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紫苑/しおん🐈⬛
⑥制作中のジレンマ
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制作は、私のアトリエで行われた。外光が一定に入る時間帯を選び、余計な音はすべて遮った。時計の針が進む音だけが、かろうじて残っていた。
王は、言われた通りの位置に立った。姿勢は崩れない。だが、緊張している様子もなかった。
私は彼を見ている。
彼は私に見られている。
その関係は、最初から対等ではなかった。
「どんな顔をすればいいですか。」
彼が聞いた。
『何もしなくていい。そこにいてくれれば。』
その言葉が正しかったのかどうかは、分からない。
だが私は、そう言うしかなかった。
描き始めると、彼は動かなくなった。彫像のように、というより、すでに「描かれる側の身体」になっていた。
私は線を引きながら考えていた。
彼のどこを描いているのかを。
骨格か。
文化か。
沈黙か。
それとも、私自身の欲望か。
「見られるの、慣れてますから。」
彼は、ふいにそう言った。
私は筆を止めた。
「昔から、どこから来たのかって聞かれてきました。」
「どの国の人か、とか。何人なのか、とか。」
彼は、こちらを見なかった。壁の一点を見つめながら、事実だけを並べていく。
「今は、何を描かれているのかも、だいたい分かります。」
私は返事をしなかった。
返せなかった。
私は彼を、“意味のある存在”として描こうとしていた。系譜、多文化、境界、継承。そうした言葉が、頭の中を行き来していた。
だが彼は、その意味を与えられる側であることに、すでに慣れていた。
「勝手に使われる感じ、ありますよね。」
淡々とした声だった。
責める調子ではない。
だからこそ、逃げ場がなかった。
私は気づいてしまった。私は彼を理解しようとしているのではない。彼を、分かる形にしようとしている。
「やめますか?」
彼が聞いた。
その問いは、優しかった。
私のための問いだった。
『いや……続けよう。』
そう言ったものの、声に確信はなかった。
私は描き続けた。だが線は、以前より慎重になり、意味を主張することを、少しずつやめ始めていた。彼を象徴にしないこと。語らせないこと。分からないままで、留めること。
それが、いまの私にできる、唯一の誠実さだった。
彼は、その変化に気づいていた。
何も言わず、
ただ、少しだけ立ち方を緩めた。
その瞬間、
私ははじめて、
彼がモデルではなく、
ひとりの人間として、そこに立っているのを見た。
#創作小説 #紫苑 #Lineage

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