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職場において、『上司が部下の人格や性格を修整・矯正しようとする意識』は善か?悪か? その理由や根拠はなにか?

上司は業務に関しての監督権を有するが、その監督権は部下のどこまで及ぶか
SUZUME

SUZUME

職場において
部下の人格、性格を
修整、矯正しようとするには、
否定、侮辱、私生活への介入、
改善方法や提案、補足のない
叱責、罵倒、説教は
行わない様に配慮しつつ、

『業務に支障をきたす、
 業務の遂行に
 悪い影響を及ぼしている部分の
 姿勢を正すまでの範囲内』が
 適切な限度である
 と考えます。


哲学哲学
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〆さば

〆さば

気持ちはわかるがやったらダメだろうという立場。あるものをうまく配置して場を使いこなせないと上司というか管理職は務まらんのだよ。
伸びそうな方向に導いたりガイド敷いたり種やエサを撒く努力は最低限とする。
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おもち

おもち

人格や性格?
たかが仕事だぞ?そんな事に干渉しないと仕事が出来ないのは上司になる資格無いだろ。
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よん

よん

「上司が部下の人格や性格を修正・矯正しようとする意識」自体は、善でも悪でもありません。
しかし、「修正または矯正しようとする行為」については是非が問われると考えます。

例えば、1人の部下が職場を引っ掻き回すような人材(パーソナリティ障害等が疑われる場合を含む)であれば、その他大勢の業務効率や心理的安全を守る必要が生じます。

そのため、「必要に応じて」修正・矯正を目的とした措置(面談・処分等)を講じる場面があること自体は理解できます。

ただし、この修正・矯正の対象は、人格や性格そのものではなく、それらから生じている「本人の行動」に限定して言及されるべきです。

しかし、何が問題であり、それが本当に「問題」として存在しているのかについては、立場や個々人によって感じ方や判断が異なるのが実情だと思います。

そのため、明確な判断基準をあらかじめ設け、事案ごとに定められた判断基準および対応手続に基づいて処理することで、上下関係における公平性が担保されると考えます。

これらの基準や規則では想定されていない事案については、一定の範囲で上司に裁量が認められるべきでしょう。

しかしながら、「人格や性格を修正・矯正する」という”行為”そのものは、道徳的・倫理的な観点から見て、行わないことが望ましいと考えます。

人格矯正に踏み込むのであれば、むしろ雇用関係の整理を検討すべきです。

よって、「上司が部下の人格や性格を修正・矯正しようとする」”意識”自体は悪ではないが、”行為”は悪であると考えます。

ちなみにですが、自分が修正・矯正される立場に置かれる場合、自発的な離職を選択します。
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仁

職種によって少し変わりますが、個人として結果が残せるのであれば、性格は関係ありません。好きなようにやってもらいます。結果が出せないなら、性格に対して口を出す場合もありますが、メインは仕事のknow how に対しての指導、アドバイスが中心になります。それで変わらなければ section から遠ざけます。
ただ、どんな場合でも、その人の人格には触れないようには気をつけていました。
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お気楽じーさん

お気楽じーさん

善でもあり悪でもあります😊
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サト

サト

場合によると思う
例えば「営業職の場合」素行不良は強制、配置転換はありうる
バイトテロのケースもあるし程度の問題だと思う
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里志

里志

愚問だね
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浅見

浅見

職場における「役割性格」のみ善。
会社の経営方針や役職に関わる意識を植え付けるのはと必要。一方で、過度にその人の人格(ボトム部分)を変えに行くのは一種のハラスメントに該当すると思います。
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あかり(♂)

あかり(♂)

職場においてなら善、否定する部下は早く辞めて独立しなさい
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