神は、なぜ「行け」と言ったのか?アブラハムに隠された人間性の核心神に選ばれる人間って、どんな人だと思いますか?特別な能力を持ったスーパーヒーロー?何も恐れない完璧な聖人?僕が創世記を読んでいて、強く感じたのは、そうじゃないかもしれないということです。神が選んだ最初の人物、アブラハムの物語をひもとくと、そこには意外な「人間らしさ」が浮かび上がってきます。今日、僕が注目したいのは、彼の人生が大きく動き出した、たった一節です。創世記12章1節。神がアブラハム(当時はアブラム)に告げた、あの言葉です。「主はアブラムに言われた。『あなたはあなたの生まれ故郷、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。』」(創世記12:1)ヘブライ語で「行きなさい」は 「レフ・レハー(לֶךְ-לְךָ)」 です。この表現、実はとても深いんです。直訳すると「あなた自身のために、行きなさい」という意味合いを含むと言われます。神は命令しているだけじゃない。「あなた自身のための旅だよ」と、個人的で深い呼びかけをしているような響きがあるんです。僕はここで考えさせられました。神は、アブラハムの何を見て、この決定的な旅へと招いたのか?アブラハムは、この時点では何も成し遂げていません。大きな信仰の告白をした記録も、特にありません。ただ、75歳という齢で、見知らぬ地へ「行く」という応答をした。その一点です。彼の特徴は、完璧な「強い信仰」にあったのではなく、むしろ、不完全だけど「動き出せる」姿勢にあったのではないでしょうか。神の声を聞き、不安や迷いがあったに違いないのに(聖書はその心情を詳細には書いていませんが)、それでも従い、一歩を踏み出した。それが、神が彼の内に見出した「人間性」ではなかったかと、僕は思うのです。神は、すべての答えを持った完璧な人間ではなく、不完全だけど、共に歩み始めようとする者を、ご自身の計画のパートナーとして選ばれた。アブラハムの物語は、そのことを静かに、そして力強く教えてくれている気がします。僕自身、自分の欠点や不安ばかりが目について、足踏みしてしまうことがあります。でもアブラハムのこの一歩は、「すべてが整わなくても、まず応答する一歩を踏み出してみる」ことの尊さを思い起こさせてくれます。神は、その一歩を待っておられるのかもしれません。このアブラハムの旅の続きや、モーセ五書に描かれる神と人の驚くべき関係は、僕が漫画で描かせていただいています。聖書の世界を、より身近に、視覚的に感じていただけたらという思いで、一コマ一コマを描いています。気になった方は、ぜひAmazonで「モーセ五書 マンガ 石川尚寛」と検索してみてください。無料で読めますし、続きもどんどん公開しています。僕も、この壮大な物語を学びながら、自分自身の「一歩」について、考え続けたいと思います。#モーセ五書マンガ#創世記からはじめよう#アブラハムの一歩