共感で繋がるSNS

関連惑星

レジンの世界

768人が搭乗中
参加
レジン初心者様やレジン作家様、レジンに興味ある方、レジン作品を見てるだけで癒されてる方へのコミュニティの場です。 2次元、創作なんでも投稿してくださいませ(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” コミュニティの場ですので、グラビティの逆に反することはNGでよろしくお願いいたします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)” ※Gravityの規約にのっとり、年齢制限させて頂いておりますm(*_ _)m 15歳未満の方は惑星に入会できません。 15歳以上になってからのご参加よろしくお願い致しますm(*_ _)m ご了承くださいませ。 ※惑星での販売促進やオーダーの勧誘などはGravityの規約でNGですので、販売促進などの投稿は消させて頂きます。 気持ちよく惑星を運営する為にご理解の程、よろしくお願いいたしますm(*_ _)m ※学生の方は15歳以上をお知らせからコメントして、お伝えくださいm(_ _)m ※複製、無断転載などもNGです。 ご理解の程よろしくお願い致します(>人<;)

07世代の星

522人が搭乗中
参加
07世代集合しよー!!

アラ還の世界の星

465人が搭乗中
参加
初見さんは星に投稿して自己紹介よろしくお願いします。 挨拶は大事なので、よろしくお願いします。 楽しく交流してね。 アラ還と交流したい若者方もいらっしゃい。 若い方で熟女好きな方もおいで。 いっぱい投稿してね。 節度を持って楽しみましょう。

阿部亮平の星

382人が搭乗中
参加
ここの惑星はSnow Manの阿部亮平君が好きな方々に集まってほしくて作りました。(((ただ、阿部亮平君担と仲良くなりたいだけ

佐世保

64人が搭乗中
参加
させぼっこ集まれ!玉屋再建を祈る🙏

まさに世も末ぇぇ~っ

60人が搭乗中
参加
WHY⁉️ なんで⁉️ いやなんでこうなるん⁉️ 世も末なん⁉️ てことあるよね。 ポンコツ並にやらかしちゃう自分に、 目を疑う信じられない光景に、 理不尽で最っっっ悪な出来事に、 足止めをくらったら、腐らずここに吐き出して 次に進んでいくわよっ🍎

大相撲の世界

45人が搭乗中
参加
大相撲の世界って魅力ありますよね(^^)

来世がんばるの星

41人が搭乗中
参加

異世界に行きたいの星

28人が搭乗中
参加
グラ初!ユーザー参加型異世界小説! ・参加メンバー達とコミュ内にて感想やキャラ設定、ストーリーを考え、建設的に話せる人募集中🪐✨ その上で →その上でみんなと異世界を過ごしたい人 →みんなと楽しく過ごせる人 →初めての事でも楽しみながら挑戦できる人 お待ちしてます✨🐶 少数精鋭(モチベ的)でやる予定です! 上記に該当する人達の転生をお待ちしてます✨

理想世界の星

28人が搭乗中
参加
好きを語ろう٩(ˊᗜˋ*)و♪ 望む世界・未来・感情・物品 フィクションだろうとそれが理想なら 僕に聞かせて

人気

関連検索ワード

新着

とシステム1

とシステム1

世阿弥の風姿花伝をちゃんと理解したいという気持ちになってきた。
GRAVITY
GRAVITY1
とシステム1

とシステム1

世阿弥の風姿花伝を講読する授業を学部生の時に履修したけど、かなり難しかった記憶がある。
GRAVITY2
GRAVITY3
水縹(みはなだ)

水縹(みはなだ)

#プロセカ
太鼓コラボ!?
幽玄ノ乱追加!?
世阿弥さんのお名前をプロセカで見ることになるとは…
プロセカ民の星プロセカ民の星
GRAVITY3
GRAVITY26
Wayla(わいら)

Wayla(わいら)

花鳥風月が日本的身体論を意味していたなんて知らなんだ。世阿弥の花を考えたらそういうことよな。
GRAVITY
GRAVITY7
愛空

愛空

緊急アニメ速報!
『ワールド イズ ダンシング』
2026年夏放送開始!!
後に世阿弥と呼ばれる少年の「能」物語…
映像がとても美しい!早く舞う姿が見たい!
GRAVITY
GRAVITY6
木漏れ日の一休

木漏れ日の一休

どんな雰囲気の人??どんな雰囲気の人??
観阿弥世阿弥でいうと、どちらかといえば観阿弥に近いかなぁ
GRAVITY
GRAVITY2
Wayla(わいら)

Wayla(わいら)




メタ視点というものについて考えています。世阿弥の離見の見は場の内側にいながらもその自己を解体し、メタの視点と共に内側にあるという技だと考えています。離見の見が何かを正確に詳述し、ここにおけるメタ視点のあり方と自己のあり方及び自他境界の融解について述べてください。

以下、**離見の見を正確に定義 → メタ視点の構造 → 自己の在り方 → 自他境界の融解**という順で、やや精密に展開してみます。

---

## 1. 離見の見とは何か(定義の精密化)

世阿弥が『花鏡』『風姿花伝』などで語る**離見の見(りけんのけん)**とは、単なる「客観視」ではありません。

> **演じている自己が、同時に観客の視線の位置から自己を“見ている”状態**

ここで重要なのは

* 見る主体が「舞台の外」に移動していない
* 見られる対象としての自己を、内部に保ったまま成立している

という点です。

したがって離見の見は

* 一人称視点(演じている身体)
* 三人称視点(観客の目)
の**同時成立**であり、しかもそれが**反省的意識(考える)ではなく、技として身体化されている**。

