「わたし」は、ほんとうに「わたし」か?
あなたは、何を以て自分を自分と認識しますか?

ゆう@遊歩道🐤
「わたし」は、3つある。
1つ目は他の人が認識している「わたし」
2つ目は私が理想としている「わたし」
そして3つ目が、現実の「わたし」
今は、1つ目から順に、
「わたし」を形作る影響度が
大きいのだけども。
本当に大切にしないといけないのは、
3つ目の「わたし」
人のことは分かるけど
自分のことは分からない、なんて、
言われるの。もうはやく抜け出したい。
完璧主義とか、もう、終わりにしたい。
めんどくさい
3つ目の「わたし」を大切にしたい。
みなさんはどうですか?
「わたし」は、ほんとうに「わたし」?


あお🫧
もし、
私に翼があるのなら、
それは、誰かのために在るものだった。
でも、ひとりになったら、
私は――
その翼を、そっと地に降ろしたい。
飛ぶことが「できる」私。
飛ぶことを「期待される」私。
翼を動かすのは、いつだって私だったけれど、
それが私“らしさ”だと言われるほど、
息が詰まった。
翼のない私は、
きっと、輝かないかもしれない。
でも、それでもいいと、今は思う。
飛ばなくていいなら、
誰も乗せなくていいなら、
私はもう、風になびく草でいい。
地を這って、ただ、そこに在るだけでいい。
ねえ、
翼って、自由に見えて、
ずいぶん不自由だったよ。
でも、
ほんとは、気づいていた。
翼を動かすようにしていたのは、
いつだって――私だったってこと。
あなたを運ぶためでも、
期待に応えるためでもない。
私は、自分で翼を動かしていた。
置きたい。
翼なんて、もう、置いてしまいたい。
でも――
きっと、置けないんだろうね。
それもまた、私なのだろう
#わたしという問い#翼の重さ#期待に羽ばたく#返歌#ことばりうむの星


らかん
「わたし」自身を指差すわたし
客体としての「わたし」と、それを見る「わたし」
それは多分どちらも「わたし」
更にわたしが見ている「わたし」だけでは、「わたし」ではありません
「あなた」の見ている「わたし」と合わせて、「わたし」が完成するのだと思います
見る視点によって全く違う「わたし」も、きっとあることでしょう
更に無意識領域の「わたし」もあるはず
「わたし」の境界線はますます曖昧になって行きます
つきくも
「わたし」が「わたし」であることに変わりはない
だから、嫌いなところも全部まとめて
「わたし」なんだと思う

月島チキン素敵?!
素が一般的に認められるものではないので人間に擬態する感覚がある。
いくつもの[わたし]がある。本物とか関係なく全部[わたし]

me

たけぽん
真を本能におけば、理性の抑制があるのでほんとうじゃない
真を理性におけば、わたしを認知するわたしがいるわけなのでほんとう

ゆずき

棕櫚
さまざまな考えがあって当然ですし、否定もできないけど、今のわたしは本当のわたしではないと思うと少し気が楽になるような気がします。。。

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