多数決が『納得感を生む場合』と『不満感を生む場合』とでは、何が異なるのか?

🍊🍊🍊

はる

チャームピアス

BEVEL(べヴェル
自らを信じてる人は多数派なら納得出来るし、少数派だと納得いかないんじゃないかな?
鷹番
ガリレオ以外が全員、天動説を正しいと思っていたとしても、科学的な正解は多数決で決めてはならない。
次に、多数決は集団を前提とする。その全員が納得感を得られる場合というのは、集団からの離脱の自由が認められているケースとなる。
10人グループで旅行先を決める。多数決の前提として旅行に行かない自由が存在する場合、多数決で、希望しない旅行先が決定したとしても、10人と行く意味があるから旅行先は希望と違うけれども行く、という判断をするか、旅行先が希望とは異なるから、仲間と行く、という意味を加味しても行かない、という決定をするかの自由があるため、少数派も納得ができる。
このような決断は、一般的には多数決の前に、黙示的に行われていることが多いが、多数決の後にも決断の機会があれば納得は更に得やすい。
なお、実社会には、このような離脱の自由が無い場面でも多数決は用いられている。
また、例えば政治で言えば、国政においては国籍離脱の自由、地方政治においては、居住移転の自由がいずれも人権として認められているが、それの行使による集団からの離脱は現実的では無いため、実質底には離脱の自由は無い、あるいは著しく制限されているとも言える。

ねじまき

マツ

紀文屋
後は『思っていた以上に賛同者がいない』場合も不満感って生まれると思います。

華

ひらの
"やっぱり今回も同じだよね"
意識があったり、何か曲げたくない、抑止力として動かなければってなると不満感は出ると思う。
ただ、抑止力に関してはここで違う意見を出すことに意義がある。発言・行動することに意義がある。って感じだから不満感とは違うかもしれんね
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