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くろ
『All The Wicked Girls』
Chris Whitaker 著 鈴木恵 訳
時は1995年、舞台はアメリカアラバマ州の小さな町、グレイス。
アメリカ南部の田舎町に暮らす人々生活を一変させたその無惨な事件が起きたのは、皮肉にも慈悲の名を冠するグレイスだった。
一人、また一人と相次いで失踪する少女。
失踪した地域に因んで彼女たちは「プライアー・ガールズ」と呼ばれた。
偶然に目撃された誘拐犯のシルエットから「鳥男」と恐れられた犯人に、双子の姉、サマーが誘拐されるなどとは夢にも思わなかった主人公のレイン。
穏やかで柔和な姉と違い、活発で奔放な妹のレインは町全体を巻き込みながら姉の行方を探し出す…。
「どんなことにも赦しがあると思ったら大まちがい。不品行に赦しはない」ー本書より抜粋
著作者の哲学なのか、多分に宗教的な要素
が散りばめられた本書。
そんな物語のエッセンスを言葉に集約させるなら「不品行と因果」というところ。
現実の事件もそうだが、たいていの場合、関係者は知っていること全てを語らないものだ。
なぜなら不都合な真実のない犯罪などほとんどないから。
一つ一つは単純な事件でも、関係者が口を閉ざす「不品行」のお陰でどんどん迷宮と化していくその様が生々しく巧みに描写されている。
レインとサマーを軸に、複数の登場人物目線と時系列を目まぐるしく切り替えながら鳥男の正体に迫る形で綴られていて、不気味さと緊張感に溢れる物語に惹き込む手腕が素晴らしい。
その落とし所をまさに因果という形に収めているところもまた非常に好印象だった。
誰しもが本当の正しさというものにうっすらと気付いているのかも知れない。
それが自分に不都合なことであれ、そのぼやけた輪郭がはっきりするまで真実に向き合い行動すること。それが優しさや強さと言われるものなのかもしれない。
複雑に絡み合う深刻な問題の解消に腐心している。そのための勇気や赦しが欲しい。
そんな方に手に取っていただきたい一冊。

くろ
『Leave The World Behind』
©️Rumaan Alam 高山真由美 訳
アメリカ、ニューヨーク校外にある別荘。
アマンダとクレイは二人の子供を連れて、その別荘を借り素敵なバカンスを楽しむはずだった。
初日こそ想像していた優雅な時間を過ごしたものの、夜半に聞こえたノックの音が全てを変える。
「信じることと事実であることのあいだにはなんの関連もないというのは知っていた」-本書より抜粋
人は普通、想定外の出来事や想像もしていなかった現象に出くわすと、一旦フリーズし、そしてパニックになる。
その様子が生々しく描写されている。
暴力的な、あるいは猟奇的なシーンが全くと言って差し支えないほどなく、ともすれば穏やかで騒乱が滑稽に感じるにも関わらず、読み手に焦燥感と不安を植え付ける展開は素晴らしい。
書けない、もしくは書かない方がいいことをサラッと流しているところも好印象だった。
閉鎖的な空間を舞台に物語が進行するため登場人物が少なく比較的読みやすいので、興味のある方は気持ちに余裕のある日のお供に是非。

くろ
『We Are All Completely Beside Ourselves』
©️Karen Joy Fowler 矢倉尚子 訳
幼い頃に失踪した姉、それを追うように同じく失踪した兄。
母は精神に変調を来し、父は外界に対し何事もなかったかのように振る舞うものの酒に溺れていた。
当の主人公はと言うと、全てを忘れることで日常に馴染もうとしていた。
親が思うものと子供の実情はかなり異なる場合が多い。その逆も言わずもがな。
「こうあって欲しい」というフィルターを通して見る世界と現実は、親子の間に埋め難い溝を作ってしまう。
「だいたいどこの家にも、親のお気に入りの子どもがいるものだ。親はとんでもないと否定するし、実際本人は気づいていないのかもしれないが、子どもたちにははっきりと見えている。子供は不公平が大嫌いだ。いつも二番手に置かれるのはつらい。
逆に、ひいきにされる立場もつらいものだ。愛される理由があろうがなかろうが、お気に入りというのは重荷なものである」-本書より抜粋
共有する時間の長さと親密さ、親密さと理解の深さはどちらも混同されやすい。
私たち人間には、他者の考えをテレパシーのように読む能力は備わっていないし、また後天的に発現することも勿論ない。
万事、わかったような気になるだけであることは胸に刻んでおくべきだと思う。
この本の主張は、だから考えなくていいと言うのではなく、むしろ逆。
何より大切な人の大切なことなのに正解な答えが得られないからこそ、真摯に相手と向き合うことが肝要なのだと身につまされた。
家族のあり方、関わり方について悩む方には是非ご一読いただきたい一冊。
ここでは紹介しなかったが、姉妹というフレーズにはトリックがある。新鮮な驚きと共に読み進めていただけるのではないかと思う。

