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まさ🫧❀
静かな朝の空気のなか、
紫苑がひとつ、またひとつ露を抱いています。
淡い光が花弁を透かすたび、
心の奥に、やさしい記憶が灯りました。
花言葉:「君を忘れない」「追憶」
── 今日の光が、あなたの想いをそっと包みますように❀
#紫苑
#心の呼吸 #ひかりの余韻
#幻想AIイラスト #DigitalArt


紫苑/しおん🐈⬛
◆第1章〖花彩命の花〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その夜、少女はなかなか眠れなかった。
胸の奥が、きゅうっと痛む。
涙の跡が乾かないまま、布団の中で目を閉じたり開いたりしているうちに、ふと、世界が静かに反転した。
気づくと、少女は立っていた。
足元には柔らかな土。
まわりには、まだ夜とも朝とも言えない薄い青の空気。
雨上がりのような湿った匂い。
その真ん中にーー庭があった。
花が、いくつも、いくつも、咲いている。
赤、青、白、桃色。形も大きさも、どれ一つとして同じものはない。
なのに、不思議と静かだった。
風が吹かないのに、花びらだけが小さく揺れている。
ここがどこなのか。どうして来てしまったのか。
少女には、わからなかった。
ただ一つだけ、目を離せないものがあった。
庭の中心近く、月明かりの残り香のような光の中で、
一輪の紫の花が、他のどれよりも強く、静かに光っていた。
細い茎に、細やかな花びらがいくつも重なっている。
紫は、夜空の色とも、鮮やかな毒の色とも違う。
深い願いと、寂しさと、真っ直ぐさが、一色になったような紫。
その花の隣にーー黒い猫が座っていた。
艶のある黒い毛並み。
首には、細い紫のリボン。
目だけが、遠い星の光を映したように、金色にきらりと光っている。
猫は、じっと少女を見つめていた。
「……あなたは、だれ?」
少女がつぶやくと、猫は何も言わなかった。
代わりに、尻尾の先を一度だけ揺らし、すっと立ち上がる。
そして、音もなく花の間を歩き始めた。
「ついておいで」と言われたような気がして、少女は慌てて後を追う。
手には、小さなランタンがぶら下がっていた。
いつから持っていたのか、覚えていない。
けれど、その灯りは驚くほど弱く、
すぐ前の土と、足元の花びらを照らすのがやっとだった。
#花彩命の庭 #紫苑

anonimous
「71歳、年金月5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活」
を完読。
個人的には、国民年金+厚生年金で足りない分
結構な掛け金で個人年金の支払いしてます👛
紫苑さんは立派に子育てを終えた
シングルマザーですが
自分も自分分は一人で人生、
全うする派なので。
生活や暮しぶり、センス、食生活など
シンパシーを感じる部分が沢山😊
暮らしや生活=人生ですよね👍
家を買い、月5万で暮らす様子も
ためになり
なにより貧富とか比べずに
暮らしを楽しむ様と
節約の知性が素敵🤗
賢いね👍
頼りない政治に働きもしつつ
我が身も工夫して
同じように生き生き
生きたいですね😊
#年金
#老後
#読書
#ビブリオマニア

