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ゆま

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【不良と犬人Part3】

「ねえ、なんで」
キョトンと首を傾げながらも、眼光の鋭い犬は俺を追い詰めるように言葉を重ねる。

「なんで恋紫は不良なのだ」
「な、んでって……かっこいいからだ」
「恋紫ウソついてるだろ」

見透かされた。
ふいに幼少期の苦い思い出が胸をちくりと刺す。たまらずに俺は犬から目を逸らし踵を返して歩み始めた。

お母さん、お母さん
伸ばした小さな手。母の手のひらに包んで欲しかった。だけど。
お母さん、お母さん。


うるさい、うるさい、うるさい。
苛立ちが大きな足音となった。

心の中で眠っていた、小さな頃の俺の悲鳴が心ばかりか身体まで凍てつかせていく気がする。冷えていく体とは裏腹に俺のこめかみからは1粒の汗の雫が頬を伝って滑り落ちた。

「あれ、兄貴じゃん」
声をかけられそちらを見ると、弟の光紫が胸の前で小さく手を振りながら笑っている。

今は光紫と一緒にいたくない。
何も言わず早足で歩をすすめるも、空気が読めない光紫は俺のあとを追ってきた。そして犬も負けじとついてくる。

俺は、断じて猿と犬を連れた桃太郎ではない。


「え、何この犬っころ。迷い犬?」
犬に気がついて目を輝かせた光紫は、満面の笑みで犬を見つめる。
「えーガチカワなんすけど」
「お前、気味悪くないわけ?」
少々呆れて光紫を訝しむと、光紫は首をかしげた。

「何が?可愛いじゃん」
「よく見ろよ、そいつ二本足で歩いてんじゃん」
「何言ってんの?四足の普通のワンコじゃん」
「は?」

思わず犬を振り返るが、そこにいるのは仁王立ちした犬だ。やはり二本足でしっかりと立っている。

「二本足、だろ。どう見ても」
「兄貴、変なもんでも食べたんじゃね」
「お前がな」

つまり、だ。
光紫の言っていることが本当だとすれば、俺と光紫では犬の見え方が違うということ。いよいよもってこれは怪奇現象だ。

「お前、マジ何者…?」
「俺はいぬびとだ」

またしても犬は同じ返答だ。
「いいかげん飽きるわ」
「まだ飽きていなかったのか。それはよかった」
「お前なぁ」
ああ言えばこういう犬にあれこれと話しかけていると、光紫が心配するかのような目付きでしげしげと俺を覗き込んだ。#小説 #いぬびと#独り言
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ゆま

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【不良と犬人Part14】

「ぽっち、ぽっち」
俺はその名を叫びながら廃工場内を探し回る。だが、ぽっちの声は一向にかえらずただ俺の声が虚しく響き渡るだけだった。

一抹の不安が胸を過ぎる。
とうとう俺は疲れ果ててしゃがみ込んだ。

「どこ行っちまったんだよ…」
目尻にはじんわりと涙が注がれた。
その時だった。俺の脳裏に流れ込んでくる、幼き日の俺の姿。

こんな風にしゃがみ込んで泣いていた。
しゃくりあげて、ひたすら誰かに懺悔している。拭っても拭っても、滔々と溢れる涙は温かくて、絶望に満ちていた。

支えにしていた存在が消えた。
確かに俺はそんな体験をしていた。


「ぽっち」
俺は一つ息を吐くようにあの名を呟く。
「戻ってきてくれよ頼むから」
その時にはもう、涙腺が壊れたかのように俺の頬は濡れ切り濡れ切っていた。


「何泣いてるのだ恋紫」


唐突にかけられたその声に、目を見開いてゆっくりとそちらを見やると、そこにはぽっちの姿があった。

「無事、だったのか」
「無事なのだ。恋紫こそそんなに泣いてどこか痛いの?」

ぽっちは俺に近づいて、二本足で立ち上がると、俺の頭を撫でた。懸命に、愛おしそうに、俺の頭を撫でた。涙が堰を切ったように止まらない。

「お前…どこいってたんだよ」
「すこし、疲れたのだ」
「怪我はねえの?あの後どうなった」
「ウーウーが来て、みんなハエみたいに散っていったのだ」
ぽっちは僅かながら眉間をしかめながら笑う。

「恋紫、帰ろ。俺はおうちでやることがあるのだ」
「やることって」
「まだ秘密なのだ」

そう言うと、ぽっちはまるで悪ガキみたいにいたずらな笑みを浮かべる。その笑顔を見て、なにか安堵した。

「出てくんのおせーよ」
「悪かったのだ」
へへっと笑うとぽっちは肉球で埋められた小さな手のひらを俺に差し出す。気恥ずかしくもあったがその手をしっかりと握ると、手を繋いだまま俺は家路へとついた。#小説 #いぬびと #犬のいる生活 #不良 #小さな幸せ
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心温まる出来事心温まる出来事
【不良と犬人Part8】

