実態は一部の重要人物が裏で決定し、全国人民代表大会(全人代)は政治局が決めた通りに通過させざるを得なかったに過ぎない。手を挙げなければ逮捕される、それが実情だ。
その後、鄧小平が趙紫陽や胡耀邦といった同志を排除し、長安街で戦車を走らせて発砲し、人民を鎮圧できたのも、すべてはこの「軍委主席責任制」があったからだ。この制度が、彼に最高権力を与えたのである。
振り返ってみてほしい。鄧小平はこれほど多くの罪悪を積み重ねたが、それは鄧家の人々にとって良い結果をもたらしただろうか? 党と国家、そして人民にとって良いことだっただろうか? 私が習近平同志に諫言するのは、実は彼と彼の家族のためを思ってのことだ。結局のところ、我々は同じ「大院(軍幹部用居住区)」で育った兄弟であり、彼に本音を言えるのは私しかいないからだ。
台湾を攻撃し、さらに米国や日本と戦争になれば、かつて鄧小平が行ったベトナム戦争や学生鎮圧のように簡単には終わらない。彼の家族、そして我々の国家には無限の災難が降りかかり、数万、数十万の軍人が犠牲になるだろう。私はその結末を想像することさえ恐ろしい。そのような戦争の果てにクーデターが起き、あるいは党と国家が人民によって転覆された時、戦争を発動した指導者に対して「血の清算(凄惨な報復)」が行われないと言い切れるだろうか? 考えるだけで戦慄する。
軍隊とは国家と人民を守るためのものであり、戦争をするための道具だと考えるのは、当然ながら重大な誤りだ。私が軍事委員会にいる間は、まだ彼を説得し、あるいは彼が重大な過ちを犯さないよう制約することもできる。だが、一旦私が逮捕されれば、劉振立やその他多くの同志たちも拘束されるだろう。軍の中枢は彼が自ら選んだ将官たちで埋め尽くされ、我が国は「軍国」と化し、いつでも戒厳令が敷かれる北朝鮮のような国になり下がるだろう。その問題は、文化大革命よりも深刻だ。
私と習近平同志の確執について言えば、それは第20期三中全会の前から始まっていた。彼は軍の人事ルールを完全に無視し、あまりにも多くの人間を「突貫人事」で抜擢したため、大量の将兵の不満を招いた。さらに深刻なのは、彼らが手にした権力とボス(習)からの信任を笠に着て、軍内で徒党を組み、私を処罰するための証拠集めを始めていたことだ。
私と近平同志の衝突は、第20期三中全会の場で決定的なものとなった。対立点は二つ。一つは人事問題、もう一つは軍を使って全国を戦時体制に移行させ、ロシアがウクライナを攻撃している「今」という時間窓を利用して、台湾を攻略するという提案だった。
私と劉振立同志はこれに反対し、張升民同志は沈黙を守った。私は「軍委は民主集中制を重んじるべきだ」と主張したが、近平同志は「中央軍委主席責任制に違反している」と私を糾弾した。その結果、彼は激昂のあまり体調を崩して病院へ搬送され、三中全会は中断寸前まで追い込まれた。当然ながら、この内情を知る者はごく僅かだ。常務委員たちが動揺する中、党の長老たちが仲裁に入ったのだ。
後に海外メディアで報じられた「北戴河の合意」の内容は、概ね事実である。 第一に、近平は第21回党大会での再選を求めないこと。 第二に、党と国家の安全のために適度な分権を行うこと(蔡奇が党務、李強が国務院、私が軍委を担当し、実質的な常務指導体制とする)。 第三に、中央の最高意思決定における重大なミスを防ぐため、中央政策決定協調機関を設立すること。これらはその後のニュースを見れば明らかだろう。
三中全会の後、長老たちが活発に動き出したのは、軍部の力が権力バランスを保っていたからだ。しかし、問題はどこにあるのか。蔡奇や李強をはじめとする政治局常務委員たちは、すべて近平が自ら引き上げた人物であり、完全に彼一人の指令に従っている。彼らは近平なしには権威を保てないため、むしろ上に一人の独裁者がいて、何かあればその「ボス」が責任を負ってくれる体制を好んでいるのだ。国家や人民がどのような災難に見舞われようと、彼らには関係ない。コロナ禍での彼らの振る舞いが、まさにそうだったではないか。
私は党中央の活動を無視するわけにはいかず、ある時は婉曲に断り、ある時は協力せざるを得なかった。この構造を変える力は私にはなく、引退した老同志たちも無力だ。彼らが最終的に私に対して手を下す可能性は極めて高いが、長老たちが私の逮捕を支持することはないだろう。
もう一言言わせてほしい。台湾解放、祖国統一の大業を成し遂げたいという思いは、本来私にもあった。だが後に劉亜洲(りゅう・あしゅう)の分析を聞き、私は冷や汗をかいた。「数十万の軍人を海に沈めても、台湾島には近づけない」と。
開戦すれば日本が介入し、続いて米国が参戦する。中国南部の沿岸にある軍事施設、橋梁、石油備蓄基地は、数時間以内に日米連合軍によって破壊されるだろう。我々も台湾のいくつかの建物を破壊できるかもしれないが、最終的には莫大な賠償を負わされ、海外資産は凍結される。「国破れて山河なし」、まさに亡党亡国の道だ。
つづく

臼井優
医学部卒業生の多くは、医師として患者を診療することに職業的誇りを見いだし、社会の矛盾や苦難と最前線で向き合う。
その延長線上から、アフリカで生涯にわたり医療活動を行ったアルベルト・シュバイツァーや、HIV/AIDSや結核治療を貧困地域に広げ、Partners In Healthを創設したポール・ファーマーのような人物が生まれてきた。