読書 BGM

ゆな

紫苑

紫苑/しおん🐈⬛
◆第3章〖紫苑の記憶〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
庭のもっとも静かな場所に、紫の花は揺れている。
赤ほど激しくもなく、青ほど冷たくもない。
白ほどまぶしくも、桃色ほど甘くもない。
遠くから見ているだけで、胸の奥がじんと痛んでくる。
「……これは、嫌っ」
少女は、思わず小さく首を振った。
ランタンの灯りが震え、掌に影が縞模様を描く。
紫の花の周りには、空気の層が一枚あるように思えた。
そこだけ、時間が少し違う。
そこで揺れているものを見てしまったら、
もう元には戻れないような気がした。
猫は、そんな少女をじっと見上げる。
するりと歩み寄ると、
猫は少女の足元に身体を寄せ、
前足で、そっと少女の手の甲に触れた。
目が合う。
ーー見なくていい、とは言わない。
ーー見なさい、とも言わない。
ただ、「いっしょにいる」とだけ伝えるような眼差し。
少女は、ゆっくりと息を吸う。
そして、小さく呟いた。
「……ちょっとだけ、見る」
震える指先を伸ばし、紫の花びらに触れた瞬間、
世界が深く、深く、沈みこんだ。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆第2章〖花の記憶をめぐる〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
猫に導かれ、少女は庭の奥へ進んでいく。
最初にたどり着いたのは、赤い花の群れだった。
炎のようにとがった花びら。
近づくと、胸の奥が熱くなる。
触れるのが怖かった。
けれど、猫がふと振り返り、少女の目をまっすぐ見る。
ーー大丈夫。
声は聞こえない。
それでも、そう言われたような気がした。
少女がそっと赤い花に指先をのせた瞬間、
視界が、ぱっと、別の光景に変わる。
怒鳴り声。
ぐしゃぐしゃに丸めたプリント。
じっとこらえていた涙。
床の模様、消しゴムの欠片、固く結んだ自分の拳。
「もういい」と言われた瞬間、
本当は「よくない」と叫びたかったこと。
胸の奥に押し込めていた怒りが、
赤い花の中で息をしている。
少女が息をのむと、猫がすぐそばに来て、
その手に自分の頭をこつんと押しつけてきた。
ーー見えたね。
そんな声が、心の奥に滑り込んでくる。
次の瞬間、少女はまた庭に戻っていた。
次は、青い花。
冷んやりとした、深い水の色。
触れれば、足元が無くなるような予感がする。
けれど、また猫が振り返る。
金色の目の中に、自分が小さく映っている。
少女がそっと青に触れると、
暗い廊下、閉まるドア、返ってこない返事、
胸につかえたままの「行かないで」が、
寒い水の底から浮かび上がってきた。
白い花は、ひどく眩しかった。
上手く笑えた日。
ほんの一言をかけてくれた誰かの声。
自分だけの宝物みたいに感じた瞬間。
桃色の花は、柔らかすぎて、指が沈んだ。
「助けて」と言えなかった夜。
「そばにいて」と言いたかった朝。
それでも、言わなかった自分。
少女が一つ一つの花に触れるたび、
胸の中で固まっていたものが、少しずつ形を取り戻していく。
怒りも、恐れも、希望も、甘えも。
全部が、確かに「ここにいた」のだと、花々は教えてくれる。
けれど、どうしても近づけない色があった。
それが――紫だった。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆第5章〖結び直し〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
一輪だけだったはずの紫苑の花が、
少女の足元から、静かに増えていく。
祈るようにのびた茎。
まっすぐ立ち上がる細い背筋。
その先に、柔らかな花びらがいくつも開き、
同じ紫でありながら、少しずつ違う色合いを見せる。
深い夜のような紫。
朝焼けがまじりはじめた紫。
誰かの手と手がそっと重なる瞬間のような紫。
それはもう、「苦しみ」だけの色ではなかった。
祈り。
願い。
強さ。
しなやかさ。
倒れてもまた起き上がってきた、いくつもの日々。
少女が泣きながら光る欠片を胸に抱きしめると、
紫の花の中の小さな自分も、
やっと黒猫から顔を上げた。
「私は私の最大の味方」
今度は、二人が同時に、その言葉を口にする。
紫の中の自分と、ここに立つ自分とが、
同じ声で、同じ約束を、もう一度結び直す。
庭に紫苑の花が一面に咲き広がる中、
猫が、そっと少女の膝の上に乗ってきた。
重みは、不思議と軽い。
なのに、確かに温かい。
喉の奥から、かすかな音が聞こえる。
ぐるぐるとも、ふるふるともつかない、小さな振動。
「……大丈夫、って言ってるの?」
少女がたずねると、猫はゆっくり目を閉じた。
金色の瞳が細くなり、
そのすべてが信頼と、優しい肯定の光に変わっていく。
ーー大丈夫。まだ続いていくよ。
言葉にならない言葉が、心の奥に沈んでいく。
悲しみが消えるわけではない。
失ったものが戻るわけでもない。
それでも、「続き」を歩いていける。
そういう種類の「大丈夫」。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆第4章〖本当の痛みの名〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そこにいたのは、もう一人の自分だった。
小さな背中。
うつむいた横顔。
抱きしめているのは、よれた毛布と、一匹の黒猫。
黒猫は、まだ小さい。
けれど、その目の色も、首のリボンも、今そばにいる猫と同じだった。
「どうして、一人でいたの?」
気づくと、少女は問いかけていた。
紫の花の中の小さな自分は、少しだけ首をすくめる。
「どうして、黙っていたの?」
声が、震える。
聞きたくないのに、どうしても聞きたい。
「どうして、誰にも頼らなかったの?」
少女の問いは、相手に向けたものではなかった。
ずっと昔、自分に向けられていたはずだった問いかけ。
紫の中の小さな自分は、
ぎゅっと黒猫を抱きしめたまま、目をぎゅうっとつぶっている。
何も言わない。
ただ、肩がこわばり、唇がかすかに震えている。
少女は、その姿を見て、言葉を失った。
責めるつもりなんてなかった。
ただ、知りたかっただけだ。
けれど、紫の花の中に閉じこめられた過去の自分は、
問われれば問われるほど、小さく小さく丸まっていく。
その時だった。
すぐそばで、微かな気配が動いた。
紫のリボンをつけた猫が、
静かに少女を見ていた。
猫は少女に近づくと、すっと頭を下げ、
自分の首についた紫のリボンの結び目を解くように、言っているようだった。
「……?」
少女がリボン解く中、猫は静かに少女を見ていた。
布がするりと解け、空中で一度だけふわりと舞う。
ほどけた結び目の内側から、
小さな光る欠片が、土の上に零れ落ちた。
それは、ほんの小さな石とも、ガラス片ともつかないものだった。
少女が手を伸ばすと、その表面に文字が刻まれているのが見えた。
ーー私は私の最大の味方。
声に出した瞬間、胸の奥で何かが、はっきりと鳴った。
その言葉を、少女は知っていた。
いつか、自分で決めたはずの言葉だ。
誰に教えられたわけでもなく、
誰かに認められるためでもなく、
いつか夜のどこかで、ひとりで握りしめた約束。
それなのに、いつの間にか忘れていた。
忙しさや不安や、誰かの声に押されて、
自分で自分を守ると決めた日の自分を、
どこかに置き去りにしてきた。
少女の目から、涙がこぼれた。
紫の花の中の小さな自分が、そっと顔を上げる。
その腕の中で眠るように丸まっていた、小さな黒猫もまた。
「……ごめんね」
少女は、紫の中の自分に向かってうつむいた。
「どうして」と責めるための言葉じゃない。
「守れなかったね」と認めるための言葉。
「ひとりにして、ごめん。黙っていても仕方がないって、勝手に決めて、ごめん。誰にも頼らないし形でしか、生きられないって、思い込んで、ごめん」
泣きながら言葉を零すたび、
少女の足元の土が、しっとりと濡れていく。
その涙が、光る欠片に落ちた。
紫の花が、ふるえた。
#花彩命の庭 #紫苑

