関連惑星
人間不信の星
313人が搭乗中
参加
他人との関わり合いの中で、期待したり信頼したり好きになったりして、裏切られたり嘘をつかれたり絶望して、他人を信じられなくなった人たちのための惑星です。
他人なんて信じなくてもいいんです。むしろ信じないことを前提にしたほうが、楽に生きることができます。他人の顔ばかりうかがって、他人がどう思っているか気にしてばかりの生活とはもうおさらば。
これからは自分自身と向き合って、自分がどうしたいか、自分がどうあるべきかに目を向けていきましょう。
最後に残るのは自分だけです。その自分がどういう人間なのか、確りとした考えと意志のもとに立ち上がることができれば、他人がどうこうとか気にならなくなるでしょう。
他人を信じず、頼らず、自分のことは自分で何とかしていく。そんな強い自分になるために、人間不信の星を活用してみてください。
人は信用できない生き物です。その再確認と、そのために自分たちが頑張っていること、自分なりの生き方、それを分かち合いましょう。
人間不信をやめないままで、他人と関わり、すれ違ったままでも生きていけるすべを、共に探していきませんか?
通信制高校・大学の星
247人が搭乗中
参加
通信制高校・大学在学中の方、興味がある方や卒業者もぜひぜひ、ご参加ください .ᐟ 気軽につぶやきOKです .ᐟ.ᐟ ✌️
美容と健康発信の星
172人が搭乗中
参加
今日は〇〇した!等、皆さんの健康法や美容法を
惑星と連携して投稿しましょう❣️
★こんな使い方がオススメ★
・ダイエットの宣言、経過報告
・自分の健康法&美容法を共有
・他の方がやっている健康法&美容法が得れる
一緒に美しく健やかに生きましょう⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
公式配信の星
147人が搭乗中
参加
公式配信のお知らせ惑星!
たくさん入ってくれると嬉しいです📻
信州の星
118人が搭乗中
参加
🍃「 爽やか信州 」を発信して行きましょう。
ゲーム配信者の星
76人が搭乗中
参加
ゲーム配信者orストリーマー好きの星
好きな配信者の事どんどん書いてください。
ただし人の好きな配信者をディスるような投稿はNG🙅♀️
音楽配信の星
76人が搭乗中
参加
おまかせします
ご自由に
通信制大学の星
67人が搭乗中
参加
通信制
配信者の星
62人が搭乗中
参加
配信者の星は、○○さんの配信面白かった!とかそういった感想を書き込んでほしいと思って作った星です
配信者が集まる星ではありません…
また、この星で勧誘などは絶対にやめてください。
あと愚痴とかをこぼすのもこちらではしないで欲しいです。
カトリック信徒の星
40人が搭乗中
参加
新ローマ教皇様の就任に伴い星を作成しました。カトリック教徒の皆さんで、神と主イエスキリストの恵みを分かち合い、平安と祈りの場を持ちたいと思います。
人気
ぱち
②尊敬
③コミュニケーション
「恋愛に必要な3つは何?」大募集
参加