「何を忘れてるって言うんだよ」
「楽しかったときもあったのだ」
犬は舌を出してハッハッと笑った。
それはふいに何かの記憶に触れるような、愛らしい顔だ。その感覚がなんなのかわからない。頭は混乱しているのに、衝動的、体が動いた。

俺の手のひらは、犬の頭の上におずおずと伸ばされる。犬の頭部に触れると硬い毛が少し重たく感じた。そのまま、犬を撫でると、犬は嬉しそうに目を細める。

「久しぶりなのだ。恋紫の手」
「……お前、何言ってんだよさっきから」
「俺は楽しかったのだ。すごくすごく、楽しかったのだ」
犬を撫でていると何故か心が落ち着いた。凝り固まった寂しさが消えていく、大きく穴の空いた心すら埋まっていく、そんな不思議な感覚に酔う。

「お前、一体何者なんだ」
「俺は」
「あー、もうそのセリフ聞き飽きた。どうせ俺はいぬびとだって言」
言うんだろと言いかけた時、犬は俺の言葉を遮って、目を細めたままこう告げた。




「俺はぽっちなのだ」




ぽっち。
聞き覚えのある響き。
だけど。

それがなんだったのか
この期に及んでも思い出せない。
考え込み言葉にならずに居た俺に気付いて犬は拗ねたように悪態をつく。

「恋紫、お前意外と馬鹿なのだ」
バカにされたのに、何故だか笑えた。

「なんだよ、それ」
ふふん、と笑う犬は、まるでもっと撫でろというように、動きをとめた俺の手に擦り寄る。

「しゃあねえな。甘え犬め」
「ぽっちなのだ」
「ぽっち」
「うん。俺はぽっちなのだ」

言葉に出すと少し切ないその名は、愛しささえ感じた。それは荒んだこれまでの暮らしから逸脱して込み上げる温かな想いを連れてきた。

こんな気持ち、久しぶりだ。
俺はそのまま、犬と共に横になる。
すぅすぅ、ぐぅ。と規則正しい寝息にたまにいびきが混じる。

疾うに眠りに落ちた犬を抱き締めるようにして、その日俺は久しぶりの安息に身を委ね、眠りを欲しいままにした。#いぬびと #小説#眠い #安息
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【不良と犬人Part13】


ハマは仲間たちによってすぐさま病院へと担ぎ込まれた。幾本も全身の骨を折り、打撲も酷く、骨折箇所にプレートを入れる手術を受けている最中だが、どうやら命に別状はないらしい。
仲間たちはその知らせに胸を撫で下ろした。その中で俺は落ち着かない心持ちでその時間を過ごしていた。

ぽっちは今もあの廃工場にいるのだろうか。男の足に噛み付いたあと、どうなったのだろう。

やっぱりあの時、戻ればよかった。
例え、捕まったとしても、ぽっちの命を守ってやれるのは俺だけだったのに。

心は晴れない。

その時、公園のベンチで項垂れる俺の肩を、リョウが叩いた。顔をあげるとなんとも言えない表情でリョウは俺を見つめている。

「なんだよ」
「犬っころの事気にしてんの?」
無言を貫く俺を僅かに笑ったリョウは投げかけた。

「らしくねえじゃん。あんな犬っころに肩入れするなんて」
「……俺だってわけわかんねえよ、ぐいぐい心ん中こじ開けて土足で入ってこられたのに、なんか」

心が叫ぶ。
心は求む。
ぽっちを。

歯を食いしばると涙が浮かぶ。

「恋紫って昔あの犬ころと似たような犬でも飼ったことあんの」
「あるわけ」
ねえだろ。と言いかけて、心に引っかかる。
記憶の奥底で何かが渦き出すようなそんな感覚だった。

