
ほし
20代フリーターです。
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夜型人間です

ほし
求心力は、欠如を埋めんとする欲動であり、その対義語である遠心力は、欠如から逃れようとする欲動である。二つの力が釣り合うとき、生命は螺旋として持続する。

ほし
欠如は統合されることはない。その無限なる欠如の彼方への運動が生であるならば、それはなんと虚しいことか。
結ばれたと思っても、その糸は常に裂けている。もっと近づきたくて糸を手繰ってみるけれど、必死そうなのにどこか醒めているような手つきが映るばかり。
カンダタは、天へ昇る糸を目の当たりにして何を思っただろう。そして、僕はその糸を掴むことができるのだろうか。
いっそ、縛り付けて欲しい。切れない糸で。なまじ身動きが取れるせいで、ありもしないものを追い回そうとしてしまうんだろう。
僕が求める者を“君”と呼ぼう。動けないなら何度も呼ぼう。反響する声に、まだ見ぬ君を錯覚してしまうほどに。そして、声が枯てしまって、もう何も聞こえなくなってしまえば、舌を噛めばいい。それが最後の叫びだ。声を出せずとも、それだけが。
何とも結ばれない、一欠片の糸くずの、最後の“叫び”だ。

ほし
案1)麺をプレスし、その上にふんわりとした粉を流し込み焼く。どちらが生地か?という問いを投げかける。
案2)生の麺を細かく刻み、粉に練り込んで焼く。そうして「生地のような麺」「麺のような生地」を提示し、モダン焼きにおける麺と生地の二項対立を曖昧化する。

ほし
感覚的なゲシュタルトに依拠したシグナル的記号作用は、過剰な意味を生んでしまい、それが象徴的秩序に組み込まれずにイマジネールに陥ると、最終的には“意味の過剰”=“カオス”をもたらす。
生物におけるセミオティックはエロスに基づいている。
人間におけるセミオティックは欲動の場であり、それはエロスとタナトスの両者を過剰に孕んでいる。
欲動はつねにーすでに両義的であり、同化的であると同時に破壊的である。
無意識とは、象徴秩序の裂け目であり、逸脱であり、“過剰”の場である。
カオスの側から象徴秩序を揺さぶることが芸術。
芸術がやりたい。

ほし


ほし


ほし
編曲やる?
面倒だなぁ。
音楽聴くか。
キラキラの灰

ほし
でも、明日早いんだよなぁ。嫌だなぁ。

ほし
次何しようかな。

ほし
回答数 44>>

ほし
どんな媒体で話しててもキモい。
会って話してても、後からそのときの様子を教えてもらうとキモい。
でも、シラフで誰かと話してても、温度感の違いを感じてしまって、なんだか疎外されているような気分になる。
だからといって、一人でいるときの自分に堪えられるわけでもない。
キモさと共に生きるしかないのか……。

ほし
今日も生きたね

ほし
今日も生きたなって。
そういう後悔の毎日。

ほし
忘れたいことが多すぎる。考えたくないことも。

ほし

ほし
回答数 17>>

ほし
回答数 49>>
でも、その体験をどう枠づけるかは文化や言語によって変わりますよね。
もしかすると“幸せ”という概念が無い時代には、それはただ「自然な状態」として流れていて、今のように特別に意識されることはなかったのかもしれませんね。客観的な概念と主観的な想念を照らし合わせることがなかったわけですからね。

ほし

ほし
座ってただけなのに

ほし
待ち長いなぁ。

ほし
回答数 6>>
MBTIでは、外向的に判断機能(T/F)か知覚機能(S/N)のどちらを用いるかという指標(J/P指標)によって、その人の優越機能を測定してる(内向型の人がPだった場合、その人の優越機能は内向思考か内向感情。Jだったら内向感覚か内向直観。外向型なら逆)んですけど、そんなに簡単に決めつけていいものではないと思うんですよね。
僕はMBTIを模した診断サイトによると、INFPで、優越機能は内向感情らしいんですけど、僕の優越機能は内向直観だと思ってます。だけど、JかPで言うならPなんですよね。
個人的には、あんまり当てにならないなって思います。ユング理論はかなり好きなんですけどね。

ほし
回答数 34>>
哲学は、もはや絶対的な答えを出すことができないということを、自らの手で証明してしまったので、学問としては死んだようなものなのかなと思います。
それでも、なぜか人はあらゆることの意味を問わざるをえないわけなんですよね。
だから、反証可能性がなく、科学で扱えない領域における、意味化、体系化を試み、そのための問いを立て、答えが出たら自己相対化していくような営みが哲学なのではないでしょうか。

ほし
回答数 34>>
回答を待っているよ!

ほし
回答数 14>>
たとえば、この「意味とは何か?」という問いを変形させて、「意味の意味とは何か」としたときには、後者の意味は意味3になります。
こういうメタ的なこと考えるのは楽しいですね!

ほし
どうしてみんな他者がいることを前提にして考えるんだ?他者みんなが哲学的ゾンビだったら、この“感じ”に普遍性がなかったなら、この“感じ”を基盤に据えた哲学ってできなくない?
そしたらさ、結局一人称視点の物語が始まってしまうわけで。
やっぱ普遍的真理を求める系の哲学って、詰んでない?一番哲学っぽいけど。

ほし
それでも解い続けることを哲学と言うのであれば、ソクラテスに回帰してることにならない?
結局、無知の知(不知の自覚)?

ほし

ほし

ほし

ほし
なに生きようとしてんだよ。ってね。

ほし
飲みすぎると変な夢を見るから嫌だ。
昨日も飲み過ぎていたのだけど、昨日は、シンクの排水溝から、さながら蟻の行列のように、ゴキブリが列を成してうちの天井を渡っている夢を見た……。

ほし

ほし
匿名性に惹かれるようなユーザーは、他者のアイコンと自分のアイコンの差異を際立たせようとするだろうか。得られるアイテムは他者との差異化(個性の強調)にしか使えないのに。
そういうユーザーだけではないということなのだろうね。

ほし
だけど、よくよく考えてみると、どのアカウントも本名は匿されているから、匿“名”はされているのか。
でも、個人を識別する記号として、個々人に固有の顔立ちは機能するはずなのに。
あぁ、加工で均されるから、もはや固有の顔立ちではなくなっているのか。

ほし
はじめたばかりなので、お話できれば嬉しいです!( ´ ▽ ` )ノ