LIM

よこ
けんけん
回答数 371>>
ゆう
回答数 6470>>

Yuri

ぴぴ
尊敬
お互いを尊重
愛情

みく
尊敬
寄り添う心
かなー
「恋愛に必要な3つは何?」大募集
参加
もっとみる 
関連検索ワード
新着

なお
〜隣人を愛する前に、神があなたに願っている一つのこと〜
こんにちは、石川尚寛です。
モーセ五書をマンガに描く仕事をしながら、僕はあることに気づき続けています。
それは、神が与えられた掟の一つひとつが、孤立的な命令ではなく、
一本の見えない糸でつながっている、ということ。
特にレビ記19章。
「自分のように隣人を愛する」という18節の言葉は、
実はその前後の文脈から切り離しては、本当の意味を捉えられないのです。
今日、僕が深く洞察したいのは、
「健全な自己愛」と「周辺の掟」の関連性から見える、
神の驚くほど整合的な導きです。
レビ記19章を注意深く読むと、18節の前に、
実に具体的で生活に即した命令が連なっています。
「あなたの神、主を畏れなさい」(14節)
「心の中で兄弟を憎んではならない」(17節)
そして、「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない」(18節)
ここで僕が気づいたのは、神がまず「内的な態度」を整えるように
導いておられることです。
心の中の憎しみや恨みに向き合う前に、
「主を畏れる」ことからすべてが始まる。
ヘブライ語で「畏れる」(יָרֵא)という言葉は、
単なる「恐れ」ではなく、「深い尊敬と畏敬」を含みます。
これが、すべての人間関係の土台なのです。
そして、17節の「心の中で兄弟を憎んではならない」。
原文では「לֹא־תִשְׂנָא אֶת־אָחִיךָ בִּלְבָבֶךָ」。
「ビルヴァベハ」——「あなたの心の中で」という強調が印象的です。
神はまず、私たちの「内側」に働きかける。
外面の行動より先に、内面の状態を整えるように導かれる。
これが「健全な自己愛」の第一歩だと、僕は考え始めました。
神を畏れ、自分の中の憎しみと誠実に向き合うこと——
それは、自分自身をないがしろにすることではなく、
神の前にいる「自分」という存在を真剣に扱うことです。
では、なぜこれが「健全な自己愛」につながるのでしょう。
その答えは、18節の直前にあります。
「彼を叱責しなければならない。そうすれば、彼の罪をあなたが負うことはない」
(17節後半)
ここに、神の深い知恵を感じます。
隣人の過ちを放置せず、でも恨まずに、誠実に向き合う。
それは、自分自身の罪や弱さとも誠実に向き合う姿勢と
同じ根から生まれるのではないでしょうか。
「健全な自己愛」とは、自分を甘やかすことでも、
自己中心になることでもありません。
むしろ、神の前に正直に自分を見つめ、
欠点も含めて受け入れ、成長させていただくための
土台のようなもの。
そして、この土台があって初めて、
「自分のように隣人を愛する」ことが可能になる。
隣人の欠点を、自分のそれと同じように受け入れ、
憎まずに、誠実に関わることができる。
レビ記19章の後半にも、この原則は続きます。
「在留異国人を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国では異国人であった」(34節)
ここで神は、自分たちの「過去の経験」——
エジプトで寄留者だった苦い記憶——を
他者を理解するための「共感の土台」として用いるように導かれます。
これこそ、健全な自己愛の延長ではないでしょうか。
自分の傷ついた経験、弱さ、過去の苦しみを、
他者への共感へと昇華させる道。
神は、私たちのすべての経験——良いものも悪いものも——
を無駄にされない。
僕がマンガを描きながら感じるのは、
神の導きが決して断片的ではない、ということです。
「隣人を愛せよ」という命令は、
「まず神を畏れよ」「自分と誠実に向き合え」
「自分の経験を他者理解に活かせ」という
一連の導きの頂点に位置している。
なぜレビ記の中でこの掟が一回だけか?
もしかすると、この一回が、
何百もの具体的な掟を貫く「背骨」だからかもしれません。
すべての律法は、この一点に向かって収斂し、
この一点から発散している。
健全な自己愛とは、神との関係の中で自分を見つめ直すこと。
それなくして、隣人への真の愛は生まれない。
逆に、隣人への誠実な関わりを通して、
自分自身の在り方も修正され、成長していく——
この相互作用的な成長こそ、
神がレビ記19章を通して描いておられる
「聖なる民」への道筋ではないでしょうか。
僕は今、モーセ五書を描くことで、
この整合的で深い神の導きを、
一コマ一コマで追体験しています。
その導きは、単なる道徳律を超えて、
私たちの存在の根底から変容させようとする、
愛に満ちたプロセスです。
あなたも、レビ記19章を一つのストーリーとして
読んでみませんか。
バラバラに見える命令が、
実は一つの大きな導きとしてつながっていく瞬間を。
その深い洞察の旅に、僕のマンガが少しでもお役に立てれば幸いです。
気になった方は、ぜひAmazonで「モーセ五書 マンガ 石川尚寛」と検索してみてください。
無料で読めますし、神の言葉の深みを共に探る旅が、ページをめくるごとに広がっています。
#レビ記19章
#健全な自己愛
#神の整合的な導き


