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人間における、感情・倫理・理性、これらの関係性は何か?

理性が感情を統制していることもあれば、感情が倫理や理性を超越することもあり、倫理が理性を支えたり、超越する場合がある
シズ

シズ

難しい問いですね
哲学、心理学的アプローチ
両方を用いて考えねばならないかと。

感情・倫理・理性は、上下関係じゃなくて
役割の違う三者が同時に働いている関係では

感情(Emotion)
人間の出発点であり、快・不快、恐怖、怒り、共感など、生物としての即応システム、理屈より先に立ち上がるもの

重要なのは、感情は「善悪」を判断しない
ただ「こう感じた」という事実があるだけ。

理性(Reason)
考える力・整える力、原因と結果をつなぐ、矛盾を減らす、感情を抑えることも、正当化することもできる
理性は中立ではない
感情の後追いで「理由」を作ることも多い。
心理学的には「合理化」といえば理解しやすいかと

倫理(Ethics)
「どうすべきか」を決める基準
社会・文化・教育で形成される、感情と理性の“交通整理役”
「していい/してはいけない」を定める

倫理は感情を完全に否定もしないし、全面的にも肯定しない
うまく噛み合わないとどうなるのか
感情だけが強いと衝動的、暴力・差別・排除に走りやすい
理性だけが強いと冷酷になりやすい
人を「数字」や「手段」で見る

倫理だけが強いと融通が利かない、正義の名の抑圧(正義中毒)

では哲学者たちの見方はどうなのか
ヒューム
 「理性は感情の奴隷」→ 行動の原動力は感情
カント
 「理性こそが倫理の根拠」→ 感情に左右されない義務
現代心理学
 感情が先、理性は後付けが多い
 倫理は社会的合意装置

結論(人間らしさ)としては
感情は生き物としての基盤
理性は理解と調整の道具
倫理は社会で生きるための約束

どれが欠けても「人間らしさ」は歪むのでは。

『倫理学入門』(加藤尚武 編/東京大学出版会)
『哲学の歴史〈倫理・政治〉』(中公文庫)
『感情の心理学』(有斐閣アルマ)
『感情とは何か』(P・エクマン ほか/岩波書店)
『論理学入門』(野矢茂樹/岩波新書)
『合理性とは何か』(松原望/岩波書店)
『倫理学』(竹田青嗣/岩波現代文庫)
『現代倫理学入門』(伊勢田哲治/名古屋大学出版会)
『道徳感情論』(アダム・スミス/岩波文庫)
『実践理性批判』(カント)

まず1冊なら『倫理学入門』(加藤尚武)が
読みやすいかと。
哲学哲学
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風の音

風の音

「感情」
喜怒哀楽怨恋愛欲…などの気持ち。同じ刺激でも人によって生じる感情は違う
「理性」
生じる感情をコントロールする脳の機能。
コントロールができなくなった場合に感情が溢れて泣いたり怒ったり…
「倫理」
理性が感情をコントロールする際の社会的、個人的ルール。国や思想、価値観などにより千差万別。
倫理というルールに対し欲等の感情が上回り、なおかつ理性でおさえられなくなった場合は犯罪を犯す
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51号線

51号線

理性で考えて、倫理で点検して、感情で決定する。
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

感情というあんこの周りに倫理と理性が混ざる皮がかぶさった、大福餅みたいなもの
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若

自らの言動を『人として』という規定の元に置けるかどうか。
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モホロ

モホロ

倫理も理性も感情から起こると思う
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しん

しん

人間における感情・倫理・理性の関係とは何か。

それは三項の協働ではない。
それは、存在が自己と一致しきれないという事実の三つの現れである。

私たちはまず、世界に触れて揺らぐ。
揺らぐとは、自己が自己のままでいられなくなるということである。怒りや歓喜は、私を私の外へと押し出す。感情とは、存在が自己同一性からずれる出来事である。そこにはすでに、自己を越えようとする運動がある。

理性は、そのずれを回収しようとする。
なぜ私は揺らいだのか。何が私を越えさせたのか。理性とは、自己を再び自己へと取り戻そうとする運動である。しかし、完全な回収は決して成就しない。理解はつねに遅れ、言葉は経験を取りこぼす。

そして倫理。
他者の現前は、私の回収運動をさらに破る。私は自分の理解のうちに安住できない。他者は、私が思う以上の意味を帯びて私の前に立つ。倫理とは、自己が自己に閉じることを阻まれているという存在の構造そのものである。

ここにおいて三者は明らかになる。

感情は、自己が自己から逸脱する契機であり、
理性は、その逸脱を引き受けようとする運動であり、
倫理は、その逸脱が他者によって決定的になる場である。

人間とは、自己と一致しない存在である。
一致しないからこそ揺らぎ、
揺らぐからこそ問い、
問い続けるからこそ他者に応答し続ける。

もし自己が完全に自己と一致するなら、感情も理性も倫理も不要であろう。
だが私たちは常に過剰であり、不足であり、応答しきれない。

この応答不可能性こそが、存在を動かす。

ゆえに、感情・理性・倫理の関係とは、
自己が自己を超え続ける運動の三つの相である。

そしてその超越が決して完了しないこと——
そこに、生きることの根がある。
問うことの必然がある。

未完であることは欠如ではない。
それは、存在がなお開かれているという証である。
哲学哲学
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이안

이안

矛盾の共存と受容
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たか

たか

「倫理」は正しい行動を規律する
「感情」は主観的で喜怒哀楽等の心の動きが伴う
「理性」は客観的に論理や道理を判断する冷静さ

「倫理」という社会的ルールの皿があって、
その上に、「感情」というメインディッシュに、
「理性」というソースがかかっている

食べ方がスマートだと、倫理の皿は汚れず、理性のソースが感情と上手く調和して美味しく食べられる。もし、感情が荒ぶれば理性のソースは散らばり、倫理の皿も汚れてしまう。
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ㄗㄦㄌታ

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仮に、倫理を合意された規範的制度と解釈するなら、人類史的にも個人史的にも、感情、理性、倫理の順に発達するものと言えるでしょう。しかしこのことは、これら三つの因果関係を必ずしも意味しません。これらは、それぞれ独立に人間の生を支えているとみることもできるのです。
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