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りお@闘病

りお@闘病

長兄も次兄も大変そうだから
相談やめとこうかな
相談って言ったってもう決めてることだし、わかってくれるよね…🤔
離婚した!引越した!が久しぶりの会話になりそう笑
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yuika

yuika

初めまして〜
十四松推しかつ長兄推しです!
おそ松さんの星おそ松さんの星
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さっぽろ

さっぽろ

原神のキャラでお嫁さんお婿さんにしたいキャラは?原神のキャラでお嫁さんお婿さんにしたいキャラは?

回答数 40>>

旦那:現実的にいえばトーマか公爵
   理想で語るならば「隊長」

兄 :ヌっさん、イファ

弟 :嘉明、ベネット、ドゥリン
   オロルン、キィニチ、イルーガ


弟に夢を詰め込みすぎだ
原神の星原神の星
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サンジ

サンジ

久しぶりに大河ドラマを
見ようとしました。
僕は秀吉と秀長兄弟が昔から好きなので
とても楽しみでした。
二回目の放送で秀吉とお市の方の
会話のシーンを見ました。
今回のお市の方を演じる俳優さんはかつて「篤姫」を演じた素敵な演技力がある女性です。
但し、強烈な違和感を感じました。
僕の頭の中で描くお市の方のイメージは、笑顔が似合わない、極めて強烈なキリッとした絶世の美人でした。
さらに高貴な感じでした。
その凛とした性格で柴田勝家と
一緒に自害した印象です。
どこかガラシャ夫人とも共通する印象があります。
高貴と強烈な自尊心が強いイメージが
欲しかったです。
出来ればキムテヒさんのような俳優さんを選んで欲しかったです。
今回選ばれた俳優さんは柔らかな印象の
素敵なママでしかない感じが、
個人的にします。

歴史ドラマはキャスティング次第だと
思います。
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Lizy

Lizy

秀長くんは弟でした
ごめんなさい
確認したら秀吉の弟で、兄の無茶振りを折衝してたって感じの記述だった
前に秀長兄としていた投稿は消してます。
いいねしてくれた人はごめんね。
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あまちゃん

あまちゃん

そういえば、元旦に長兄から結婚祝金貰った。過去のことを思えば「これで今までしてきたことをチャラにしてくれ」とか考えてる?とか変に考えてしまう[冷や汗]

小学生の頃に暴言、暴力いっぱいされた。親にも言えないこともされた。そんな人から貰ったお金、正直複雑[冷や汗]

まあ、複雑だけど貰ったもんは使わさせてもらう。許しはしないけど[怪しむ]
お互い一緒の家にいるけど、もう何年も会話してないし。
こういう時だけ兄貴ヅラしてくるのもよくわからん[冷や汗]
私は兄とは思ってない。それくらいに酷いことされたし性格も歪まされたし。兄は多分ASD。ちゃんと病院行ったら診断されると思うくらいに、傍から見てもわかる[冷や汗]

#ひとりごとのようなもの #GRAVITY日記 #日常 #結婚祝い #
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安友

安友

幼い頃に父を亡くした我が家では、年の離れた兄二人が何かにつけて父の代役を務めてくれた。

運動会、学芸会、文化祭…
母が仕事で来られない時も、必ず誰かしらが顔を出してくれた。

そんな時、弟でよかったと幼心に思ったものだが、
兄たちは父を知らない私を、不憫に思っていたのだと思う。



やがて私が構い過ぎる兄たちを鬱陶しく感じるようになり、
兄たちもそれを察してか、私に構わなくなっていった。


思春期、反抗期というやつだったのかもしれない。

年がら年中仕事で家を空けていた母。

兄たちが働き始め、それぞれ独立し、母と二人暮らしになった頃、
それがちょうどピークだったのだと思う。


誰にも当たることはできなかった。

自分がやらかしたことは、自分の責任。

何か問題を起こせば、忙しい母が頭を下げて回ることになる。
兄たちの姿を見て、それを誰よりも知っていた。

それは、時間のない母にとって一番困ることだと、
強く思っていたのだと思う。


母が好きだった。


いや、今でも変わらず好きだが、
「好き」という言葉だけでは足りないくらいの感情だ。

世の中には、
「母が好き=当たり前」

ではない人もいるのだと、いろいろな媒体を通して知った。

そういう意味では、
私は幸せ者だったのだと思う。




そんな母も歳をとり、
「誰かが一緒に暮らすべきだ」という話になった。

一番長く母と暮らしたのは次男だった。
最初に就いた仕事を一年で辞めて帰ってきてから、32歳まで一緒に暮らしていた。


母はよく言っていた。
「面倒なんか見なくていいから、早く独立して出ていって!」


親が子を育てるのは当たり前。
でも子が親を介護するのは、母のプライドが許さなかった。

そんなことをするのは人間だけで、
自然の摂理から逸脱している。
本気でそう思っていたのだろう。

「私がいるから次男は独立できない」

そう言って、家を飛び出したこともあった。

飛び出した先は、私のところだった(笑)

二、三日すると自宅に戻っていったが、
その時、次男と何があったのか?


詳細は語られなかったが、
だいたいの想像はついた。

それから間もなく、
次男は何も言わずに家を出た。







あれから30年近く。
どこでどうしているのか、母は知らない。



8年前、母がガンになった時、
病院の先生から連絡があり、急ぎ手術が必要となった。


胃を4分の3摘出する大きな手術。

その後の看病、介護をどうするかとなった時、
介護経験のあるパートナーが
「僕でよければ」と名乗りを挙げてくれた。

当時、彼は派遣で介護の仕事をしていて、
それはとても心強かった。

ただ、実家までは片道2時間。
一方で、うちからタクシーでワンメーターの距離に、かかりつけの病院がある。


一緒に暮らしてくれたら、
どれだけスムーズに進むだろう。

そう母に懇願し、
私たちは一緒に暮らすことになった。
もちろんここでも母は嫌がった。

そこで感じたのは、
母とパートナーの相性の良さだった。

一緒に買い物へ行き

時には映画を観に行き



私のコンビニ経営が軌道に乗り

ようやく損益分岐点を超えた頃には、
兄弟の誰よりも、母とパートナーの関係が深くなっていた。

その頃、
消息を絶った次男をFacebookで見つけた。

長兄に連絡すると、
Facebook経由で次男に連絡を取ってくれた。

「母危篤…」


実際には手術も終わり危篤ではなかったが、
もしものため、少し大袈裟な文面だったらしい。

…返信はなかった。




それから8年の歳月が流れ…

今年の正月、30年ぶりに
次男が帰省しているという連絡が長兄からあった。

次男に会いたい。

もちろん、母にも会いたい。


仕事の都合で会いに行けないと伝えると、
母と次男が二人で店(コンビニ)に来てくれることになった。

めでたいことなのか?


それとも…

長兄からのメールには、こうあった。

「二人の確執に触れるのはタブー」


それなら、
何を話せばいいのか?

大きな課題を抱えることになった。

たぶんタブーは破られると思うが…(笑)
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