感情と理性というのは共存できるのでしょうか?
仕事上、トラブル対処していると「ルール」という理性に抗う形で感情が問題を困難にさせます。感情を無視すればそれは「縁の切れ目」。だからといって、感情第一にしてしまったらそれは「秩序の崩壊」そのものです。僕のような白黒はっきりつける人間にとって、感情と理性というのは二元論だと考えます。そもそも、感情と理性は共存できるのでしょうか?できるとすれば、どのように共存させるべきなのでしょうか?

K
この問いの前提としては、仕事上の業務と人間関係においてという状況に限定した話だとして回答します。
まず、トラブルの原因は人間関係がほとんどで、それが生じる原因は、自分と同僚の前提の認識のズレが原因。
ルールは秩序だけど、それは理性ではない。
ルール=秩序を保った上で、理性と感情のどちらを優先させるかは、二元論ではなく、前提と目的にある。ここが、ほかの仕事仲間とそろってないと、答えが出ない平行線の議論になってしまう。
それは、どっちかが折れて妥協するゲームではなく、共通の目的を共有して、協力してその目的を達成するゲーム。
理性は、目的達成のための手段の最適化。
感情は、協力関係を維持するための価値判断。
目的が共有されている協力ゲームでは、理性と感情は対立せず、役割分担として自然に統合される。
理性と感情が衝突するのは、目的が共有されていないときだけ。

Jotak
もう一つは「融通を利かす」つまりルールを緩めるアドリブが考えられます。がコレは今度は緩めたら次は締める。代償を返させるなど、ルールの崩壊を防ぐためにトータルでゼロサムになるように飴と鞭で管理する仕事が出ると思います。

Chaba

クリーム

カカ

阿吽

くらら
日本社会で誤解しがちなのは、どちらか一方にシフトすることです。経営をする上では様々な法律や規則に従う必要性があります。そのため、基礎概念として「法律や規則」の保守を第一優先とすることがマストです。それを満たせた上で感情的選択肢が許されるなら初めて感情に寄り添う議論が可能となります。

メンタイ

dagdag56

K
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