日本は遅刻に厳しい国だが、❶遅刻はなぜ悪いのか? ❷なぜ海外では遅刻は問題視されにくいのか?

あた
インドを旅した時の鉄道の遅れは、なかなかに凄かったなー。最大9時間遅れ🤣🤣
で、その時出会った旅仲間を一堂に集めようって集会をやった(幹事:オレ🤣)
彼等の時間感覚ボケ?も、やたらヒドかった。集合時刻に集まったのは3分の1ぐらい。最大4時間遅れ。
結論 「朱に交われば、赤くなる🤣🤣」
逆に「待たされる側」も、初めから遅れる事前提(ハナから他人の約束をまったくアテにしない)なら気が楽だ。
ある評論家か作家は、待ち合わせの相手の遅れも「文庫本を一冊持っていれば事足りる」とした。自分の時間を無駄にしない防御策だが、今なら文庫本でなくとも、スマホで何なりと暇つぶしなり自己啓発なりコミュニケーションなり、好きに出来る。
また、この日本にも、普通の従業員が「無断欠勤OK」の会社がある。初めからそういった環境下であれば、遅刻などまったく問題にならない。
ご自身の遅刻癖に悩める御仁は、一度検索してみるのもオススメかも。

おもち
軍隊は国に依らず遅刻は許されない。
君が見えているものだけが世界ではないよ。

🍊🍊🍊

アンパンマン
②みんな予定があやふやだから。

tex

ゆい
公共交通機関の電車やバスでよく例えられるけど遅刻・遅延は悪だと言うのが日本の交通機関だけど海外の方は遅刻・遅延は当たり前なものだと言うところ、これは日本の全体主義、海外の個人主義にも似た所が有るよね
日本は周りに自分も合わせるのが普通と言われるけど海外は自分は自分、他人は他人、と言うのが普通と言われる部分があるから結局は日本人の異質にも感じる根本的な性格が理由なのかな
Kite
時間にルーズな人は全てがルーズとして捉えられる。

CC
2会社が従業員を解雇する基準が日本よりも緩くまたそれに勝る能力があるからだと考察する
白鴉🐦⬛
→信用や性格の尺度として捉えやすいから
②問題視されにくいのではなく、そうゆうものとして成り立ってしまっているから
実際海外でも遅刻しない事が信用信頼に繋がりやすい

comesunday
B. 日頃想定している個人の多様性のばらつき幅の違い
A.
遅刻に限らず、明文化されたルールの厳守によるリスク管理は、想定外状況の排除による問題発生防止を重視し、発生後の想定外状況への対策を軽視する。(「想定外」は明文化できないのルール策定できず、ルールで対策できないことは軽視される。)一方、発生後の対策を重視するリスク管理では、ルールで対策できない想定外状況への対処も重視するため明文化したルールを絶対視しない。(つまり、比較的に軽視する。)予め明文化したルールが守れない状態は各々の状況ではあり得るとし、状況に応じてその場その場で対処すればよいと考える。
B.
歴史的に民族間、国家間などで大規模広範囲の侵略、混合、再形成などを何度も繰り返して現在の秩序に至っている社会に生きる人々は、人種の異なる人を見たときに使われることが多い「外人!」という言葉をもつ日本人と違い、生まれた家庭の貧富や言葉や宗教などが極端に異なる他人との遭遇や関わり合いも多く、付き合いに於いて想定外の状況が発生することにも慣れているため、ルールや約束が逐語的に守られなかったとしても、それが直ちにリスク管理の軽視や(リスクによる迷惑から守るべきである)相手の軽視を意味するわけではないという感覚をもっている場合が日本人よりも多い。
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一般に、リスクの大きさは問題発生の可能性と規模の掛け算で評価できると考えると、想定外状況排除による問題発生防止を重視するか、想定外状況への対策を重視するかは、どちらかが他方より優れている・劣っているとは一概に言えない。(当該の生活習慣や場所といった条件下の観測結果などから)期待できる想定外状況の発生率やばらつき幅に応じてリスク管理のやり方を変えるのは妥当で、文化によってそれが異なるのは自然であると考えられる。
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