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誤条悟

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架空エッセイシリーズの1篇です。
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即興なので、文章自体はおかしなところもあるかもしれませんが4時間ほどで書きました。

カーテンコールはまもなく

第42回 ニュースな女



 著名なニュースキャスターが亡くなったんですってね。歯に衣着せぬ発言で次々と社会問題を斬っていく姿が軽快で、世間いっぱんのニュースにさほど興味のないわたくしも思わず魅入ってしまう独特な佇まいの方でしたわね。なんにせよ、ブラウン管の中で馴染み深い方がまたひとり去っていくのは寂しいものです。



 さて、ニュースといえば、このわたくしも危うく世間をお騒がせする事になりかけたことがありましたのよ。いつもお騒がせしてるじゃないかって? いやあね、これでもわたくしわきまえてますから、そんなニュースで報じられるようなことはしておりません。……まあ、してたんですけどね。でも、結果そうなったってだけで、最初はそんな大それたことになるなんて夢にも思わなかったのよ。だから人生って不思議なんです。





 あの有名な二大文学賞の発表の時期になりましたわね。そうです。あまり文学に詳しくない方でもご存知の、あの文学賞です。皆さん『小悪魔探偵シリーズ』っていうミステリー小説をご存知? 小悪魔系女子の橘まりあを探偵役とする、短編から長編まで合わせて計100作以上あるミステリー小説大家Dの代表作です。なんでも、今は作家も若手に変えて、主人公もまりあの孫娘に変わった令和編という新シリーズまであるそうです。ドラマにも頻繁になっているから皆様も観たことがあるかもしれませんわね。



 短大時代からの古い友人にDという男がいました。わたくしと出会った頃は新人賞を受賞したばかりの駆け出しでしたが、いつの間にか人気ミステリー作家となっていて、その日は彼の長編作品が二大文学賞のN賞を受賞しそうというんで、麹町にあるカフェになぜか呼び出されたんですわ。待ち会ってわかるかしら? A賞とN賞って、選考委員の作家たちの話し合いによって決定され、そうしたらすぐに受賞者本人に連絡があるんですけど、それまでの間、たいていの候補者たちは担当編集者と一緒にどこかのお店で待機しているのよ。受賞か落選かはっきりするまで。まあ、この頃の時代は携帯電話もありませんでしたので、Dの担当編集者のいるB社にまず連絡があり、そこから待機しているカフェまで取り次いでもらうという形でしたけど。執筆に詰まったら「寂しいから来て」と呼んで、ねんごろになったと思ったら、急にアイデアが思い付いたようでわたくしのことをほったらかして机に向かうようなDでしたけど、それでもさすがに N賞の受賞となると気が気でないようでした。



「よく来てくれたよ、蓼科さん。いや、『デスティニーランド殺人事件』がまさかN賞候補となるなんて夢にも思わなくてね」



 出会った頃からDはディズニーのアニメが好きだったのですが、その頃開設したばかりのディズニーランドを元に小説を書き、それがN賞候補にまでなるんですからまさに好きこそ物の上手なれですわね。



「経費で落ちるだろうからディズニーランドに取材旅行に行かせてくれとあなたが言ったときは、何言ってんだこいつと思いましたが、こうして結果にしてくれたから私はなにも言いませんよ」



 そう淡々と告げるのは、Dをデビュー以来支える担当編集者のY。D夫人でもあります。化粧っ気も無く、眼鏡を掛けた地味な見た目ですが、眼鏡の奥の瞳は鋭く、編集者らしい観察眼を感じます。



「いやあ、まだ受賞が確定したわけではないからね、ぼくの小説なんてエンタメに特化してるから、正直受賞は厳しいんじゃないかなあ」



 いつもはふてぶてしいDでしたが、さすがにこの日は弱気でした。だからといって本妻といるこの場に、愛人のわたくしを呼ぶのはどうかしていると思いましたが。わたくしが言うのもあれですが、作家だけあって並大抵の精神ではないのです。



「売り上げ的にも、過去最高、前評判的にも『主人公の魅力が突出している。いくつかの瑕疵をカバーできるほどの力がDの描くキャラクターにはある』とありました。事前予測では受賞の最右翼があなたでしたよ」



 ナーバスになるDをフォローしながら、Yはわたくしをちらりと見ました。



「新人賞を受賞しても、そこから次の作品がなかなか生まれなかったあなたが、急に意気揚々と電話してきて「すごい作品ができたから読んでくれ」と、シリーズ1作目の『小悪魔は見逃さない』を持ってきたときは、驚いたものです。難解な社会派ミステリーばかり書いてきたあなたが急にポップなエンタメ寄りの作品を書いてきたんですから。あっ、蓼科さん、お構いなくコーヒー冷めないうちにお飲みください」



 さすがにわたくしもわきまえてますから、本妻を前にモデル料をよこせなどとは冗談でも言えません。あなたは猫みたいに気ままに生きているね、と日頃から言われるわたくしもこの日ばかりは借りてきた猫のように大人しくするしかありませんでした。



