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リクリ

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とある投稿が、なかなかに不愉快だった。

本来、「個人の感想」という閉じた枠に収めてしまえば衝突は起きないはずなのに、その投稿はそうしなかった。「合理性の話をしている」と主張しながら、実際には感情的な評価を混ぜ込んでいた。(本人は自分の言葉以外を否定していたが)

確かに、その人のいう合理性の部分だけを切り取れば理解できなくはない。しかし投稿全体は、合理性に感情を付加した構成だった。つまりそれは純粋な合理ではなく、主観に基づいた合理性の主張に見える。

そもそも合理性だけを語るのであれば、なぜそれが合理的なのかを、何らかの根拠やデータを用いて説明するべきではないだろうか。主観的推測を依拠するのであれば、それは「感想」と何が違うのだろう。

にもかかわらず、あえてネガティブで他者を貶めるような言葉を選び、しかもそれを感想だと認めない。その姿勢は、議論というよりも断定に近い。

私は、人間関係や相互性を軽視したまま、合理性を装って他者を評価するような言葉が嫌いなのだと思う。
思考の星思考の星
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とっく

とっく

この世の全てにおいて、
正解はなく、事実も、理もよくわからない。
人の知識も経験も、
みな所詮、浅はかで、脆弱だ。

だから、世の誰が言おうと、
それがどれだけ素敵な人でも、好きな人でも、
間違いもあれば欺瞞もある、
むしろそれが大半だ

裏切られた、嘘をつかれた、騙された、
そんなことは、みな当たり前なのだ。

どれだけ知能が高くても、カッコよくても可愛くても、
よく知っていても、自分に優しいように見えても、誠実そうに見えても、
全ては本来的、構造的に虚構なのだ。

だからこそ言う、
その中で、前に進むとすれば、手探りのなかで必死で考えて、一歩ずつ試すしかない
不安と恐怖を抱えながら、耐えて半歩前に進めることをするしかない

学生の頃より、社会に出て重い仕事にぶつかったり病気になったりすれば、なおさらそう

そんな時に、さも頼れるように、優しいように触れられたならば、それを信じてしまうかもしれない。
でも、はっきり言う、それは虚構である。
なぜなら、相手は何も知らないから、そして責任を負わないから、それにも関わらず平然とそんな振る舞いができる。

虚構が悪いわけではない、それから生まれる関係もある、友情もある、その結果に信じられる関係もある、
でも、今その言葉はなにに裏打ちされているのか。
無責任である限り、人は何でも言える。

生きてきて思う、
それでも依拠するならば、結果に責任をもって命がけで背負う覚悟で出した答えしかない

正しいかどうかは分からない、
でもそれに基づいて前に進むしかないから、
それで良いと信じられるし、
それで間違っても納得できる。

そしてその覚悟がある人とならば、お互いに誤りを指摘しあい、お互いを背負う覚悟で答えを出して、補い合って前に進める。

信じるならば、
その覚悟ある者と真摯に出した答えとすべきだ。

それ以外はいずれきっと破綻する。
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めるꪔ̤̥ꪔ̤̮ꪔ̤̫ 🍑

めるꪔ̤̥ꪔ̤̮ꪔ̤̫ 🍑

ガタカ
アルジャーノンに花束を
コンビニ人間
ひゃくえむ。
チ。

あたりの自分の限界に向き合うのが怖い、自分の幸福を客観性に依拠させて満たされない自分を誤魔化してた人がその在り方を「否!」と否定して一皮剥ける、というか死に物狂いで一皮剥きに行く、的なストーリーが個人的にブッ刺さり。

ポイントは善悪・モラルじゃなく、自分が納得するかどうか、って基準で踏み込むことやね。

客観性に依拠させた己の幸福・違和感の誤魔化しは老齢に差し掛かった時に絶望として自分の肩にのしかかるとしか思えないからね。

100を理想として、100に到達できないからやらない、よりも20にしか行けなくても「まあ自分の器ならこんなもん」って納得感が大切なんよね。

自分の小ささと向き合う作業は怖くて苦しくてたまらないけど、やっぱその分何か掴めるものがあった瞬間の喜びもひとしおなんよね。これもまた客観的に見れば「何が面白いの?」ってなるだけだから不安は尽きないけどね。