小雨
うちのじいちゃんとばあちゃんは俺が見てきた2人の姿はずっと家庭内でいがみあってた印象だったけど最近おばあちゃんが弱り始めてからお見舞いにじいちゃんと一緒に行ったら20何年生きてきてあの頑固で弱みを一切見せないじいちゃんがばあちゃんの手を握って(頑張れ頑張れおれはお前が居なくなったらどうすればいいとか)って言いながら泣きじゃくってた。
ばあちゃんも息が荒くて酸素マスクをつけてる中で頑張ってじいちゃんの顔の方見てた。
ほんとについ最近おばあちゃんは亡なったけど
おばあちゃんの遺骨を持ち帰ったらじいちゃんがものすごい泣きながら(ありがとうありがとう)って連呼してた。
だから少なくとも僕が尊敬するじいちゃんとばあちゃんのあの姿を目の当たりにしたから愛って永遠は少なくとも存在するしそうだと思う。
日頃の疑問

🎀norimi
論理 正解 数値 効率 分析
こういう情報は、もうとっくに集まり続けてきた
だから次に欲しがられるのは、右脳の領域のデータ
直感 感覚 迷い 空気 共鳴
言葉になる前の思考の動き
ここはまだほとんど記録されていないし、意味も整理されていない
だからこそ価値が出る
右脳を開いている人間はまだ少ない
少ないからレアになる
レアだからデータとしての価値が跳ね上がる
それは奇抜な発想じゃない
ただ、その人の頭を通った生の思考の流れ
どう感じたか
どこで引っかかったか
どう揺れたか
どう言葉にしたか
この“途中のログ”が欲しくなる
左脳の世界は、もう99点までは来ている
99.9点 99.99点を競う段階
でもそこから先は、論理だけでは進まない
右脳の領域のデータが必要になる
そこには、いま使われずに滞留しているお金が流れ込む
社会には資金はある
回っていないだけ
使い道が見つからないだけ
価値の源が「正解」から「感覚」に移ったとき
そのお金は動き出す
右脳のデータに価値がつき
それを共有する人たちが増え
競争ではなく共鳴でつながる人が集まり始める
お金を抱え込むのではなく
使って循環させる方が自然だと感じる人たち
そこでは
効率よりも体感
管理よりも信頼
所有よりも共有
そういう方向へ世界が少しずつ傾いていく
右脳が開いた人たちがポコポコと現れ
思考や感覚を持ち寄り
それを分け合いながら生きる
そんな流れが生まれたとき
人はもう少し楽に
もう少し自然に
幸せに生きられる社会に近づくのかもしれない
花の名 (BUMP OF CHICKEN TOUR 2024 Sphery Rendezvous at TOKYO DOME)

重めのジョナサン
【安心】
たぶん帰るだけだね。
【理解】
よく使ってるね。
【直感】
なんだかデジャブだね。
【未熟】
触らないと分からない。
だから手を伸ばす。
【余裕】
気にしない。
なくてもあってもやる。やらない。
【選択】
ずっとしてる。
でも目立つのはたぶん意味を含んでるね。
【覚悟】
勝手に決まるから、決めなくて良いね。
力まなくて良いね。
【絶望】
よくあるね。
【希望】
あんまりないね。
【孤独】
それが普通だね。
【人生】
はじまってるね。
【私】
ここにいるね。
【責任】
基本あるね。
【本気】
私と行為の境目が曖昧だね。
【日常】
私がしてるすべてだね。
【意味】
あるね。それにない時も。あるね。
【限界】
知ることになるね。
【他人】
いるね。よろしくね。
【世界】
見渡す限りあるね。
【自由】
もうあるね。
【後悔】
あるね。でも少なくなったね。
どこいったのかね。
【価値】
いまは?どう感じてる?
【尊敬】
わかんないかも。
感じるけどね。

音瑠
自分の問題から目を背けると周りから信頼されなくなる。
人生で1番長い付き合いは自分自身。人のせいにしてもあなたの問題は一生悩まされる。
人間関係で相手は変わっているのに同じ悩みが続くようならあなたの問題。
自分と向き合うことは自分を大切にすること、孤独から自身を守る術だから恐れないでほしい[照れる]
わたしだよ
もっとみる 