くろ
『ごんぎつね』
©️新美南吉 Michael Brase 訳
初等教育の教科書にも載っており、おそらくほとんどの人が一度は読んだことがある国民的名著。
ごんぎつねが教えてくれた最も価値ある教訓は「物事には必ず自分の知らない側面がある」ということだと思う。
現象や他人の行動の意味を決めつけて、衝動的な行動に及ぶと大抵ロクなことにならない。
万事において、自分から見えているのは氷山の一角くらいに考えておいた方が決定的な間違いを犯さずにすむことが多い。
「ごん、お前だったのか」
責任の取りようがない、取り返しのつかない間違いというのは、ある。
そうならないようによく見て、よく聞いて、よく考え、ちゃんと伝えなさいと教えてくれる。
幼少期から大好きな物語。今回は英訳版を読んでみた。
話の流れは頭に入っているので、わからない単語は読み飛ばしていけることと、あの台詞をこう訳すのかという新鮮な驚きが小気味良い。
英語だろうが日本語だろうが、読み返して泣くのは何十年経へても変わらなかった。


くろ
『The London Eye Mystery』
©️Siobhan Dowd 越前敏弥 訳
イングランド、ミレニアム記念事業の一つとして建築された巨大な観覧車は、通称ロンドン・アイと呼ばれる。
2006年までは世界最大だった観覧車としても知られるその目の一つに乗り込んだ少年、サリム。
従兄弟のテッドとカットが地上から見守る中、サリムは忽然と姿を消してしまった。
突然の失踪にサリムとテッド、カットの両親は大騒ぎ。時間が経っても帰ってこない状況に、警察、メディアまで巻き込んだ騒動に発展する。
事件に関わる大人が誰一人として失踪への解答を見出せずにいる中、テッドとカットが独自の視点と行動からその謎を解き明かす。
本書は純粋なミステリー小説であり、スパイス程度の怖さはあるものの、全体的に穏やかで楽しく読み進めることができた。
ロンドンの街の描写も素晴らしく、自身もテッドとカットと共に歴史ある観光地を歩き回っているような感覚を楽しめる。
ポスターの裏表、建物の外観と内観のように、視点を変えてみると物事が全く異なる顔を見せる新鮮さが痛快な一冊。
心からミステリーが好きな方にはもちろんのことだが、訳文が軽快でページ数も程よくまとまっているので、重い本に疲れてスナック菓子のような閑話休題を求める方には是非おすすめしたい。

くろ
『The Marlow Murder Club』
©️Robert Thorogood 高山祥子 訳
イングランド、ロンドン郊外の閑静な街マーロー。
物騒な事件とは無縁だった住民たちの困惑をよそに、立て続けに起こる殺人事件。
一人、また一人と犠牲者が増える中、捜査線上に浮上してくる複数人の容疑者。
そのいずれも殺人の動機がありながらも鉄壁のアリバイを持つことが、捜査官の苦悩を煽る。
そんな中、マーローに住む三人の女性が偶然の引き合わせで事件に関わっていく。
長らく寡婦のジュディス。
ドッグウォーカーのスージー。
司祭の妻ベッティ。
それぞれが振り絞る知恵が、彼女たちを真犯人へと近づけていく。
全くの一般人が殺人事件に関わっていく様子に手に汗を握る。
何度か命拾いと言って差し支えない事態に巻き込まれながらも、パワフルに事件を解決していく三人の女性から目が離せなかった。
「人生で一つ教訓を学んだとしたら、それは、ひとを近づけすぎるべきではないということだった。何もかも自分一人でやったほうが、常に物事はうまくいく」ー本書より抜粋
一際力強いジュディスの矜持は素晴らしい。
自分がコントロールできるのは自分だけであり、他人は思い通りには動かない。
他人に頼るということはコントロール不可能な不確定要素を増やすということ。
大切な物事、重要な決断を迫られた際に、他人を頼るというのは基本的に最終手段であると心得るべきだろう。
ミステリー・サスペンスというよりもエンターテイメントの色が濃い一冊。
前者のジャンルに馴染みの薄い方でも抵抗感少なく読み進められるのではないかと思う。

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