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紫苑/しおん🐈⬛
◆終章〖二つの花の前で〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ある日、弟はいつものように墓へ行った。
空は高く、少し風がある日だった。
忘れ草は少し背が伸びて、
前よりたくさんの花をつけていた。
紫苑も、その横で静かに色を見せていた。
弟は、ふたつの花の前にしゃがんだ。
黒猫が、当たり前のように隣に座る。
「兄さんは、どうしているかな」
弟は心の中でつぶやいた。
以前のように、兄を責める気持ちはもうなかった。
忘れ草のきいろを見ていると、
兄が自分の毎日をなんとか守ろうとしている姿が
目に浮かんだ。
紫苑のむらさきを見ていると、
自分が父を思い出しながら
少しずつ前へ歩こうとしていることが、
静かに分かってきた。
忘れて進む人もいる。
抱えたまま進む人もいる。
どちらも、その人が選んだ道だ。
「父さんなら、どっちも笑って見てくれるかな」
弟がそう心の中でたずねたとき、
猫が小さくしっぽをゆらした。
ただの風かもしれない。
それでも弟は、
何かにそっと背中を押された気がした。
弟は立ち上がり、
墓に向かって一礼した。
忘れ草と紫苑のあいだを
黒猫が通りぬけていく。
きいろとむらさきが、
同じ光の中で揺れていた。
#花彩命の庭 #紫苑