全ては納得して死ねるか否か、やね。

私は作品の主人公のように勇気はないし、安全圏で下地を整えて、飛び出す時は選んでってちょいチキンスタイルやね。

心臓がチリチリする感じ。

ミヒャエルエンデのモモもいまの時流にドンピシャでブッ刺さりやったけどそれはまた別の趣の話。

って思うやつ🐰🍑
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塩分

塩分

なぜ日本には「外国国旗損壊罪」だけが存在するのか

――条約履行・外交秩序・憲法原理からの制度的整理

日本の刑法には、外国の国旗等を損壊・侮辱する行為を処罰する規定(刑法92条)が存在する一方で、自国の国旗を損壊する行為を直接処罰する規定は存在しない。この非対称性はしばしば「日本は自国への敬意が欠けているのではないか」といった感情的議論を招くが、制度設計の観点から見れば、むしろこの構造は合理的かつ憲法秩序に忠実なものである。

第一に、この規定の成立目的は国内秩序の維持ではなく、国際秩序の維持にある点を確認する必要がある。外国国旗損壊罪は、国家象徴そのものを神聖視するための規定ではなく、外国の主権や国家的尊厳を侵害する行為が、外交摩擦や国際紛争の火種となることを防止するための、いわば外交安全装置である。実際、同趣旨の規定は多くの国に存在し、その根拠は国内感情ではなく、相互尊重を前提とする国際社会の慣行に求められる。

第二に、この規定は条約履行の一環として理解される。日本はウィーン条約体制をはじめ、外交使節・国家象徴の保護を求める国際的枠組みに参加しており、外国国旗の保護はその一部をなす。ここで重要なのは、刑法92条が「外国に対する礼節」を国内に強制する規範ではなく、国際法上の義務を国内法で実装した技術的規定である点である。

第三に、憲法論の観点から見ると、この非対称性はむしろ表現の自由(憲法21条)への最大限の配慮を示している。自国の国旗に対する行為は、政治的意思表明や国家批判と不可分であり、民主主義社会においては最も強く保障されるべき表現領域に属する。これを刑罰によって保護対象とすることは、国家が自己批判を封じる方向に制度を傾ける危険を孕む。

一方、外国国旗の損壊行為は、日本国内の政治意思形成とは直接結びつかず、表現の自由との結びつきも相対的に弱い。そのため、外交秩序という明確な法益の下で、限定的に刑罰介入を行うことが、比例原則・明確性原則との関係でも辛うじて許容されているのである。

第四に、法益構造の違いも決定的である。外国国旗損壊罪が守ろうとするのは「国家感情」ではなく、「国際的平穏」「外交関係の安定」という具体的かつ外在的な法益である。これに対し、自国国旗損壊罪が仮に設けられるとすれば、その法益は「国民感情」「国家権威」「象徴への敬意」といった抽象的概念に依拠せざるを得ず、刑罰法規として要求される明確性を著しく欠く。

結論として、日本において外国国旗損壊罪のみが存在するのは、国家を特別に卑下しているからでも、愛国心を否定しているからでもない。それは、国際社会の一員としての責任と、国内における自由民主主義の自己抑制を両立させた結果である。

自国の象徴を刑罰で守らないという選択は、弱さではなく、国家権力が自らに課した強い制約の表れであり、日本国憲法の精神を制度的に体現した一つの到達点と評価すべきであろう。
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すんこっこ

すんこっこ

おやすみの前に誰かと話したくない?おやすみの前に誰かと話したくない?
自己と対話をせよ。

対話を他人に依拠することでしか
自分と向き合えない人間は
いずれ自分を見失う。
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