これに対し、東京大学は対照的である。法学部卒業生は法律家として市民を守るよりも、官僚として国家権力を行使することを志向し、医学部卒業生は患者を診療することより、研究に従事する方が価値あると信じる。
この内在的価値観こそが、東京大学の際立った特徴である。東京大学は、このことを公言して憚らない。まさに「俗物根性」だ。私は、その雛形は明治時代に築き上げられたと考えている。
もっとも、これは当時の歴史的条件を踏まえれば、ある意味で必然でもあった。明治の元勲たちは徹底したリアリストであり、国家建設を最優先課題とした。
初代文部大臣を務めた森有礼は薩摩藩出身で、1865年に英国へ留学し、帰国後には英語を日本の公用語とする大胆な構想を打ち出した。彼らにとって重要だったのは、理念よりも、英国をはじめとする先進国の制度を迅速に導入することだったのである。そのためには、母国語を捨てることも厭わない。
戦前の東京大学法学部は、穂積八束や上杉慎吉を中心に、天皇主権論や国体明徴といった国家主義的思想を理論面から支える役割を担った。
しかし、明治初期の元勲たちには、こうしたイデオロギーに拘泥しなかった。徹底して実利を優先し、江戸期まで日本の学問の中核であった和学や漢学を「無用」として退け、西欧知の導入へと大きく舵を切ったのである。
東京大学は、その後もこの影響を引きずり続けた。戦前から戦中にかけて総長を務めた平賀譲は、その典型である。
優れた技術者であり、人格的にも均衡の取れた人物であったとされるが、海軍の技術将校として最終的に中将にまで昇進した軍人であった。
国家権力の象徴である軍人が、国家を代表する大学のトップに就くという構図は、欧米の大学ではほとんど想定されない。
今日に至るまで、東京大学は技術や制度設計を優先し、思想・芸術・哲学といった領域を軽視する傾向を抱えてきた。この偏りこそが、東京大学の構造的な弱点であり、その思考をしばしば浅薄なものにしている。
アメジスト
読書記録です
イギリス貴族
小林章夫 著
講談社学術文庫
イギリス貴族はもともと所領だったものに所有権が認められたから、桁違いの大地主がいるようです
元来、貴族というものは地方の領地に住み、自ら領地経営をしていたという歴史背景によるもののようです
広大な土地を農民に貸して収入を得ることで働く必要がなかった
それが有閑階級としてのイギリス貴族でした
有り余っている時間で、スポーツや賭け事に熱中していたことが、競馬が上流階級の社交場になっているルーツになっているようです
アフタヌーンティーも、時間とお金がたっぷりある貴族ならではの趣味のようです
ただ、20世紀に入り、相続税や財産税の取り立てが厳しくなり、借家住まいとなってしまった貴族もいるそうです
イギリス貴族は、パブリックスクール→オックスブリッジ→軍学校→高級将校というルートを進む割合が多く、これが20世紀の二度の世界大戦で貴族の戦死者が桁違いに多くなった背景になっているようです
軍人になって、祖国が危機の時は命を投げ出すというのが、イギリスのノブレス・オブリージュのようです
幼少期のしつけやパブリックスクールでの集団生活は厳しいものだそうで、上に立つ身分というのも大変なんだなと感じました
国家の指導的立場にあるイギリス貴族は、実業学問より伝統を重視し、合理性や実利よりもプライドや美学を重んじてきたことが、プライドが高いというイギリス国民性のイメージの形成につながっているのかなと感じました
#読書
#読書感想文
#イギリス
#貴族
#歴史

たまかしわ〜
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臼井優
国立大学法学部卒 法律系国家資格3種保有 就職氷河期世代 元僧侶 趣味・特技 サッカー、バスケ、ボクシング、テコンドー、茶道、書道、華道、サックス、ドラム、読書、カフェ巡り、音楽鑑賞、ストレッチ、筋膜リリース、他人のデートコースを考えること 家庭教師、予備校講師、各大学でのエクステンション講座担当 担当科目・領域 小~高、文系科目全て、公務員試験全領域、面接、ES添削、マナー、論文添削等々
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たまかしわ〜
文学、芸術、古典作品が好きです。
年齢は李賀の享年と同じ
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あのぬん
カスみたいな戯言をつぶく
どぅいどぅいどぅ〜
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感性を大事にして、季節の変化を感じる心を大切にしようと思っています。
スマホで風景写真などを撮影するのが好きです。
身近な季節感や楽しみ、美を求めて、言葉の調べを奏でられたらいいなと思っています。
2月生まれなのでネームはアメジストにしました。
誕生日 2月16日。
1980年代生まれ。
身長178cm 体重 62kg(23年3月現在)
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