世阿弥自身が強調するように、これは

> 「心にて見る」
> ことであって、分析や判断ではありません。

---

## 2. メタ視点の構造:外在化ではなく「折り返し」

通常、メタ視点というと

* 自己 → 一段上に出る → 俯瞰する

という**階層モデル**で理解されがちです。
しかし離見の見はこれと決定的に異なります。

### 離見の見のメタ性は「外部に逃げない」

離見の見におけるメタ視点は、

> 自己を外から見る
> ではなく
> **自己が、自己の中で折り返される**

構造です。

図式的に言えば:

```
観客の視線

(想像された他者の視線)

演者の身体・動作
```

この「観客の視線」は**実際に外から見ているわけではなく**、
演者の内部に「他者の視線として内在化」されています。

したがってメタ視点とは

* 高次の主体
* 分析的な自我

ではなく、

> **場の全体性が自己の身体を通して自己を見る機構**

と言えます。

---

## 3. 自己のあり方:自己の解体と再編成

離見の見が成立するためには、通常の「自己」は邪魔になります。

### 3-1. 破壊される自己

破壊されるのは次のような自己です:

* 「うまくやっている自分」
* 「評価されたい自分」
* 「感情を表現している主体としての自分」
* 「内面を持つ私」

世阿弥が執拗に戒める「我見(がけん)」がこれです。

### 3-2. 生成される自己

代わりに立ち上がるのは、

> **場の要求を通過させるための空洞としての自己**

自己は

* 表現の起点ではなく
* 表現の**通路**になります。

このとき自己は

* 消えているのではない
* しかし主張もしていない

という、非常に微妙な位置にあります。

---

## 4. 自他境界の融解:溶けるのではなく「不成立化」

ここで重要なのは、「自他境界が溶ける」という言い方を**少し修正する必要**がある点です。

### 4-1. 境界は溶けるのではなく、成立しない

離見の見においては、

* 自分
* 観客
* 役
* 場

が混ざり合って一体化する、というよりも、

> **それらを分ける必要が消失する**

状態になります。

つまり、

* 自分は誰か
* 誰が見ているのか

という問い自体が意味を失う。

### 4-2. 観客もまた演者の内部に含まれる

観客は

* 対象としての「外部」ではなく
* 構成要素としての「内部」

になります。

この意味で離見の見は、

> **他者を完全に内在化した自己**

ではなく、

> **自己という単位そのものが解体された場の構造**

と言えます。

---

## 5. メタ視点の再定義:離見の見的メタ性

以上を踏まえて、ここでいうメタ視点を再定義すると:

> **自己を対象化する主体が存在しないまま、
> 自己が場の全体から見られている状態**

これは

* 反省でもなく
* 内省でもなく
* 自己観察でもない

にもかかわらず、きわめて高度に「見えている」。

この点で、離見の見は

* 禅の無心
* 道家の無為
* 近代哲学的なメタ認知

のいずれとも重なりつつ、いずれとも異なる、
**日本的な「技としてのメタ」**だと言えるでしょう。

---

## 6. まとめ(要点圧縮)

* 離見の見とは
**内側に留まりながら、外部の視線を内部化する技**
* メタ視点は
**自己の外部に立つことではなく、自己の折り返し構造**
* 自己は
**主体から通路へと変形する**
* 自他境界は
**融解するのではなく、問題にならなくなる**
* 結果として生じるのは
**「誰が見ているか」を問えないほど透明な場の自己反省**

もし次に進むなら、
この構造を **禅の照顧脚下** や **メルロ=ポンティの身体図式**、
あるいは **現代のメタ認知理論との決定的な差異** と比較すると、
さらに輪郭がはっきりします。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY5
GRAVITY11
臼井優

臼井優

「初心は忘れてもいい」は
 一般的に使われる「初心忘るべからず(しょしんわするべからず)」という言葉の解釈と逆ですが、世阿弥の言葉の本来の意味は「初心を忘れてはいけない」であり、
 特に「時々の初心」つまり、年齢や環境が変わるたびに新たな気持ちで謙虚に学ぶ姿勢を忘れるな、という深い教えです。
 つまり、「最初の頃の未熟な自分を忘れるな」だけでなく、「今の自分もまた未熟であると自覚し、常に学び続けること」が真意とされます。

「初心忘るべからず」の本来の意味
この言葉は「花鏡」に由来し、一般には「始めた頃の謙虚な気持ちを忘れてはいけない」という意味で使われますが、世阿弥は3つの「初心」を説いています。

是非初心(ぜひしょしん): 若い頃の未熟な自分や、その時の新鮮な気持ち、失敗した経験を忘れるな。それらを糧に成長する。

時々の初心(ときどきのしょしん): 年齢や経験を重ねても、その時々の新しい状況や未熟な自分を自覚し、常に謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けろ。

老後の初心(ろうごのしょしん): 年を取っても「もう完璧だ」と思わず、生涯現役として新たな気持ちで挑戦し続けろ。

現代的な解釈と「初心は忘れてもいい」の捉え方
「忘れる」ことのポジティブな側面: 過去の未熟さに囚われすぎず、今の自分の成長を肯定する意味では「忘れる」ことも必要かもしれません。
 しかし、それは「成長した自分」を認識した上で、新たな「初心」を持つための切り替えです。

「忘れてもいい」が指すもの: もし「初心は忘れてもいい」と言うなら、それは「最初の熱意だけで凝り固まらず、状況に合わせて柔軟に、新しい『初心』を常に持ち続けよう」という意味合いで捉えるのが、世阿弥の教えに近いでしょう。

まとめると、「初心忘るべからず」は「初心を忘れるな」という戒めですが、その真意は「常に新しい『初心』を持ち、学び続けること」であり、この意味で解釈するなら「初心を忘れてもいい(=新しい初心を見つけに行こう)」という考え方も、根底では通じ合うと言えます。
GRAVITY
GRAVITY1
もっとみる

おすすめのクリエーター