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のルフォ@25
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レオパ

さ丸
私たちはいつからだろう。
時間には“意味”がなければいけないと思うようになった。
役に立つこと。
成果につながること。
成長につながること。
そうでなければ、時間は「無駄」だと感じてしまう。
でも本当は――
意味のない時間こそ、人が人でいるための場所だ。
⸻
■ 意味がある時間は、常に外を向いている
意味のある時間とは、
誰かの期待や、未来の結果に向かって使われる時間だ。
仕事、勉強、発信、努力。
どれも必要だし、尊い。
けれどそれらはすべて、
「まだ来ていない何か」のために生きている状態でもある。
そこでは、
“いまここ”は通過点になる。
⸻
■ 意味のない時間は「今」に戻る場所
意味のない時間とは、
目的も成果も持たない時間。
・ぼんやり窓の外を見る
・意味もなく歩く
・何も考えずにお茶を飲む
その瞬間、
人はようやく「今」に戻ってくる。
このとき、
評価も比較も未来も消える。
残るのは、
呼吸している感覚と、身体の重さだけ。
それは怠けではない。
存在そのものに戻る行為だ。
⸻
■ なぜ意味のない時間が怖いのか
それは、
「何者でもない自分」に触れるから。
役割がなく
成果もなく
説明もできない自分。
でもその状態こそが、
本来の人間の姿でもある。
社会はそこを怖がる。
なぜなら、管理できないから。
だから「生産性」や「効率」という言葉で、
その時間を遠ざけてきた。
⸻
■ それでも、意味のない時間は必要だ
意味を手放すと、
感覚が戻ってくる。
感覚が戻ると、
自分が何を大事にしているかが見えてくる。
そしてそれは、
どんな目標よりも確かな指針になる。
⸻
■ 結びに
意味のない時間は、
無駄ではない。
それは、
「意味に回収されない自分」を守るための場所。
そこに戻れる人は、
世界の速度に飲み込まれない。
そしてまた、
ちゃんと前に進める。
それが、
“なにもしない時間”が持つ、ほんとうの力だ。

トレーニーぎんた
ニートチー系なのにめっちゃ店員に態度でかいくそ客
働いててほんまに色々思うことあるね

星の王子まさ💫
一区切り!


さ丸
① 忙しさは“存在証明”になる
人は本来、
「自分がここにいる意味」を欲しがる生き物。
でもそれを静かに感じるのは、けっこう怖い。
だから忙しさは便利なんだ。
・忙しい=必要とされている
・予定が詰まっている=価値がある
・暇じゃない=生きている証拠
忙しさは、
「私はちゃんと存在している」という感覚を
一瞬で与えてくれる。
これは安心感であって、快楽ですらある。
⸻
② 忙しさは“感じなくて済む”状態をつくる
人が本当に避けたいのは、
「何もしていない時間」そのものじゃない。
その時間に立ち上がってくる
・不安
・虚しさ
・満たされなさ
・よくわからない焦り
これらと向き合うのが怖い。
忙しさは、それらを感じなくて済む
麻酔みたいなもの。
だから一度それに慣れると、
やめるほうが怖くなる。
⸻
③ 忙しさは「考えなくていい」状態をくれる
考えるというのは、実はかなり重たい行為。
自分は何をしたいのか
この生き方でいいのか
本当に大切なものは何か
こうした問いは、答えがすぐ出ない。
忙しさの中にいれば、
その問いを先送りにできる。
だから忙しさは、
「思考からの避難所」になる。
⸻
④ そして、依存になる
気づけばこうなる。
・忙しくないと落ち着かない
・何もない時間に不安を感じる
・暇=ダメな自分、という感覚
これは怠けじゃない。
心が静けさに耐えられなくなっている状態。
そしてこの状態は、
社会にとっては都合がいい。
止まらない人は、
疑問を持たず、問い直さないから。
⸻
⑤ じゃあ、どうすればいいのか
答えは「やめる」じゃない。
いきなり止まると、
不安が噴き出して苦しくなる。
必要なのは、
**「忙しさから一瞬だけ降りる場所」**をつくること。
・何もしない5分
・意味のない散歩
・目的のないぼーっとした時間
それだけでいい。
その“空白”に慣れてくると、
忙しさは「必要なときだけ使う道具」に戻る。
⸻
最後に
忙しさは、悪者じゃない。
ただ、それが唯一の居場所になると、人は疲れる。
本当に休むというのは、
何かをやめることじゃない。
「自分で在る」ことを、思い出す時間なんだ。
そしてそれは、
少しずつでいい。
気づいた今この瞬間から、
もう始まってる。

さ丸
——休むことを、もう一度ちゃんと考える
「休んでるはずなのに、疲れが取れない」
そう感じたことはないだろうか。
寝ている。
スマホも見ていない。
仕事もしていない。
それなのに、どこか消耗が残っている。
それは、身体が休んでいないのではなく、意識が休めていないからだ。
⸻
■ 休息と回復は、同じじゃない
私たちは「休む=何もしないこと」だと思いがちだ。
でも実際には、
• 何もしない時間にも、頭は考え続けている
• 未来の予定や過去の後悔が、勝手に再生されている
• 気づかないうちに“評価される自分”を演じている
つまり、身体は止まっていても、
内側ではずっと「稼働」している。
これでは、回復は起きない。
⸻
■ 本当に回復が起こる瞬間
回復が起きるのは、
思考がほどけ、意味づけが止まったとき。
たとえば、
・ただ風を感じているとき
・意味もなく空を見ているとき
・手を動かしているのに、考えていないとき
こういう瞬間、時間の感覚が薄れる。
それは怠けではない。
脳が「評価モード」から降りた状態。
ここで初めて、
身体は自分のリズムを取り戻す。
⸻
■ 何もしない=空白、ではない
多くの人は「何もしない」を
空白とか無駄だと思っている。
でも実際は逆で、
何もしない時間こそが、いちばん情報量が多い。
呼吸、体温、微細な感覚。
それらは常に動いている。
ただ、普段は雑音が多すぎて聞こえないだけ。
「何もしない」とは、
世界の音量を下げること。
そのとき、ようやく
自分の内側が聞こえ始める。
⸻
■ 休むことは、止まることじゃない
多くの人が「休む=止まる」と思っている。
でも本当は、向きを変えることだ。
前に進むのをやめるのではなく、
内側に向きを変える。
それだけで、流れは変わる。
走る → 止まる → 壊れる
じゃなくて、
走る → 向きを変える → 整う
この違いは、とても大きい。
⸻
■ 最後に
なにもしない時間は、
怠けでも逃避でもない。
それは
自分に戻るための、最低限の余白。
何かを「生み出す」前に、
いったん「戻る」。
その戻る場所がある人ほど、
深く、長く、動き続けられる。
だから、なにもしない時間は
回復であり、準備であり、
次に進むための“静かな始まり”なんだ。

さきちゃん🌼
これは地元に帰った時にオススメされたラーメンである。
んんっごめん自分の市内の方が美味しかった笑笑

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