「優しいSNS」は「甘ったれたSNS」ではない。論証してください。
リクリ
一方で、甘ったれと言うと、自ら精神的によりかかったり、甘える行為になるため、自発的な投稿に対する言葉かなと考えます。
優しいコメント≠甘える投稿で二つは別物かなと思ってます。しかし、同居はしていると思いますし、相互に作用しているところは、あると考えます。
ジゴロ
オレは優しい言葉だけ言ってるような
薄っぺらい気持ちでコメントしてない。
危機感無い奴や救いようのない奴には
キツイ言葉だって普通に浴びせます!
一見ただのアンチに見えますが、
そのトゲのある言葉が人を救う事があります!
間違った事をしてる奴はだいたい自覚が無い。
誰も怒らない世の中だからこそ、誰かが叱らないと目を覚まさない。
だから甘ったれSNSでは無いと思いますよ?
こういち
以上。

サト
ベクトルが外に向いてるか内に向いてるか
の違いかなと思う

きみね夜桜
優しさがあるなら厳しい事も言える...と考えます。飴と鞭ですかね。
優しさが、『相手の立場に立ち、見返りを求めずに思いやりや気遣いを行動で示すこと』であるなら、グラは甘ったれたSNSを求めている方が多いかなと思ってしまう...

余り者
優しさは必要な時に
冷たい水が流れ出てくる蛇口で
甘えは必要かどうかもわからずに
ただ無秩序に砂糖水を垂れ流してくる
蛇口 だろうな。

てぃーの
理解して考えられれば優しさになる
でも一周回って頭が悪い方が生きやすい

ウエバグブレード

ごろ寝
昔国語の教科書だかテストだがに乗ってたんですけど、今の人は「優しい=易しい」と思ってると。
優しい人と言うと、気が弱くいつもヘラヘラしてる人を思い浮かべていると。そうではなくて本当に優しいは相手のことを本気で考えて時にはちゃんと叱る、そんな人のことを優しいというのだと。そう言ってました。
なので「優しいSNS」は傷を舐め合うような「甘ったれたSNS」ではなくて相手のために本気で答える、それが「優しいSNS」のあり方なのではないでしょうか?

愛善院
1.SNSは結論が全体共有されない欠損バズセッションであり、同期反応をのみ重視した、摩擦放置のコミュニティであるため「優しくない」
2.ことさらに「優しい」と形容せざるを得ないのは、SNSの優しくないことの自明性を示している。
3.SNSにおいて構成員が目的とするのは同期反応であり、摩擦は管理者が処理するべきものとなる
4.摩擦を構成員みずからが処理できないのであれば構成員も「優しくない」
5.管理者が摩擦を双方的に解消できないことは明白であり、優しいとは言い難い。
6.一方で構成員は「優しいSNS」を求めて利用をはじめる、または「優しいSNS」という謳いを押し出した場合、それに希求性があるといえる。
7.以上により、構成員は「優しくされたがる」かつ「優しくない」
8.摩擦の解消は常に不完全であるから「優しくない」状態にあって「優しくあろう」とする構成員は増えない
9.結果的に「優しくない場所」で「優しくされたがる」「優しくない人々」が集う。
10.これを以て「甘ったれたSNS」と呼称することは適当である。
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