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奥山重高

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座ってられる仕事で高収入なバイトは何がありますか!!!座ってられる仕事で高収入なバイトは何がありますか!!!

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禅僧
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往復ハガキ

往復ハガキ

宇宙だ✨

って、すごいよね
200年ぐらい前の禅僧の作
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タク

タク

1890年台生まれの中華民国の詩人、禅僧であり音楽家でもあった弘一(こういつ)の根彫り像。
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ひぐら

ひぐら

本日のワテを救ってくれた言葉。

毛利元就『父の仇であるわしに、倅・恵瓊を近づけるとは、いかなる魂胆あってのとこか』

『出自がどうあれ、今や恵瓊は禅僧でございます。禅僧に過去などございません』

過去は全て生ゴミ。
人生は『今』にしかない。
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月城✒

月城✒

幸せなのも不穏なのも好きなのでおししょの葬式をやるとしょかんのこととかたまに考えます

ちなみにとしょかんには元禅僧がいる(ゆめきうせんせ)
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世の中に僧侶萌えが存在しないのが本当に謎で……「喝!」って言ってくる禅僧とか、盲目の琵琶法師とか、遊郭をフラフラしてる危なげな生臭坊主とか、皆好きじゃないですか?そうでもない?そうですか……
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浮舟光雲

浮舟光雲

出会った禅僧が静かに語った「愛とは『手放すこと』。相手を掴もうとするほど、愛は逃げていく。大切な人の自由を尊重し、自分も自由でいること。それぞれが独立した存在でありながら、魂のレベルで繋がっている―それが真の愛なんだよ」心に沁みた。 《心の種まき》
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臼井優

臼井優

「剣禅一如(けんぜんいちにょ)」
→ 剣の道の究極の境地と、禅の悟りの境地は根本的に同じである、という考え方で、
 両者は表裏一体、分けることのできない一つのものであるという意味です。
 禅僧で剣の達人でもあった沢庵和尚が説いた言葉として知られ、心の修行(禅)と身体の鍛錬(剣)が一体であること、また無心(無念無想)の境地で剣を振るうことの重要性を示しています。

意味と背景
一体性: 剣術の修行も禅の修行も、生死を超越した境地を目指す点や、心の修練が不可欠である点で共通しています。

沢庵和尚: 『不動智神妙録』などで知られる禅僧で、剣の達人でもあり、この思想を広めました。

無心・無念: 剣の道における究極は、雑念にとらわれず「無念無想」の境地で剣を振るうことであり、これは禅の悟りと同じ状態です。

関連する言葉
剣禅一致(けんぜんいっち): 剣禅一如とほぼ同じ意味で使われます。

心身一如(しんしんいちにょ): 身体と精神が一体のものであるという仏教の考え方。

茶禅一味(ちゃぜんいちみ): 茶の道と禅の境地は同じであるという考え方。

現代における使われ方
ゲーム『グラブル』のジョブ「剣豪」のアビリティ名や、ゲーム『仁王』の修行名など、武道や精神修養の深い境地を表す言葉として、様々な文脈で用いられています。

この言葉は、単なる技術の向上だけでなく、精神的な高みを目指す武道の本質を捉えたものと言えます。
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カナタ

カナタ

何気なくテレビを見ていたら「喫茶去(きっさこ)」という言葉についての話題が流れていて、そう言えば「喫茶去」ってよく聞くけど、どういう意味か知らなかったなと調べてみました。

「喫茶去」とは禅の公案(こうあん、禅問答の課題のこと)のひとつ、「趙州喫茶去」という有名な話から来ているそうです。仏教の禅宗では公案の課題を元に師と弟子とで禅問答をする修行があるそうで、考案集(要するに問題集ですね)もいくつかあるようですね。代表的なものとして「無門関」「碧巌録」「従容録」などがあるそうです。

「趙州喫茶去」は趙州録(中国の唐の時代の最高峰の禅僧であった趙州禅師の言行録)にある公案で、次のようなものです。

———
趙州禅師のもとに1人の修行僧がやって来ました。趙州禅師は修行僧に「以前にもここに来たことがあるか」と尋ねたところ、来たことはないと答えました。すると趙州禅師は修行僧に対し「喫茶去」と言いました。

また別の修行僧が1人、趙州禅師のもとにやって来ました。趙州禅師が修行僧に「以前にもここに来たことがあるか」と尋ねたところ、来たことがあると答えました。すると趙州禅師はその修行僧に対して「喫茶去」と言いました。

それを見ていた院主(寺の寺務局長)は趙州禅師に「初めて来た修行僧にも、以前来たことのある修行僧にも、同じように『喫茶去』と言ったのはなぜか」と尋ねました。すると趙州禅師は院主に対して「喫茶去」と言いました。
———