「あんの」
もう一度リョウに問われて、俺はとうとう頭を抱えた。
「……わかんね」
「なんだよそれ」

ケラケラと笑い、膝を叩くリョウに俺はため息をついた。夕暮れ時の空が彩られた雲を伸ばし、虚しいほど美しく輝いて見える。

ぽっちは言っていた。
久しぶりだと。頭を撫でる俺の手のひらに目を細めていた。
ぽっちは告げた。
俺と一緒にいる、と。

なのに俺は、ぽっちの所に戻らなかった。
後悔が渦巻いて、心が破裂しそうだった。

「あーあ。お前今日へたれじゃん」
リョウが苦く笑って俺の肩を叩き、続ける。
「もう帰っていいんじゃね。遥亮先輩たちには俺からうまく伝えとくよ」

それはリョウの優しさだった。
「マジか。サンキューな」
俺はそう言うが早いか、駆け出した。
目指す場所は廃工場だ。

ぽっちが取り残されているかもしれない。
ひとりで、泣いているかもしれない。
俺を求めて、叫んでいるかもしれない。

生きててくれ
待っててくれと俺は走り続けた。#小説 #いぬびと #不良
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心温まる出来事心温まる出来事
【不良と犬人Part10】

「ハマが危ないんだよね」
俺とリョウの通話を静かに聞いていたぽっちが、悟ったようにゆるりと告げた。

「お前は待っとけ」
「俺はいつも恋紫と一緒なのだ」
ぽっちはついて来る気のようだ。
全く、この犬は…。

「どうせ何言ったってついてくるよな」
「そうなのだ。恋紫についていくのだ」
「勝手にしろ」

そう言い放つと俺は家を飛び出し、仲間たちの元へ急ぐ。ぽっちは四足で俺を追いかける。どうやら、いぬびと、というのは四足の方が早く走れるらしかった。

「恋紫!」
公園の駐車場付近で、リョウの姿を見つけた。手を上げた俺に気がついて、リョウが手招きして俺を呼ぶ。俺がそちらに駈けていくとリョウは俺の後ろからついてくるぽっちを見て唖然とした。


「何連れてきてんの」
「連れてきたんじゃねえよ、勝手についてきてんだ」
「へえ」
ぽっちをしげしげと見つめたあと、我に返ったかのようにリョウは声をあげた。

「そんなことより、ハマの居場所わかった」
「どこだよ」
「隣町の廃工場らしい」
廃工場と聞いて、背筋が冷たくなった。ハマは生きているだろうか。一体いつから行方知れずだったのだろう。不安に苛まれる俺の肩をリョウは優しく肩を叩いた。

「もう、遥亮先輩が何人か連れてそっち向かった。俺らも早く合流しよう」
「わかった」

グループ内のみんな何かしら抱えているものがあって、誰かしらから爪弾きにされ、不良の道に足を踏み入れた奴らばかりだ。仲間内の結束はかたい。

どんなに後ろ指さされても、どんなに白い目で見られても、仲間といれば耐えられた。だからこそ俺たちは徒党を組むのかもしれない。

ハマひとりが痛い想いをしていいはずがないのだ。

俺が廃工場に向かい足を運ぶと「おい、犬っころも連れてく気かよ」とリョウの狼狽えたような声が飛ぶ。

俺はぽっちを見つめた。
「行くのだ。恋紫に俺はついていく」
その時吹いた風にぽっちはそう、言葉を乗せる。俺は深く頷いた。


「俺に、懐いてるらしいからな。勝手にさせとく」
「桃太郎みたいだな。きびだんごでも食わせたのかよ」
「ほっとけバカ」

いつぞや、俺が思ったこと。
リョウも口に出しては苦く笑うと、俺たちは今度こそ廃工場目指して駆け出した。

#いぬびと #小説 #不良 #喧嘩 #ひとりごと
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【不良と犬人Part7】

母は一通り光紫を褒めちぎると、俺には目もくれず、夕食の準備のため、再びキッチンに戻っていく。

残された俺の視線の先には、作り上げたつみきの車で遊ぶ光紫の姿があった。

楽しそうで、嬉しそうで、愛されていて、妬ましい。

それは一瞬のことだった。俺は衝動に突き動かされ、善悪の判断もつかないまま、足元にあった光紫のつみきを拾い上げると、「お前のはこっちだろ」
声を張り上げ、投げつけるように光紫をつみきで思いきり殴っていた。

途端に火がついたように泣き出した光紫に俺も泣きながら叫ぶ。

「お前なんかいらなかった!!」
次の瞬間、俺は母に張り倒され、顔をあげると、泣きじゃくる光紫を抱いた母はまるで鬼のような形相で俺を睨みつけていた。

「なにすんの!」
「光紫が悪いんだ、光紫なんか大嫌い、お母さんも大嫌いだ!」

それからは、なし崩し。
母は一層俺に冷たくなり、光紫に優しくなった。
父はいつも俺には無関心だ。
光紫ははじめこそ俺に怯えたが3歩歩けば忘れる鶏のように、次第に俺の後をついて回るようになる。

