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伯爵
回答数 30>>
例えば宗教などは「自分の中の自分という神様を放棄して、人の作った神様に判断を促す」という側面があります。
なんでも自分で責任を負って、自分の判断で行動すべし。という方には、およそ理解し難い生き方でしょうが、そんな生き方ができる人ばかりではありません。
人は「ベスト」を模索しますが、自分の判断、決断が、常に正しいとは思えないのが、割と「当たり前」なのかもしれないと思えます。そうした時、判断の「軸足」となってくれる宗教とは、間違いなくその方にとっての「救い」でしょう。
問題となるのは「依存から抜け出したい」≒「自分の意思で決定したいのに逆らえない価値観に支配されている」状態なのではないでしょうか?
その「自分だけでは刷新し難い価値基準の固着」は悪であるといっても差し支えないと思います。
刷新したいと思わない、する必要を感じないのであれば、宗教も、恋人依存も、アルコール依存も、その人にとっては幸せの只中のことですから、悪ではありませんし、他者が指を刺して否定して良いものではないと考えます。
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