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『いただきます』を言い、『ご飯粒を残さないこと』にはどのような意味があるか?外国人に伝わるように、論理的に説明は可能か?

いぬやま

いぬやま

どちらの習慣も、食事のありがたみと提供してくれた人への感謝を示すもので、そのまま説明すれば通じるのでは?
外国でも食物の恵みに感謝する習慣はあるようだし。
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

森羅万象への畏敬の念の現れ
この食事に携わった人(生産者等)への感謝の念
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Moonbeams

Moonbeams

それは、神道、よろず神について説明しないと実感がわかないかもしれないね☺️
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山田

山田

渡世人の食事作法に由来するかもしれない。
まず、おあにいさんやおあねえさん的な方へ声を張り、感謝を述べる。
ご飯は必ずおかわりし、その際は半分ほど食べ、真ん中に穴を空け給仕に渡す。
焼き魚の骨は懐紙に包み懐へ。
膳には何も残してはならない。

外国人に伝えるならば、シーンによるが、「それ日本でやると命の保証は無いよ。理由?それはその場で親分に聞けば良い。」
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さんかく

さんかく

ご飯を食べる前にお祈りをしてたべる宗派のようなもの
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ナトル

ナトル

飢饉に悩まない日常をかみしめるという意味で伝えますかね

お米 1つ1つに神様がいるというと カニバリズム的な発想になったりしますからね
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仁

どこの国の人のことを対象にしてるのかな?
『食』と言う文化は、世界中でいろんな形がある。しかし『食』に感謝を示さない文化はあまり聞いた事がない。確かに日本には、出された物は感謝して、残らず食べる事を、美意識としているが、それはほとんどの国に共通する事。一部裕福な人間の食事風景を、外国共通の認識とするのは明らかに間違っています。今と言う時代を見ても、1日3回、確実に食事できる人はマイノリティーで恵まれた人達です。1日一日、食を得るために働く人が多数派である事を知るべきだと思います。
むしろ、面白がって食べ物で遊ぶ動画を平気で広める、勘違いした馬鹿者達をなんとかする事の方が優先すべきだと思うのですが?
ちなみに今の日本、1日三回お腹いっぱい食べれると言う事が、当たり前ではないとなりつつあることに気づいていますよね。
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冷泉院ラグドメゼギス

冷泉院ラグドメゼギス

日本人が「人としての心」と称する信仰における礼節であり、食材と食材の提供者への敬意を示し、食材の無駄と食材への侮辱を厭うもの。
少なくとも日本において、他人からの恩恵はその他人からのものであり、絶対者からの恩寵ではない。
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せーじ

せーじ

一般的に言われていることを率直に伝えれば、理解してもらえると思いますね。
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SSかずのり

SSかずのり

いただきますは挨拶。何も言わずにメシを食うのは、宇宙人から見たら動物がやっていることと何ら変わらない。だから挨拶をする。
ご飯粒を残さないのは、応える気持ち。おばあちゃんに出された料理を残さず食べるのと一緒。ありがたさや大切さを持っているから、残さず食べることができる。
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