「みりあさん、その角砂糖使わないなら、ぼくにくれない? ……って、コーヒー自体がもうないか、よし、おかわりを頼むか、すいませーん!!」



 Dが追加注文を頼むために立ち上がると同時に、カフェの店主がわたくしたちの席に駆け寄ってきました。



「Dさん! B社から電話来たよ! N賞受賞だって!!」



 驚いたDは、そのままその場に尻もちをついてしまいました。



「ウソだろ……ぼくがN賞だって……夢みたいだ。ねえ、ちょっとふたりぼくの頬をつねってくれないか?」



 そうして、わたくしはDの左の頬を、Yは右の頬をつねったのです。それは傍から見たら、あまりにも奇妙な光景だったでしょう。



「痛い! Y! 君のつねり方、ちょっとキツすぎない? ……でも、夢じゃないんだなあ。夢が現実になるってのは、こういうことなんだなあ」



「満足したら、受賞の記者会見がありますから、B社に行く準備をしますよ。さあ、立ってください」



 Yが促すと、Dは涙目になりながらわたくしの方を見ながら言いました。



「やっ、ちょっと腰が抜けちゃってさあ……起こすの手伝ってくれないかな」



 まったく情けない大作家様です。でも、このようなところにわたくしは惹かれたのでしょう。



 なんとかYとふたりして、Dを支えていると、店の扉が勢いよく開き、堰を切ったように次々と人が入ってきました。



「Dさん! N賞受賞おめでとうございます!」

「受賞のコメントを!」



 それはN賞受賞のDを取材しに来た記者たちでした。受賞最有力候補であるDから最速でコメントをもらうためにカフェの近くで待機していたみたいですね。もし落選したら無駄骨というのに、まったく仕事熱心ですわね。

「そちらにいるのはB社の担当編集者で、奥様でもあるYさん! あなたにもコメントをいただきたいのです」

 狭いカフェの中が急に賑やかしくなります。「人気作家をデビュー時から支える糟糠の妻! という見出しはどうだろうか……」と打ち合わせのような会話がそこかしらから聞こえてきます。



 記者の中のひとりがわたくしの姿を認め、声を掛けてきました。

「えと……あなたは、Dさんとどのようなご関係で? ……え、……あれ?」

 上から下まで、わたくしを舐め回すように見たあと、得心したように言いました。



「あなた、もしかしたら、小悪魔探偵のモデルになった方じゃあ……」



 その記者の何気ない一言に端を発し、次々とわたくしの周りに記者たちが集まってきたのです。



「小悪魔探偵のモデル! これは良い記事になるぞ!」

「すげえ美人じゃねえか! おい! 写真撮っとけよ!!」

 なかにはカメラでわたくしを次々と撮る記者まで現れました。



 困りましたわ、この状況、いったいどうしたらいいのかしらと立ちすくんでいたら、群がる記者たちの間にYが割って入ってきました。

「その方はDの友人ではありますが、一般の方なんで騒ぎ立てることの無いようにお願い致します」

 受賞作の出版はN賞を主催するB社から。そしてまたYもB社に所属する編集者でした。B社のお膝元であるYから苦言を呈されたら、記者たちは黙るしかありません。なんせN賞受賞作家となったら出版社のドル箱ですから、スキャンダルは控えたいのです。

「そうは言ってもDさんや御本人が認めるなら記事にしてもよいんじゃないっすか?」



 Yの鋭い視線にも怯まず、まだ何人かの記者がわたくしの前に残り、「あなたが小悪魔探偵のモデルなんですよね? Dさんとのご関係は?」などと、詰め寄ります。

 そのときでした。

「ヴおっ、ヴォアーーっ、はっ、吐きそうだっ!!」

 Dが突然、奇声を発して、今にも嘔吐しそうだと言わんばかりに苦しそうに、ビール腹をダンダンとドラムのように叩きます。

「はっ、吐いたら君たちにも掛かっちゃうかもしれないぞーっ、どいたどいたーー」

 それは下手な芝居でした。それでもD本人からしてみたら屈指の演技だったのでしょう。わたくしが少し呆れながらDを見ると、彼は一瞬だけ真っ直ぐな瞳でわたくしを見たのです。それは今のうちにここから逃げなさいと、暗に言っているようでした。まったく滑稽なヒーローもあったものです。

 散り散りになる人たちの間を抜け、店から出ようと扉の側にYがいました。

「あなたの分の会計はこちらで払っておきますから、ご心配なく。それと、今まで長い間ありがとうございました」

 深々と礼をするYの感情は、読み取れません。

「こちらこそ。お間抜けな王子様が逃げないように見張っていてね、お姫様」

 そうしてわたくしは、店を出たのです。

 外はすっかり暗くなっていました。

 それ以来、DとYとは一度も会っていません。



 その年のN賞受賞となった『小悪魔探偵シリーズ』は国民的ミステリー小説となり、シリーズを重ね続きます。はじめは女子大生だった探偵、橘まりあはやがて就職し、結婚し、専業主婦になり、子供が生まれてもミステリーという冒険に挑み続けていたのです。わたくしと併走するように。やがてDも年老いて、一線から退くことになり、シリーズは令和編として、新たな作家に受け継がれます。主人公はまりあの孫、橘みりあ。Dは新シリーズを別作家に受け継ぐ際、好きなように書いていいけど、どういうわけか、この「みりあ」という名前だけは譲らなかったそうです。不思議ですわね。





 最近、ニュースで久々にDの姿を見ました。Dは今では、エッセイなどを文芸誌の片隅でひっそりと発表しながら悠々自適と老後の生活を送っていたそうです。昨年、長年連れ添った元編集者の夫人に旅立たれたとか。そんな彼が最後の小説を執筆するそうです。

「もちろん『小悪魔探偵シリーズ』になりますよ。ぼくが書くのは、これが最後になるだろうね。小説は久々で、勘を取り戻せるか不安だけど、最後に盛大な花火を打ち上げたいと思うんですよ。彼女にも見てもらえるように……ね?」

 モニターの中で、そう語るDの瞳は、相変わらず少年のように輝いていたのです。
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