何歳までサンタクロースを信じてた?または存在する体で親と接してた?
皆さんのサンタ哲学を知りたいです。

山田
入り口はライトな問いかけにしましたが、現代におけるサンタクロースという概念の再定義について深掘りできればと考えています。
令和の日本はオートロックや防犯カメラが普及し、防犯意識が非常に高い時代です。そんな中、深夜に正体不明の存在がセキュリティを突破して枕元に現れるという伝統的な設定は、子供にとって純粋な夢である以上に、リアリティの欠如や、時には恐怖の対象にすらなり得るのではないかと感じています。
そこで、以下のような観点を含めて皆さんの哲学を伺いたいです。
1.物理的な侵入者としてのサンタから、現代に適した善意の象徴やシステムへと、物語をどう変容させるべきか。
2.子供が初めて触れる「社会的な嘘(共同主観)」として、親はどのようにその幕引きや真実を提示するのが誠実なのか。
3.「良い子にしていたら貰える(報酬)」という条件付きの贈与ではなく、無償の愛や匿名的な善意としてのサンタ像をどう守るべきか。
単なる「何歳まで信じていたか」という事実だけでなく、現代におけるサンタクロースのあるべき姿や、親としての向き合い方について、皆さんの思考を共有いただけると嬉しいです。

狼
サンタクロースは居るのか? と聞かれたら、私は事もなげに「居る」と言います。それは嘘でしょうか? いいえ違います。
「サンタクロースという概念に〜」と書いておきながら、皆さんが忘れていることが有ります。
皆さんは、サンタクロースを“人物”だと思っていないでしょうか?
だから嘘だの存在しないだのとズレた話になってしまうのだと思います。
良いですか? サンタクロースは“概念”です。
聖なる夜、子供や大切な人にプレゼントをしたいと思った時、貴方はサンタクロースと言う概念に成るのです。
サンタクロースの原義が(どのルーツを取ったとしても)宗教に起因する事も忘れてはいけません。
そうです。これは実は宗教感の話なのです。お坊さんに「阿弥陀如来を何歳まで信じて居ましたか?」と聴き「今でも信じていますよ」と返ってきたとして「この人はまだ幼いんだな」とはならないはずです。
サンタクロースは信じているかぎり、概念として存在します。
本題のご質問にはもちろん「今でも信じていますよ」と応えさせて頂きます。
補足についてはしたにグダグダ書きました。
ハッピーホリデーが今の標準ですが、ここはあえて言わせてください。
メリークリスマス。

クモ=スパイダー
ここからは個人的な意見ですが日本って変わってる国ですよね、信じるモノも文化も緩い。なのに毎年のように期間限定イベントと称して広告や宣伝をよく目にします。社会や地域の文化や風習が緩い日本は個々人の考え方や捉え方(ひいては哲学)も緩くしなければいけないと思いますね〜

シズ
「サンタクロース」なるものの概念は存在しておりませんでした。
脱線致しますが
故に家族ができた時には
自分の子供たちには
サンタなるものの存在はしっかり植え付けておきました。
疑い出したのはやはり高学年ななったころ
サンタは実は家族の中にいる
と考え始めました
直近になると
「プレゼント」なるものを必死に家中探していました。
こっちはプロフェッショナル
そう簡単に見つかるはずがない場所
そして
極め付けはNASAのサイトを見せつけて
今「サンタ」なるもののの
飛行ルートを子供たちと確認しておりました
まあ中学生にもなったら自然と
わかりだしましたが[冷や汗]
全く余計なことです[泣き笑い]

ニ夕ン
お家にサンタさん…くるよね…?

愛善院
中身は誰だか分かりゃしねぇもの。
ってやったら「意識だけ高い系」だと思うわよ?

fumi
質問補足を読んで、確かに「枕元までサンタが来てプレゼントを置く」というシナリオは難しい気がしたので、空飛ぶソリというファンタジー要素を残しつつ、深夜に置き配してくる伝統的な慈善宅配集団、くらいが落とし所じゃないかなと思います。
科学が進化しても神や天国、オカルト、スピリチュアルが信じられ続けているように、サンタも現代に適合しつつ信じられ続けるんでしょうね。

Shido
ソマチッド
サンタは高次元光の存在なのでもう一人の自分
良い子にしていたらというのは自分の行いを振り返るチャンス
だから毎年プレゼント🎁にどう満足するかなーと楽しみなのだ

ベル
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