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マサヤス   龍之介

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岸辺🏝のコラム # 8

#神保町 #中古レコード


☆『我が青春の神保町 .2』

アディロンダックは滝沢さんが主宰していた中古レコード店で西島さんの紹介で知ったレコ屋だった。気さくな旦那然とした滝沢さんは現地アメリカまで行って直接買付けてジャズのレア盤を独自の眼力で選んできてくれる。最近そういうワールドワイドなお店は絶えて久しい。私は専らそのレアなSP盤の方にばかり目が行ってたが、やはりそのラインナップは他の追随を許さない。手に入れたヤツの一例、マイルス・デイビスのプレスティッジSP盤10インチで♫Out of The Blue ドドママのスポットライト盤なんてのがサクッと見付かるのが嬉しい。ダイナワシントンのマーキュリー時代の傑作♫It Isn't Fair を見付けたのもこの店だった。珍盤ではTボーンウォーカーのSP盤も確かここだった。♫I Got A Break Baby だった。ギルメレやアルコーンのSP盤は他では先ず見ない。そういうのに出会す楽しみはアディロンダックならではだった。一番のレア盤はバーバラリーのSP盤を見付けた時だったかも知れない。
アディロンダックはその後店仕舞いして駿河台下でアディロンダックカフェとして、リニューアルオープンして現在に至る。繁盛している様なので良き🙆‍♀️🙆‍♂️
カフェが開店した当初は通ったが、レコードを勧められてウザくなり遠ざかった。
次回は銀座シェルマン=シェルマンアートワークスをご紹介する。
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マサヤス   龍之介

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岸辺🏝️のコラム✍️ ♯ 14

#神保町


 ☆『我が青春の神保町 .9』

 ニットーレコード東京スタジオ、ここでは作曲家服部良一の意欲作が次々と録音され世に送り出されたが、その時代の印象的な作品としては服部がガーシュインに憧れて交響組曲的長尺盤を書き自らスコアを書いて録音された『意想曲1936年』と云う意欲作がこの吹込所で1935年昭和10年に録音されて、時移り今はここから程近い昭和館と云う国立の博物館にこの音盤が保存展示されていると云うのが、非常に感慨深い。学芸員もそんな歴史的事実を知った上でこのレコードを展示しているのだ、と思うと涙が滲んでくる。ただ、この作品自体はガーシュイン風でもなく、ましてやシンフォニック・ジャズでもないのが少し寂しかった。九段下ビルは解体決定後、この貴重な建物の解体を反対する声がSNSを中心に沸き起こり保存運動にまで発展したが、敢えなく2012年2月に消滅した。このビルに最後まで居住していたのは画家の大西信之。解体工事が始まる直前の2011年12月末まで居住していた。展示会も開催されたがそれは「このビルのことをもっと多くの人に知ってほしい」との思いから大西が企画したものである。尚、跡地には専大10号館が建っている。
 関東大震災と東日本大地震と云う2つの災禍に挟まれて旧九段下ビルは古えから現代まで多くの人々を魅了し続けた。

 専大前交差点に戻る途中のビルに嘗て、アディロンダックと云うJAZZ系中古レコード店があったと云うお話は当コラム♯ 8で書いた。その時に購入したレコードを紹介したが、字数の都合で漏れたレコードとしては、リーワイリーの名盤 Night in Manhattan のSPアルバムのセットを初めて観たのもここだったと思う。1950年のリリースだからSP盤なのは当たり前と云えばそれまでだが、こちとら、LP盤しか知らなかったので、ジャケもまるで違うデザインで新鮮に思えたものだ。その時に買っておけば…と今でも後悔している。リーワイリーはガーシュインやハロルドアーレン、或いはロヂャース&ハートのソングブックシリーズのオリジナル盤をここで購入したものだった。これらは1942年から43年に掛けて集中的にレコーディングされて、世界で初の作家別ソングブックアルバムとして名高い名盤群であった。
 

つづく。
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I've Got a Crush on You

Show Boat - O.S.T. (Turner)

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岸辺🏝のコラム # 7

#神保町


☆『我が青春の神保町 .1』

TONYレコードは現在までに移転しまくって3番目の店舗である。レコード社の向かいマツモトキヨシの3階が現在地だが、嘗てはマツキヨ前の白山通りの斜向かいにあり、私が行きまくったのは主にその時代である。創始者の西島経雄さんが二階の店舗に居た。今はその地はてもみんになってしまっている。西島さんからは筆舌に尽くし難いほどの恩恵に預かり、そんな交流から現在の店主真尾さんとも仲良く交流させて頂いている。つっても、大阪に来て早5年、ほぼナシのつぶてだが💦
西島さんとは恩恵…という程のこともなくただ店と客と云うだけのものだったが、兎に角、私のトラッド好きはこの店で培われたものと言っても過言ではない。そしてモダンジャズは今は無き水道橋のROOTで培われたと言っていい。店主の大原さんは新宿コレクターズで岡郷三さんの下で働いてから独立。私はコレクターズ末期に常連になり、大原さんとはそこで知己を得たので水道橋に新店を出した時もささやかなお花を送ったものだ。そのくらい入り浸った。
西島さんは神保町界隈の各種中古レコ屋さんを私に勧めて下さりそのお陰で言われた所にはほぼほぼ通ったが、そのうちの2店舗だけ馴染めなかった。西島さんについては幾つかの文献で紹介されていたが、吉祥寺の老舗ジャズ喫茶メグを主宰していた寺島靖国氏はこのTONYレコードには最敬礼して入店する、と書いていた。『東京レコ屋ヒストリー』の若杉実氏はシビアなTONYレコードヒストリーを書いていた。取材を受けた現主宰者真尾さんは好印象とは言い難い、と仰っていた。西島さんは兎に角全ての20世紀芸術は1930年代までで終わっている、というのが持論でビング・クロスビーを皮切りにベニーグッドマン、バニーベリガンと言ったスイング時代のジャズが自家薬籠中であった。お陰で私の趣向もそっちに偏説してしまっている。私が30代の時にビックスバイダーベックとジャンゴ・ラインハルトの音楽をふんだんに使った洋画が公開されたので、ズブズブにハマりTONYさんで2人の海外盤を買いまくった。思えばいい時代だった。西島さんが私に紹介してくれた神保町の中古レコ屋は数店舗あったが一番ハマったのがアディロンダックであろう。

つづく…。
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I'll See You In My Dreams

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