そんな光紫を俺は敵視し、母に疎まれ、小学校高学年にあがる頃には、万引きやいじめの主犯格。すっかり教師たちの頭を悩ませる問題児に成り下がっていた。

「こんなはずじゃなかったんだけどな」
ひとつ、本音がもれると、これまでの報われなかった想い、自分がしでかしてきた悪さの限りを思い出し、目頭がツンと熱くなる。

「あー、生きんのって疲れる。死んじまおうかな」

喧嘩する度胸はあっても死ぬ度胸なんかないくせに。言ったそばからそんな事を思い、俺は俺を嘲った。

「死んだっていいことないのだ」
真っ暗な部屋の扉がいつの間にか空いていて、廊下から差し込む明かりの中に犬の影がある。

「入ってくんな」
零れそうな涙を慌てて拭った俺は犬を怒鳴りつけた。俺の怒号などどこ吹く風。犬はスタスタと俺の側に近づくと、俺の隣に寝そべる。

「恋紫はいいヤツなのだ。死んじゃだめなのだ」
「お前に何がわかるんだ」
「わかるのだ。だって恋紫は俺を助けてくれたのだ」
「は?」
犬は俺を見つめる。
その目は、カーテンの隙間から降り注ぐ月明かりを得て、涙に潤むかのごとく、輝いている。

「恋紫、お前は大切なこと忘れているのだ」
犬は深く息をついてそう言った。#小説 #いぬびと
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「不良と犬人Part6」

「光紫くんあそぼー」
「光紫くんこっちおいで」
「光紫くんだいすき」

俺の友人だったはずのクラスメイトは2つ年下の光紫にすっかり夢中になった。

「恋紫くんは行かない?」
確かに声を掛けてくれる者はいたが、ずっと光紫と比べられていた俺は、素直になれなかった。

「行かない。それより俺と教室で遊ぼうよ」
今思えば立派な嫉妬だ。きっと嫌な言い方もしていただろう。

当然の事ながら友人は、そんな俺に首をかしげて、遊びたいなら一緒に来ればいいと告げ、いそいそと光紫のもとへ駆けていく。光紫を囲む友人の笑顔。手を振りながらいかにも楽しそうに息を弾ませるその後ろ姿。

こどもたちが集まるところには必ず先生もいて、共に遊びに興じている。

俺はひとりぼっち取り残された気分だった。
その頃だった。

光紫なんかいなくなればいい。
どす黒い感情が強く芽吹きはじめたのは。

そして、その日はやってきた。
両親から買ってもらったつみき。
俺がずっと大切にしてきた宝物で光紫は当たり前のように遊ぶ。

「俺のだぞ」
そう告げても光紫はつみきで車を作ることに夢中で、俺の話など聞こえていなかった。おもちゃ箱の側には母が買い与えた光紫のつみきがあるというのに。

俺はしぶしぶ、自分の宝物を光紫にあずけ、光紫のつみきで遊び始める。するとそのことに気づいた母が金切り声をあげ、俺がもっていたつみきを取り上げた。

「これは光紫の!」
「だって俺のつみき…光紫が」
「お兄ちゃんでしょ。どうして恋紫は貸してあげられないの、どうしてそんな子なの」

母の言葉の凄まじい圧で、何かが音を立てて崩れていくのがわかった。立ち尽くしたまま、涙を零す俺を、母は抱き締めてくれない。

呆れたように息をつくと、光紫の方へ目を向け笑顔を作った。
「車作ったの?光紫はすごいねえ」
「このブーでねお兄ちゃんとママとパパとおでかけする」
「あらそうなの?嬉しいなぁ、光紫は優しいね」


子どもながらに光紫との差に惨めさを感じた。
光紫と恋紫。ひらがなひとつしか変わらないのに、先に生まれたからという理由でどうしてこんな差別を受けなければならないのだろう。

怒り。悲しみ。寂しさ。悔しさ。朽ち果てていく寸での心。それさえ手放してしまったら俺に何が残るだろう。#いぬびと #兄弟差 #小説 #独り言 #小さな幸せ
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ゆま

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【不良と犬人Part11】

廃工場近くに差し掛かると、男たちの怒号が聞こえた。やはりここで間違いないらしい。俺とリョウは目を配せると廃工場の中へと足を踏み入れた。

ふとそこは喧嘩の真っ最中だった。睨み合い、一触即発の者、すでに倒れている者、鉄パイプを今にも振り下ろす寸での者。その中に確かに見た。サングラスのいかにもヤバそうな連中に取り囲まれて、腰が砕けたように座り込むハマの姿を。


