共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

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たるお

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身体に由来する受動的な感情的欲求と、それに左右されない理性に基づく意志を区別するというのが、伝統的な考え方であり、デカルトもそれを受け継いで意志の絶対性を打ち出している。しかしホッブズはそれを打ち崩し、人間の意志というのは最終的にどういう行動を取ることを選んだかということであって、それは結局身体的な欲求による感情的な衝動に還元される。理性的かどうかというのは、ただ思考が一般的言語を用いたものであるか、個別のイメージにのみ従ったものであるかということに過ぎない。実際に行動に起こさせるのは、結局は感情としての意志である。
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社会人5年目

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マジでレベルの高い人間ってすげえーな
俺が見透かされる
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翡翠

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自分へのクリスマスプレゼント!(特に真ん中の本。クリスマスにかこつけでもしないと割と躊躇う値段だった。)
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れれ🪼𓂃𓈒

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政治家のイメージがみんな昭和で止まりすぎだろ
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朝視

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一年後にはどうなっていたいですか?一年後にはどうなっていたいですか?
今より良い母親・妻・文学翻訳家・講師・人間になっていたいです🐥
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Yoo

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生煮え.

ジョハリの4つの窓と情報の貧困をアナロジーで考えると、自分は知らないけれど相手は知っている盲点の窓、自分も相手も知らない未知の窓が、SNSによってますます強化されているのではないか。

すなわち、社会における関係性の貧困とでも言おうか。当事者は専門家に相談することで未知の窓を開くことができる、もしくはいろいろな他者との出会いのなかで未知の窓や盲目の窓を開くきっかけになるかもしれない。

けれども、本来の意味の情報の貧困(インターネットを使えない情報格差)からは離れてしまうが、むしろ、そのことこそが自分は(情報を扱えていないのに)情報を扱えているという自負を与えていることにはならないだろうか。

ネットはどうしても、主体的に調べた情報、もしくはその世代で一番トピックな話題が目の前に出てくる仕組みになっている。違う情報を仕入れるにはあえて、その情報を遮断しなければならない。

そういったいみでは、高齢者の人的なネットワークというのは強いものであるのだ。

ネットでは政治とかの発信主張はできるけれども、リアルでは言えないからこそ、幼稚な思考になるのか。定年退職後のお父さんが政治にハマるのはそうした理由か。リアルで意見を交わさないからネットにドップリになる。

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SNSによって窓が開かれにくくなる/ネットではフィードバックが返ってこないことが多い、リアルでの対話の前提ある信頼が欠けている?/SNSは異質な他者を遠ざけるので、未知の窓を遠ざける?/さまざまな情報を扱っている事こそが、実際は同質な意見のみを扱っているだけで、盲点と未知の認識は広がっていない/SNSは関係性が構築されにくいから、理解が深まりにくい?
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吉田賢太郎

吉田賢太郎

ほんとうの「強さ」と「賢さ」の話
​君がもし、誰にも負けない最強の技を手に入れたら、
その拳をどう使うだろう。
​1. 強さは、力じゃない。
​人を倒す力は、ただの「道具」だ。
ナイフと同じで、それ自体に心はない。
​本当の強さとは、**「愛」**のことだ。
合気道のように、相手のトゲをそっと包み込み、
争いの火種を消してしまう、あたたかな強さ。
自分より弱い者を、言葉や力で踏みつけない。
それは、自分の中に「折れない愛」があるからできること。
​2. 賢さは、理屈じゃない。
​誰かを言い負かすための言葉は、ただの「武器」だ。
それは一瞬、自分が勝ったような気分にさせるけれど、
誰も救いはしない。
​本当の賢さとは、**「学」**のことだ。
詠春拳のように、ムダを削ぎ落として本質を突き、
「自分はまだ何も知らない」と、学び続ける謙虚な心。
自分の正しさを「論」でマウンティングするのではなく、
新しい世界を知ろうとする、終わりのないワクワクのこと。
​3. 君がマスターになるために。
​すべてをマスターした人間は、
誰よりも強くて、誰よりも優しい。
​**合気道(受け)**のように、人の痛みを受け流して癒し、
​**詠春拳(攻め)**のように、真っ直ぐに真実を見つめる。
​マウンティングなんて、しなくていい。
君が「愛」を持って立ち、「学び」を持って歩けば、
それだけで、世界は少しずつ変わっていく。
​強さは、守るために。
賢さは、高め合うために。
​君の持っているその力は、誰かを笑顔にするためのものなんだ。
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なやた

なやた

一冊でわかるスペイン史!めちゃくちゃ読みやすそう!
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 身体に由来する受動的な感情的欲求と、それに左右されない理性に基づく意志を区別するというのが、伝統的な考え方であり、デカルトもそれを受け継いで意志の絶対性を打ち出している。しかしホッブズはそれを打ち崩し、人間の意志というのは最終的にどういう行動を取ることを選んだかということであって、それは結局身体的な欲求による感情的な衝動に還元される。理性的かどうかというのは、ただ思考が一般的言語を用いたものであるか、個別のイメージにのみ従ったものであるかということに過ぎない。実際に行動に起こさせるのは、結局は感情としての意志である。