構造の変化を期待することは ほんとうに愚かなのだろうか
構造の変化を期待することは
ほんとうに愚かなのだろうか
敗戦国としての日本は
市場を開き 通貨を守り 外資を入れ
70年以上
同じOSで世界に接続されてきた
それによって
制度も 価値観も お金の流れも
ほとんど“固定化”された
この国の時間は
ゆっくり 凍ったように進んでいる
だから多くの人は思う
どうせ変わらない
仕組みは動かない
上は動かない
構造は壊れない
けれど
それでもなお
構造の変化を期待することは
愚かなのか

Rabbit
ただバランスが必要とされます。公共料金を下げるためには財源が必要ですが、ビジネスに高課税をかけると撤退に繋がり税収が減ります。あくまで資本主義の枠組みの中ですが、彼等がどこまでやれるのか注目しています。

興味
何が正解か決まっていない以上、可能性は色々あることが望ましいと考えています。
ところで、この問が資本主義をベースとする社会からの構造変化だとすると、それは難しいと考えます。
資本主義は、生物としての人間個体の競争を、身体の侵害によらず行える現状最も合理的なシステムであり、人間の生理に合っているのではないでしょうか。
このシステムからの変化をより進歩的に果たすには、競争の不経済を協働によって克服するような理性が生理を抑えることも必要かと思いますが、人間の歴史を振り返って、また現代社会を見渡しても、およそそうなるとは思えないのです。
資本主義の限界を感じている方はそれなりに多いものの、移行できるほどのコンセンサスが得られる可能性が極めて低いとも分析していることから、結局のところ資本主義の中でベターな選択をするということに落ち着くものと考えます。

ナトル
保守派とは言いますが国や政治の保守ではなく 自分の 議員 生命の保守に勤しでいる人が大半 だから気にしなくていいとは思うが