「ハマ!」
俺はリョウとふたり、声をあげた。その声に気づいたのか、頼堂の胸ぐらを掴んだ遥亮先輩が俺たちの名を叫ぶ。

「リョウ、恋紫、心配すんな。ハマは生きてる」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、俺の隣にいたはずのリョウが後ろから現れた頼堂の仲間に殴り飛ばされた。その拳はやがて容赦なく俺を襲う。間一髪。俺はその拳をかわすと、リョウを殴った男の腹に渾身の一発を入れた。

「気をつけろ。こいつらマジだ。ナイフ持っていやがる」
ナイフと聞いて縮み上がるほど落ちぶれてはいないが、何がそこまで頼堂らを掻き立てたのか理解が及ばなかった。不良の喧嘩なんてものは往々にして小さな諍いから、警察が関わるような大事に発展するものなのだろうが。

至る所で攻防が繰り広げられる中、向かい来る男たちをさばきながら、どうしたらハマを助けられるかを考えた。ハマがいるのは敷地のど真ん中。
真っ直ぐ突っきることも難しい。
かと言って回り込むのも得策ではないだろう。
考えあぐねていると、ぽっちの声が聴こえた。

耳で聞く声ではない。
何か、頭の中に響き渡るような感覚だった。
だがそれは、確かにぽっちの声なのだ。

「俺が吠えたら真っ直ぐに走ってハマを助けるのだ」

その声を聴き終えるが早いか
大きな、大きな、犬の遠吠えが、天井の高い廃工場にこだまする。唐突な遠吠えに罵声がやんだ。そこにいた全ての者たちが一様に、ぽっちを見やる。それは不思議な光景だった。ぽっちが時までも止めてしまったようだ。皆が微動だにしなくなったのだ。

一瞬俺までひるんだが、「恋紫、いくのだ!」頭の中に響くぽっちのその声で目が覚めた。俺は低空飛行をする猛禽類の如く、一気にハマ目掛けて駆け出す。

ぽっちの雄叫びのおかげで、そこらに散らばる頼堂グループのメンバーを避けながら、俺はなんとかハマの元へ辿り着いた。
#いぬびと #小説
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「不良と犬人Part6」

「光紫くんあそぼー」
「光紫くんこっちおいで」
「光紫くんだいすき」

俺の友人だったはずのクラスメイトは2つ年下の光紫にすっかり夢中になった。

「恋紫くんは行かない?」
確かに声を掛けてくれる者はいたが、ずっと光紫と比べられていた俺は、素直になれなかった。

「行かない。それより俺と教室で遊ぼうよ」
今思えば立派な嫉妬だ。きっと嫌な言い方もしていただろう。

当然の事ながら友人は、そんな俺に首をかしげて、遊びたいなら一緒に来ればいいと告げ、いそいそと光紫のもとへ駆けていく。光紫を囲む友人の笑顔。手を振りながらいかにも楽しそうに息を弾ませるその後ろ姿。

こどもたちが集まるところには必ず先生もいて、共に遊びに興じている。

俺はひとりぼっち取り残された気分だった。
その頃だった。

光紫なんかいなくなればいい。
どす黒い感情が強く芽吹きはじめたのは。

そして、その日はやってきた。
両親から買ってもらったつみき。
俺がずっと大切にしてきた宝物で光紫は当たり前のように遊ぶ。

「俺のだぞ」
そう告げても光紫はつみきで車を作ることに夢中で、俺の話など聞こえていなかった。おもちゃ箱の側には母が買い与えた光紫のつみきがあるというのに。

俺はしぶしぶ、自分の宝物を光紫にあずけ、光紫のつみきで遊び始める。するとそのことに気づいた母が金切り声をあげ、俺がもっていたつみきを取り上げた。

「これは光紫の!」
「だって俺のつみき…光紫が」
「お兄ちゃんでしょ。どうして恋紫は貸してあげられないの、どうしてそんな子なの」

母の言葉の凄まじい圧で、何かが音を立てて崩れていくのがわかった。立ち尽くしたまま、涙を零す俺を、母は抱き締めてくれない。

呆れたように息をつくと、光紫の方へ目を向け笑顔を作った。
「車作ったの?光紫はすごいねえ」
「このブーでねお兄ちゃんとママとパパとおでかけする」
「あらそうなの?嬉しいなぁ、光紫は優しいね」


子どもながらに光紫との差に惨めさを感じた。
光紫と恋紫。ひらがなひとつしか変わらないのに、先に生まれたからという理由でどうしてこんな差別を受けなければならないのだろう。

怒り。悲しみ。寂しさ。悔しさ。朽ち果てていく寸での心。それさえ手放してしまったら俺に何が残るだろう。#いぬびと #兄弟差 #小説 #独り言 #小さな幸せ
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