多数決が『納得感を生む場合』と『不満感を生む場合』とでは、何が異なるのか?

ソマチッド

be

憂い顔の騎士

BEVEL(べヴェル
自らを信じてる人は多数派なら納得出来るし、少数派だと納得いかないんじゃないかな?

はる

たか
当事者としては
多数派は納得感、少数派は不満感…ですよね
当事者間で少数派なのであれば、考えの伝え方、ロビー活動の努力すべきかと
第三者(国会の答弁を見た国民等)としては
自分にとって有益であれば納得
減税とかは後のことが心配とか言いながら納得感
自分にとって不利益であれば不満感
働き方改革の見直し、高額療養費の見直しとかは、日本の経済とか大きなことより自分にとって不利になるから決まっても不満感
第三者としては結局、基準は自分がどう思うかですよね

ナトル
多数決で不満感を生む場合はその討論が【白黒はっきりしすぎ】て【必ず損する あるいは面白くない人が登場する場合】に多いと感じています。
鷹番
ガリレオ以外が全員、天動説を正しいと思っていたとしても、科学的な正解は多数決で決めてはならない。
次に、多数決は集団を前提とする。その全員が納得感を得られる場合というのは、集団からの離脱の自由が認められているケースとなる。
10人グループで旅行先を決める。多数決の前提として旅行に行かない自由が存在する場合、多数決で、希望しない旅行先が決定したとしても、10人と行く意味があるから旅行先は希望と違うけれども行く、という判断をするか、旅行先が希望とは異なるから、仲間と行く、という意味を加味しても行かない、という決定をするかの自由があるため、少数派も納得ができる。
このような決断は、一般的には多数決の前に、黙示的に行われていることが多いが、多数決の後にも決断の機会があれば納得は更に得やすい。
なお、実社会には、このような離脱の自由が無い場面でも多数決は用いられている。
また、例えば政治で言えば、国政においては国籍離脱の自由、地方政治においては、居住移転の自由がいずれも人権として認められているが、それの行使による集団からの離脱は現実的では無いため、実質底には離脱の自由は無い、あるいは著しく制限されているとも言える。

風の音
異なるのは“自分の希望が叶うか”の結果ですね。
ちなみに『少数決をたくさん選んでいくとマニアックの達人になれるゲーム』で遊ぶと、多数決で負けた方が楽しく、多数派は残念な気持ちになりますが、“自分の希望を叶える投票”ではないので不満感は生じません。多数派になって降格するときは、希望が叶わず不満感を抱くかもしれませんね[笑う]

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