日本は遅刻に厳しい国だが、❶遅刻はなぜ悪いのか? ❷なぜ海外では遅刻は問題視されにくいのか?

愛善院
②遅刻者が自己の行動の責任を負う。遅刻しようとも義務を果たすのであれば問題なく、遅刻によって義務を果たせないのならばその賠償は当然に遅刻者が担う。
①遅刻者が自己の行動の責任を負わない。遅刻すると義務がその遅刻者ではない他者に発生し、遅刻者の負担が減る(かのように見える)。補償が他者によらねばならない以上、その他者は遅刻者に厳しく負担を担わせようとする。

ニギリめし
としゆき
日本と海外の裁判の判例を比較してみるとよくわかりますが、日本は事の道徳的要因を重視するのに対し、海外は事の論理的な要因を重視する傾向が非常に強い。
つまり、関係を重んじ他者への配慮を重視してきた日本の文化が思考にも影響を与えたものと考えられ、海外, アメリカであれば、業務遂行や高い能力は高いと普通に認めるような論理的な思考が浸透している海外文化がその思考の仕方に影響を与えたのだ、と考えられると思います。

たか
巌流島の戦いで
作戦として宮本武蔵が遅れていったことで
批判が起きたから
ということは置いといて
日本人は昔から何をするにも集団生活、団体行動をする。(戦、五人組、火消しなどなど)
その中で、時間に遅れる人がいると迷惑を被るということが習慣化されてきた。更に、軍国主義の統治がされている時に全員統一した行動を強要してきたので、時間には更に厳しくなった。1分1秒の遅刻を声にあげるのが日本人。
海外は主張する時は賛同する者が集まり抗議、行動するが、基本的には個人として行動してきた。成果主義な面が大きいので、過程よりも結果良ければ全て良し。細かいことにストレスを感じるよりも結果として示せれば問題ない。遅刻のような細かいところでは問題になりにくい。
(勝手な思い込みです)

Yoo
とはいっても、他者への思いやりってそれっぽく言ってるに過ぎないものではないかと感じています。あまりにも他人の時間を消費しているという感覚が薄いので。
というところを考えると、実際としては、個人主義というより共同体主義的な会社全体としてのまとまりを非常に重視しているから、それぞれが会社の顔となる気持ちを持て、みたいなことが求められているのかもしれません。
一応、総合職などはジェネラリストを目指すことが当然視されているし。まあ、メンバーシップ型だからということですかね。まとまりとか規律訓練とかそういった類いの価値に重きが置かれている。
②遅刻が軽んじられているわけではないと思います。相対的に価値が軽く見えるだけで。
欧米などを想定するならば、あちらは基本的に成果主義というか、労働契約時からやるべきことが明確に決まっていますから、定められたことを最低限こなせば何もいわれないというか、そこまで求めるべきではないという価値ではないでしょうか。
時間内に決められた仕事(プラスアルファ)をきちんとこなすことが求められていて、残業すれば仕事ができない人(タイムマネジメントができない人?)扱いされるというのもそういった価値に基づくからでしょうなぁ。
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働き方ってその国の価値やらなんやらが表象されていて面白いですよね。個人的には、日本みたいに勤勉でなくとも、インドみたく、いい加減さというかルーズさがあってもいいんじゃないかと思ったりもしますね。働いているとみんな余裕がない。自己実現の価値とか生きやすい社会というものを考えたとき、いまの息苦しい?社会でいいのかと思ってしまいます。

ヒロ
海外も同じ
但し、業態により、成果主義で時間の管理が自ら任される人は、遅刻の概念が変わってきます
白鴉🐦⬛
→信用や性格の尺度として捉えやすいから
②問題視されにくいのではなく、そうゆうものとして成り立ってしまっているから
実際海外でも遅刻しない事が信用信頼に繋がりやすい

comesunday
B. 日頃想定している個人の多様性のばらつき幅の違い
A.
遅刻に限らず、明文化されたルールの厳守によるリスク管理は、想定外状況の排除による問題発生防止を重視し、発生後の想定外状況への対策を軽視する。(「想定外」は明文化できないのルール策定できず、ルールで対策できないことは軽視される。)一方、発生後の対策を重視するリスク管理では、ルールで対策できない想定外状況への対処も重視するため明文化したルールを絶対視しない。(つまり、比較的に軽視する。)予め明文化したルールが守れない状態は各々の状況ではあり得るとし、状況に応じてその場その場で対処すればよいと考える。
B.
歴史的に民族間、国家間などで大規模広範囲の侵略、混合、再形成などを何度も繰り返して現在の秩序に至っている社会に生きる人々は、人種の異なる人を見たときに使われることが多い「外人!」という言葉をもつ日本人と違い、生まれた家庭の貧富や言葉や宗教などが極端に異なる他人との遭遇や関わり合いも多く、付き合いに於いて想定外の状況が発生することにも慣れているため、ルールや約束が逐語的に守られなかったとしても、それが直ちにリスク管理の軽視や(リスクによる迷惑から守るべきである)相手の軽視を意味するわけではないという感覚をもっている場合が日本人よりも多い。
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一般に、リスクの大きさは問題発生の可能性と規模の掛け算で評価できると考えると、想定外状況排除による問題発生防止を重視するか、想定外状況への対策を重視するかは、どちらかが他方より優れている・劣っているとは一概に言えない。(当該の生活習慣や場所といった条件下の観測結果などから)期待できる想定外状況の発生率やばらつき幅に応じてリスク管理のやり方を変えるのは妥当で、文化によってそれが異なるのは自然であると考えられる。

P
2. どの海外を言っているのかわかりませんが、アメリカ、イギリスなどは遅刻に感じてとても問題視していました。身近なところでは地下鉄が時間通りに来ない、バスも時間通りじゃないと日常的に悪態をついていました。
ブラジルは指定の時刻+-2時間と聞いていますが、その辺りがドラマなどで誇張されているのではないでしょうか。
とにかく、海外でも取引で遅刻したら一発アウトです。

あた
インドを旅した時の鉄道の遅れは、なかなかに凄かったなー。最大9時間遅れ🤣🤣
で、その時出会った旅仲間を一堂に集めようって集会をやった(幹事:オレ🤣)
彼等の時間感覚ボケ?も、やたらヒドかった。集合時刻に集まったのは3分の1ぐらい。最大4時間遅れ。
結論 「朱に交われば、赤くなる🤣🤣」
逆に「待たされる側」も、初めから遅れる事前提(ハナから他人の約束をまったくアテにしない)なら気が楽だ。
ある評論家か作家は、待ち合わせの相手の遅れも「文庫本を一冊持っていれば事足りる」とした。自分の時間を無駄にしない防御策だが、今なら文庫本でなくとも、スマホで何なりと暇つぶしなり自己啓発なりコミュニケーションなり、好きに出来る。
また、この日本にも、普通の従業員が「無断欠勤OK」の会社がある。初めからそういった環境下であれば、遅刻などまったく問題にならない。
ご自身の遅刻癖に悩める御仁は、一度検索してみるのもオススメかも。
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