アルジャーノン

紫苑/しおん🐈⬛
◆第3章〖弟の紫苑〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
弟は、兄とは違う道を選びたかった。
忘れ草の前に立つたびに、
胸の中で何かが解けていくのを感じる。
それが楽になる感覚だと分かりながらも、
弟は、心が軽くなるのがこわかった。
父と過ごした日々、
亡くなった日の空の色、
冷たくなった手を握ったこと。
全部をやわらかな霧の中に
まぎれさせてしまいたくなかった。
「ぼくは、覚えていたい!」
そう思った弟は、
ある日、花屋で小さな紫苑の苗を見つけた。
白とむらさきがまじった、細い花だ。
店の人は
「好きな人を思う花だよ」
とだけ教えてくれた。
弟はその花を買い、
墓へ持って行った。
忘れ草の反対側の土を少し掘り、
そこに紫苑を植えた。
むらさきの花びらがゆれ、
風の中できらっと光った気がした。
「父さん!ぼくは、忘れないまま歩いてみたい。」
弟は心の中でつぶやいた。
父に聞かせるというより、
自分に言い聞かせるような言葉だった。
猫が、いつの間にか足もとにいた。
弟が土をならす手を止めると、
猫は紫苑の近くまで歩き、
座って花のほうを見上げた。
弟は、猫の背中をそっと撫でた。
その手の中に、
父が猫の頭を撫でていた時の光景が
ふっとよみがえった。
猫は何も言わない。
ただ、そこにいる。
忘れ草と紫苑のあいだで、
静かに目を細めていた。
弟はそれからも、
時間を見つけては墓へ通った。
兄は忙しい日々を送りながら、
たまに思い出したように花屋で忘れ草を買い、
自分の部屋の窓ぎわにも同じ花を置くようになった。
墓には、
きいろい忘れ草と、むらさきの紫苑。
家には、
兄の知らない場所で咲く紫苑と、
弟の知らない窓ぎわの忘れ草。
父を思う形は、
少しずつ分かれていった。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆第2章〖兄の忘れ草〗
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
社会人になった兄は、仕事が忙しくなった。
朝は早く出て、夜は遅く帰る日が続いた。
ある日、兄はふと会社帰りに墓へ寄った。
夕方で、他に人はいなかった。
石の前に立つと、
今までよりも、父との距離が
少しだけ遠くなっているように感じた。
「このままじゃ、前に進めないな」
兄はそう口に出しかけて、
言葉をのみこんだ。
父を忘れたいわけではない。
けれど、思い出すたびに胸が重くなる日がある。
仕事で失敗した日も、上手くいった日も、
心のどこかがいつも同じ場所で止まってしまう。
そのとき兄は、古い本で読んだ草の名前を思い出した。
忘れ草。
見る人の思いを、少し和らげてくれると言われる草。
兄は週末、花屋で小さな苗を買った。
次に墓へ行った時、
石の傍の土を手でかき、
そこに忘れ草を植えた。
「父さん...。ちゃんと生きたいよ。少し楽になりたいだけなんだ。」
兄はそう心の中で呟き、
花を見つめた。
それから兄は、
墓へ行く回数をゆっくり減らした。
行く時は決して父を忘れてはいない。
けれど、毎回足を運ばなくても、
心のどこかで父と繋がっていると思えた。
弟は、兄の変化に気づいた。
一緒に行こうと誘っても、
「今日は無理だ」と断られる日が増えた。
弟の胸には、小さな寂しさが残った。
それでも兄の気持ちも分からなくはなかった。
墓へ行くと、
兄が植えた忘れ草が、
きいろい花をひらいていた。
弟はその花の前にしゃがみ込み、
そっと指先で土を撫でた。
「兄さんも、兄さんなりに苦しかったんだろうな」
そう思うと、
忘れ草の色が少しやさしく見えた。
猫が、いつの間にか弟の後ろに座っていた。
何をするでもなく、
ただ一緒にきいろい花を見ていた。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆第1章 〖父の墓へ〗
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兄と弟には、大好きな父がいた。
ある年の冬、その父が急に亡くなった。
葬式が終わった後も、二人は何度も墓に通った。
墓は町はずれの小さな公園の横にあって、
坂道を登っていくと、すぐに石の並ぶ場所に出る。
二人はそこに並んで立ち、
花を供えて、水をかけ、
その日あったことを父に話した。
「今日、部活で少し褒められたよ!」
「学校でテストを返された。ぜんぜんダメだった...。」
話し方は生きていたころと変わらないのに、
石の向こうからは、何も返ってこない。
それでも二人は、話さずにはいられなかった。
時々、黒猫があらわれた。
父が昔、家の前で拾ってきた猫だ。
猫はいつの間にか足もとに座り、
二人が帰るまで、その場を動かなかった。
季節がいくつも巡っても、
二人は同じように墓へ通い続けた。
父を思う気持ちは、なかなか軽くならなかった。
#花彩命の庭 #紫苑