さて、以上が「趙州喫茶去」という公案(禅の問題)なのですが、そもそも「喫茶去」とはどういう意味でしょうか。どうも「お茶でも飲みなさい(お茶でも飲みませんか)」という意味にも、「(お茶を飲んで来い、つまり)出直して来い」という意味にも取れるそうです。どっちの意味で取るかによって、だいぶニュアンスが変わる気がしますね。

それを踏まえて、この公案はどう捉えれば良いでしょうか。もちろん公案には正解はなくて、これをテーマとして議論することが修行の一環(悟りが人それぞれなように、公案の回答も人それぞれ)なのだそうですが、やはり正解は何なのか気になりますね。

ありきたりの解釈としては、入門者・経験者・寺の関係者と立場が違っても、同じように接することが大事だ、というものがありますが、そうは言っても趙州禅師は当時の最高峰の禅僧ですから、そんな単純な答えではない気がしますね。なかなか難しいものです。

ということで「喫茶去」は禅の用語として有名なのだそうですが、そこからの派生として茶道でもよく使われる言葉だそうで、「お茶を点てて、飲み、去る。その短い時間に全てを込める」といった感じでしょうか。禅の話に戻ると、悟りは難解な修行で得るものではなくて、お茶を飲むと言う日常の何気ない行為の中にある、ということを趙州禅師は言いたかったのかもしれません。

翻って自分の場合は「お茶でも飲みませんか」という場合、純粋にそういう意味だけでなく、あわよくばの下心がある場合もあります。禅僧と比較するものでもないのですが、煩悩にまみれてますね笑

そんな感じで、誰かをお茶に誘う時は「喫茶去」について、ちょっと思い出してみるのもいいかもしれません(が、蘊蓄として語ると嫌がられるかもしれませんので、お気をつけください)。
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ジェリー

ジェリー

「死にとうない 仙厓和尚伝」
堀和久

「仙厓BEST100 ART BOX」
出光美術館
読了。

表紙にあるような思わず笑みのこぼれるヘタウマな墨絵を多数残した江戸時代の和尚さんの伝記。
博多にある聖福寺というお寺の和尚さんで、引退後は色んな人にねだられてトンチの効いた絵や書を沢山残したお人。
生まれは今年の大河の蔦屋重三郎と同じ年で、同じく江戸期の名僧の良寛とも同時代人というとイメージがわくだろうか。
以前に東京の出光美術館で書画を拝見して以来、とても好きな画家。

僧としての悟りに至るまでの前半生の小説の描写は壮絶で、多分に作者のフィクションなのだろうけど、欲や業が深いゆえに悟りも大きくおおらかなものになるものかなあと思った。

出光美術館発行の作品集の方は、猫にしか見えない虎や、中国の禅僧のヘンなエピソードを絵にしたものなど、とても脱力感がステキ。
本人使用の印鑑や茶碗、硯など凝った所有物も掲載されていて、とても見応えがあった。
読書の星読書の星
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general

general

仏教では運というのは
私たちが過去生から
今にいたるまでのすべての
行為発言や思いが記録されている
"業"という宇宙の貯金通帳により
決められているとされます

禅僧であった夢窓国師は
運の現れ方には三種あると述べます

"今なしたことの結果がすぐに現れる
"過去の行為などの結果が今現れる
"今なした結果が今生でなく
来世に現れるということです

今やった善行や悪行の結果が
すぐに現れないからといって
運を決める因果の法則が
あてにならないというのではない

しかし
運が差し引き勘定によってだけ
決められているものではありません

私たちの行動 言動 思いに
感謝とか喜びの心を込めると
それは大きな利息のように
私たちに幸運を引き寄せるのです

ひとつのよいことをなしたら
それに大きな利息がついて
百になって返ってくるようなものです

この思いの中でも
もっとも幸運を引き寄せるのは
自分は運がよいという
言葉をくりかえすことです

運は
運がよいと思っている人に向く
という言葉がありますが
自分は運が悪いと思っている人に
幸運は来ないのです

人間の運は自分が思っている
以上にはならないのです

ですから自分が幸運だと思えば
思うほど幸運が舞い込んで来るのです

ナポレオンが
わが辞書には不可能という言葉はない
といったのは 彼が幸運を確信して
いたからであり それがまた彼の初期の
電撃的な勝利をもたらすことに
なったのだと思います

もう一つ大事なことは
自分は幸運であると信じている人の
態度 言葉には周囲の人を引き寄せる
力があるということです

オーラがあるのです
自分は幸運だと信じている人と
話をしているとなんとなく楽しくて
その人といつも一緒にいたいと
思うようになるのです

この気持ちが仲間を増やし
協力者をひきつけるのです

仕事は他人が
させてくれると思いましょう
商売でも他人が商品を
買ってくれるから成立するのです

また地位も他人が決めて
それを自分に与えてくれるのです
決定権は他人にあるのです

自分が決めているのではない
唯一自分ができることは
自分は幸運だと確信をもつことで

これを可能にするのが
自分は幸運だといつも自分に
いって聞かせることなのです

#高田明和
#脳と心に効く言葉
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