紫苑/しおん🐈⬛
◆終章〖庭が閉じる前に〗
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ふいに、遠くで鳥の声がした。
空気が、少しだけ明るくなる。
藍色と墨色がまじっていた空に、
微かな光の線が差し込み始める。
「……朝?」
少女が顔を上げると、庭全体が、柔らかく光っていた。
夜明け前だけ存在するというこの庭は、
もうすぐ、入口を閉じようとしているのだろう。
その時だった。
庭のいちばん奥ーー先程まで一輪しか咲いていなかった場所に、
少女の背丈ほどもある大きな紫苑の花が咲いているのが見えた。
風もないのに、ゆっくり揺れている。
花びらの端に、誰かの涙がまだ残っているような、透明な光。
少女はふらふらと歩み寄った。
顔を近づけると、土の匂いと、どこか懐かしい毛並みの匂いがした。
振り返ろうとして、少女は気づく。
ーー黒猫が、いない。
さっきまで膝の上にいたはずなのに。
花々のあいだを自由に歩いていたはずなのに。
どこにも、姿が見えない。
「……行っちゃったの?」
胸がきゅっと締めつけられる。
けれど次の瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
細い布の感触。
少女が手を伸ばすと、空中でふわりと揺れていた紫のリボンが、
そっとその手の中に落ちてきた。
さっきほどけたはずのリボン。
結び目はもうない。
けれど、真ん中あたりに、あの言葉の欠片の温度だけが残っている。
ーー私は私の最大の味方。
少女は、リボンを自分の手首に巻いた。
少しきつめに、でも苦しくないように。
ほどけてしまわないよう、指先でゆっくりと結び目をつくる。
それは、自分自身と結び直すリボンになった。
庭の入口の方から、光が強く差し込んでくる。
花々の輪郭が、少しずつ淡くなっていく。
少女は、最後にもう一度だけ振り返った。
紫苑の花の海。
その向こうで、黒い影が一瞬だけ揺れた気がする。
耳元で、かすかな音がした。
ーーまた迷ったら、おいで。
#花彩命の庭 #紫苑

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